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シャドウテイカー ドッグヘッド19

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:4 時間は少し前にさかのぼる。加賀見《かがみ》高校に入り込んだ葉《よう》たちは、昇降口《しょうこうぐち》の前にある水銀灯
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 時間は少し前にさかのぼる。
加賀見《かがみ》高校に入り込んだ葉《よう》たちは、昇降口《しょうこうぐち》の前にある水銀灯の下に並んで座っていた。ここへ来るまでも、来てからも、葉は雄一《ゆういち》とほとんど口を利いていない。五分ほど雄一がどこかへ行った時、「ちょっと待ってろ」と言われ、「はい」と答えたのが唯一の会話だった。
彼女が今開いて見ている手帳によれば、この相手は生まれた時から知っている信頼出来る人物らしいのだが、裕生のいない今、その評価を裏付けるものがなにもなかった。
雄一はどこかから拾ってきたらしい金属バットを手に、先ほどから無言で素振りを繰り返している。どう見てもただの「怖い人」だった。
その「怖い人」の携帯が鳴った。雄一は素振りをやめて電話に出て、二、三言短い会話を交わして切った。電話の相手が誰《だれ》なのかは分からなかったが、かすかに聞こえてきた相手の声は女性のようだった。
「ふー」
電話が終わった後で、彼はため息をついた。それから、葉の方を向いてにやっと笑った。思ったよりもはるかに人なつっこい笑顔《えがお》だったので、葉は少し安心した。
「……あの、今の電話……誰からですか?」
気が付くと彼女はそう尋《たず》ねていた。
「ん、あー、裕生かと思ったか?」
葉は首を横に振った。裕生ちゃんだったらいいな、と思ったのは確《たし》かだったが。
「そうじゃないけど……女の人だったし」
「お、聞こえてたか。確かに女の人だ」
ふっと雄一の目が和《なご》んだ。驚《おどろ》くほど優《やさ》しい表情になったが、同時に少し寂しげにも見えた。
「……俺《おれ》の彼女だ」
「彼女……さん」
雄一は何度もうなずいた。
「今朝《けさ》会ったばっか……って、もう憶《おぼ》えてねーんだな」
「ごめんなさい」
「バッッッカだなお前。謝《あやま》ってんじゃねーよ」
雄一は葉の頭をぐりぐりと撫《な》でる。びっくりして体を引こうとしたその時、また携帯が鳴った。
「おう」
電話に出た雄一《ゆういち》は言った。相手はさっきと同じ「彼女」らしい。ふと、葉《よう》はその相手が電話の向こうでなにか大声で叫んでいるらしいことに気づいた。
驚《おどろ》いて雄一の顔を見る。彼には特に変わった様子《ようす》はなかった。
「ん、ああ……大丈夫だって、今んとこ……ま、とにかく家に帰れや……いいって。じゃあな」
と言って電話を切った。そして、また葉を見てにやっと笑う。
「あの……なんの用事、なんですか?」
今、切ったばかりなのにまた電話してくるのは普通ではない気がする。雄一の笑顔《えがお》が少し遠のいた。
「大した用事じゃねえよ……今どこでなにしてんのかって聞かれただけだ」
それだけの用事とはとても思えない。たとえそれが本当だったとしても、雄一はその質問に答えていなかった。
(わたしが忘れてるだけなのかも)
その事情を葉も知っているはずなのかもしれない。そう考えると、それ以上深く尋《たず》ねる気にはなれなかった。
沈黙《ちんもく》が流れた。人の声も、車の音もなにも聞こえない。不思議《ふしぎ》なほど静かな夜だった。葉が広げていた手帳にもう一度目を落とそうとした時、雄一が独り言のようにつぶやいた。
「……俺《おれ》ァ手前《てめえ》がまわりの人間の役に立ちゃそれでいいんだ。俺ァそれで満足なんだ。そういう人間なんだ、俺は。だから万が一」
そこではっとしたように口をつぐんだ。葉の視線《しせん》に気づくと、またにやっと笑った。どうも、それが癖《くせ》になっているらしい。
「ところでちっと聞きてえんだけどな」
と、雄一が言った。
「裕生《ひろお》以外の人間のこと、もう完全に憶《おぼ》えてねーんじゃねえか?」
葉は飛び上がりそうになった。どう答えようか迷ったが、結局うなずくしかなかった。
「ごめんなさい……あの、色々してもらってるのに」
多分《たぶん》、と付け加えそうになるのをこらえなければならなかった。
「いや、そうじゃねえ。そういうつもりで言ったんじゃねーんだ。なんていうか」
首をかしげて彼は考え込んだ。
「だったら、今憶えてることを大事にしろ。俺のことは忘れちまっても構わねえ。裕生がお前にとっちゃ一番大事な人間ってことなんだろ。兄貴《あにき》としちゃそれァ嬉《うれ》しいんだぜ」
今、憶えていることを大事にする、と葉は自分に言い聞かせた。
ふと、裕生に手紙を書きたくなった。今、思っていることを裕生に伝えたいと思った。すぐに書いてしまわなければ、忘れてしまうだろう。
葉《よう》はペンを握りしめる。しばらく必死に文章を綴《つづ》ったが、どうしてもうまくいかない。自分がちゃんとしたことを書いているか、自信が持てなかった。細かい作業をしているせいか、怪我《けが》の治りきらない右腕もだるくなってくる。
結局、ページをめくって、今自分が思っていることを一言だけ書いた。
もう少し書いた方がいいかな、と思った時、誰《だれ》かの視線《しせん》を感じた。
顔を上げると、雄一《ゆういち》はにこやかに彼女を見守っていた。
「ん、どした?」
「あの……み、見ないで下さい」
手帳を隠しながら、真《ま》っ赤《か》になって葉は言った。
 葉は手帳になにか書き続けている。
彼女に言われた通り目を逸《そ》らすと、雄一は満点の星空を見上げた。
なぜか雄一の胸騒《むなさわ》ぎは収まらなかった。加賀見《かがみ》まで来る電車はもう終わっているし、二十三区内の道路にかかっている交通規制のせいで大渋滞《だいじゅうたい》が発生している。ここへ蔵前《くらまえ》が現れるまでしばらく時間がかかるはずだ。しかし、理性では説明のつかない本能の部分が、雄一に警告《けいこく》を発している。なにかが起こりそうな気がして仕方がなかった。
校舎の周囲を見回ったのも、なにか武器になりそうなものはないか探すためだった。水道の脇《わき》で金属バットを、中庭で錆《さ》び付いたナタを見つけた。ナタはベルトの背中の方に挟んで、昇降口《しょうこうぐち》へと歩き出した。
携帯《けいたい》の着メロが鳴ったのはその時だった。かけてきたのは恋人の夕紀《ゆき》だった。
『雄一さん、今どこでなにをしてるんですか?』
さっきから同じことを何度も訊《き》かれているが、はっきり答えるわけにはいかなかった。
「ん?……ちょっと野暮用《やぼよう》でよ。今は……静かなとこだ。じゃ、今忙しいから……」
今までかかってきた電話と同じように、そのまま切ってしまおうとしたが、今度はそうさせてくれなかった。
『うちの妹が出ていったきり、帰ってこないの。携帯にかけても出ないし……あの子、裕生《ひろお》君をむかえに、雄一さんと駅に行くって言ってたんだけど……』
「まあ……一応な」
曖昧《あいまい》に雄一は返事をした。
『雄一さん、なにか知りませんか? わたし、妹が行きそうな場所を回ってるところなんです……』
それを聞いた途端《とたん》、雄一は激《はげ》しく動揺した。言われてみれば電話の向こうからかすかに車の走っている音が聞こえる。彼女は外にいるらしい。
「馬鹿《ばか》、今夜は家ん中にいろ!」
いけね、と思ったがもう後の祭りだった。
『……どうして?』
「お前には関係ねえ。とにかく、今すぐ家帰れ。いいな」
『そんな……』
実のところ、雄一《ゆういち》は身を切られるほど辛《つら》かった。彼にとって「女性」というのは夕紀《ゆき》のことで、唯一無二の女神のような存在である。こんな冷たい言い方をしたくはなかったが、裕生《ひろお》たちに加えて彼女まで危険にさらすわけにはいかない。
「妹のことは心配すんな。俺《おれ》が体張ってでもどうにかすっから」
『なにか大変なことが起こってるんでしょう? どういうことなのかちゃんと説明して』
「悪ィんだけど、説明は出来ねえな……とにかく、俺に任せとけ」
雄一は電話を切った。むろん、その後も何度か電話はかかってきたが、同じ態度で乗り切った。
『みちるが無事でも、あなたが危なかったらなにもならないでしょう!』
しまいには彼女はそう叫んだが、雄一はなにも言い返さなかった——彼にとって自分の身の危険は大した問題ではなかった。裕生にカゲヌシのことを打ち明けられてから、真っ先に危険にさらされるべきなのは自分であると考えてきた。だから、裕生がなにも言わずに新宿《しんじゅく》へ行き、あと一歩で死にかけたことが悔しくて仕方がなかった。
自分がまわりの役に立てばそれでいい。自分をそういう人間だと思ってきた。
(万が一、死んだとしてもだ)
はっきりと口にしなかったものの、雄一は誰《だれ》かを守るために死ぬことを覚悟していた。もちろん、雄一の周囲にいる人間は、誰一人として彼が自分のために危険な目に遭うことを望んではいないだろう。しかし、なにを望まれているかはもう大した問題ではない。あのリグル・リグルと戦った晩に、もう決心はついていた。自分の強さを常に自分以外の誰かのために使うというのが、彼の強固な信念だった。
葉《よう》はまだ手帳になにかを書き込んでいる。
雄一はちらりとそれを横目で見てから、自分の不安の原因について考え始めた。もし、自分が蔵前《くらまえ》だとしたらどうやってここまで移動するだろうか。通常の交通手段は使えないが、かといってカゲヌシを使って移動するはずはない。加賀見《かがみ》で裕生たちを殺さなければならない以上、戦うまではアブサロム・ドッグヘッドを封印するはずだ。
(なんか別の移動手段を使ってくる)
自動車でも鉄道でもない、別の方法。
ふと、雄一は東の空を凝視《ぎょうし》する。小さな点のようなものがきらりと光った。同時にばらばらと規則正しく繰り返される駆動音も聞きつけていた。その光は異様な低空を保ちながら、自分たちに向かってまっすぐに飛んできていた。
それはヘリコプターだった。それが近づくにつれて、雄一《ゆういち》の直感は確信《かくしん》に変わった。雄一たちのいる学校の上空を旋回《せんかい》し始める。明らかに消防用のヘリで、赤い機体にははっきりと「東京消防庁」の文字が見える。
火災の起こっている場所から飛んできたに違いない。陸路と違って、空路を遮《きえぎ》るものはなにもない。
「……そのテがあったか」
低い声で雄一はつぶやいた——蔵前《くらまえ》はあのヘリの中にいる。
「葉《よう》、来やがったぞ!」
雄一は騒音《そうおん》に負けないように叫びながら、携帯《けいたい》電話のパネルを開いた。裕生《ひろお》に連絡しなければならなかった。
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