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落語百選102

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:御慶《ぎよけい》江戸っ子のあいだに富籤《とみくじ》というものがたいへんに流行《はや》った時代がある。江戸の三富として有名
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御慶《ぎよけい》

江戸っ子のあいだに富籤《とみくじ》というものがたいへんに流行《はや》った時代がある。
江戸の三富として有名なのが、谷中の感応寺、目黒の不動、湯島の天神で、文政から天保にかけて、この三富だけに限って毎月二度ずつあった。
そのころ、富の札《ふだ》は一枚|一分《いちぶ》……一分は、一文銭に直すと一千文、その時分の職人の一日の手間賃が約三百文から五百文だったから……一分は、ちょっと大金……。しかし、これで、大富《おおどみ》の千両に当たれば……一分金が四つで一両、その千倍になる……千両あれば長者番付へのるくらい、ふつうの人間が、一生かかっても手に入れることのできなかった大金だから、江戸っ子が夢中になったのも無理はない。
そのころの川柳に、
「一の富どッかの者が取りは取り」
だれかに当たるにはちがいないが、そうそう当たるものではない。で、富に夢中になって、身代を潰《つぶ》したという者もいくらもいた。
「富籤の引き裂いてある首|縊《くく》り」
一つ当たれば一夜|分限《ぶげん》というので、稼業はそっちのけで、一枚一分の札をなけなしの金をはたいて、買うことになる。
そのために、夫婦|喧嘩《げんか》の絶えない家もずいぶんあった。……
「どうするんだい、この人ァ。あきれかえっちまうねえ。暮れの二十八日だというのに、おかちん[#「おかちん」に傍点]一切《ひとき》れないじゃァないか。そればっかりじゃァないよ、米も切れてるよ、醤油も切れてるよ、味噌も切れてる、塩も切れてらいッ」
「よく切れてやがんな、ほんとうに。ほかになにか切れねえもなァねえのか」
「菜ッ切り庖丁《ぼうちよう》が切れないやいッ」
「なに言ってやがんでえ、そんなもなァ切れたほうがいいんだい。さッ、なんでもいいから一分だけ都合しろいッ、いい夢えみたんだからよゥ」
「なに言ってんだよ、一文の都合だってつきゃァしないよ。ねえ、ほんとに、富なんぞに夢中ンなってやがって、こんな夢みた、あんな夢みたなんてやがって、そうしちゃあ始終損ばかりしてやがら。とてもおまえとなんぞと一緒ンなってられないよ。うだつ[#「うだつ」に傍点]ァ上がらないよ、離縁しとくれ、えッ? 離縁しとくれよ、去り状書いとくれッ!」
「なにを言ってやんでえ、畜生め、朝っぱらから、ほんとうに。え? おまえその半纏《はんてん》脱げ、半纏を……そいでおれァ質屋に談じこんで、おれァ一分こしらえるから」
「冗談言っちゃいけない、こんな半纏で一分貸すもんかい」
「いいよ、おれァ頼むからよ」
「だめだってんだよ。盆正月が来たってこれ一枚しきゃないんだよ。これァおまえ、おっかさんの形見だよ」
「そんなことォ言うねえ、形見だっておめえのもんじゃねえか、女房のものは亭主のもの、亭主のものは亭主のもんだ」
「じゃああたしのものはないじゃあないか」
「ぐずぐず言うねえ、いいからそれ脱ぎねえッ」
「だめだってのに……いけないよッ」
「なにを言ってやんでえ、こん畜生ッ、脱がねえとひっぱたくぞ、蹴倒すからこん畜生ッ」
八五郎は、女房の半纏を腕ずくで引っぱがして、これを質屋へ持ちこんで、貸せないという番頭を無理に拝み倒して、一分の金をこしらえると、湯島の札場へ飛んできた。
「おうッ、すまねえッ、札ァ一枚もらいてんだ」
「へえへ、番号にお好みは?」
「大ありなんだよおめえ、なにしろ昨夜《ゆうべ》の夢見がよかったんだ、え? 正夢《まさゆめ》てえやつよ。鶴が梯子《はしご》の天辺《てつぺん》へ止まってよ、すうっとこう羽根を広げてるんだ。いい夢だろ? え、おい? 鶴は千年てえから鶴の千ととめてね、梯子だから八、四、五、となあ、鶴の千、八百四十五番、この番号、ひとつもれえてんだがね」
「ああ、さようでございますか……よろしゅうございます、お待ちくださいまし……このところ湯島もたいへんできがよろしゅうございますんで、たしかにあるとはお請けあいはできませんが、ただいま調べますでございますから……エエ、おやッ、これはどうも……ああ、たったいまでした、その番号を買ってお帰りになった方がございます」
「えッ売れちゃったッ? 一足《ひとあし》ちがい? その番号かい、おいッ? そいつァ困るな、今日の明け方から買おうとおもって……そりゃおれの番号じゃねえか」
「おれの番号とおっしゃられても、こちらは先にお買い求めの方がいらっしゃれば、これはもう、その方にお売りするよりいたしかたがないんで、まことにどうもお生憎さまでございます」
「おい、冗談じゃねえぜ、それが千両になるんじゃねえか、よ、おい……じゃ、こうしようじゃねえか、その、鶴の千八百四十五番、もう一枚こさえてもらおうじゃねえか」
「あなた、そんな無茶なことおっしゃっちゃいけません」
「だめかい? あああ……情けねえ」
「いかがでしょう? まだ両袖が残っておりますが……」
「なに言ってやがんで、袖なんか買ってみたって当たりっこねえじゃァねえか、その番号でなくっちゃだめだいッ。ほんとうになァ、もう一足《ひとあし》か、えッ? どっちィ行った? そいつ」
「さァ、どっちへ行ったかわかりません」
「わかりません?……なんとかならねえかね、千両富に当たったら、その野郎とおれと山分けにするってなあ……」
「そんなことはできませんなあ」
「畜生ッ、ほんとうに……かかあン畜生が早く半纏脱ぎやァいいんだい、質屋の番頭だってそうだい、ご託ゥならべてやがって早く貸しゃァこんなことにならねえんだ、ほんとうに……かかあが五百両、質屋の番頭が五百両、畜生め、千両泥棒め、畜生、情けねえなあ……」
「ああこれこれ、そこへ行く方? だいぶ心配事があるようだな? 見て進ぜようか、これ……」
「なんでえ、占《うらね》えか……」
「ああ、さあさあこっちィおいで、こっちィ、手相は無料《ただ》で見て進ぜるぞ、なんだ? 縁談、金談、失《う》せ物《もの》、失踪人《はしりびと》……」
「おうおう、そんなものじゃねえんだい、じつはね、おれァいい夢を見たんだけどな」
「ああ夢判断か、いや、それはわしの得意とするところだ。ああ、よろしいよろしい、さあ黙っておいで、黙っておいで、エエしゃべらないでいい……」
「ふうん? 黙ってていいのか、黙ってておれの見た夢がわかんのかい?」
「いや、一応はしゃべってごらん。あとは黙っておいで」
「じゃあたりめえじゃァねえか。じつはねェ昨夜《ゆうべ》、梯子《はしご》の天辺へねェ鶴が止まってね、こう羽根を広げているといういい夢を見たんだよ。で、鶴は千年ってえし、梯子《はしご》は八四五だ。だから鶴の千八百四十五番てえ富札を買やあ、おめえ、千両富に当たるじゃねえか、なあおい先生ッ」
「ああ、なにかとおもったらおまえさん、富に凝ってなさるな、うん。およしおよし、富なんてえもなァこりゃァ当たるもんじゃァない、それは非望の欲というもんだ。一分で千両当てようというのが、こりゃァ図々しいなァ、ありゃァ当たるもんじゃァない。あたしが請けあう、やめなさい」
「あれっ、この野郎、つまんねえことを請けあうない。千両当たらねえと、おれンとこじゃ、かかあと離縁になっちまうんだ……おい、なんとかしろいッ」
「おや、急に涙ぐんだな。よほどおもいつめたとみえる……まあよろしい、見て進ぜよう。ああなるほど、鶴が梯子の天辺《てつぺん》に止まったので、鶴の千ととめて、梯子だから八百四十五番か、……これは、失礼だが、素人《しろうと》了見」
「なに? 富の札に素人も玄人《くろうと》もあるのかい」
「おまえさんに聞くが、梯子は昇るものか、降りるものか」
「なにをおさまりけえって、つまらねえことを言うんだ。昇ったり降りたりするから梯子じゃァねえか」
「それにはちがいないが、まあ、たとえば、あなたが仮に、二階にいたとする」
「自慢じゃねえが、おれんとこは平屋《ひらや》だ。二階なんぞあるもんか」
「いや、いばらんでもよろしい。まあ、仮に二階があったとして、下に急用ができて、降りようというときに、下から梯子を取られたら、おまえさん、どうなさる?」
「なに言ってやんでえ。おらあ、身が軽いんだ。ひょいと飛び降りらあ」
「なるほど、飛び降りるか。では、二階に急用があって上がろうとするときに、上から梯子を引かれたらどうする?」
「おらあ、身が軽いんだ。ひょいと……うーん、飛び上がる……ほうは無理だな」
「さあ、そこだ。もとより梯子は、昇り降りのためにあるもの、だが、肝心なのは上がることだ。そこでおまえさんの言う、鶴の千八百四十五番だが、八、四、五、と降りずに、下から上へ昇るように読んで、鶴の、千、五百四十八番のほうを買わなければ、当たらないな」
「なるほど、うめえね。さすがは商売商売だ、言うことがすがれて[#「すがれて」に傍点]やがら、下から上へ、鶴の千、五百四十八番かい、ありがとうよ」
「ああ、これこれ、見料を置いてきな」
「見料? そんなものいらねえ」
「おまえさんがいらなくても、わたしがいる」
「そんなもの、当たったら、いくらでも払ってやらあ……へへへ、ありがてえ、ありがてえ、畜生、ほんとうに……おうおう、札くんねえ札くんねえッ」
「あ、また来ましたよ……何度おいでんなりましても先ほどの番号はございません」
「なにを言ってやがんでえ、さっきの番号? あんなもなァ素人了見だってんだ。梯子は下から上へ上がんなきゃいけねえ。鶴の千ときたら、五百四十八番、その番号、あるか?」
「はいはい、少々お待ちを。鶴の千五百四十八番ですな……ございました」
「えッ、ある? 畜生めッ、それ、それ、それをくんねえ」
「へいへい、それでは、お代を?」
「おう、一分、ここへ置くぜ……うーん、鶴の千五百四十八番、こいつだ。ありがてえありがてえ……当たったッ」
「そりゃ突いてみないでは、お請けあいはできませんので、まだわかりませんよ。でも、まあ、その了見でなくちゃァ、富札なんてものは買えませんねえ」
「なにを言ってやがる。当たったっててめえなんぞにやらねえぞ」
「へえへえ、結構なこってございます。まもなく札を突きますので、境内の方へおまわりください」
「あたりめえよ。行かねえでどうするもんけえ、畜生ッ」
 境内は、時刻が迫ってくると、人、人、人……で一杯、うおッうおッというわれっ返るような騒ぎ。寺社奉行が同心をしたがえて、町役人、世話人なども羽織、袴といういでたちで拝殿へずらりと控えている。祝詞《のりと》がおわると、正面に据えられた富の箱——高さ三尺五寸、横二尺、幅三尺五寸、箱の中には、番号の書いてある縦四寸、幅一寸の木札が入っていて、この札が富を買った人の人気《じんき》で動いた、というくらい——これを世話人が二人出てきて、ガラン、ガラン、ガランと揺り動かす。そのうち稚児《ちご》が、柄が三尺七寸五分という長い錐《きり》を持って出てきて、目隠しをして、箱の蓋の中央に二寸四分の穴があいている、そこへ「御富《おんとみ》突きまァーす」という声がかかると、その穴へ錐を突く……わッわッ言っていた群衆が一瞬、しィんとなる。箱の蓋を左右から世話人が持ちあげると、目隠しをした稚児がぽォんと錐の先へ突き刺さった木札を差しあげて、そのまま、手を触れないで、場内に見せる。傍《わき》からこれを稚児がいちいち読みあげる。子供の声というものは、甲高《かんだか》く響く……口富《くちどみ》、中富《なかどみ》と、順に突いてきて、いよいよ本日の突留め……っとくると、千両富だからたいへんで、柝頭《きがしら》がちょォんちょォんと入って、
「突きまあ……す」
境内は異様に静まり返って、もの音一つしない。ぽォんと突きあげた札を……、
「鶴の千、五百、四十、八ばあん……鶴の千、五百、四十、八ばあん……」
「ああ……あ、……たッた、たッた……」
「なんだなんだ、変な野郎だな。立った立ったって座っちゃったじゃねえか、どうしたい?」
「たたた……」
「なにを? 当たったあ? おめえがかッ? 千両富にか? こん畜生、運のいい野郎だ、おうッ、こいつが千両富に当たったとよゥ」
「おう、早く行って金ェもらってこい、金をよ」
「た、た、た、た、た、た……」
「なに? 腰が抜けた? 無理もねえや、おうおう、みんな手伝ってやれ手伝ってやれ」
弥次馬連中がおもしろ半分に、わっしょいわっしょい担ぎこんで、帳場どころへぽォんと放り出した。
「ち、ち、ち、ち畜生、放り出しゃァがったい」
「どうなさいました?」
「いまね、この人が、千両富に当たったんで腰が抜けちゃったから、みんなで担ぎこんでやったんだ」
「そりゃあ、どうも、ご親切にありがとうございます。どうもお世話さまでございました。さあさ、あなた、どうぞこちらへ……」
「千両ウ、千両ウウウウ……あた、あた、あたた」
「あなた、しっかりなさいよ……まあ、無理もございませんが……さあ、札をこちらへ……」
「ふ、ふ、札は、これだ」
「ああ、たしかに当たっております。どうもおめでとうございます」
「早くくれよ、千両ウ、千両ウ……」
「まあ、落ち着いて、落ち着いて……おい、この方に、水を持ってきておあげ……さあ、あなた、まず、この水をお飲みになって、ぐっとお飲みになれば、気が落ち着きますから……どうです? 少しは落ち着きましたか? まあ、とにかくようございました。いや、なかには、千両当たったとたんに気がちがうなんて人がおりますからな……で、落ち着いたところでお話いたします。ご承知でもございましょうが、いますぐにお金をお受け取りになると、二割のご損になります。来年の二月の末にお取りになれば、千両そっくりお渡しいたします」
「じょ、冗談言っちゃァいけねえ、来年だなんて、い、い、いますぐもらいてえなッ」
「はいはい、それはよろしゅうございます、その代わり二割引けます、よろしゅうございますな? 二百両引けますでございますが」
「二百両? そ、そんなおめえずるい……」
「いや、いろいろとこの手数料やなにやかや引かれますので、これはそういう取りきめになっておりますので、それでよろしければ、ただいまお渡しいたします」
「い、い、いいよ、そうすっと、いくらンなるんだい?」
「八百両でございます」
「は、は、八百両と千両と、ど、どっちが多いんだい?」
「いえ、あなた、勘定がおわかりにならなくては困りますな。千両の内から二百両引けて八百両でございます。よろしいですか?」
「い、い、いいよいいよ、早くくれ早く、八百両ッ!」
「はいはい、ただいま差しあげます。ま、お待ちくださいまし。ええ、いかがでございますな? こういうことはよくありますことで、お持ち帰りになります途中、またまちがいがございますてえと、富興行にも差し支えますので、いったんお帰りになりまして、ご町内の鳶頭《かしら》でもお連れになって、でまあ威勢よく取りにおいでんなるというようなことになすっては?」
「じょじょ、冗談言っちゃァいけねえやな。そんなことしていられるもんけえ、家《うち》じゃァおめえ朝起きると、かかあが離縁をしてくれのなんのって、待ってやがんだからおめえ、と、とにかくすぐもらってこうじゃァねえか。こんなとこでまごまごしてたらまたおめえ二割引かれちゃ……」
「いえ、そんなに引きゃいたしません。ではご承知ならよろしゅうございます。……その三宝をこちらへ持ってきて、よしよし。ェェなにしろ大きいのではちょっと揃えかねますので、これは切餅でございます……一包みが二十五両、一分金で百枚入っておりますが、全部で三十二個ございます。……どうぞよくお改めんなってください。……よろしゅうございますな? かなりかさばりますが、どうしてお持ちになりますか?」
「うへー、これがみんなおれの金かい? ええ? いいのかい? じゃ、も、もらってくよ、いいね? ありがてえな、ありがてえな……どうやって持ってくったって、どこへでもみんな突っこんじまうから、大丈夫《でえじようぶ》だい。両方の袂《たもと》へ入れて……懐中《ふところ》ィ入れて……背中へも背負《しよ》って……うわーい、身体《からだ》じゅう金ンなっちまった……じゃいいんだね? おれァ帰るよ、こんなところへまごまごしたってまた引かれちゃうといけねえから……じゃ、帰るよ」
八五郎、立ち上がったが金の重みでふらふらして、地に足がつかない。
「おっかァ、……いま帰った」
「なんて面《つら》ァしてるんだい、真ッ青《さお》な面ァしてやがら、どうしたんだい? 土間へぶっ座《つわ》っちまって、なにをしてやがんだい? こっちィ上がったらいいだろ? お上がり、お上がりッ」
「手、手、手ェ引っぱッつくれ」
「なにしてやがんだい、ほんとうに……こっちィお上がりッ」
「そ、そんな、こん畜生、乱暴なことォするねえッ、いまてめえに見せるもんがあるから、おどろくなッ、おうゥ、なんでもいいからあとォ閉めろッ」
「てやんでえ、なんて顔ォしてるんだい? きれいにまた一分すっちゃったんだろ? ざまァ見ろッ」
「てやんでえ、いいから、しっかり閉めろッ、いいか、おどろくな……おう、こいつァなァ、切餅ってんだ、切餅ったって餅じゃねえぞ……これァおめえ一分金で二十五両|入《へえ》ってるんだ。いいか、見ろ、これで二つだ。五十両よ。ざまあみやがれ、さッ、どうだ、これでもって、七十、七十、五両だ。どうでえ、さッ、方々から出るんだ、これで……いくらだかわかンねえけども、おウおウ、見ろいッ、これをよ」
「まァ……、なんだいこれァおまえ? どうしたんだい、こんな大金、え? どうしたのさッ?」
「ど、どうしたもこうしたもあるけえッ、せ、せ千両富に当たったんでえッ、二、二割引きのな、八百両、八百両あるんだ、八百両!」
「……えっ、当たったの? 千両富に? あーら、うれしいじゃないか、だからあたしゃァおまえに富をお買い……」
「なにを言ってやんでえ畜生め、てめえ富ィ買うんなら離縁しろッたじゃねえか」
「当たらないからだよゥ……まァありがたいね、ほんとうにまァ、こんなにまァお金があって……こんなにありやァ、第一ね、あたしゃ気になってしょうがないんだけど、家主《おおや》さんとこの店賃《たなちん》、ずいぶんもう溜まってんだからね」
「そんなものォ心配すんない、こいだけ銭があるんじゃァねえか、いくつ溜まったか知らねえけどもよ、向こう十年ぐれえ一ぺんに払っちめえ」
「そんなおまえばかなことをしなくてもいいんだよ。それからね、あたしだって、こんなぼろを着てるのはいやだよ、春着の一枚も欲しいねえ」
「なに言ってやンでえ。そんなことォ心配《しんぺえ》するねえ、いいともいいとも、どんな着物だっておめえ、ちょいとなァ町内類のねえ着物をこさえろよ、な? 十二単《じゆうにひとえ》に緋の袴《はかま》なんか着ていろいッ」
「なに言ってんだい、そんな格好ができるもんかね、それからねおまえさん、頭のものが欲しいんだよ。表のね、魚勝ンとこのおみっ[#「おみっ」に傍点]つぁんがやってんだよ。あれァ珊瑚珠《さんごじゆ》の三分珠《さんぶだま》だとおもうんだがね、あたしゃうらやましくて……」
「いいじゃァねえか。三分珠? そんなしみったれたこと言うない、一尺珠ぐれえのこしれえろ」
「そんなのァありゃァしない。そいからおまえさんもなんだね、やっぱり春着がいるねえ」
「ああ、それなんだ。いつもおれァ、印半纏《しるしばんてん》着て、旦那のお供で年始まわりをしてるてえなァ気がきかねえや。こんだ、おれが旦那とおんなしような身装《なり》して、てめえ一人でまわりてえなあ」
「旦那みたい身ィ装って、裃《かみしも》つけてかい?」
「なんだか知らねえが、あの、突っぱった、おかしなものを着て、よく芝居《しべえ》のご上使が着てるようなやつを着てよゥ。そいつを、ひとつ誂《あつら》えてくんねえか」
「誂えるったって、この節季にいまからもう間に合やしないよ。それよりね、市ケ谷に甘酒屋ッて古着屋があるから、そこへ行けばなんでも揃うよ」
「おうおうそうか。そこへ行きゃァいいんだな。ありがてえ」
「そいからおまえねェ、裃つけたらやっぱり刀がいるねェ」
「刀か? いいかなあ」
「いいよウ、一本差す分にゃァ……あの辺に刀屋もあるからついでに買っといでな」
「じゃァちょっとこれから行ってくるがな、おれが出るてえとな、おめえ一人でもって物騒だ。いいか、布団敷いてな、その下へ金ェ敷いちまってな、いいか? その上でおめえ寝ちまいなよ、いいな? 眠っちゃっちゃいけねえぞ。そいからなんだ小便がしたくってもな、便所なんか行くんじゃァねえぞ、いいな。おう、その上へ寝てろ、座り小便してもかまうこたァねえからな」
「なにをばかなことを言ってんだい、大丈夫だよ。昼間だから心配ありゃァしないよ。じゃァ行っといで」
「へ、いらっしゃいまし」
「おめえんとこだな甘酒屋てえな?」
「へえへえ、さようでございます」
「おう、番頭さん、一つもれえてえものがあるんだがな?」
「へえへえ、かしこまりましてございます。ええ、なにを差しあげます? 印半纏《しるしばんてん》長半纏、ねんねこ……?」
「なにを言やあがるんだ。ばかにするな。こんな長半纏の汚《きたね》えのを着ているが、懐中《ふところ》にゃあ、金がありすぎて、身体《からだ》が冷えて困ってんだ。どうだ、裃ってえやつを知ってるか?」
「へえ?」
「いや、ちょいとわけありで、銭はあるんだが、正月には景気よく、裃を着て年始まわりをしようとおもうんだがなあ」
「へえ、あなたが裃をお召しに?……それは結構なこってございます」
「ああ、そうなんだ。着物から、帯から、裃から、残らず揃えてくれ」
「はいはい、それは……で、そのゥご紋はなんでございますな?」
「え?」
「ご紋はなんでございます?」
「ああ、紋か……おれんとこの紋は、ほれ、なんとかいうやつだ。あのゥ、丸いところへなによ……」
「紋はたいがい、丸か菱形、四角もございますが……丸になんでございます?」
「その、丸ん中にな、なんだか尻が三つかたまってるような……」
「ああ、酢漿《かたばみ》でございますか」
「ああそうそう、その、ばみ[#「ばみ」に傍点]だ」
「……? 酢漿は、剣がございましょうか?」
「なんだかわからねえ。まあいいやな、そんなとこァ、おめえのほうでなんとかみつくろって、ひとつ頼ま」
「あ、へえへえ、ええよろしゅうございます、またこのいろいろと柄もございますが」
「そりゃいいや、おまえのほうでね、なんでもいいから全部その、下へ着るものからなにからみんな揃えてくれりゃァいいんだ。そいからあの、チャラチャラいう雪駄《せつた》な? あれと足袋……」
「雪駄はそのてまえどもにはございませんが……」
「じゃおゥ、すまねえがちょいと小僧さんかなんかに買って来てもらいてえな、頼むぜ」
「あ、よろしゅうございます」
「それから刀ァ一本ね、差してえとおもうんだが……」
「てまえどもには刀はございません。これを少し四谷御門の方へおいでになりますと、二軒ばかり刀屋がございますんで」
「ああそうか、そいじゃァ、そいつァ帰《けえ》りに寄るからいいや。あ、揃ったかい、あ、どうも。いくらンなるんだい?」
「へえへえ、ありがとうございます……」
「なに? 十両? そいつは安いなあ、遠慮なく取んなよ」
「いえ、てまえどもはお負けもしないかわりに、けっして掛値をしてございません」
「そうかい、そりゃまありがてえな。じゃ、まあ、なんだい……おっ、小僧さん、骨折らしたな、こりゃ少ねえけど、小僧さん、藪入りの小遣いだ。取っときねえ」
「そりゃどうも……とんだご散財をおかけいたしましてあいすみません。では、どうぞよいお新年《とし》をお迎えください」
「おっありがとうよッ。……へッへッ、ああ、ありがてえ、ありがてえ、これでまあ着るもんは揃ったと……ああ、刀屋刀屋、おうごめんよ」
「いらっしゃいまし」
「ええ刀ァ一本もれえてんだがな」
「はあはあ、どのようなお刀がよろしゅうございますな?」
「なんでもいいからな、こう立派なやつを一つもらいてえんだ」
「はあはあ、立派なやつをと申しましてもいろいろとございますが、なにかその、作にお望みがございますか」
「柵《さく》も塀《へい》もねえんだい、なるたけ立派そうなやつを頼ま、銭金に糸目はつけねえ」
「へえ、では、これなぞはいかがでございましょう? 白鞘《しろざや》でございますが、揃いはまたどうにでもなりますが、ちょっとごらんになって……」
「ほ、ずいぶんこいつァ長《なげ》え刀だな? うーん、どうもピカピカ光ってて斬れそうだなあ。これはいくらなんだい?」
「はあ、これはその揃いを別にいたしまして、二百両でございます」
「そ、そんなおめえ大仰《おおぎよう》でなくったっていいんだよ、人ォ斬ろうてえんじゃァねえからな、もっとこう、すっきら[#「すっきら」に傍点]として安いなァねえかい? 見てくれがよきゃァいいんだ」
「はあはあ? ぐっとお安いのでございますと、こちらのほうはいかがでございます?…これは拵《こしら》えごと五両でございます」
「ああ、そいつは豪気だ。それもらおうじゃないか。五両か? じゃおいここへ置くよ。すまねえが差しこむのを教えてくんねえ……ああ、ありがてえ、若い衆さん、働かしたな、どうも、小遣いだ、取っときな」
「おゥ、おっかァ、いま帰ったよ」
「あ、どうしたい、揃えた? そりゃよかった」
「おう、おれァひとつ着てみてえんだが、ちょっと手伝って着せてくんねえか」
「着るのかい? じゃァひとつ着てごらんよ」
「うふふふ、どうも……変な心持ちだなあ、こんなに突っぱらかっちゃったもんを着たのははじめてだい……おうおう、刀貸せ刀貸せ……よしよし、ここへ差しゃいいのか? ようし、こうか、……ははは、うゥどうも……」
「あら、ちょいとおまえさん、見ちがえるようだよ、馬子にも衣装だねえ」
「おゥ、ちょいと踏み台持ってこい、踏み台」
「どうするんだい?」
「ちょいとおれァ腰掛けるんだ……はっは、ええどうでえ畜生ッ、なんだか知らねえけど、突っぱらかって立派ンなっちゃったな。また着るなァたいへんだ。おゥおっかァ、おれァこのまんまずっとこう正月が来るまで、ここへ座ってッからな」
「なに言ってんだよ。今日は、まだ二十八日だよ。またあたしが手伝って着せるから、いいからもうお脱ぎよ」
 それから、家主のところへ溜まってる店賃《たなちん》を払い、何年かぶりで餅屋が餅を持ってくる、酒屋が菰《こも》を積みにくる、八五郎の家は大騒ぎ……。
大晦日になると、
「ねえ、おまえさん、いくらなんだってちょいと寝たらどうなんだい?」
「そうはいかねえや、大晦日の晩に寝るやつはばかだってくれえのもんだ、なあ、寝られるもんかい。おゥ、おっかァ、ちょいと手伝って、早えとこ、着せてくれ着せてくれ」
と、八五郎が待ちかねていると、東の方が白んでくる。そのうちに、コォケコッコゥ……
「たァはァはァ…い。う、正月ンなりやがった畜生、ありがてえありがてえ……さあどっからひとつ年始ぶっくらわしてやろうかな? 家主《おおや》ンところがいいかな?……やァい、家主さん、今日《こんちや》ァッ」
「やあ、ばかに早いな。いや、おめでとう。いや立派ンなったな。いやァ立派ンなったが、どうもなんだなあ裃で弥蔵を組んでちゃァいけねえなあ、え? そういうこしらえをしたんだから、突袖てえのをしなよ」
「ええ? なんだい、その突袖てえなァ」
「ああ、その両方の袂《たもと》へこう手を入れてな、そいでこの左の方の袂はお太刀の上へ軽くのせるんだ……そうだそうだ、そういう格好で……扇子がないのはおかしいな。……おい、ばあさんや、白扇を持ってきな……うん、さあ、八公、この白扇は、おまえにやるから、これを前のところへ差してな……そうだ、そうだ、あははは、すっかり立派ンなった」
「えへへへへ、こうかい? なんだか芝居《しべえ》してるようだなあ。どうもおめでとうござんす」
「あははァ、裃で『おめでとうござんす』てえなあどうもなんだなあ、安直《あんちよく》でいけねえなあ。やっぱりそのような格好したら挨拶ができなくちゃいけねえ」
「そういうもんかねえ、なんてえばいいんだい?」
「そうさなあ、『旧冬中はいろいろお世話さまンなりまして、本年も相変わらずお引き立てのほどを願います』ま、商人《あきんど》でも職人でもそのくらいのことを言ったらいいだろう」
「冗談じゃねえや、そんな長ったらしいこと言えるもんかい。もっとこう短くッてねえかい、なんかこう体裁のいいなァ」
「あはは、短くてと、そりゃ困ったな。ああ、どうだい御慶《ぎよけい》というなァ」
「どけへ?」
「どけへじゃない、御慶」
「なんだい、そりゃァ」
「ま、おめでたいという意味だな……『長松が親の名で来る御慶かな』『銭湯で裸同士の御慶かな』なんて句がある」
「へーえ、おめでとうで御慶ねえ」
「向こうで『おめでとうございます』といったら、『御慶』と言うんだ」
「ああ、なるほどねェ」
「で、まあ、初春のことだから、『お屠蘇《とそ》を祝いましょう、どうぞお上がりください』と言ったら……」
「そりゃあいけねえ。上がってたひにゃあまわりきれやしねえ」
「だから、そう言われたら、春永《はるなが》にうかがいますってんで、『永日《えいじつ》』と言って帰ってくればいい」
「へえ、そうかい。それじゃ、向こうでおめでとうって言ったら『御慶』、お屠蘇を祝うから上がれよって言われたら、『永日』って言やいいんだね」
「まあ、そうだな」
「へっ、わけはねえや、『御慶』に『永日』とくらァ、家主さん、ちょいとやってくんねえかい?」
「そうか、これは申し遅れた。やあ、あけましておめでとうございます」
「へへへ……畜生うふん、御慶ェッ!」
「あはははは、いやあどうも威勢がいいな、ま、お屠蘇を祝おう、どうぞお上がりを」
「お、そうかい、じゃちょいと上がって……」
「おいおい」
「あ、そうか。えへへへ、どうもなんだ、永日ゥ……っときやがら」
「きやがらは余計だ」
「じゃあ、これから長屋ひとまわりしてくるからね、また来ます、どうも……えへへへ、ありがてえありがてえッ、寅ンべのところィ行ってやろうかな? よしッ、寅ンべをひとつ叩《たた》き起こしてな、ぶっくらわしてやろう、あ、まだ寝てやがら、なにをしてやがんだなほんとうに……おうッ(と、戸を叩いて)起きろ起きろいッ、いつまで寝てやがんだ、おッ寅公ッ」
「あの、もしもし、あの寅さんはお友だちが早く見えましてね、なんでも三人でお出かけんなったようですよ」
「なに? 出かけちゃった? しょうがねえな、せっかく年始に来たのにな、じゃあ、ま、糊屋の婆さんで間に合わすから、ひとつやってくんねえ」
「あらまァだれかとおもったら、八っつぁん? 冗談じゃあないよ、まあ立派ンなったねえ、おめでとう」
「へッへッへッへッ……御慶ェッ」
「……なんですゥ?」
「へッへ、なんでもいいんだよ。まあいいから、あとをやってくんねえかあとを」
「あとと申しますと?」
「どうぞお上がりって言ってくんねえか」
「言いたいけど散らかってるんで」
「いいんだよいいんだよ。上がりゃァしねえんだよ。おまえがそう言ってくンねえとおれァ向こうへ行けねんだからよ。ひとつ言ってくれェ」
「ああそうですか、じゃァどうぞお上がりください」
「永日ゥ……ッ、べらぼうめ……あはははは、目を白黒させてやがら、ざまァみやがれ、畜生ほんとうに……おう、喜之、まだ寝てんのかい、御慶ッ」
「ええ?」
「御ォ慶ェッ」
「だれだい?」
「おれだい」
「なんだ?」
「御慶ッ」
「わからねえ、おめえの言うことは」
「永日ゥッ」
「なんだ?」
「だめだ、だめだ、てめえなんぞにゃァわからねえ……おうおう、半公のやつ来やがったなあ……おゥ、半公ゥ」
「よう、どうしてえッ? 立派じゃねえか。千両富に当たったってなァ?」
「ェェやってってくれよ、おめでとうっての」
「おゥおゥおめでとう」
「御慶ェ……ッ」
「えッ?」
「なに言ってやんでえッ、あとをやれいッ」
「なんだ、あとてえなァ?」
「お上がりくださいってえのをやっつくれいッ」
「お上がり……よせやい、往来じゃあねえか」
「往来だってかまわねえ、早くやれ」
「なんだこいつは?」
「永日だい、この野郎ッ」
「なんでえこの野郎ッてえッ……?」
「あッはははは、大笑いだまったく、ありがてえありがてえ……おうおう、向こうから寅ンべの野郎が帰ってきやがったな? なんだい、芳ちゃんと盛公と三人でもって繭玉《まゆだま》ァ担《かつ》いで帰って来やがら……やいやいッ、おうッ」
「おう、見ろ? 当たり屋だい。変な格好してるじゃァねえか、え? どうでえおう立派ンなっちゃったな、おいどうしてえッ? 大当たりッ!」
「へへへへッ畜生ッ、三人揃ってやがんな? おう、なんでえおめでとうってえのをやってくれッ」
「おッ、おめでとう!」
「や、おめでとう!」
「おめでとう!」
「へへッ、じゃ三人まとめて、いいかッ、御慶! 御慶! 御慶ェッ!」
「おいおいおいおい、よせよこん畜生、みっともねえ野郎だな、おけッこが卵ォ産むみてえな声しやがって、何がはじまりゃァがったんでえッ?」
「なにってやンでえ畜生、わからねえ野郎だな、御慶《ぎよけえ》(何処へ)言ったんでえ」
「ああ、恵方詣《えほうまい》りに行ったんだ」
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