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シャドウテイカー アブサロム25

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:7 タクシーを降りた葉は、東桜大学の正門の前に立っていた。今日も休日ではないはずだったが、鉄格子《てつごうし》の門が閉ざ
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 タクシーを降りた葉は、東桜大学の正門の前に立っていた。今日も休日ではないはずだったが、鉄格子《てつごうし》の門が閉ざされている。
「構内《こうない》施設点検のため、関係者以外立ち入り禁止」
 という貼《は》り紙があった。構内にはほとんど人の姿はないが、何人もの制服警官が歩いているのが見えた。昨日、自分たちがボルガと戦ったせいに違いない。給水タンクの蓋《ふた》が外れて、そこから大量の霧《きり》が噴《ふ》き出したのだから、騒《さわ》ぎになるのは当然だった。単なる事故ではなく、事件の可能性も疑われているのかもしれない。
葉は向きを変えて、横断歩道を渡った。道路の反対側は、小高い土手が続いている。桜並木の続くちょっとした遊歩道になっていた。彼女は石造りの階段を上がって、東桜大学の正門が見下ろせる場所に立つ。大学が閉鎖《へいさ》されていることを知らない学生たちが、時々やって来ては回れ右をして去っていく。
これでは大学にいるというカゲヌシなど探しようもない。用事がないのなら、本当はこの場所から離《はな》れたかった。もうすぐ裕生《ひろお》たちが来てしまうはずだ。子供のような態度をとった自分が恥ずかしかったし、裕生と顔を合わせて「なんであんなことしたの」と質問されたら、どう答えていいか分からなかった。
(わたし、迷惑ばっかり)
時々、葉《よう》は裕生に「黒の彼方《かなた》」のことを知られない方がよかったかもしれないと思う。そのことを考えると胸が苦しくなる。
裕生が一緒《いっしょ》にいてくれなければ、本当にどうしたらいいか分からない。しかし、裕生を危険にさらしている。もちろん、彼に話せば「そんなこと気にしなくていい」と言われるのは分かっている。もし、「黒の彼方」にとりつかれていることが分かった時、加賀見《かがみ》からいなくなっていれば、裕生はずっと自分を心配し続けただろう。
ただ、迷惑をかけるのと、心配をかけるのはどちらがいいことなのだろう。裕生が考えなくてもいいことに、彼を巻きこんでいることには変わりは——。
(……ちがう)
葉は首を振った。本当はそれだけではない。自分一人だけのことにしておきたかった理由は他《ほか》にもある。「黒の彼方」を裕生に見てほしくないのだ。カゲヌシに裕生を関《かか》わらせれば関わらせるほど、自分が人間ではない部分を見せつけている気がする。
彼女が恐れているのは、これから先のことだった。今は裕生は葉のそばにいてくれる。しかし、「黒の彼方」はゆっくりと彼女の意識《いしき》を食い尽くしていく。どこかで、葉が葉でなくなる瞬間《しゅんかん》が来るかもしれない。今のままでは、それを真っ先に裕生に見せてしまうことになる。それがなによりも怖かった。
葉は物思いに沈んでいた。まっすぐ自分に向かって歩いてくる男に、まったく気づいていなかった。
「今日は一人なんだね」
柔《やわ》らかい声に振り向くと、驚《おどろ》くほどきれいな顔立ちをした背の高い男が立っていた。年齢《ねんれい》は二十代の前半というところで、白いシャツにほとんど同じような淡い色のパンツを身に着けている。周囲の空気に溶けているように、輪郭《りんかく》がはっきりしなかった。
「……あの」
「ぼくが誰《だれ》なのか分かる?」
「いいえ」
と、葉は答えた。そういえば、昨日大学の門のあたりで会った気がする。
「ぼくも君をよくは知らない」
と、彼は言った。
「でも、君に取りついているもののことは知っているよ」
「えっ?」
「……君に取りついているのが『同族食い』だね」
葉《よう》ははっと息を呑《の》んだ。それを知っているということは、この男はカゲヌシの「契約者」に違いない。彼女は距離《きょり》を置いて身構える。必要があれば、いつでも「黒の彼方《かなた》」を召喚《しょうかん》するつもりだった。
男の姿かたちには、普通の人間と変わったところは何もない。葉にはこの男がカゲヌシに取りつかれているかどうか、判断はできなかった。
「君がここに来たのは、誰《だれ》かがぼくの居場所を知らせたからかい?」
「違います」
と、葉は答えた。
「今日は天内《あまうち》茜《あかね》と一緒《いっしょ》じゃないのかな?」
この男はどうして天内茜が葉に協力を持ちかけたことを知っているのだろう。彼女の顔色が変わったことに気づいたのか、彼は微笑《ほほえ》んだ。
「カゲヌシはね、知能が高ければ高いほど、感覚が鋭《するど》い」
と、男は言った。
「つまり、天内茜たちよりも、ぼくたちの方が五感が優《すぐ》れているんだ。昨日、君たちが戦ったのは知っている。戦いが終わっても、どちらのカゲヌシも生きていた。多分《たぶん》、ぼくを追いつめるために協力することにした、そんなところだろう?」
「あの人の家族を殺したんですか」
天内茜の話が本当なら、目の前にいるこの男が、三人の人間を無残に殺したことになる。しかし、男は首を振った。
「残念だけど、ぼくが彼女の家族を殺したわけじゃない。いや、ぼくであってぼくではなかったと言うべきかな。ぼくの分身が殺したんだ」
男は言葉を切る。葉は「ヒトリムシ」にとりつかれた志乃《しの》を思い出した。彼女はカゲヌシに精神を乗っ取られて、何人もの人間を殺すことになった。この男も似たような状態にあるのではないだろうか。
「あなたからカゲヌシを引き離《はな》します」
葉は男に言った。一匹でも多くのカゲヌシを倒して、人間を助けたかった。しかし、彼は答えない。驚《おどろ》いたように、かすかに目を見開いただけだった。
「ぼくたちはそんなことを望んでいない。完全に意識《いしき》は一体化しているんだからね……そもそも、君はなにも分かっていないようだ」
「え?」
「静かなところで、君と話をしたい。とても大事な話だ」
行ってはなりません、と葉の中で「黒の彼方」が囁《ささや》いた。それは葉にも分かっている。この男は危険だ。もう少し待てば、裕生《ひろお》と茜《あかね》がやって来るはずだ。時間を稼《かせ》がなければならない。
しかし、葉《よう》が口を開く前に男は言った。
「君が一人で現れてくれて好都合だったよ。彼女にも用があるけれど、君とは全く別の用事だからね」
男は胸のポケットからカードを出して、葉に見せた。東桜《とうおう》大学の学生証だった。「社会学部四年 玉置《たまき》梨奈《りな》」という名前が印刷されている。
「ぼくたちは昨日、その女を攫《さら》った」
葉の背筋にぞくりと寒気が走った。カードは踏《ふ》みつけられたようにゆがんで、べったりと髪の毛がこびりついていた。
「体の自由を奪《うば》って、とある場所に置いてある」
と、男は言った。子供がつかまえてきた虫のことを話しているような口調《くちょう》だった。
「君がぼくたちと一緒《いっしょ》に来なければ、彼女の生命は保証できない。あのままにしておけば死ぬだろうね。君は人間が死ぬことに敏感なんじゃないかな」
葉は確信《かくしん》した——目の前のこの男の意識《いしき》は、完全にカゲヌシに乗っ取られている。話し合いなど無駄《むだ》なことだった。人質《ひとじち》を取られている以上、ここで戦うこともできない。男に従うしかなかった。
「あなたは誰《だれ》ですか」
彼女の声はかすかに震《ふる》えていた。
「契約者の名の方は教えられないな。カゲヌシの名は『アブサロム』だ」
男は葉を目で促して、歩き出した。
「……さて、出かけようか」
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