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ユーモアの鎖国66

时间: 2020-04-24    进入日语论坛
核心提示:持続と詩どういう姿勢で詩を書いているのか、というのが私への問いかけです。鳥が首をかしげるように、私は私の中の声に耳をかた
(单词翻译:双击或拖选)
持続と詩

どういう姿勢で——詩を書いているのか、というのが私への問いかけです。
鳥が首をかしげるように、私は私の中の声に耳をかたむけてみました。
「ラクナシセイ、ゴク、ラクナシセイ」
私はうなずき、無理な姿勢だったら、何十年もへたな詩を書き続けてこれるものではなかった、と納得しました。
ではラクにどうしてきたか、とたしかめると、
「バカミタイ、バカミタイ」
と九官鳥のような、たどたどしい答えが返ってきて、思わず吹き出してしまいました。どうひいき目に見ても、賢い処世ではなかった、と。
私はいつも、先の方に希望というものを見付け出せなかったので、目先のことにとらわれ、わずかな過去に根を張り、その範囲で心かたむけて暮らしてきました。私の願ったものはまわりの者のしあわせであり(これは逆に不幸をもたらし勝ちだったけれど)、無事に、どうしたら皆が食べて行けるか、ということであり、戦争があれば火の中を夢中でくぐりぬけることでした。
食糧がなくなれば、持てるだけの物を背負いに遠く出かけてゆき、平和になればもう戦争が起こらないようにと祈り、どうか家族が傷つくことなく生命をまっとうしてほしいと思う。勤めに行けば、何とかつつがなく仕事を済ませようと励み、夕方終われば、皆に少しでもおいしいものを食べさせたい、と百貨店の食品売り場を歩く。一方、腹が立てばいさかい。愚痴やあやまちもどっさり。せめてこれ以上悪いことがありませんように、と小心に、びくびくしながら眠る。
その片手間というのではなく、そのこととわかち難く、詩や文章を書きつづってきました。で、私の詩を書く姿勢は、私の暮らし方の姿勢であり、文学への理想も、詩への目標も単独にはありえない、つづり方練習生にすぎません。
 女としては結婚せず、まして母ともならず、銀行員としての長い月日、昇格といった点から見ると、最低の線を人後に落ちて歩いてきました。気が付いたら、そろそろ定年が近くなっている、というのに。
 手に持てる何ものもなければ
この身まずしき菊の
花を捧げむ葉を捨てむ
大空に満ちわたる美しき歌声の
そのひと節を求むれば。
 これは少女期に書いた私の短章ですが。花が持ち得ない言葉、声に対する悲願。無いものねだり。四十歳をはるかに越して、手に持てる何ものもないのは、昔も今も同じということになります。
バカミタイ、という言葉の説明がこれでついたことにして。
 ラクな姿勢、ということに移ると。子供が友だちを選ぶように、私は読むこと、書くことと仲よくしました。なぜそうなったのか、あまり自然で覚えていません。私の性情が無心にそれをしたかったのだろうと思います。詩には小学生のころからひかれ、見よう見まねで書きましたけれど。図書館で手当たり次第にひらいた詩集は、読んでも読んでも決して面白いものではありませんでした。
最近私は詩の実用性、などとへんなことを言ったりするのですが。その面白くなかった詩の中に、応用のきくもの、自分に合った、自分の心が育ってゆくのに都合の良い何か、をどっさり感じとって、飽きるということがなかったのだと思います。
そうして目的もなしに書きつづってきた詩が、結果として私の集計、私の目的だったような形をして前に置かれました。それがこんど出した、わずか二冊目の詩集『表札など』です。
 私にとって詩は自身との語らい。ひとに対する語りかけ。読んでもらいたいばかりに一冊にまとめたのですけれど、みとめてもらえるというようなことは勘定外でした。詩が私を教育し、私に約束してくれたことがあったとすれば、書いても将来、何の栄達も報酬もないということ。も少し別の言いかたをゆるしてもらえるなら、世間的な名誉とか、市場価格にあまり左右されない人間の形成に、最低役立つだろう、ということでした。その点では、詩は実用的ではありません。その非実用性の中に、私にとっての実用性をみとめたのでした。
 いつか書店でパラパラと詩の本をめくっていたら、「詩による社会変革は可能か、不可能か」というアンケートの設問がとびこんできました。私はとっさに、可能でないならつまらない、とひとりで答えてしまい、あと、だれがどのように答えているか、読みそびれましたが、ひとつの変革、次の展望、新しい生命、価値観の転換、その方法、手段などに、表立つことなく何らかの形で加わる力がないならば、目を洗う、というちいさなことすら、詩がなしとげることはできないのではないでしょうか。
自分の詩を棚《たな》に上げて考えたことです。
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