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酒を愛する男の酒05

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:あの雲の下「九州の病院から信州の鹿教湯《かけゆ》温泉にきて療養しております。少し近くなりました。もし信州まで来られたら、
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あの雲の下

「九州の病院から信州の鹿教湯《かけゆ》温泉にきて療養しております。少し近くなりました。もし信州まで来られたら、お立寄り下さい」
土門拳夫人からの手紙である。カメラを持ったまま山口で倒れて、九州医大に運ばれて入院した土門さんを、私は忙しさにかまけて、まだお見舞いをしていない。土門さんが倒れたのは、今度で二度目である。
初めて土門さんが脳出血の発作を起こしたのは、もうかれこれ八、九年前になるだろうか。その時は飯田橋の警察病院に入院した。私は母が託した風呂敷包みを抱えて、病院に駆けつけた。意外にも土門さんはベッドに坐っていた。いつもの顔色で、全く元気だった。そして風呂敷の結び目を自分でほどこうとさえした。重箱が出てきて重箱の蓋を取ると、中にはセリ、ヨメナ、ツクシの浸し物があった。母が摘んで作ったものである。土門さんは左手の指で、ツクシンボをひとつつまんで、
「ちくしょう、春か!」
と言った。これだけ元気ならよいと、私は内心ほっとした。
その後、見舞いに行くと夫人や母堂の話では、守衛の目を盗んで病院を脱けだして困るとのことだった。警察病院を脱けだすのだから、常人よりよっぽど達者である。
その土門さんが、二度目の発作を起こした時は、正直のところショックだった。しかし二年ぶりに信州の温泉療養にまでこぎつけたのはまことに嬉しいことだ。弟子の三木淳さん、石井彰さん、友人の渡辺好章氏らの献身的な努力も立派だった。土門さんは、信州でいまを盛りの高原の花を眺めていることだろう。
信州の高原の花といえば、私は土門さんと幾度かの夏を、花の撮影に過した。小海線で小諸《こもろ》から三反田《さんたんだ》を経て、野辺山《のべやま》に行ったのは、その頃ではまだ珍しかった4×5撮影機材やフィルムを担いでいったのだから、大分古い話になる。
私は土門さんを、まず三反田の佐久総合病院に引張っていった。病院長の若月俊一氏を、土門さんに会わせたかったからである。農村と農民を心から愛してやまない医者が日本にいることを、土門さんに知ってもらいたかったからである。
あいにく若月さんは不在であった。しかし私たちが来院したことを知って、若い医者やインターン生が、野辺山に一緒に行こうと言いだした。野辺山の八ヶ岳|山麓《さんろく》開拓地へ、ちょうど巡回診療のスケジュールがあるという。
この若者たちも実に清々《すがすが》しい集団であった。医療器材のほかに演劇の衣裳《いしよう》や小道具をリュックに詰めこんだ。診療が終れば、夜は村の人に芝居を見せるのだそうだ。この演劇の作ならびに演出は、若月俊一氏のものである。
野辺山の駅を降りると、その頃は駅前に旅館が一軒と、二、三軒の小さな食堂があるだけで、あとは八ヶ岳まで緑一色の高原がつづいていた。その広大な高原に、開拓者の家が点在していた。自分たちの手で自ら築いた、ブロックの粗末な家である。
土門さんと私、そして土門さんの助手は巡回診療班の後について、一軒一軒家をまわった。
「次の家はどこにありますか?」
「あの雲の下です」
私は、はじめて雲が道しるべになることを知った。
高原の夏の陽は容赦なく照りつけ、草いきれの中に鮮やかな色の蝶が横切ったりした。そして涯《はて》しない草原の中に、時々一町歩とか二町歩とか、大根畑が出現した。大根畑は草原と見較べると、芝生のように見えた。
ここの開拓地は大根一本槍で勝負していた。あまり大きくならない大根は、収穫すると、すぐに洗って干さずに即製の沢庵《たくあん》漬にする。開拓者たちは小さな共同の加工工場を造って、野辺山駅からそのほとんどを大阪方面へ出荷していた。
巡回診療は、赤い夕陽が八ヶ岳の山裾に入るまで行われた。その夜は開拓村あげての盆踊りになった。昼間無口でちょっと取っ付きの悪かった看護婦さんが、踊りの輪でひときわ見事な手振りで踊っていた。なかなかあだっぽかった。土門さんも私も、輪に加わった。
「百姓になったんだから、一日に一回だけでいいから、米の飯を腹いっぱい食いたいですよ」
と一人の開拓者が踊りながら、私に話しかけた。私のひとつ前にいる土門さんの顔が、キュッと締った。
明け方近く駅前の粗末な旅館に戻る道で土門さんが、
「今日以降われわれ都会人は、米の飯は茶碗に一杯きりにしようではないか」
と提案した。
「そうしましょう。マグロみたいに太っているばかりが能じゃない」
「汝《なんじ》はマグロより、むしろイルカに近いと思われる」
私たちは一日一善をもじって「一膳会」と名をつけ、発起人二名による会員二名の会が発足した。
翌日、若い医者や看護婦さんと別れて、私たちはカラーで高原の花を撮った。八手の花に似た山ウドには、夥《おびただ》しいアブが群れていた。女郎花《おみなえし》、吾亦紅《われもこう》、桔梗《ききよう》、松虫草、はてはゲンノショウコの花まで、土門さんはシャッターを切りつづけた。
道で会った人が、桔梗の花の群落があると言うので、苦心の末、車を見つけて桔梗ヶ原へと向った。その名の通り原一面が紫に揺れていた。
宝の山に入りながら土門さんは桔梗を撮らなかった。その代り、桔梗の原に寝て青空を眺めた。さらばと私も原に寝て、青空を眺めた。マグロとイルカが青空を眺めた。助手が一人ぽつんと立っていた。白い夏雲が浮かんでいた。
どのくらい経っただろうか、その白い夏雲が茜色《あかねいろ》に変わり、遠い八ヶ岳も草原もそして私たちも、朱色に塗りこめられた。
大夕焼けの中に、桔梗の花々がうす紫から藍《あい》に変わった。私の寝ているすぐ傍で、小鳥の稚《おさな》い鳴き声がした。その鳴き声が草を這《は》うように近づいてきた。そして私の足元まで来た。コロコロしたやけに丸っこい小鳥は、モズの子であった。
土門さんが、「カメラ」と助手に怒鳴った。桔梗の花を撮らずに、土門さんという人は迷い子のモズの子を追い掛けるのである。そしてそれに熱中するのである。暫《しばら》くすると土門さんの頭のすぐ上を、そして肩口までも降りてモズの母親が旋回しはじめた。
「もう少し待ってくれ」
と土門さんがモズの母親に言った。精悍《せいかん》そのものの眼差《まなざ》しが一瞬弱まり、口元から白い歯が洩れた。土門さん特有の恥じらいの顔であった。
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