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ユーモアの鎖国32

时间: 2020-04-24    进入日语论坛
核心提示:お酒かかえて大正期、詩誌『民衆』を創刊した福田正夫氏は私の先生ですが、斗酒なお辞せず、酔って電車の線路に大の字に寝た、な
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お酒かかえて

大正期、詩誌『民衆』を創刊した福田正夫氏は私の先生ですが、斗酒なお辞せず、酔って電車の線路に大の字に寝た、などという思い出話をされました。むかしは線路にもその程度の安全性があったことがわかります。
私は、先生のお話ならたとえ酔っぱらいの話でも有難く、詩のお話を聞くのと同じくらいの真剣さで耳をかたむけておりました。そんなわけで、話はなさいましたがお酒を教えるには少女でありすぎたのでしょう。昭和十年代、先生の酒量がずっと落ちていたのも事実で、もっぱら詩についてだけ指導して下さいました。忘れることのできない恩人です。
ひるは会社勤め、夜のわずかな時間を自分のしたいことに当てるわけですが、夜更《よふ》けまで机に向かったあとは、翌朝の出勤にそなえて、最低ねむらなければならない時間があります。ぎりぎりまで起きていて、すぐ寝つくための処方上、お酒にたよることを知りました。これは歳月の教えかと思われます。覚えたのはお酒の味ではなく効用のほう。酔いの路線に横たわれば、身体は軽くあくる日へと運ばれるもののようです。夜半の三時ともなればこのくらい飲まなければだめだろうと、そそいだコップのウイスキーを飲み忘れたままいつか寝入って「朝みると残っていたりするの」と言ったら、異性の詩人がウウムとうなって「いいねえ、実に愉快だねえ」。私には何が、どうしていいのであり、ユカイなのか判じ難いのですが、一人暮しの無残な女の明け方に、あきれては気の毒だと、思いやっての言葉かもわかりません。
親兄弟もろくに飲めないタチの家に育ってお正月のトソを飲みすぎる、とたしなめられた日からどのくらいたったでしょう。
物を書けと言われて、あらいや、などと女らしい言葉づかいをする事はまずありませんが、酒之友社からのさそいに「いったい誰が告げたのでしょう」と恨みがましくひとりごとを申しました。いやねえ。
でもさびしい私の台所のすみに、自分で買った安いお酒がたいていは一本置いてあります。いまは、親切な女友達が持ってきてくれた高いお酒がもう一本。
福田先生、私はいまでもそう呼びかけます。小田原にある先生のお墓はなつかしい場所なのですが。いつからでしょう、年に一回、昔お世話になった弟子どもが相つどい、お参りに伺います。
東海道線で小田原から西へひとつ先の早川という駅で降りると、ちょうど真裏の山側にある久翁寺は、寺の陰気さが無い、サッパリと明るい寺です。そこに天然のちいさい根府川《ねぶかわ》石を使った福田家のお墓が建っています。損得ぬきで弟子の面倒を見て下さった先生のお墓に、私がはじめて詣でたのは女性四人ででしたが、それとは別に私の知らない先輩の弟子方がお墓に参っていて、いつか合流することになりました。
行き始めてから十何年になりましょうか。春が終りに近付くと、今年はいつかな? と思います。先生が亡くなられたのは昭和二十七年六月二十六日。それで、毎年その日以前の五月か六月の日曜に日が決まります。
お墓参りに私は初め一合瓶を買って先生に差し上げました。そのあともせいぜい二合か四合瓶ぐらい。けれど時に仲間うちの喜びごとでもあれば一升ということになりました。たいていは晴れていて、早川駅から寺へ行く海辺の町の白い路を、お酒瓶かかえて逢いにゆくうれしさ。
久翁寺の入口から本堂までの石畳の両脇は大きなつつじの行列で、このつつじの花が咲いているか、境内のみかんの花が咲いているか散ったあとか、で例年のお墓参りの遅速が感じとれます。
いつか、お墓の草むしりを終え香華の中で皆がかわるがわるお酒をそそぐころ、俗にいう狐の嫁入り、それもお墓の真上だけではないかと思われるほど狭い範囲に、ハラハラと雨が落ちてきて一同びっくりいたしました。東京からだけでなく、関西からも駆けつけてくる人が毎年いるのですが、その遠道《とおみち》を来た人が、ああ先生がおよろこびになられた、とつぶやきました。
ある年は、いつものようにすっかりお掃除し終えて、お線香をどっさり焚《た》いて、お水もたむけて、お酒もたっぷり墓石にかけおえたら、濡れて陽に照らされた石の丸みのてっぺんにちいさいカタツムリがはい上がっていてツノを出し、それが水に浮んだスワンのように気取っているではありませんか。
「まあ! おいしいものだから」
ほほほ、と福田先生の奥さまが笑いこぼされました。私たち一同もいっしょに笑いました。「おいしいものだから」と言う奥さまの言葉の中に、先生がおいしいお酒を好まれたことへのいたわりのようなものが感じられて、私はカタツムリの姿のように胸をふくらませてしまいました。
今年は五月二十三日にします、といつか世話をやくのはその人、と落ち着くところへ落ちついてしまったような世話人から、短い便りが先日届きました。時間は十二時、久翁寺。誰と誰がくるとも、何とも書いてありません。これる人がくればいいのです。私もそのときの財布と相談してお酒を一本さげてまいります。「先生、きました!」
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