私なぞは年をとって、濃味を嫌うようになり、関西風の味つけが、口に合うのだが、醤油だけは、子供の時から慣れてるせいか、銚子や野田の濃い色のを好む。匂いも、関西風の薄口醤油より、好きである。といって、濃ければいい、というわけではない。刺身の醤油にしても、タマリというのは、好きでない。普通の関東の醤油がよろしい。
パリで覚えた醤油の貴重感は、今だに残ってるらしく、刺身にしても、湯豆腐、冷奴の類にしても、あまりタップリ醤油をつけると、どうもウマくない。いわんや、スシを食う場合なぞ、ほんの少量に限るようだ。
そして、パリで味を覚えたせいか、洋食類も、ものによって、醤油をかけて食べる。
といって、フランス料理のソース仕立てのものに、醤油はまったく無用である。みだりに醤油を用いたら、かえって味を損うだろう。
一番醤油の合うのは、ビフテキである。アメリカ人が醤油を好むのも、ローストするものに掛けてよく調和するのを、知ったからだろう。
私は家庭でつくるビフテキに、ウースター・ソースを用いないで、醤油にする。その方が、牛肉の味を生かすのである。
しかし、それは、べつに私の発見ではない。
明治時代の横浜に、インゴー屋という洋食屋(?)があった。オヤジは白髪頭のチョン髷で、ガンコで、それで因業屋の名がついた。無論、店は全然和風でナイフとフォークを使うに過ぎなかった。
この家の看板はビフテキだったが、それに醤油を使うことを、私は自分の眼で確かめた。というのも、座敷と料理場とが、障子一枚で隔てられ、子供だった私は、料理の出てくるのが遅いのを、待ちかねて、料理場へ覗きに行っては、チョン髷のオヤジに、叱られた。しかし、醤油を使う現場は見た。
ビフテキがすっかり焼き上って、皿へ移すちょっと前に、火の上のフライ・パンへ醤油を滴らせるのである。シューッと、大変な音がして、肉と醤油の混った匂いが、たちのぼる。いかにもウマそうな匂いで、忘れがたい。しかし、それで料理はおしまい。
恐らく、醤油を添加するタイミングに、コツがあるのだろう。それで、肉も生き、醤油の味も、生きるのだろう。とにかく、インゴー屋のビフテキは、ウマかった。添え野菜のフレンチ・ポテトも、ウマかった。
だから、昔の人が、チャンと、洋食に醤油を使うことを、知ってたのである。
ロースト・ビーフなぞも、ちょいと醤油をつけると、悪くない。しかし、ハムとは合わないようだ。
妙な醤油の使い方を、私はライス・カレーの場合に、常用してる。
ライス・カレーといっても、私の家庭でつくる普通のそれだが、皿に盛って出された時に、私は軽くティ・スプーン一杯ぐらいの醤油を、それに加える。それは、生醤油がいいので、煮たり、ダシを加えたものでない方がいい。そして、誰もライス・カレーを食う時のように、スプーンで混和して、食べるのが、妙に味が生きてるのである。米飯と醤油が、合性だからかも知れない。
国産のつまらないウースター・ソースより、醤油の味の方が、ある種類の洋食には合うことは、確からしい。新聞に出てたとおり、醤油が輸出される希望は、実現性があるといえる。
それにしても、外国人は東京人のように、醤油の濫費をしないだろう。醤油に限らないが、調味料に、悪女の深情けはいけない。
パリで覚えた醤油の貴重感は、今だに残ってるらしく、刺身にしても、湯豆腐、冷奴の類にしても、あまりタップリ醤油をつけると、どうもウマくない。いわんや、スシを食う場合なぞ、ほんの少量に限るようだ。
そして、パリで味を覚えたせいか、洋食類も、ものによって、醤油をかけて食べる。
といって、フランス料理のソース仕立てのものに、醤油はまったく無用である。みだりに醤油を用いたら、かえって味を損うだろう。
一番醤油の合うのは、ビフテキである。アメリカ人が醤油を好むのも、ローストするものに掛けてよく調和するのを、知ったからだろう。
私は家庭でつくるビフテキに、ウースター・ソースを用いないで、醤油にする。その方が、牛肉の味を生かすのである。
しかし、それは、べつに私の発見ではない。
明治時代の横浜に、インゴー屋という洋食屋(?)があった。オヤジは白髪頭のチョン髷で、ガンコで、それで因業屋の名がついた。無論、店は全然和風でナイフとフォークを使うに過ぎなかった。
この家の看板はビフテキだったが、それに醤油を使うことを、私は自分の眼で確かめた。というのも、座敷と料理場とが、障子一枚で隔てられ、子供だった私は、料理の出てくるのが遅いのを、待ちかねて、料理場へ覗きに行っては、チョン髷のオヤジに、叱られた。しかし、醤油を使う現場は見た。
ビフテキがすっかり焼き上って、皿へ移すちょっと前に、火の上のフライ・パンへ醤油を滴らせるのである。シューッと、大変な音がして、肉と醤油の混った匂いが、たちのぼる。いかにもウマそうな匂いで、忘れがたい。しかし、それで料理はおしまい。
恐らく、醤油を添加するタイミングに、コツがあるのだろう。それで、肉も生き、醤油の味も、生きるのだろう。とにかく、インゴー屋のビフテキは、ウマかった。添え野菜のフレンチ・ポテトも、ウマかった。
だから、昔の人が、チャンと、洋食に醤油を使うことを、知ってたのである。
ロースト・ビーフなぞも、ちょいと醤油をつけると、悪くない。しかし、ハムとは合わないようだ。
妙な醤油の使い方を、私はライス・カレーの場合に、常用してる。
ライス・カレーといっても、私の家庭でつくる普通のそれだが、皿に盛って出された時に、私は軽くティ・スプーン一杯ぐらいの醤油を、それに加える。それは、生醤油がいいので、煮たり、ダシを加えたものでない方がいい。そして、誰もライス・カレーを食う時のように、スプーンで混和して、食べるのが、妙に味が生きてるのである。米飯と醤油が、合性だからかも知れない。
国産のつまらないウースター・ソースより、醤油の味の方が、ある種類の洋食には合うことは、確からしい。新聞に出てたとおり、醤油が輸出される希望は、実現性があるといえる。
それにしても、外国人は東京人のように、醤油の濫費をしないだろう。醤油に限らないが、調味料に、悪女の深情けはいけない。