日语童话故事 日语笑话 日语文章阅读 日语新闻 300篇精选中日文对照阅读 日语励志名言 日本作家简介 三行情书 緋色の研究(血字的研究) 四つの署名(四签名) バスカービル家の犬(巴斯克威尔的猎犬) 恐怖の谷(恐怖谷) シャーロック・ホームズの冒険(冒险史) シャーロック・ホームズの回想(回忆录) ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记) 鴨川食堂(鸭川食堂) ABC殺人事件(ABC谋杀案) 三体 失われた世界(失落的世界) 日语精彩阅读 日文函电实例 精彩日文晨读 日语阅读短文 日本名家名篇 日剧台词脚本 《论语》中日对照详解 中日对照阅读 日文古典名著 名作のあらすじ 商务日语写作模版 日本民间故事 日语误用例解 日语文章书写要点 日本中小学生作文集 中国百科(日语版) 面接官によく聞かれる33の質問 日语随笔 天声人语 宮沢賢治童話集 日语随笔集 日本語常用文例 日语泛读资料 美しい言葉 日本の昔話 日语作文范文 从日本中小学课本学日文 世界童话寓言日文版 一个日本人的趣味旅行 《孟子》中日对照 魯迅作品集(日本語) 世界の昔話 初级作文 生活场境日语 時候の挨拶 グリム童話 成語故事 日语现代诗 お手紙文例集 川柳 小川未明童話集 ハリー・ポッター 新古今和歌集 ラヴレター 情书 風が強く吹いている强风吹拂
返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

ユーモアの鎖国42

时间: 2020-04-24    进入日语论坛
核心提示:五円が鳴いた私がはじめて給料をもらったとき、祖父は十八円はいっていた袋の中から五円ぬき取ると、これを貯金にしなさい、と命
(单词翻译:双击或拖选)
五円が鳴いた

私がはじめて給料をもらったとき、祖父は十八円はいっていた袋の中から五円ぬき取ると、これを貯金にしなさい、と命じました。残り全部私のものになったのですから、上級学校へ行かないで働きに出た、ということの悲壮感もなければ、生活上の逼迫《ひつぱく》もなかったわけです。
とは言っても、現在のように職員組合もなければ労働基準法の適用もない、身分制度というものの根強く残されていた会社づとめ。ことに女が働くということは今ほど一般化されていなかったので、職業婦人という言葉には、あるさげすみの含まれていたのも事実でした。昭和九年、非常に就職難の時代でもありました。
その難関をぬけて銀行の事務見習員、いい替えれば給仕になったわけです。採用されたことを、年寄りはひとつの光栄のように受け取って言いました。
「飼われるなら大家の犬に、と申しますからね」
祖父は私をたいそう愛してくれましたが、働くということを昔のご奉公的感覚で受けとめていたので、多少からだの具合が悪い日でも、
「なんですか、起きていられるなら行きなさい」
 と叱咤《しつた》し、休ませてはくれませんでした。やっと勤めを果たして家に戻ると、朝の表情はあとかたもないばかりか、一日中心配し通していたことをありありさせて、
「さあ早くおやすみ」
と、ふとんまで敷いて待っていたりしました。今様に言えばずいぶん封建的だったわけです。
そのころ、女が働きに出ることが特殊な目で世間からむかえられていたように、女が物を書くなどということは、更に特殊なことに考えられていました。本を読む暇があったら、お裁縫でも料理でもしなさい。それは小言としてポピュラーでした。
小学校のころから勉強もそっちのけで、小説を読み、詩だの歌だのを書く少女をかかえた家族の心配は、容易なものではなかったろう、といまになって考えます。
その少々変り者の孫娘に五円の貯蓄を強いた老人が、
「これだけがやがてお前のたよりになるだろう」
とさとした、その声が三十年以上たったいま、なぜ急によみがえって来たのかと、いぶかしく思います。
あの言葉は、裏返すと親も兄弟も、ついに頼りにはなるまい、その時、積み立てたお金がありさえすれば、という意味あいだったのでしょうか。
親も兄弟もたよりにはなるだろう、しかし何といってもこれが無いとネ、といったユーモアでしたろうか。
もっと別の、すべてがお金でうごいているからね、お国のおおもとも、これが土台さ、と言ったのでしょうか。
とにかく、生活というものがいつも安心の上になり立ったことがない。何かあった時の用意を常にしておかないと、どんな目にあうかわからない、という恐ろしさがちいさい住居の周囲を化け物のようにウロウロしていた、といっては大げさでしょうか。せっせと働き続けました。そのため貯金通帳の残高は、いつもすくないながらゼロになることもなく来ました。
そのことを、ふと思い出したのです。私のお金の末尾の五円。あるいは何万円かの中の底の底に根のように張っている五円。あれは昭和九年のもの。
話は違いますが、職員組合の話し合いなどで男の人の言うこと、
「君たち給料が少ないというけど、僕らよりずっと貯金を持っているじゃないか」
だから女の暮しは男より楽なのだ、と。
たしかに家族を養う、という義務のまだ生じない一部の若い娘さんたちは、少々貯金が多いかも知れません。
もひとつ。
「僕ら金融機関に働く者より、炭礦労働者の方が、ずっと貯金が多いんですよ」
だいぶ前のことですが、それを聞いたとき、私は経済の専門家が情ないことを言うと思ったものでした。
財産も、学歴もなく、そのうえ職業上の安定がない場合、不時にそなえてどう用意しなければならないか。
「これだけがたよりになろう」
そのことがちらちらと見えていれば、たちまち値打ちが色あせてゆく紙幣とは知っても、百の暮しを五十につめて、収入がゼロになった日のために、とっておくしかないだろう、と考えます。
貯金の残高は、不安の残高と同質に思われます。すると昭和九年の不安と、現在の不安とどれほどの差違があるでしょう。経済成長が額面をセリ上げただけ多くなった不安の残高、といっては皮相でしょうか。
秋です。三十年以上前の私の五円が、繁栄の根元のあたりで鈴虫のように鳴きはじめたとしても仕方ありません。
[#ここから1字下げ]
キイテオクレ五円ノカナシミ
ワタシハ五円、イツモ五円
[#ここで字下げ終わり]
 あれはひとりの少女が自分の労働をお金にかえてお国に預けておいたものなのに。お国は年々その価値を減らして行った。そうしてへらし取った価値の分量を、誰が、何へ投機し、何をショウバイしたのか。私が問い直したいのはそのところなのです。
職場は解放された、と言っても、現在の政策の手の内を知って(ああそれがなぜ、学問なのでしょう)うまくやっている人と、やれないでいる人。大家の主人顔をするものと、やはり犬でしかないような立場もあって。明治生まれの、いまは亡い祖父のことばが、前よりは複雑な内容をもってかえってくるのでした。長く飼われた末に「たよりになるのは——」何であったのか、と。
国を信じ、戦争を信じ、復興を信じ、と並べると、それが泣きごとにきこえるほどコッケイな時代が来ているのでしょうか。
それとも、もっと別のおそろしさ。五円の値打ちは変ったけれど、国の方針は昭和九年のころとたいして変らない、というようなミステリー。
物思う秋にきて、貧しい思考はたった五円で動きがとれない所へきてしまいました。無学者の私が物を知る、ということは、ほんとうに手間ヒマのかかることばかりです。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%