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大都会09

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:エリートの巣千代田区竹平町のパレスサイドにある菱井電業ビルは、五月の朝の光をうけて銀色に輝いていた。地上十二階、地下五階
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エリートの巣

千代田区竹平町のパレスサイドにある菱井電業ビルは、五月の朝の光をうけて銀色に輝いていた。地上十二階、地下五階、全長二百米の巨体は、菱井電業の隆盛を示すように、松の緑豊かなお堀端にその偉容を誇っている。
このビルの出現により、この近辺の景色は全く変わってしまったのである。
ビルの中の最高階の最もゆったりとスペースを取った部分、——即ち、社長室に二人の男が対座していた。
二人は盛川達之介と岩村元信であった。
「お前、今、何処に住んでおる?」
最初に口を開いたのは盛川であった。出勤して間もなく、社長室から呼びつけられて、何事かととるものもとりあえず馳けつけて来た岩村は、いきなり、住所をきかれてちょっと面喰らったような顔をした。
「は?」
「住んでいる所じゃよ」
「狛江寮ですが……それが……」
「よし、お前、来月から紀尾井寮へ移れ」
盛川は一人うなずいて言った。
「えっ、紀尾井寮へ!?」
岩村の顔がみるみる紅潮した。自分でも頬が熱くなってくるのが分った。そんな自分を情けないと思いながらも、どうすることもできない。
紀尾井寮とは千代田区紀尾井町の高台にある、菱井電業の社寮で、選ばれたる者のみに入寮が許される、いわば、�エリートの巣�であった。
紀尾井寮に入れることは、そのまま、彼が菱井電業の幹部として選ばれたことを示すものである。人呼んで�近衛寮�——岩村の頬が熱くなるのも無理はなかった。
「お前のことは美奈子からもよく聞いておる。儂とて人の親だ。娘の意中の男には特別に目をかけたい。本日付をもって家電事業部テレビ課長代理を命ずる」
盛川の重々しい声を受けながら岩村は感激のあまり声も出なかった。年功序列の厳しい菱電で二十八歳をもって、テレビ課長代理、異例の抜擢である。
しかし、それ以上に彼の声を奪ったものがあった。盛川は確かに「娘の意中の男」と言った。どんなに想いつめてみても、所詮及ばぬ高嶺の花と、岩村は諦めていたのである。
女の美しさを一身に集めて生まれて来たような美奈子を、たとえ一度でも抱くことができれば、そのために自分のすべての野望を捨ててもよいとまで想いつめた女の好意を、その女に対して強大な発言力を有する盛川達之介の口から聞いたのである。
「美奈子はな、何処でお前を見染めたのか知らんが、どうやら、お前に首ったけらしい。道理でこの頃、大した用事もないのに会社へちょくちょく、現われると思ったよ。お前は仕事の方の腕もかなりいいらしいが、女の腕もなかなかたつと見えるな」
盛川はそう言って初めて笑顔を見せた。頬の肉がゆるむと、日頃見馴れた厳しい表情が消えて、意外なほどの好々爺となる。岩村もついつられて微笑んだ。達之介の人の善さそうな笑顔に、やはりこの鉄の経営者も人の親だったかという安堵感を覚えたのである。
「ただしだ」
盛川の次の声は生来の厳しいものにたちかえっていた。岩村の微笑は途中半ばにして凍りついた。経営者というものは笑いまでが短い。
「お前も知っての通り、紀尾井寮には選ばれた者しか入れん」
「よく承知しております」
「いくら儂が親馬鹿で、また、社長の座にあっても、娘のご機嫌を取るためだけにお前を紀尾井寮へ入れるわけにはいかんのだ」
岩村は唇をかんだ。最初の感激がさめてみれば、次に屈辱感とくやしさが胸をかんだ。
美奈子の好意を知ったことは確かに嬉しかった。しかし、彼女の好意だけにすがりついて紀尾井寮へ入るのは、サラリーマンにとって屈辱以外の何物でもないではないか!
自分が今まで社に尽くした貢献は、一切評価されることなく、単に社長令嬢のヒキだけで、ピックアップされる。
自分は決してそんな能無しではない。美奈子のヒキがなくとも立派に入寮資格はあるのだ。男としての評価を受けた上で、美奈子のヒキがプラスアルファされるのであれば、こんなけっこうな話はない。しかし今の盛川の口ぶりからは、美奈子のヒキだけで選ばれたというふうに感じられた。
岩村元信は社長令嬢という強大なヒキの前には、サラリーマンとしての心身を傾け尽くしての�滅私奉公�など物の数ではない卑小感に、打ちのめされたのである。
盛川達之介の冷たい声は、追い打ちをかけるようにさらに続いた。
「正直言ってお前位の力を持っている社員は社内にゴマンといる。その中から特にお前を選ぶからには、他の社員に文句を言わせないだけの働きをしてもらいたいのだ。その働きをしてはじめてお前は他よりぬきん出た社員として自他共に許され、紀尾井入寮許可も、客観公正なものであったということになる。今の紀尾井寮の住人のすべても、そういう働きをした連中だ」
「それでは具体的に何をすれば?」
岩村は立ち直っていた。それこそ、彼の望むところである。いかに美奈子が欲しくとも、彼女のヒキだけで入寮するのは彼のプライドが許さなかった。
過去数年、彼の為した貢献が全く認められなかったのであれば、これから認められるべき何かを為せばよい。しかも、今度為すべき何かは、過去彼が機械と厖大な人の群の間で、寂しく為してきた何かと異なり、盛川が注目してくれている。
大組織に働く人間にとって重要なのは、彼が何を為すかということではなく、彼が為すことを誰が見ているか[#「彼が為すことを誰が見ているか」に傍点]ということである。
男としてどんなに評価されるべきことをしても、�大物�が見ていてくれなければ何も為さなかったのと同じである。
岩村が今まで、心身を傾けて為してきたことは、機械と、精々、課長ずれの小物《ちんぴら》の目の前で寂しく為されてきたにすぎず、盛川の目にとまることはなかった。
だから、岩村自身、紀尾井寮へ入る資格は充分にあると、いくら、一人で気張っても、盛川が彼をピックアップしたのは美奈子のヒキ以外の何物でもなかったのである。
しかし、今度は違う。岩村が為せと命ぜられるべきことはトップの直命である。成否いずれにしても、大物が見ている。今度得るべき評価が岩村の本当の評価である。
彼はむしろ目を輝かして盛川の次の言葉を待った。
「星電研の渋谷、知っているか?」
「しぶや?」
「お前の山仲間、遠い青春の友じゃよ」
「あ、あの渋谷ですか、知っているどころか」
「親友だろう、君らの仲はよく調べてある」
盛川は薄く笑った。先刻の好々爺の笑いとは全く異質のぶきみな笑いであった。経営者ともなれば笑いまでを使い分ける。
「彼を我が社に引き抜いて欲しいのだ。是が非でもな」
そして、それから二人の間に三十分ばかり密談が続いた。
秘書がブザーに呼ばれて社長室の扉を開けた時、次のような会話の断片が彼の耳に入ってきた。
「この工作が成功したら代理ではなく、本物にしてやろう。それまでは肩書きがなくては何かとやりにくいだろうから代理でがまんしろ。それに美奈子とのことも考えてやる」
ここまで言った盛川は秘書の姿を認めると、岩村に向かってもう帰ってもいいと合図した。そして、岩村の姿が部屋の外へ消えるのを確認してから、秘書に、
「通信器機課の淡島を呼べ」
と低い声で命じた。
 こうして、その日、岩村、淡島、早川、佐藤、野沢の順で一人ずつ、社長室へ呼ばれたことをたがいに知らぬまま、盛川から、何事か言い含められたのであった。
盛川が五人の青年の�引見�を終った頃には正午が近くなっていた。
盛川は最後の野沢の姿が社長室の外へ消えるのを待ってから、椅子の上で大きく伸びを打った。
「やれやれ、若い奴らには何かと気を労《つか》うわ」
彼は一人ごちながら、デスクから気に入りのハバナを一本つまみ、時間をかけて火をつけた。
一服深く吸いこんでから、紫の芳煙をゆっくりと吐き出して、
「あの中ではやはり、岩村が一番すじがいい。いずれにせよ、美奈子と紀尾井寮の餌であいつら死に物狂いになって働くだろう。彼らの誰かを好きになるか、嫌いになるかは全く美奈子の個人的問題で、親の儂の知ったことではないが、まあ、娘も虫がつかないうちに精々、利用せにゃあな」
と一人ごちたのを今度は秘書も聞いていなかった。
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