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大都会01

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:白馬岳|不帰《かえらず》の嶮昭和三十年二月十四日、北アルプス、白馬岳、不帰《かえらず》第二峰の頂に三人の登山者の姿が立っ
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白馬岳|不帰《かえらず》の嶮

昭和三十×年二月十四日、北アルプス、白馬岳、不帰《かえらず》第二峰の頂に三人の登山者の姿が立った。
二月といえば北アルプスは厳冬期である。黒部渓谷の深淵から吹き上げる烈風は、三人の立つ雪と氷の尖峰をけずり、抜けるように研ぎすまされた空の蒼さの中に、白い炎のような雪煙を巻き上げていた。
長い困難な径を辛抱強くピッケルを振り、ザイルという山仲間の友情の結晶に結ばれて、ようやく立った蒼空の中の小さな一点は、三人が辛うじて身を置けるだけのわずかな空間であり、息もつけぬような烈風の吹き荒ぶ舞台であったが、雪煙の合間にかいま見える氷雪に鎧われた中部山岳の連峰は、彼らの忍苦と費消された青春のエネルギーに充分、値するだけの壮麗なパノラマをくり広げてくれた。
三人——の若者は、もはやこれ以上登るべき傾斜がないのを知ると、初めてそこが頂上であることに気がついたように、アルピニストのすべてが登頂の瞬間に示す、ややとまどったような表情で互いの顔を見合った。
次に三人が為すべきことは、ザイルも解かず、垂直の氷壁との苦闘に息も絶え絶えになった身体を、ひとまず頂稜の岩角にもたせかけ、しばらく呼吸を調えることであった。
悦びはその後に突き上げるようにきた。
彼らは、仲間の一人がアノラックのポケットから取り出したくしゃくしゃのピースを廻し喫《の》みし、それからゆっくりとザイルを解いた。
氷壁に彼らの生命のきざはしを刻んでくれた三本のピッケルは、一束にまとめられて岩角によせられた。
「とうとう来たな」
若者の一人が呟いた。痩せているが、針金のように鋭く強じんな感じのする青年であった。
「四年越しの夢だった」
もう一人の仲間が答えた。これはやや小柄で、丸々とした顔をしているが、眼の色がいやに熱っぽい若者である。
「しかし、一番大物がまだ残っている」
三人目がつけ加えた。丁度、前の二人の中間をいくくらいの背格好と、肉づきであるが、瞳と唇の薄いのが特徴である。
彼らは発言順に岩村元信、渋谷夏雄、花岡進、いずれも東京、帝都大学山岳部員であり、日本山岳界でも尖鋭をもって知られる名うての若手クライマーであった。
彼らが今、身を寄せ合っている風雪の中の虚空の一角は、北アルプスと通称される中部山岳国立公園の山群の中でも、長野、富山北部の県境を屏風のように仕切る後立山連峰の盟主、白馬岳の一隅である。正確には白馬岳と五竜岳の中間に位する不帰の嶮と呼ばれる、黒雲母花崗岩よりなる尖峰群の一つであった。
名前からも容易に想像されるように、その凄絶さは北アルプスでも有数のものである。逆層の脆い岩と、冬期も雪をつけないような|かぶり《オーバーハング》気味の岩壁は、精強なパーティの挑戦を幾度も斥け、現に彼らが踏破して来た第二峰東壁も、初|登攀《とうはん》であった。
彼ら三人は中学時代より山にとり憑かれ、山に登りたいがために、伝統ある山岳部をもつ帝都大学へ入った。そして在学中の四年間、彼らの青春の舞台として、未踏の岩壁や、ルートをいくつか残す不帰の嶮の尖峰群を選んだのであった。
初登攀はアルピニストの見果てぬ夢である。未だ人の足跡のないルートや岩壁を攀じて、蒼い虚空の一角に初めてのケルンを築く。
高燥な大気や横なぐりの風雪、あるいは肌を灼く陽の光に身体を晒しながら、生命の危険を賭しても、未知の空間に自分の身体を運んで行く。
血を吐くほどの苦闘と、息も絶え絶えになるほどの作業の後に辿り着くべき空間は、およそ人間の生存に適さない荒涼の世界なのだ。
しかし、それでもその魅力に憑かれた若者達は雪渓を渡り、ハイマツを泳ぎ、霧に噎《むせ》び、風雪に晒され、氷壁を攀じてやって来る。
不帰の嶮をめぐる尖峰群は、帝都大学山岳部の課題の山域であり、これらのバリエイションルートのほとんどすべては、彼ら山岳部の夏、冬期合宿において登られてしまったのである。
不帰をめぐる主要な峰は一峰、二峰、三峰と名づけられ、彼ら三人が今踏みしめた山頂こそ、最大高距三百メートル、日本の岩場でも第一級にランクされる、岩壁に鎧われた第二峰である。
正確には不帰第二峰東壁、この垂直の岩壁こそ彼らが青春の舞台として選んだルートであり、卒業を目前にして遂にその初登攀を為し遂げたのであった。
彼らの周囲には、彼らが青春の情熱を傾けて踏破した中部山岳の山脈が広がっている。遠く槍穂高の稜線から続く、針木、鹿島槍、五竜岳の連嶺、眼前には黒部渓谷を隔てて、剣立山の鋸歯状のスカイライン、そして手の届くばかりの身の周囲には、自ら誇らかにパイオニアたることを自負しながら指呼できる、不帰尖峰群の無数の壁やルンゼ——。
いずれも雪と氷に冷たく武装された氷塔のような山塊が、雪煙の合間に陽の光をうけてきらめくのだ。
しかし、彼らの眼前にはあと一つ、彼らが立つ頂よりもう一歩高く嶮しい岩峰が、高距四百メートルのほとんど登攀不可能と目されるような、嶮絶極まりない垂壁に鎧われて傲然と聳え立っていた。
豪快な雪壁は、上部においてヒマラヤひだを作り、絶え間なく雪崩《なだれ》を落としている。特に頂上直下が悪く、逆層のオーバーハングは雪もつけず、陰惨な黒い岩肌を露出した岩壁は、落石と岩なだれの巣となっている。
それこそ、帝都大をはじめとする幾多の、優秀なパーティの挑戦を頑として拒《は》ねつけ、依然として人の踏み跡を許さない不帰第一峰、北壁である。
もちろん、彼ら三人も、この壁の初登攀に胸を熱くした。しかし、遂に北壁は陥ちなかった。
彼らばかりでなく、他のいかなるアルピニストに対しても、頑にその登路を閉し、稀に頂に迫まる者があれば、容赦なく雪崩と落石を浴びせて、純白の雪壁を若者の血の色で染めた。度重なる犠牲者に、地元の長野県では不帰第一峰北壁の登山禁止条例を県会に提出したほどであった。
この条例は登山を法律で禁止するのは行き過ぎであるとする岳界の、総すかんにあって遂に通過しなかったが、不帰一峰の悪名は、そのためにかえって日本中に喧伝され、犠牲者の数は条例発議以前よりも増大するという皮肉な結果になってしまった。
——しかし、一番大物がまだ残っている——
と花岡進が言ったのは正にその第一北壁のことであり、彼らの青春の情熱のすべてを傾け尽くしても尚、至ることの出来ぬ天空の一角に寄せる限りなき愛惜といつの日か必ずおのれらの力でもって登ってみせるという、若者特有の熱い執念がこめられていた。
「この山行きを最後に俺たちの学生生活は終る」
岩村がふたたび口を開いた。
「山を下れば岩村は東京に、花岡は大阪へ、そしてこの俺は名古屋へ行く。今解いたザイルはいつの日にふたたび結ぶことができるかな?」
渋谷がやや感傷的に言った。
「なに、その日はすぐに来るさ。申し合わせて休暇を取り、今度は一峰をやるんだ」
花岡が力強く言った。
「四年間……」
岩村が感慨深そうに言った。
「俺達三人は常に一緒だった。今、登った第二峰東壁も、鹿島槍北壁中央ルンゼも、穂高滝谷の各ルートもいつもザイルを結び合った。俺達の誰か一人欠けても、心細くて登れないほどに、息の合ったパーティだったな」
「そのザイルをこの頂で解いて、俺達は各々の就職先がある三つの都市に向かって三方に下る。山で出逢った山仲間が山で別れる。それが山仲間にふさわしい別れ方だと思ったからだ」
と花岡。
「明日からは全く別の世界が俺達を待っている。身分までが変ってしまう。しかし、俺達がどんな世界に下りて行き、どんな生活を送ろうと、俺達が帝都大山岳部でつちかった友情は忘れまいな」
渋谷が一語一語区切るように言った。
「忘れるものか」
岩村と花岡が声を合わせて、
「実社会がどんなに酷《きび》しい所であろうと、俺達がアルプスで命を賭して分かち合った青春を蝕むことはできない。だてや酔狂でザイルを組んで氷壁を登ったわけじゃねえからな」
三人はがしっと手を握り合った。荒れてザラザラとした男の握手だった。
これら三人の山仲間は学生生活最後の想い出を残すために、不帰第二峰東壁の積雪期初登攀を志し、今、首尾よく宿願を達成した瞬間であった。
山頂でザイルを解き、各々の就職先が待つ三つの大都会に向かって三方に別れ下る。
若者にありがちな感傷とロマンティシズムをこめた別離であったが、彼らはそれをアルピニストにふさわしい別れであると信じていた。
いったん晴れ間をみせた空がふたたびガスを巻き始めた。身を刺す寒風が足もとから小さな雪煙を吹き上げ、山肌にあたってさらに大きな雪煙を誘ってゆく。
そろそろ下らなければならない時間である。名残りは尽きなくとも、寒気と天候は容赦なく三人を駆り立てている。
「そろそろ行くか」
「じゃあ、気をつけてな」
「おたがいにな」
三人はもう一度手を握り合い、たがいの目をじっと覗きこんだ。いずれも男らしく窶《やつ》れたアルピニストの顔だ。
「今度ザイルを結ぶ時は第一峰だ」
「その日まで元気でな」
「じゃあ、行くぜ」
三人は思い切りよく手を離した。三人の間にできた空間をさらに大きくするように風がうなりをたてて通り過ぎた。
三人の山仲間は別れた。
それは彼らがすごした豊麗な青春と清らかな友情への訣別であると同時に、これから独力で生活の資を得なければならない実社会へのスタートでもあった。
東京、大阪、名古屋——雪煙と強風の山頂から三つの大都会へ向かって別れ下る三人のアルピニスト。雪煙の合間に遠望されるサファイア色の遠い平原の彼方に、三人の新しい生活があるはずであった。
それがどんなものか、彼らは全く知らなかったが、過去幾多の峰に自ら求めて、悪絶なルートをきり拓《ひら》いた彼らは、青春の野放図さから、むしろ生き生きとして三つの大都会へ下り立つためのステップを切るのであった。
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