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シャドウテイカー アブサロム36

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:9(なるほど)双頭の黒犬は内心呟いた。「黒の彼方」は壁の一隅を見つめている。壁と床がじわじわと金属に変化しつつあったアブ
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(……なるほど)
双頭の黒犬は内心呟いた。「黒の彼方」は壁の一隅を見つめている。壁と床がじわじわと金属に変化しつつあった——アブサロムの仕業《しわざ》だ。
床と外壁を中心に金属化は進んでいる。そこに触《ふ》れれば、カゲヌシといえども金属と化してしまう。まず、こちらを逃がさないことと、敏捷《びんしょう》さの増した「黒の彼方」の行動|範囲《はんい》を狭めることが目的なのだ。
「黒の彼方」の三つの頭のうち、一つが失われ、もう一つが眠りに落ちたまま目覚めない。失われた頭は主に感覚情報を、眠っている頭は記憶《きおく》をつかさどっている。
以前の記憶を不完全なかたちでしか呼び出せないため、自分がどうしてそのような状態に陥ったのかも、はっきりとは分からなかった。あのアブサロムにも前にいた世界で会ったことがあるのかどうか、判然としなかった。敵がこちらの手の内をどの程度知っているかが分からない。戦う上でこれほど厄介《やっかい》なことはなかった。
今、思考しているのは唯一無事な右側の首であり、そこが雛咲《ひなさき》葉《よう》の肉体も含めた司令塔だった。いずれにせよ、手元にある要素で戦っていくしか方法はなかった。
(そろそろか)
床は半分ほど金属化を終えている。それだけ「黒の彼方《かなた》」が着地可能な場所も減っていた。だとすれば、次の一手も予想がつく。
反対側の壁《かべ》の近くに、ずんぐりとした体の鳥のシルエットが浮かんでいる——ボルガだった。そして、その周囲から白い霧《きり》が急速に広がりつつあった。
「……視界を奪《うば》うつもりか」
と、葉《よう》——正確《せいかく》には、葉の口を借りた「黒の彼方」が言った。
「え?」
裕生《ひろお》は思わず聞き返した。二人は三階まで上がってきていた。ちょうどビルの真ん中あたりの階だった。
「ここで止まりましょう」
下のフロアと同じように、ここにもほとんど視界を遮《さえぎ》るものはなかった。ただ、何箇所か天井《てんじょう》に穴が開いている。これより上の階ではすでに解体作業が進んでいるのだろう。彼女はつかつかとフロアの中央に行って立ち止まった。
「……どうしてそんなに速く走れるんだよ。雛咲の体だろ」
息を切らせながら、彼はその後についていった。
「神経系の情報処理を効率的に行っているだけです。この肉体も私の支配下にありますから」
裕生は彼女の隣《となり》に立って、ぐるりと周囲を見回す。どこからも見える場所よりも、どこかの物陰の方がいいのではないかと思ったが、それを口にする前に彼女が振り向いて言った。
「ここなら、下から上がってきた相手を見逃すことはありません。それに、どちらにせよこの建物では隠れる場所はない。それと、もう一つ」
彼女は外壁《がいへき》を指差した。じわじわと染みが広がるように変色していた。「アブサロム」の力だった。少しずつ壁そのものが金属の塊《かたまり》になりつつあった。
「あれは……」
「この建物全体を金属化しているのでしょう。まず外壁を覆《おお》って、こちらの出入りをしにくくするつもりですね」
裕生《ひろお》はぞっとした。それだけ広範囲《こうはんい》を金属化できるのだとしたら、建物の中にいるのは危険だ。
「……外に出た方が」
「敵《てき》が狙《ねら》っているのはそれでしょう。おそらく、建物の外で待ち構えているはずです。それに、下の階ではボルガがわたしを足止めしています。出て行ったところで、『アブサロム』とは戦えません」
冷静、というよりは、まったく感情を感じさせない声で彼女は言った。普段《ふだん》の葉《よう》と似ているようで全く違っている。葉は無愛想だが、感情がないのではなく隠《かく》しているだけだ。
「ここがこの建物の中心です。外壁《がいへき》から金属化しているということは、ここは最後まで無事、ということになります。全体を金属化しているせいで、しばらくは時間がかかります。今は動かないのが上策《じょうさく》です」
裕生は下へ通じる階段から白いもやが立ち上ってくることに気づいた。それはゆっくりと三階のフロアをも覆《おお》っていく。
「ひょっとして、下の階でボルガは霧《きり》を出してる?」
おそるおそる裕生は尋ねた。
「ええ」
と、葉の口が動いた。かすかにその眉《まゆ》が苦痛に歪《ゆが》む。
「視界が奪《うば》われました」
 さながら白い闇《やみ》の中に「黒の彼方《かなた》」はいた。
ボルガの嘴《くちばし》が通りすぎざま、黒犬《くろいぬ》の肩をわずかに抉《えぐ》っていく。かすり傷で済んだのは、視覚ではなく聴覚《ちょうかく》で近づいてくる方向を察していたからだ。司令塔を統合した効果で、昨日戦った時よりは聴覚が鋭敏《えいびん》になっている。耳に入る音自体の大きさには変化はないが、より細かい音の違いを瞬時《しゅんじ》に判別できるようになっていた。
羽ばたきの音が再び近づいてくる。飛びついた「黒の彼方」は、敵の腹部を食いちぎった。しかし、着地した右の前足の先端にひやりとした冷たさを感じた。
次の瞬間、黒犬は近くの柱に向かって飛んだ。金属化した床に触れた足の感覚が消えている。もう一瞬、長く床に接していたら、一体化していたはずだ。
柱や壁《かべ》の位置関係はすでに完全に把握している。「黒の彼方」は柱に爪《つめ》を出して取りつこうとする。
(……くっ)
鉄に変えられた右脚《みぎあし》をうまく使いこなすことができない。仕方なく残る三本の脚の爪をコンクリートに食い込ませて、自分の体を支えた。
空を飛ぶカゲヌシに対する怒りが膨《ふく》らんでくる。屈辱《くつじょく》によるものではなく、食欲から来る苛立《いらだ》ちに近い。人間の言うところの「感情」をほとんど持たないこのカゲヌシの、数少ない心理的な反応だった。
しかし、すでに相手の速さと間合いはだいたい記憶《きおく》している。次の攻撃《こうげき》を待ち、今度こそ一撃のもとに倒す——すると、今までとは全く別のものが迫ってくるのが聞こえた。
危険を察知した「黒の彼方《かなた》」はまだ金属化していないと思われる床へと飛んだ。その瞬間《しゅんかん》、鈍い振動とともに今までとりついていた柱がびしりと音を立てた。
(……水か)
例の水流による攻撃に思えたが、ボルガの操《あやつ》る水だけでコンクリートの柱にひびが入るとは思えなかった——おそらく水の力を使って、鉄の破片を撃ち出しているのだろう。繰り返されれば、柱ごと破壊《はかい》されかねない。
くわえて、着地できる床の範囲《はんい》も狭くなってきていた。あまり時間はなかった。
眠っている首には特殊能力がある。特殊な周波数の振動によって相手にダメージを与えることが可能だったが、使える回数には限度があった。この状態では、相手の位置が分からない。このカゲヌシを確実《かくじつ》に捕食したいという抑えがたい欲求があったが、だいたいの方向に見当をつけて攻撃をする以外に方法はないかもしれない。
その時、再び「黒の彼方」を水流が襲《おそ》う。今度はフロアの角に向かって大きく飛んだ。
 ボルガは静かに羽ばたきながらゆっくりと移動していった。ボルガはアブサロムの意志でこの「同族食い」と戦っている。黒い犬《いぬ》の居場所は、カゲヌシの発する「サイン」によって見えなくとも正確《せいかく》に分かる——敵は今、フロアの角に近い柱に取りついている。
今、ボルガの腹には抉《えぐ》り取られた傷がある。この鳥は知能こそ発達していないものの、危険を察する能力には優《すぐ》れている。この相手には接近戦を挑んではならない、ということは分かっていた。
鳥は「黒の彼方」が真横から見える位置に音もなく静止した。相手には気づかれていないはずだった。空中に巨大な水球が生まれ始めた。ボルガは既《すで》に勝利を確信していた。フロアの角では退路は制限されている。こちらの攻撃が広範囲に及べば、逃げることは不可能だ。
ボルガはさっき放ったものに倍する巨大な水球を背後に育てていった。天井《てんじょう》から床までに達するような球体にまで育った時、不意にボルガの耳はかすかな空気振動をとらえた。なんのダメージも与えない、ごくわずかな音波にすぎなかった——「黒の彼方」は攻撃する方向を間違えたに違いなかった。
水球を発射させようと身構えた瞬間、「黒の彼方」が柱から消えた。未《いま》だに無事な柱や床を次々と蹴《け》りながら移動する。今までで最も素早《すばや》い動きだった。
そして、正確にこちらに迫ってきていた。ボルガはようやく気づいた。今の音波は攻撃ではない。音の反射によってこちらの居場所を探るためのものだったのだ。
身を翻《ひるがえ》そうとしたボルガの逃げ道を、背後の水の塊《かたまり》が塞《ふさ》いだ。白い霧《きり》の向こうから、唐突《とうとつ》に大きく開いた獣《けもの》の顎《あご》があらわれた。
 葉《よう》の目が突然開かれた。
「……倒しました」
裕生《ひろお》は思わずあたりを見回した。霧のせいでほとんど階段は見えなくなっている。
「あの鳥の居場所を探り当てました」
と、葉は言った。どうやら下の階でボルガを倒した、ということらしい。
突然、葉の表情が虚《うつ》ろな、恍惚《こうこつ》としたものに変わった。一瞬《いっしゅん》唖然《あぜん》とした裕生だったが、その意味を悟って思わず目を背《そむ》けた。同族食いである「黒の彼方《かなた》」が敵《てき》を倒したとしたら、次にすることは一つだけだ。おそらくは普段《ふだん》の葉が他人に見せたいとは望まない表情だった。
ふと、裕生の背筋に説明のつかない悪寒《おかん》が走った。
フロア全体を覆《おお》っている霧。下の階や外にのみ向けられた注意——「黒の彼方」が支配する葉に、気づかれることなく近づくのはアブサロムといえども容易ではないはずだ。しかし、下の階でのボルガとの遭遇《そうぐう》が、最初から「黒の彼方」に与えられた餌《えさ》だとしたら。
飢えた獣が最も注意力を失うのは、獲物《えもの》にありついた瞬間ではないだろうか。
(しまった)
と、思った瞬間、天井《てんじょう》に開いていた穴から人影《ひとかげ》がひらりと降り立った——あの男だった。
(最初から上の階にいたんだ)
ボルガが事前にこの男をビルの上階に運んでいたのだ。
葉はまだ男に気づいていなかった。裕生は迫ってくる人影と葉の間に体を滑り込ませ、力いっぱい彼女を突き飛ばした。そして、男の体にしがみつこうとする。男はうるさそうに左腕で裕生の体を払いのけたが、彼はよろけながらも相手の二の腕を自分の両腕でしっかりと抱きこんだ。
男の左腕に接している部分が感覚を失うまで、一秒もかからなかったと思う。裕生の両腕と上半身の前半分が、服ごと重い金属と化していた。彼は突然自分の体に増した重みに耐えかねて、その場にどんと膝《ひざ》をついた。コンクリートの欠片《かけら》がジーンズごしに膝頭に食いこむ。
鉄製の置き物と化した両腕から、男の腕がするりと抜け出す。
「えっ」
最初はなにかの見間違いだと思った。
裕生が垣間《かいま》見たのは男の左の手のひらだった。焼きごてを当てたように、くっきりとそこには描かれているマークがあった。
それは六芒星《ろくぼうせい》だった。
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