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記憶の絵98

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:関東大震災八月の盛りに帰国して直ぐ、上総一の宮の山田別荘に行き、帰京したのが大正十二年の九月一日だった。両国駅に着いて義
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関東大震災

八月の盛りに帰国して直ぐ、上総一の宮の山田別荘に行き、帰京したのが大正十二年の九月一日だった。両国駅に着いて義妹の富子と長男と三人タクシイに乗り込み、車が隅田川の川ぶちに出たと思うと、乗っている車がぐらぐら揺れ、狂ったように、顎を空へ向けて嘶《いなな》く馬の首が車の前に斜めに突き出た。瞬間馬が気が狂ったのかと思ったが、眼が川に行った時、驚いた。平らな筈の隅田川の水面が房総の海の、それも時化《しけ》の時のように大波が立っている。運転手の家も同じ方面だったのか? 義務感の強い男だったのか? というより車の上にいた私達は運転手も含めて、大地震の実感が薄かったようだ。一寸躊躇したのを頼んで走らせると段々事態はわかって来た。両国の通りでは潰れた家の下から顔が平たく倍位になり、薄紫になった浴衣の女を運び出している。松屋の下にくると、てっぺんが無気味に、丁度恐ろしい夢の中にいるような状態の狂人が頭をゆらゆらと振って歩くような具合にうっすらと大きく揺れた。富子と私が真中の長男の上に被さった。丸の内にくると、大武写真館のそばにあった二階建ての料理屋の辺と、宮城の左横の日比谷公園の脇を陸軍省の方へ上る道の辺と、どこだか行手の遥か向うと、三方に火が見える。会社員風の男がばらばらと五、六人車をめがけて駆け寄り、皆、車の方向を訊き、その中の一人はあっという間に屋根に登った。私も義妹も夢中で、中に乗るように言うことも考えつかなかったようだ。家に着くと門の前に青い顔で陽朔が立っていた。門も家も無事だったが、裏の石塀が一部倒れて犬が一匹死んでいたそうだ。犬は高いものの下へ駆けて来たのだろうか? 茶の間に通ると私たち(後の車で来た珠樹と二人の義弟との六人)の為に用意されていた、鯛の刺身、あら煮、茄子の甘煮《うまに》等が、天井のごみや壁土で胡麻をふりかけたようになっている。そういう場合に逐一食卓の上を眺め渡し、それを又今だに覚えているのは、非常に残念だったからで、呆れるより他はない。その日お芳さんが見えなかったと思うと翌日の夕方庭の向うから土産物の包みを抱えて、晴れ晴れした微笑い顔で帰って来た。お芳さんは芸者屋の娘分だったらしく、行けば近所に昔のお客が来ていればご挨拶ということもあるかもしれないからだろうが、彼女が親元へ行ったのは陽朔が喧しいらしく、十年の間にその日だけだった。次の日に田中正平〈カイゼル二世が、日本ではこんな学者に勲章を遣《や》らないのか、と言ったので日本で慌てて勲章を出したという学者で父親の知人。夫人は母親の友達だった〉が車で私の安否を訊ねに来たが、女中が取次がなかったので大分後で知った。にやけた若い男が来たのではあるまいし、全く困ったことである。もっとも彼は父親と同じに、女中のような人々に偉く見えない人物ではあった。
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