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暗鬼22

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     22 冷房の効いている電車に乗り込むと、法子はようやく息をついた。知美の、あの輝く瞳から解放されただけで、「助か
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     22
 冷房の効いている電車に乗り込むと、法子はようやく息をついた。知美の、あの輝く瞳から解放されただけで、「助かった」と思った。
──あの子は悪。何も分かっていない、私達の家庭を脅かそうとする悪なのよ。
大体、自分が生まれ育った家庭、両親と兄弟だけの核家族しか知らない彼女には、大家族というものが分かっていないのだ。元はといえば法子だって同じだった。それが、初めて大家族の一員として暮らすようになり、実家以外の家族の姿というものを見せられた。そこで、どんな経験を積み、新しい絆《きずな》を生み出して行くかなどということが、彼女に分かるはずがない。
法子は額や首筋を伝う汗をしきりにハンカチで抑えながら、何とか苛立《いらだ》ちを静めようとした。知美の言葉など、何一つとして聞かないつもりだったのに、なぜだか彼女の言葉がひっかかってならない。そんなふうに動揺している自分にも腹が立つ。
──どうして私がドラッグを与えられる必要があるっていうの。
だが、それでも奇妙に符合する部分があるのだ。確かに、蓼科の別荘での経験は異様だった。時間の流れも歪《ゆが》んでしまって、意識だけはっきりしているのに、酒に酔ったような気分になった。眠くてだるいのに、それでいながら起きていなければならなかった、あの状態は、やはり不思議な経験としか言いようがない。
走りだした電車の中で、法子は落ち着きを取り戻すと同時に、少しずつ新たな不安が広がっていくのを抑えることが出来なかった。あんなにも愛情を注いでくれる人達に対して、何というつまらない疑問を抱いていることかと思う。そんなことは考えるなと命じる声がする。だが、その疑問の一つ一つに答えてくれても良さそうなものではないかという思いが、少しずつ膨らんでいくことも否めなかった。家族なら、そうしてくれても良いではないかと思った。
──何か食べさせられたり、飲まされたりしてない? 自分では知らない間に、幻覚みたいなのを見なかった?
あの時の知美の表情は真剣そのものだった。彼女は、シャブを打っていた友人に法子の顔が似ていると言った。自分はそんなにひどい顔をしているのだろうか。それでは、家族が法子に何かを食べさせたということだろうか。
──聞いても答えてくれないわ。何も、答えてはもらえないんだもの。
それならば、自分で調べるまでのことだった。家族に対する信頼を強固なものにするために、知美の口から出任せの言葉を暴くために、法子は自分でそれを確かめなければならないと思った。
吉祥寺《きちじようじ》の駅で井ノ頭線を降り、JR中央線に乗り換えようとしたとき、法子はふいに思いついて、乗り換えに使うのとは別の改札口に出てしまった。この街には、公恵とも和人とも何度か来たことがあった。大きな書店もいくつかあるのを知っている。法子は、適当に見当をつけて街に飛び出し、いくつかの書店を見て歩いて、やがてある書店の書棚に「キノコ辞典」という本を見つけた。心臓が微《かす》かに高鳴った。
ぺらぺらとページをめくる。植物図鑑と同じようなもので、各ページには様々なキノコの写真と解説の文章が載っていた。あるページをめくった瞬間、法子の心臓がとん、と跳ねた。それは蓼科で、綾乃と一緒に採《と》ったキノコだった。
【ベニテングダケ】学名:アマーニタ・ムスカリア テングダケ科
径6〜15センチ、最大30センチに達する。傘は鮮赤色〜橙黄色《とうこうしよく》で、表面全体に白い瘡蓋《そうがい》状のツボの破片が散在しており、生態としてはシラカバ林に多く見られる。成分としてイボテン酸とムスシモルなどが含まれており、両成分が一緒になった場合には幻覚症状を誘発する。食用法としては鍋《なべ》ものなどにする他、煮汁をこぼし、水溶性のイボテン酸を排除する必要がある。他に、下痢、視力障害、昏睡《こんすい》などの症状を起こす毒性を持つ。
生食、焼き物、粉砕などの食用法をとった場合には、幻覚症状を発生させる。その症状としては、食後15〜30分程で眠気を生じ、その後、幻覚を見ると言われるが個体差が大きい。興奮状態は、4時間以上続くともされているが、24時間以内には完全に消滅するとされ、イボテン酸、ムスシモル共に毒性は低いので、生命にかかわるようなことはない。
 ページを繰る手が微《かす》かに震える。法子は、同じ行を幾度も繰り返して読み、その一字一句を頭に刻みつけた。毒性、鍋物、煮汁──。眠気を生じる、四時間以上続く。
──そんな。あれは、このキノコだったんだろうか。似てるけど、違うんじゃないの? だって、私がそんなものを食べさせられる理由がない。
必死で自分に言い聞かせた。そうだ、そんなはずがない。落ち着かない手つきでページを繰れば、他にも似たようなキノコはたくさん出ているのだ。皆で食べたキノコが、そんなに危険なものであるはずがない。あれは、よく似ている他のキノコに違いない。
法子は慌てて図鑑を閉じると、次に「薬草・毒草辞典」という本を見つけた。少しの間、迷った挙げ句、結局は手を伸ばしてしまう。おそるおそるページをめくれば、それには家の庭で栽培している、様々な植物がそこここに出ていた。チョウセンアサガオ、スズラン、ハシリドコロ、クリスマスローズなどなど。
口の中に苦いものが広がっていく。何か、見てはいけないものを見てしまった気がした。法子は、片手で辞典のページを抑えたまま、幾度もハンカチで汗を抑え、乱暴な程に辞典のページを繰り続けた。自分は、いかにも愚かなことをしている。あれだけ素晴らしい家族の、これ以上何を疑おうとしているのだという声がする。心臓があまりにも高鳴ってしまって、ついに息苦しくなり、法子は急いで本を閉じた。馬鹿馬鹿しい、こんなことに惑わされてはいけないと、自分に言い聞かせながら、逃げ出すように書店から出てしまった。
どこをどう歩いたか分からない。とにかく、やっとの思いで駅にたどり着くと、法子はJR線のホームへのろのろと上がっていった。頭はすっかり混乱し、あらゆる疑問が新たに渦を巻こうとしている。
──考えないことだったら。何も考えないの。あの人達は私の家族。心の底から信頼できる人達なんじゃないの。
駅は混雑していた。やたらと賑《にぎ》やかで健全な色彩を放つ人々から、法子はなぜだか逃げ出したい一心だった。世間から逃げたい、誰の目も届かない場所へ隠れてしまいたいと、そればかりを思った。
「お友達は、どうだった?」
「ええ、相変わらず。何だかつまらない話ばかり聞かされちゃって」
家に戻ると、誰もがいつもの笑顔で法子を迎えてくれた。法子は、とにかく汗を流す為にシャワーを浴び、そしていつもの普段着に戻った。何を考えても仕方がない。全ては、妄想、疑心暗鬼なのだ。
「法子さん、ゴマ油とね、みりんが切れちゃってるんだけど」
「あら、お義母《かあ》さん、じゃあ買ってきますね」
こうして日々が過ぎれば、それで良いではないか。あんな、知美の言葉などに惑わされて本屋になど行ったのが間違いなのだ。法子は一度身につけたエプロンを外し、いそいそと買い物にいく支度をしながら「お菓子も!」とまとわりついてくる健晴にも笑みを送った。
そして、買い物を済まして家に戻る頃には、法子の気持ちはだいぶ落ち着きを取り戻していた。スーパーや途中の道で幾人かの顔見知りに会い、「やあ、奥さん」「あら、志藤さん」と声をかけられているうちに、迷いが吹っ切れたのに違いなかった。
「悪かったわねえ、少し休んでいらっしゃいな」
台所から顔を真っ赤にして出てきた公恵は、法子が手伝うと言うのを遮り、「疲れてるでしょうから」と笑ってくれた。
「遠慮することないのよ。この季節に一度でも出かければ、疲れるに決まってるんだから、ね」
公恵の表情はあくまで優しい。法子は、本当の母に甘える気分にさえなって、素直に頷《うなず》いた。こんな人達を、もうこれ以上は疑ってはならないと、やはり思った。
庭に水撒《みずま》きをして、それから少しの間、ヱイの部屋を訪ね、健晴とも遊ぶうちに、辺りは夕闇《ゆうやみ》に包まれ始めた。今日も一日が無事に終わる。こうしていると知美と会ったことの方が幻、遠い過去の出来事のようだった。
──そうよ。何をおろおろする必要があるの。私には家族がついているじゃない。
嫌な緊張を解き、ほっと息をついた気分で和人や家族と共に夕食の席についた時だった。法子は、自分の前にだけ置かれている小さな器《うつわ》を見て息をのんだ。一見、何かのあえ物に見えるそれは、確かにあのキノコだ。
「──あの、これ──」
法子は、一気に不安が吹き上がるのを感じて、戸惑ったまま食卓を眺め回した。他の家族の前にそれがない。法子の前にだけ、あのキノコが出されているのだ。
「法子さん、好きみたいだったじゃない? だからね、摘《つ》んで残ったのを持って帰ってきて、干しておいたの。思った程残らなかったから、いちばん好きだった人に、ね」
家族は全員で法子を見つめていた。法子は、生唾《なまつば》を飲み、そっと席についた。「いっただっきまぁす!」という健晴の声が遠くに聞こえる。皆が一斉に箸《はし》を取る姿さえ、まともに見ることが出来なかった。何故《なぜ》、どうしてと、そんな言葉ばかりが頭の中を渦巻いた。
「──法子? どうしたの。食わないの?」
和人が隣からこちらを見た。その目は、どことなく不安そうで、探るような表情をしている。
「──どうして」
法子は唇を噛《か》みしめて、やっとの思いで声を出した。騒《ざわ》めき始めた食卓が、一瞬静かになった。
「どうして、私にこんなものを食べさせるの」
震える唇の間から、やっとの思いでそれだけを言った。その途端に涙がこみ上げてきた。
「私は、皆の家族じゃないんですか、私、まだ信頼されていないんですか!」
言った途端、法子はその場に泣き崩れた。頭の上から一斉に「何を言ってるの」「落ち着きなさい」という声がする。
「分からない、分からないわ──どうしてこんなキノコを食べさせるんですか。皆は、私が嫌いなんですか、私をどうしようっていうんですか」
泣きながら、法子は必死で訴え続けた。こんなに信じたいと思っている、こんなにも家族に馴染《なじ》もうとしている自分を、家族はまだ信じてくれていないのかと思うと、情けなくてたまらない。
「可哀相に、可哀相に。また、そのお友達に何か言われてきたんじゃないのかしらね」
ふみ江のわざとらしい声がする。法子は、食卓に顔を伏せたまま、激しくかぶりを振り続けた。
「誰も本当のことを言ってくれないじゃない。私の質問には、誰も答えてくれないくせに! 迫害って、何だったんですか、たくさん涙を流したって、どういう意味なんですか!」
だが、それに答えは返ってこなかった。ただ、隣から誰かが法子の背中をさすり続けるばかりだ。それは和人に違いなかった。法子は、和人に食ってかかりたかった。彼の胸ぐらを捕まえて、ありったけの不満をぶつけたかった。
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