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大都会13

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:水の砂城昭和四十年七月十三日。ホテルナゴヤ二十二階にある中宴会場、雲海の間に早朝から百人あまりの人間が詰めかけた。人の数
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水の砂城

昭和四十×年七月十三日。——
ホテルナゴヤ二十二階にある中宴会場、雲海の間に早朝から百人あまりの人間が詰めかけた。
人の数は九時を廻る頃からますます、増えた。
ホテル側では約百名という予約で雲海の間一室をおさえていたが、押しかけてくる人々をとうてい収容し切れないと判断し、急遽、隣室の日輪の間を開放した。
定刻十時には約二百名近い報道関係者で二つの部屋はごったがえしていた。
今日は星電研の渋谷技師による話題のマイクロカラーテレビ初の公開実験の日であった。
詰めかけた報道陣や業界関係筋は、定刻が近づくのを固唾をのんで待ち構えていた。
「ポケットサイズのカラーテレビなんて本当にできるのかな?」
「もしこれが本物ならトランジスター、マイクロテレビにつぐ電子工業界第三の革命ということになる」
「とにかく、日本のエジソンといわれる渋谷技師のイニシャティブの下に星電研技術陣が総力をあげて開発したものだ、インチキではないだろう」
「しかし、この頃の黒い噂はどうだ、白黒テレビより遥かに複雑な構造内容を持ったカラーテレビを、現代の電子技術でポケットサイズに縮小できるはずがない、明らかなまやかし物だという」
「そうだ、一部の消息筋では子供だましだと嗤《わら》っているそうだ」
「完全自動洗濯機や永久バッテリーで鰻のぼりだった株価もここのところ横這いだ。今までの星電研の業績から悪材料に気迷っているらしい」
「本物となれば一気に値を飛ばすし、インチキとなればいっぺんに崩れる」
「このなかにも株屋さんが大勢混じってるんじゃないかな」
「いずれにせよ、あと三十分ほどで分ることだよ」
記者連はてんでに勝手なことを言いながら定刻になるのを待ちかねていた。
その頃、大阪の井口証券では——
「村田証券、菅野証券、すべて手配したな」
「はい、すべてご指示の通りに」
「星電研は今日から四日間ほど、連日ストップ安をつける。もう少し待てば額面を割るところまで行くかもしれないが、四日以上は待てない。実験を再公開されたら今度は逆にストップ高だからな。百円を割ったところで一気に買え。いいか、一株も逃がすな。星電研の浮動株はこの機に全部拾うんだ」
部下に指示しているのは山路紫朗であった。
ある株式に好悪の大きな材料が出た場合、株価は大暴騰や大暴落をして、利回り採算など全く無視した投機的な空気が濃くなり、市場は大混乱に落ち入る。
この混乱を防ぐために一日の株価の上下に制限をつけたものを、ストップ高、安という。
この値幅制限は二百円以下のものは五十円、二百円をこえて五百円までは八十円となっているから、時価三百四十二円の星電株は二百円台を割るまでは一日に八十円以上は下がらないことになる。
とすれば、百円の大台を割るのは四日目ということになる。その時を待って一気に買い集めようという作戦である。
従って、その間どんなことがあっても渋谷の再発表を妨げねばならない。株式市場と実験妨害工作との水ももらさぬ有機的連係によって、この作戦は成功するのだ。
しかも、買い占めが協電花岡社長の手によるものということは絶対に伏せねばならない。ライバル会社の株の買い集めは、独占禁止法によっても禁止されているのだ。井口証券は協電の幹事証券である。井口が先頭に立って買い進めばたちまち協電との糸を知られてしまう。ここに大阪は菅野証券、東京は村田証券という井口の友好店を使って買う理由がある。
この友好店は他の大手証券ともつながっており、彼らを矢面に立てれば容易に友好店——井口証券——協電というつながりはたぐられない。
ここに戦闘準備完了、あとは公開実験の結果を待つばかりとなった。
 午前十時、定刻である。星川社長、高井副社長、長崎専務等、星電研首脳陣に護られるようにして、渋谷主任技師が雲海の間に入室した。
続いて星電研の技師団、境のシャッターを取り払った雲海、日輪の両室に詰めかけていた関係者のざわめきが、一瞬、水を打ったように静まる。
星川社長が中央にしつらえられた壇にのぼった。
「皆様、本日はわざわざご足労いただき有難うございました。ただ今から我が社が研究開発いたしました、我が国最初のマイクロカラーテレビ|MLT《ムルト》—3の公開実験をさせていただきます。まず、最初に渋谷主任技師より、製品についての簡単な説明をさせていただきます」
星川社長の挨拶と共に渋谷が立ち上がった。
室内に小波のようなざわめきが広がった。
「あれが日本のエジソンといわれている……」
「渋谷か」
「星電研のドル箱だ」
「それにしても若いな」
「そんな大それた人物にはとうてい、見えないね」
初めて渋谷を見る関係者は彼の若さに驚いた様子である。
ざわめきは渋谷が話し始めると同時に静まった。
「渋谷です。ちょっと機械について説明させていただきます。カラーテレビの基本原理は従来の白黒テレビと変わりませんが、構造技術的に様々の難点があります。まず、被写体を赤黄青の三原色に分解して、三本の電子銃により三つの映像信号をつくる。これを三つの伝送管を通して三色受像《トライカラー》 管《チユーブ》に送り、ここで三原色像を光学的に重ね合わせるのがカラーテレビの原理です。従って白黒テレビの約三倍のメカニズムが要求されます。ただでさえも大型化し易いカラーテレビを、ポケットサイズに縮小することはほとんど実現不可能と諦められておりました。
我々は従来三本の電子銃をもった三色受像管を一本に集約できる可能性を考えました。
我々技術陣がこのヒントに基づき研究開発したものが、ただ今から公開実験いたします試作品MLT—3でございます。まだ試作の段階で技術的に改良すべき点が多々ありますが、遅くとも本年中には量産体制に入れる見通しをもっております。それではただ今から実験に入ります」
満場に盛大な拍手がまきおこった。星電研の運命が、いや、電子工業界の第三の革命が正に幕を開けようとしている。
ホテル二十四階にある赤電話という赤電話は、マスコミ関係者と業界筋の手の者により、完全におさえられた。実験結果が判明すると同時に、彼らの本拠へ直ちに報告できるように、それぞれの手の者が送受器に意味もない無駄話をしながら�その瞬間�を待ち構えている。
特に証券会社の場合、成否いずれにしても、連絡の遅速に莫大な金がからんでいた。成功ならば買い、失敗ならば売り、分秒の遅れで天文学的利権のからむバスに乗り遅れるのである。
抜目ない関係者はホテルのボーイを買収して、ホテルの業務連絡用電話を抑えていた。
渋谷技師が立花技師に合図をした。雲海の間中央にしつらえられた会議用デスクの上に小さな桐箱が置かれた。心もち震える手で内容物を取り出す。問題のMLT—3である。二百数十の欲望と好奇に充ちた視線が立花の手許の一個の物体に集中した。一見、何の変哲もない黒い鋼鉄の小箱、しかし、その前面の猫の額ほどの受像管蛍光面には、今まさに驚異の色彩が現出しようとしている。
立花はコードを電源に接続した。そして、——スイッチをONにした。
一座の人間すべてが呼吸を止めたかのような異常な静寂が落ちた。誰かが生唾を呑みこむ音が異様に大きく聞こえた。
……蛍光面に映像が上下に流れた。立花技師が慌てて垂直同期つまみを調整する。続いて輝度調整、コントラスト調整、……遂にはっきりした映像が現われた。白黒である!
立花は慌てずにチャンネルを切り換えた。
白黒放送であったらしい。次のチャンネルも白黒、さらに次も。立花は切り換え速度を速めた。カチッカチッという選局切り換え音が耳に痛いばかりに響く。そして、ふたたび、最初のチャンネルへ戻ってきた。
おかしい? と言わんばかりに、立花は首をひねった。まだ当惑の表情には至っていない。この時間帯全部が白黒番組かもしれない。
しかし、そうとすればずい分と不注意な話である。カラーテレビの公開実験をするのにカラー番組のない時間帯を選ぶとは!
立花はもう一回り選局スイッチを回転してみた。結果は同じである。ようやく彼は当惑の表情を浮かべて、救いを求めるように渋谷の顔を見た。しかし、渋谷にも原因は分らなかった。公開実験の日時は星電研の営業企画室が決めたものである。渋谷としてはまさか、彼らがカラーテレビの公開実験を、白黒番組オンリイの時間帯に入れようとは思ってもいなかった。
婦人向けの座談会らしく、受像管には美しく着飾った女達が楽しそうに語り合っている。
渋谷は彼女らの屈託なさそうな笑顔に憎悪感を覚えた。関係者の間にざわめきが湧いた。しかし、まだ誰も電話に走ろうとする者はいなかった。
「テレビ番組表を、急いで!」
高井副社長が傍の秘書に小声で命じた。彼もこの失態は営業企画にあると信じたのである。
日本のエジソン、——渋谷夏雄が世界に誇る星電研技術陣を率いて開発したMLT—3がまやかし物であるはずがない。彼のみならず、星電研関係者が渋谷に寄せる信頼は絶対であった。それだからこそ、この失態に直面しても、割合に落ち着いていられたのである。
しかし、秘書は立ち上がる必要がなかった。
彼が副社長の命令を果たすために腰を浮かしかけた時、映像の下方に無惨なほど鮮明に〈カラー〉と字幕が映ったのである。営業企画の過失ではなかった。
一瞬、星電研関係者の顔面から血の色がすっと消えた。愕然として息を呑んだ次の瞬間には、悽愴なまでの緊張が収拾のつかない混乱によって置き換えられた。
「インチキだ!」
「連絡を急げ」
「売れ! 売れ!! 売って売って売り抜けろ」
彼らは争って出口へ殺到した。奔流が堤防の小さな決壊口に殺到するように、二百人余の人間が一分一秒も早くこの情報を外界に伝えるために、たかだか三、四人も並べば塞《ふさ》がってしまう出口に向かって犇《ひし》めいた。
押し合い、へし合い、こづき合い、ラッシュ時の通勤電車どころではないもみ合いが、二米足らずの空間を通りぬけるためにくり広げられた。資本主義社会の戦いがこの瞬間この一点に集中されたかのような凄じさで人々は争った。
たまたま、入口付近に居合わせた不幸なボーイは人間の奔流に弾き飛ばされ、彼が運んで来た銀盆の上のジュースやコーラは絨毯に吸われ、徒らに人々の靴の底をしめらせただけだった。
弾き飛ばされたものはボーイだけではなかった。中央デスクの上のMLT—3は人々の渦の中に巻き込まれ、渋谷と立花がとめるひまもない間にデスクもろ共、床の上に押し倒され、無情な人間の土足にかけられてしまった。
哀れな一個の物体[#「物体」に傍点]はサッカーボールのように人々の土足に玩ばれ、蹴り廻され、転がされた。人々の中には憎しみを叩きつけるように故意に踏みつける者もいた。足から足へパスされている間に渋谷夏雄の精魂を傾けた、星電研の期待を一身にになったMLT—3は哀れな屑鉄と化してしまった。
アンテナはへし折られ、受像管は粉砕され、破壊された断面から複雑な内容物を、内臓を露出した動物の死体のようにはみ出していた。
「これは一体、どうしたことだ?」
星川社長の誰にともない空ろな呟きが暴動のような混乱の中で渋谷の耳に痛いばかりに届いた。
しかし、今の渋谷にできることは、呆然と立ちすくんで人々の奔流が退くのを待つことだけであった。
 三百四十二円の高値のまま横這いを続けていた星電研は、売りが殺到してその日のうちにストップ安をつけた。
ここにおいて花岡俊一郎がかねて流しておいた星電研の黒い噂が素晴しい効果を現わした。今までの同社の画期的な製品群の�余光�に悪材料がすぐには信じられず気迷っていた大衆投資家は、インチキカラーテレビの報にひとたまりもなく崩れた。
今、売らなければ高値づかみになる。市場は売り、売り、売り、売り注文ばかりが殺到した。こうなればもう燎原の火である。浮動株についた火は地元の星電研創立以来の安定株主にまで延びてきた。
星電研が営々として築き上げてきた栄光が、水を浴びせられた砂城のように、みるみるうちに崩れ落ちていくのである。
前場四十円安をつけた星電株は、後場にも投げ売りが続き、遂にストップ安をつけた。
その情報をほくそ笑みながら聞いていたのは花岡俊一郎と山路紫朗であった。
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