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暗鬼25

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     25 その週末、知美は昼過ぎに小金井の駅に現れた。手|土産《みやげ》を提《さ》げて、白いコットン・パンツに華《は
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     25
 その週末、知美は昼過ぎに小金井の駅に現れた。手|土産《みやげ》を提《さ》げて、白いコットン・パンツに華《はな》やかなプリントのシャツという出で立ちの彼女は、幾分緊張した表情ではあるけれど、勤めに行く時の服装とは打って変わって、まだ学生みたいに活動的に見えた。それに対して、法子は、その日は生成《きなり》の麻のワンピースを着て、いかにも涼しげに、そして若妻らしく見えることを心がけていた。「暑いわね」「本当にね」と言いながら、二人は並んで歩き始めた。
「例の家の前、通る?」
車の通りの多い街道《かいどう》を避け、わき道を並んで歩き始めると、知美はさっそく口を開いた。
「例の家って?」
「ほら、氷屋さんの前よ」
淡い水色の日傘の下から、法子はハンカチを握りしめたまま「ああ」と微笑《ほほえ》んだ。言われるだろうと思っていたことだ。だから、しっかり覚悟をしていた。
「見たければ、通るわよ。ビニールのシートをかぶせてあるから、何も見えないけど」
余裕のある口調で答えると、知美はわずかに口を尖《とが》らせて「何だ」と言っただけだった。
「いつまでも放ってはおけないから、早く建て直そうとは言ってるのよね。でも、それほど広い土地じゃないでしょう? マンションは無理だし、中途半端みたいで、悩んでるの」
法子の説明に、知美は「マンションねえ」と頷《うなず》いた。
「何だか縁起が悪いわよね。ちゃんと、お祓《はら》いでもしてもらったほうがいいわよ」
法子はあくまでも微笑みを絶やさず、「そうね」と言いながら、落ち着いた歩調で氷屋の方へ向かった。どうせ、そちらから回るのならば、家の裏木戸の方へ抜ける近道があるのだと説明すると、知美はまた「へえっ」と感心した声を上げた。やがて、道路沿いに植わっている大きな欅《けやき》の木の向こうに、その場にそぐわない水色が見え隠れし始める。法子はさすがに穏やかに微笑んでばかりもいられなくなって、とにかく落ち着いて見せることだけを自分に言い聞かせた。
「──これ、かあ」
氷屋の前にさしかかると、知美はしげしげと水色のビニール・シートを眺めた。法子は「そう、ここ」と言いながら、自分はなるべくその残骸《ざんがい》を見ないようにしていた。
「この人達が、あんなことさえしなければ、私だってあんな馬鹿な疑心暗鬼にはかからなかったのに。迷惑な話だわ」
ため息混じりに言ってのけると、知美がちらりとこちらを見ているのに気づいて、法子はまた微笑みを浮かべた。余裕を失ってはならない、自信を失ってはならない。
「まあ、そういう言い方も出来るかもね」
だが、知美は、案外あっさりと頷くと、大して興味もそそられなかった様子で、再び歩き始めた。法子は、半ば拍子抜けした気分になりながらも、けれど、内心ではほっと安堵《あんど》のため息を洩《も》らしながら知美と並んだ。
「それで、身内の人は出てきたの?」
彼女の言葉に、法子は柔らかくかぶりを振った。哀れな一家のために、志藤家では永代供養をしてくれる、宗派とは無関係の慰霊塔のようなものを探しているのだと説明しながら細い路地に入り、いくつかの小さな角を曲がると、家の裏口にたどり着いた。
「さあ、着いたわ」
法子は日傘を畳み、汗をおさえながら、知美ににっこりと笑いかけた。裏木戸に手をかけると、隣から「へえっ、ここ?」という声がする。
「これが裏木戸なわけ? 普通の家の門よりも、ずっと大きいじゃない」
知美はぽかんとした顔で門と、その向こうを眺めている。いくら見上げたところで、大きな木に囲まれているのだから、家の全体までは見えるはずがない。それでも、その土地の広さと屋根の大きさくらいは、十分に察することが出来るはずだった。
「すごい──聞きしに勝る、大邸宅じゃない!」
彼女は嘆息ともつかない息を吐き出し、またも「ここが」と小さく唸《うな》った。法子は、今度こそ勝ち誇った笑みを浮かべることが出来た。
「まわりに木が多いせいもあるんだろうけど、東京とは思えないくらい、クーラーなんか使わなくても意外に涼しいのよ」
知美は「そりゃあ、そうでしょうとも」と大きく頷いた。
「これじゃあ、電話で待たされるわけだわ」
彼女は奇妙な感心の仕方をして、改めて家を見回す。そして、もう一度「ふうん」と言うと、しげしげと法子を見た。
「こういう家に嫁いだんなら、無理もないわね」
「こういう、家?」
法子は怪訝《けげん》そうに小首を傾《かし》げながらも、努めて機嫌の良い表情を崩さなかった。家に入ってしまえば、こちらのものだ。もう、決して知美のペースにははまらない自信がある。何しろ家には味方がいる。
「今時よ、東京でこれだけの家を維持しようと思ったら、それだけで色々な思惑やら、噂《うわさ》やらが交錯するっていうことよ。それに、いかにも曰《いわ》く有りげなお宅じゃない」
「失礼ねえ。大きな家だから、そう見えるだけよ」
知美の毒舌には慣れている。法子はゆっくりと微笑みながら、裏木戸を引いた。
「陰謀、策略、そりゃあ、あれこれと渦巻くことでしょうよ。そういう暗雲っていうの? 家の上に渦巻いてるっていう感じがするわね」
知美はなおもそんなことを言いながら、物怖じもせず、すたすたと木戸を抜ける。法子は、見る人によっては、そんな風に感じるものだろうかと意外な気がして、けれど、それは全て家の古さと大きさから来るものだと考え直した。所詮《しよせん》、小さなアパート暮らしを余儀なくされている人間は、都会の大邸宅にそんな程度のひねくれた感想しか抱けなくなっているのに違いない。かつての級友に、ここで大きく水をあけられたことを、彼女だって感じていないはずがない。ただ「負け」を認めたくないだけなのだ。
「お義母《かあ》さん、ただいまあ」
玄関に回って大きな声を出すと、居間の方からぱたぱたとスリッパの音がする。そして、普段着よりも少しだけ気を使った服装の公恵が笑顔で出てきた。
「まあまあ、よくいらっしゃいました。暑かったでしょう」
「初めまして。大熊知美と申します。大隈重信のおおくまではなくて、巨大な熊の大熊なんですが」
「あらあら、まあ、面白いお友達だこと。とにかく、お上がりになって」
彼女は緊張した笑みを浮かべて、馬鹿丁寧に頭を下げている。法子は、そんな神妙な面もちの知美を見たことがなかったから、おかしくなってしまった。それから、彼女は次々に現れる家族と、彼らの笑顔、賑《にぎ》やかな笑い声に対して、ひどく戸惑い、すっかりペースを崩された様子だった。法子は、応接間で彼女と向かい合いながら、初めてこの家を訪ねた時のことを思い出していた。あの時の法子も、今の知美と同じに、和人の家族の明るさと気さくさに当惑し、感激したものだった。
──それは間違いじゃなかった。絶対に。
「ちょっと、優しそうなお姑《しゆうとめ》さんじゃないよ」
二人きりになると、知美は声をひそめて身を乗り出してきた。
「それだけじゃなくて、おばあさんも、妹さんも、にこにこしていて、好さそうな人達じゃないの。あれ、別に、演技っていうわけじゃないんでしょう?」
彼女はすっかり感激した様子で、瞳をきらきらとさせている。法子は満足してゆっくりと頷《うなず》いた。
「私もね、初めて会ったときには猫を被《かぶ》ってるのかと思ったのよ。でも、一緒に暮らすようになってからも、ずっと同じ。まるで飾り気のない人達なのよね」
「あんな人達と暮らしてて、あんた、どうして疑心暗鬼になんかかかったんだろう」
知美は不思議そうな顔で口元をとがらせ、半ば法子を責めるような目つきになる。法子は苦笑し、麦茶を注がれて汗をかいているタンブラーを指で撫《な》でた。水滴がガラスを滑り落ち、レースのコースターに染み込んだ。
「今にして思えば、申し訳ないことをしたと思うの、つくづく」
「大方、幸せボケでも起こしたんでしょう。嫌だな、私までとんでもない誤解をしてたみたいで」
知美は、すっかりリラックスして、畳の上に足を投げ出し「ああ、涼しい」と深呼吸をしている。今夜は、庭でバーベキューをすることになっている。昨夜のうちに和人が炉を作っておいてくれたし、下ごしらえも済んでいる。公恵達は「家事のことなんかいいから」と幾度も言ってくれていたから、法子は安心して知美とのお喋《しやべ》りに興じることが出来た。
「やあ、いらっしゃい」
やがて、いつもよりも随分早い時刻に和人が帰ってきた。知美はまた緊張した顔になったが、少しの間、和人も交えて話をした後、また声をひそめた。
「結婚式の時と、随分印象が違うわね」
「そう? どこが?」
法子は不思議になって知美を見た。毎日顔をあわせている法子には、和人は別に変わったとも思えない。
「逞《たくま》しくなったっていうか、自信に満ちてるっていう感じ。まあ、式の時には緊張もしてたんだろうけどね」
確かに、そう言われてみれば、最近の和人は身のこなしから口調にいたるまで、とても落ち着いている気もする。前よりも良い印象を与えるのならば、それは良い結婚をしたという証拠だと思う。
──つまり、彼は私を選んで正解だったっていうこと。私も──私も、彼と結婚して正解だったのよ。そうに違いないの。
やがて日も陰ってきて、少しは気温が下がってきた頃、家族は全員が庭に出て、バーベキューを始めた。松造は、ピクニック用の長|椅子《いす》に寝かされ、ヱイも白木のベンチにちょこりと座って、家族がとってやる料理を少しずつ食べる。暗くなってくると健晴はふみ江に付き添われて花火を始めたし、綾乃は公恵を手伝って次々と新しい肉や野菜を切り出して来、和人は火の番、武雄は珍しくビールを飲むという具合で、家族は各々が好き勝手なことを言い、笑い、食べ、飲んで、実に賑《にぎ》やかに晩夏の宵を楽しんだ。知美は家族の誰とも気軽に言葉を交わし、法子には真似《まね》の出来ない軽妙な冗談を飛ばして家族を笑わせた。テリトリーに一人の異分子が入り込んできただけで、なぜだか家の雰囲気は随分違って感じられた。
「大勢で食べると、本当に楽しいですねえ」
知美は盛んにそんなことを言いながら、次々に焼けてくる料理を頬張《ほおば》る。
「うちは、いつもこんななのよ。よろしかったら、いつでもいらしてね」
公恵に言われた時の彼女は心底|嬉《うれ》しそうだった。そして、いつしか和人に庭が見たいと言い出した。和人は気軽に「もちろん」と頷き、懐中電灯を片手に彼女を連れて闇《やみ》に消えてしまった。法子は、なぜだか自分の方がこの集団からはみ出てしまっているような気分にさせられた。家族は皆が知美に神経を集中している。彼女の冗談に耳を傾け、彼女の皿のあき具合を心配する。法子の友達だからこそ、皆は親切にしてくれているのだと、理屈では分かっていながら、それでも法子の中には淋《さび》しさが募っていった。孤独を感じる必要など、どこにもありはしないではないか、自分は家族の一員なのだと言い聞かせながら、それでも法子はひどく心細い気分にさせられて、その夜を過ごした。
「ああ、まだお腹が膨れてるわ。よく食べたなあ」
その夜は、客間に二組の布団を敷いて、法子は知美と並んで眠ることになった。全ての後かたづけを終えて法子が風呂《ふろ》から上がると、知美は法子が貸してやったパジャマを着て、早くもごろ寝をしていた。障子窓はまだ開けてあって、早くも秋の虫の音が聞こえ始めている暗い庭が広がっている。昔ながらの蚊取線香の匂《にお》いが漂い、渡り廊下の軒先に吊《つ》るしてある風鈴が、時折ちりん、と鳴った。
「東京でよ、こうやって窓を開け放って寝られるなんて、信じられないわ。こんなに広いお庭があって、涼しい風が入ってきて」
「さすがに、眠る時には閉めるわよ」
法子はくすくすと笑いながら、自分の寝室から持ってきた化粧水で顔を叩《たた》いていた。今夜は一人で眠ることになった和人は、つい今し方、法子を抱き寄せながら「つまらないな」と言ってくれた。その一言で、法子はさっきまでの孤独感を打ち捨てることが出来た。
「それにしても、賑やかなご家族ねえ。おじいちゃんも、大ばばちゃん? あの人達も、すごく元気だし」
法子は薄く笑いながら、化粧品を部屋の片隅に押しやり、自分も知美と並んで腹ばいになった。
「毎日が、お祭り騒ぎみたいなものよ」
「でも、おじいちゃん、良かったわね。ちゃんと喋《しやべ》れるようになって」
知美は煙草をくゆらせながら、満足気に呟《つぶや》く。法子は、自分も煙草が吸えたらこんな時には格好がついただろうにと思いながら、小さくため息をついた。
「──あれだけ文句の多い人が、喋れないふりをしてた時には、たいへんだったでしょうねえ」
法子は、ぼんやりと闇《やみ》を眺めていた。草の匂い、緑の匂いと共に、湿り気を含んだ土の匂いも漂ってくる。その空気の流れに、ほんの一筋程度、秋の気配が混ざり始めている気がする。
「喋れないふりって──」
知美がぎょっとした顔になったのが分かった。けれど、法子は真っ直ぐに闇を見つめていた。
「そうだった? そういえば、そんなこと言ってたんだった?」
法子は深々とため息をつきながら、半ば自分を嘲《あざけ》るように笑ってみせた。知美は急に真面目《まじめ》な顔になって、布団の上に起き直った。
「どういうことなのよ。もう、迷いは晴れたんじゃないの? あんたの疑心暗鬼だったんでしょう?」
「──晴れたわよ」
法子は、体内に危険信号が点《とも》りそうになるのを感じながら、なぜだかその信号を無視したい気持ちになっていた。あんなにも、自分の幸福な新婚生活を見せつけたいという思いが働いていたのに、今は、知美が思っている程に大家族は気楽なものではないのだと言いたい気持ちが強くなっている。客として、一度くらい覗《のぞ》いたくらいでは、本当の家族の姿など分かるはずがないのだと言いたかった。
「これだけの人数で暮らしてるんだもの。色々、あるわよ」
「だって、疑問は解決したんでしょう? 法子、そう言ってたじゃない。だから、私も安心しきってたのよ」
知美は急に真剣な顔になって、身を乗り出してくる。その瞳の奥には恐怖とも不安ともつかないものが揺らめいていた。彼女は一瞬背筋を伸ばして辺りの気配を探り、それから押し殺した声で早口に囁《ささや》いた。
「私、すっかり安心してたから、だから泊めていただくことにしたのよ。氷屋のことだって、チョウセンアサガオのことだって、本当は私はきっちりとした説明を聞きたかったのよ。でも、他人が根掘り葉掘り聞き出すのも良くないかと思って、法子が『解決した』って言うんなら、そうなんだろうと思ったんだから」
ついに、危険信号が体内に警報を発令した。喋るな、考えるな、質問するなという指令が体内を駆け巡る。法子は、ほんの少しの間、その指令に抗《あらが》うことを試み、次の瞬間にはいともあっさりと白旗を上げることにした。そんなことに背いても、何も変わらないことは分かりきっていた。
「──そうよ。解決したの」
「じゃあ、どうしておじいちゃんは喋れたなんて言うの? あんた、本当はまだ疑ってるんじゃないの?」
法子は急に疲れを感じて、布団の上に仰向けになってしまった。知美の、真っ直ぐに投げかけてくる視線を受け止める力など残っていない。余計なことを言ってしまったと後悔した。
「ねえ、あの人達、本当はお芝居してたんじゃないの? いつもは、あんなににこにこしてなんかいないんじゃない? ちょっと、法子」
「何、心配してるのよ。それこそ、余計な勘ぐりっていうものよ。さあ、寝ましょう、もう」
大きく深呼吸をして言うと、知美はそれきり口を噤《つぐ》んでしまった。随分長い沈黙の後、「あんたが、そう言うんなら」という呟きが聞こえたが、法子はもう目を閉じていた。ここは、自分のテリトリーだ。それなのに、彼女が来ただけでペースを崩して、余計なことまで考えそうになったことに腹が立ってならなかった。
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