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記憶の絵72

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:続・巴里巴里の下宿のマダムの部屋で鏡の前で髪を解《と》くと、マダムは「Oh!」と感歎詞を発した。私の髪は背中を厚く蔽う程多
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続・巴里

巴里の下宿のマダムの部屋で鏡の前で髪を解《と》くと、マダムは「Oh!」と感歎詞を発した。私の髪は背中を厚く蔽う程多くて、ユウゴオの(噫無情)時代の女の髪だったからだ。鏝をあて終ると、黒のスウツの上に金茶色に白い縁《ふち》どりのスウェータアを着た、十六歳の私が映っていた。「尼様が私の髪に鉱《かね》の鋏をあてて截《き》ったら、基督様の外套が出来ますわ」と昂奮して叫んだミュッセの(恋を弄ぶ勿れ)のカミイユの髪のような髪が、波を打って輝いている。その時、なんともしれぬ歓《よろこ》びが私の胸の中に、小鳥の羽がバサバサするように、騒いだ。巴里は人間に、どこかで人生をおしえる。人生というより、人生の歓びをおしえる。今の数え方で十六だった私が丁度、女に成長する時だったのかもしれないが。
すでに私は巴里で十数日を送っていた。眼が醒めると巴里の朝だ。苦いキャフェと、プチ・パンの朝食を寝台《ベツド》の中で摂る。私たちをとり囲んでいるのは白に、水色の縞と、縞の間に小さな薄紅の花つなぎを描いた壁紙を張った、巴里の安ホテル特有の壁で、寝台《ベツド》は鉄製、金茶色の、羽の少なくなった羽蒲団、安ものの鏡。暖炉の台に載っている瀬戸物の洗面器と水入れには十七、八世紀風の人物のいる風景画が薔薇色で描かれている。細い板を並べた床、繩を巻きつけた椅子。モオパッサンの小説の挿絵を見たことのある人、ルネ・クレエルの下町映画を見た人なら、すぐにあれか、とわかる部屋である。日本にいてさえ(用事のない奥さん)だった私はいよいよすることがない。夫がソルボンヌへ行った後《あと》は又新聞を読んだり—読むといっても所々飛び飛びに綴字《フラアズ》がわかるだけで全く意味をなさない。主としてコメジア(演劇新聞)の写真をみるのである—、睡ったりしている。イルマ(女中)が呼びにくれば階下の食堂に下りて行く。食堂へ下りて、又上るだけが用事である。私はそういう生活になんの抵抗もない。私は巴里に行ってみて、遊び歩く以外は一日ねころんで何か口に入れ、お洒落の雑誌や、詩的な小説や、ユウモアのある小説を読む、というのが自分の理想の生活であったことに気づいた。日本の生活では、用のない奥さんでも朝は起きて座っていなければならない。私は巴里で、はっきり自覚をした怠け者になったようだ。
又プチ・ブルジョワの最底辺であろうと、かなりの生活をしていた奥さんは、イルマの持ってくる剥げた瀬戸引《せとひき》の盆の上にぢか[#「ぢか」に傍点]に置いたパンとキャフェに侘しさを感じるだろうが、私にとってその朝食(プチ・デジュネ)は胸が一杯になるほど楽しいものである。人々は巴里に来ても日本人だったし、いつも巴里の外《そと》に立っていて、味噌汁を欲しがり、畳を恋い慕い、元日に旗や屠蘇や雑煮のないのを哀しんだ。全く不可解である。巴里は偉大な映画監督のように私の中から希代の怠け者をひき出し、怠惰の楽しさをおしえた。巴里が自分のほんとうの国であり、自分のほんとうのいる場所である。と、私は想った。
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