ナイトクラブで歌ってたころ、パーティーや結婚式で歌う仕事などもしていたんだけど、こないだそのころした仕事のひとつを、ふと思い出した。歌手として私がした仕事の中で、これがいちばんなさけない仕事かもしれない。でも面白いので書くことにした。
それは、カラオケ用品の展示用の歌手をするというやつ。でっかい画面のモニターに、あなたの歌っている姿が映し出されます、という商品で、まあそのころはめずらしかったわけ。小ホールみたいなところへ、そういう、カラオケとか、照明とか、商業用の電気製品がいろいろ並んでいて、そこへ、私ともう一人、男の歌手が呼ばれて、ぼんやり待ってんの。で、お客が来たら、おもむろに立ち上がって、カラオケでムード歌謡なんかを歌う、それが大画面に映し出される。二人ともちゃんとクラブ歌手ふうのかっこしてきたから、まっ昼間の展示会の明るさの中で、とてもへんだった。歌う私たちの姿を大画面で見て(今にくらべたら、けっこううつりの悪い画面だった)、「このカラオケモニターセットを、うちの店にも置こう」と思ってくれた人は、果たしていたのだろうか。いっしょにきた男のヴォーカルの人も、ふだんはハンサムで通っている人だったが、やはり展示会の中では間の抜けた人に見えてしまっていた。
帰りに、その仕事を紹介してくれた人が、紙ナプキンにくるんだ二万円をくれた。「こんなにもらってうれしいでしょ」と言われたが、複雑な気持ちだった。二万円というお金をもらったことは確かにうれしい。肉体的にはつらい仕事というものでもなかった。しかし、「ラッキー」というようなうれしさはなかった。「一時間いくら」でもなく「人を楽しませていくら」でもなく「かっこ悪い私を売っていくら」の、トホホな仕事。人生って、やっぱりいろいろね。