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シャドウテイカー ドッグヘッド16

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:第三章 「闇の奥」1 電車がホームに滑《すべ》り込んできたのは、午後九時を過ぎた頃《ころ》だった。西尾《にしお》みちるは
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第三章 「闇の奥」

 電車がホームに滑《すべ》り込んできたのは、午後九時を過ぎた頃《ころ》だった。
西尾《にしお》みちるはほっと息をついた。彼女はホームのベンチに座って、包帯や消毒液の入ったバッグを膝《ひざ》に載せている。着ているのはジーンズとフードのついたトレーナーで、いつものように動きやすい服だった。
(やっと帰ってきた)
裕生から電話があったのはもう二時間近く前だった。裕生が新宿《しんじゅく》駅にいる、と聞いてみちるは息が止まるほど驚《おどろ》いた。新宿でなにか大事件が発生したというテレビの臨時《りんじ》ニュースを見ていたところだったからだ。
テレビ局は電車の脱線《だっせん》や交通事故や火災の状況を中継で伝え続けていたが、奇妙なことにニュースではその「原因」についてはあまり触れていなかった。ただ、テロやガス爆発《ばくはつ》などの可能性とともに、猛獣《もうじゅう》が暴《あば》れているとの情報もある、と付け加えていた。死者と行方不明《ゆくえふめい》者は合わせて少なくとも二百人を超えると言っていた。
裕生《ひろお》からの電話で、みちるはこの「事件」が蔵前《くらまえ》司《つかさ》のアブサロム・ドッグヘッドが引き起こしたものであることを知った。そして、佐貫《さぬき》と天内《あまうち》茜《あかね》が重傷を負って病院へ行き、裕生自身も少し手に怪我《けが》をしたらしい。結局、アブサロムを倒すことは出来ず、おそらくは裕生たちを追ってくるはずだということだった。
「あの電車か?」
いつの間にかベンチのそばに派手《はで》なシャツを着た大柄《おおがら》な男が立っている。裕生の兄の雄一《ゆういち》だった。かすかにタバコの匂《にお》いがするのは、今まで喫煙《きつえん》スペースにいたせいらしい。
みちるはうなずいた。裕生から電話を受けた後、唯一連絡した相手がこの雄一だった。他《ほか》に裕生たちの事情を知っている人間はいない。
「まったく、裕生たちも一言いってくれりゃ俺《おれ》も行ってやったのによ」
よほど不満なのか、さっきから何度もそうつぶやいている。みちるも行くべきだったと後悔しているが、雄一と違うのは一言いわれたのに断ったことだった。裕生と顔を合わせるのが恥ずかしかったからだ。
正直なところ、これから裕生と顔を合わせるのには抵抗があった。最近、避けているのも気づかれているし、どんな顔をしたらいいか分からなかった。
電車がホームに停《と》まった。どの車両も超満員で、ドアが開いた途端《とたん》に乗客たちがどっと外へ押し出されてきた。服が黒く汚れていたり、軽い怪我をしている人が大勢混じっている。被害の大きさを物語っているようで、みちるはますます不安になった。
この電車は加賀見《かがみ》が終点だったが、ほとんどの乗客が降りた後も裕生たちは姿を見せなかった。ダイヤが乱れているせいで、加賀見まで来る下りの電車はこれが最後のはずだ。ひょっとするとなにかあったのかもしれない、と思い始めた時、ようやく裕生たちが姿を現した。
裕生は葉《よう》に肩を支えられて、おぼつかない足取りで歩いていた。二人とも全身が灰をかぶったように汚れている。
裕生に会うのが恥ずかしい、という感情は一瞬《いっしゅん》でどこかへ吹き飛んだ。
「藤牧《ふじまき》!」
みちるは立ち上がって裕生に駆け寄る。驚《おどろ》いて後ずさりをしかけた葉を、裕生が力なく制した。彼の顔色は真《ま》っ青《さお》で、額《ひたい》には汗がにじんでいる。
「どうしたの!」
と、みちるは叫んだ。さっき電話で話した時は、決して具合が悪いわけではなさそうだった。ほんの数時間でどうしてこんな風《ふう》になってしまったのだろう。
「うん……揺られたせいだと思うんだけど、ちょっと手が……」
「手?」
そういえば少し怪我《けが》をしたと聞いていた。彼の左手を見下ろしたみちるは、ほとんど気を失いそうになった。不器用に布を巻き付けた左手はぱんぱんに腫《は》れ上がっている。明らかに骨折していた。
「どこが少しの怪我なのよ!」
ほとんど泣きそうになってみちるは叫んだ。
「裕生《ひろお》、医者行かねーとヤベーぞ、コレ」
と、雄一《ゆういち》が言った。裕生はぐったりとホームのベンチに体を預けている。顔色は相変わらずだったが、みちるの持っていた市販の痛み止めを飲ませたおかげで、だいぶ痛みは和《やわ》らいでいるらしかった。
裕生の左手には、雄一の発案で包帯の上から添え木代わりの雑誌が巻き付けてある。今はそれを首から三角巾《さんかくきん》で吊《つ》っていた。
「こんなん、ただの応急処置だからな」
「……大丈夫だよ。さっきよりだいぶ楽になったし」
薬のせいか、いくぶん不明瞭《ふめいりょう》な声で裕生は言った。
「蔵前《くらまえ》が来るまでもう少し時間があると思うけど、それよりも前にしなきゃいけないことがあるんだよ」
どうして加賀見《かがみ》に戻ってきたのか、裕生が一言も説明していないことにみちるは気づいた。ただ蔵前をどこかへおびき出すのが目的だったら、加賀見である必要はない。
(雛咲《ひなさき》さんはなにか知ってるのかな)
葉《よう》はベンチから少し離《はな》れて、熱心《ねっしん》に例の手帳をめくっているだけだった。彼女はさっきから一言も喋《しゃべ》っていない。おそらくはなにも知らないだろう。
「そのためにわざわざ帰って来たんだ」
裕生はベンチからゆっくりと立ち上がった。思ったよりも足取りはしっかりしている。
「それがうまく行ったら、蔵前もアブサロムから解放されると思う」
「え、どういうこと?」
と、みちるは尋《たず》ねた。裕生は眉《まゆ》を寄せてちらりと葉の顔を窺《うかが》った。彼女にはあまり聞かれたくないことなのかもしれない。しかし、その時葉が顔を上げて口を開いた。
「……レインメイカーに会うの?」
 電車を降りた時、葉は近づいてくるみちると雄一を見て驚《おどろ》いた。見知らぬ人間が親《した》しげに近づいてきたからだ。裕生からそれが「雄一」と「みちる」だと教えられたが、手帳をめくってもう一度驚いた。葉は裕生以外の他人の記憶《きおく》をすべて失っていた。顔や名前を思い出せないのではなく、裕生以外の人間と関《かか》わりがあったこと自体を忘れていた。
葉《よう》は駅のホームを見回す。ここもずっと昔から知っている場所のはずだった。今日《きょう》もここを通っている。しかし、今はもう馴染《なじ》みのない場所になっていた。
今日、既に二回「黒の彼方《かなた》」を呼び出したと裕生《ひろお》から聞いた。残り少ない記憶《きおく》をさらに削られたのだと思った。
そういえば、さっきもう一つ気付いたことがある。みちるは裕生を藤牧《ふじまき》と呼びかけたが、葉には最初それが誰《だれ》なのか分からなかった。裕生の名字《みょうじ》を忘れていた。
(裕生ちゃんのこと、忘れ始めてる)
もうそのことを認めざるを得なかった。今、自分がなにに追われているのか彼女は理解していない。裕生たちはその「追っ手」のことを話しているようだった。ここへ帰ってきて、これからなにかをするつもりらしい。
(でも、一緒《いっしょ》にいてくれるはず)
そう思うと安心することが出来た。
『この少年はあなたを置いていきます』
頭の中で「黒の彼方」の声が聞こえた。嘘《うそ》、と葉は思った。このカゲヌシの言うことをほとんど無視してきた。「黒の彼方」は信用ならない相手で、話を聞いても害になるだけだったからだ。
(そんなことしない)
しかし、他人についての記憶をなくすにつれて、「黒の彼方」の存在は彼女の中で大きくなりつつある。信用しないとしても、耳を貸さずにはいられなくなっていた。
『これから、彼はレインメイカーに会いに行くはずです。その場合はわたしたちを連れて行くことはない。聞いてみなさい、レインメイカーに会いに行くのか、と』
「……レインメイカーに会うの?」
気が付くと葉はカゲヌシの言葉をそのまま口にしていた。一瞬《いっしゅん》、裕生は戸惑《とまど》った様子《ようす》だったが、すぐにうなずいた。
「うん。どうしてもレインメイカーに会わなきゃいけない。詳しくは……話せないけど」
裕生は口ごもった。なにか大事な用があるらしい。しかし、葉はそのことにあまり関心を持ってなかった
「あの、わたしは?」
と、葉は言った。彼女にとってはそれが一番重要なことだった。
「できればレインメイカーを刺激《しげき》したくない。多分《たぶん》、例の幽霊《ゆうれい》病院にいるんだろうけど、ぼく一人で行った方がいいと思う。カゲヌシが近づかない方がいいと思うんだ」
葉は唇を噛《か》んだ。頭の中で「黒の彼方」のあざ笑う声が聞こえた。
(わたしを動揺させようとしているだけなんだ)
葉は必死に自分に言い聞かせた。裕生の言葉の中で、一人で行く、というところだけが心に重くのしかかっていた。裕生《ひろお》はみちると雄一《ゆういち》に小声でなにか言っている。今、葉《よう》にはなしてくれなかった話をしている気がした。
いつの間にか、みちるが葉の顔をじっと見つめていた。
「……ねえ、途中まで連れて行ってあげたら?」
と、彼女は裕生に言った。葉はみちるが気を遣《つか》ってくれたことに気づいた。
しかし、裕生は首を縦《たて》に振らなかった。
「でも万が一、蔵前《くらまえ》が追ってきた場合のことを考えないと。レインメイカーがこの街にいることをまだあいつは知らないんだ。葉が見つかった時、一緒《いっしょ》にレインメイカーの居場所まで知られるとまずいと思う」
それを聞いてみちるは黙《だま》ってしまった。どうやら、説得力のある答えのようだった。葉は悲しくなった。
「ま、そういうことなら二手《ふたて》に分かれた方がいいんじゃねーの」
と、雄一も言う。
「裕生は具合がよくねえし、葉は一人にしとくわけに行かねえ。俺《おれ》が葉と一緒にいて、西尾《にしお》は裕生と一緒にいるってのはどうだ?」
裕生もみちるもそれに納得したようだった。万が一、その「蔵前」が現れた時のことを考えて、雄一と葉は他《ほか》の人間を巻き込む恐れのない夜の学校で待つことになった。葉の関係のないところで、話は全部決まってしまった。
「葉もそれで大丈夫?」
と、裕生が言った。
「……はい」
「じゃあ、少し待っててね」
葉はうなずいた。
裕生と別々に行動するのが嫌《いや》だとは言えなかった。そんなことを言えば、裕生に迷惑をかけることになる。わがままだと思われて、嫌《きら》われるのはもっと嫌だった。
「今すぐ出よう」
裕生は改札口に向かって歩き始めた。葉はその後ろをとぼとぼとついて行く。ふと、みちるにぽんと肩を叩《たた》かれた。
「なるべく早く行って戻ってくるから」
と、彼女は囁《ささや》いた。みちるの気遣いが葉には嬉《うれ》しかった。ありがとう、と葉は小声で礼を言った。みちるにはなぜか葉の気持ちが分かっているようだった。
裕生にすぐにまた会えるのは分かっているつもりだった。しかし、葉の不安な気持ちは消えなかった——なんとなく、なにか不吉なことが起こりそうな気がした。
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