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国盗り物語02

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:奈良屋のお万阿《まあ》 その翌日、京は快晴である。まったく、暑い。暑いが、戦国百年は、ふしぎと湿気がこんにちよりもすくな
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奈良屋のお万阿《まあ》

 その翌日、京は快晴である。
まったく、暑い。
暑いが、戦国百年は、ふしぎと湿気がこんにちよりもすくなかったといわれている。人も気象も、からりとしていた。
「たれ?——」
と、奈良屋のお万阿が、風通しのいい奥座敷に寝そべりながら、午《ご》睡《すい》からさめた。
「お客さまなの?」
「へい」
御簾《みす》のむこうで、手代の杉丸《すぎまる》が、小さな声でこたえた。
「お客さまは、御料人様《ごりょうにんさま》にお会いしたい、とおっしゃいます」
「睡《ねむ》いな」
お万阿は、唐《から》うちわ《・・・》をゆるりと裾《すそ》へまわして、蚊を追った。うちわは、檳榔《びんろう》の葉を張り、金でふちどりしたぜいたくなものである。この品ひとつでも、奈良屋の富のほどが知れよう。
「はじめてのお人かえ?」
「左様でございます」
「はじめての客は物《もの》憂《う》いな」
と、白い指をみた。
後家になってから、すこし肥《ふと》ったようだ。指のつけ根に五つ、くぼみができている。
「杉丸、私の顔は、ねむそう?」
「御簾でお顔がみえませぬ」
「繰りあげて、おのぞき」
「へい」
と杉丸は、御簾のすそをわずかにあげて、おそるおそる、のぞいた。
吉祥天女のように美しい。
と、杉丸はかねがねおもっている。
「お美しゅうございます」
「そう」
お万阿は、皿《さら》の上の唐人豆《ピーナツ》を一つぶ、口に入れた。
皓《しろ》い、小さな歯が、豆をくだいた。
「どんなひと。——」
「お武家さま、と申しましても、牢人《ろうにん》でございますが。——じつは、そのかたの申されるのは」
と、杉丸は、昨夜、御所の左兵衛督《さひょうえのかみ》の廃館でおこった例の事件を話した。
「えっ」
お万阿は起きあがった。
「荷頭の悪右衛門がころされた、と? たれにです」
「ちかごろ市《し》井《せい》をあらしている青《あお》烏帽子《えぼし》の源八に、でございます」
「それで」
「その源八を討ちとった、というのが、ただいま表に見えている牢人でございます」
「どんな男です。年寄りか。それとも」
「若うございます」
「通しや」
お万阿は、いそいで起きあがった。化粧《けわい》をなおすためである。
「ほう」
廊下を歩きながら、松波庄九郎。
ゆったりと感心している。
(商人とはいえ、奈良屋ともなれば、もはや城館じゃな)
一室に通された。
唐様《からよう》の部屋で、椅子《いす》、卓子《テーブル》、がある。壁にペルシャ絨緞《じゅうたん》がかけられていた。堺からきたものだろう。
「杉丸」
と、庄九郎は名前を覚えてしまっている。
いや、いま覚えたのではなく、奈良屋の内部については朝からしらべぬいていた。
手代が、二十人。
そのなかでも、もっとも若いこの杉丸という男が、後家のお万阿から信頼されていることも、ちゃんと調べあげていた。
(なにしろ奈良屋を乗っ取ろうというのだ。なまなかなことではできぬ)
「そなたは、西ノ岡の出だな」
「よくご存じで」
杉丸は、小さな顔に、驚きをうかべた。
「わしも、西ノ岡だ」
西ノ岡というのは、京都の西郊をさす。現《い》今《ま》の向日《むこう》町《まち》から山崎にかけての一帯だ。当時もいまも、山城筍《やましろだけ》の産地として、諸国の食通に知られている。
「すると、松波庄九郎様は」
と、杉丸は、目をみはった。
「あの松波様《・・・・・》でございますか」
「その一統だ」
「あっ。存ぜぬとは申しながら、ついお見それつかまつりました。申しわけございませぬ」
杉丸は、土下座してしまっている。
「まあ、立ってくれ」
と、庄九郎は、椅子の上からいった。
「旧家とは申せ、五十年もむかしのことだ。いま、松波、といったところで、驚いてくれるのは京でもそなたぐらいのものであろう」
松波左近将監《さこんしょうげん》。
それが松波家の世襲の官名だったと、庄九郎自身は称している。
左近将監は御所の北面の武士で、御所が衰微したために、わずかな田地を西ノ岡に買いもとめて土着した。
しかし、馴《な》れぬ仕事はうまくゆかぬもので三代で家はほろんだ。
わずかに松波の血統と称する家が、西ノ岡から山崎にかけて散在しているが、
(この庄九郎様も、そういう家の出なのであろう)
戦国とはいえ、この時代の人の血統崇拝の深さは、こんにちのわれわれには想像もつかない。
杉丸の態度がそうである。
「あの、松波様。暫時これにて」
と、自分はあわててひっこんでしまった。
(ははあ、後家殿に伝えに行ったな)
思いつつ、庄九郎は、にが虫をかみつぶしたような顔で、すわっている。
真赤なうそなのだ。
庄九郎は、西ノ岡うまれの母親が、土地のたれかと密通してできた子である。父親の名は、庄九郎も知らなかった。
(知らぬが幸い。父親などは、どこのたれであろうとかまわぬ。氏素姓《うじすじょう》などは、自力でつけてゆくものだ)
しかし、家系も役に立つことがある。そうおもって、妙覚寺本山を出て還俗《げんぞく》するとき、松波家をたずね、いくばくかの金を出して、その系図のはしに、
「左近将監基宗《もとむね》の庶子庄九郎」
と、書き足しておいてもらった。これが、奈良屋で生きたわけである。
(なあに)
そのくせ、庄九郎の心の、もう一つ奥は、ふてぶてしくあぐらをかいている。
(漢の高祖をみろ。氏も素姓も学問もない百姓の子で、若いころは郷里の沛《はい》の町でも鼻つまみの無頼漢だった)
その素姓知れずの無頼漢が、漢帝国をきずいた。その高祖劉邦《りゅうほう》にくらべれば、庄九郎は、学は内外(仏典、漢学)をきわめ、兵書に通じ、武芸は神妙に達し、舞、音楽をやらせれば、公卿《くげ》もおよばない。これほどの才気体力があって天下をとれぬことがあろうか、とおもっている。
(が、いっぺんには天下はとれぬ。千里の道も一歩からだという。まず奈良屋の巨富をねらうことだ)
そう考えて、神妙にすわっていた。

その刻限、奈良屋の塀《へい》ぎわに立った旅の老僧がある。
竹の根の杖《つえ》をつき、笠《かさ》をあげて、いぶかしげに、奈良屋の門、塀、土蔵の一つ一つをなめるようにながめていたが、やがて、
「赤気《しゃくき》が立っている」
といいすてて立ち去ろうとした。
奈良屋の屋根から、その上の天へ赤い気が立ちのぼっているというのである。
店の者がききとがめて追いすがると、
「お前の眼には見えまい」
と網《あ》代笠《じろがさ》のなかからいった。
「それは瑞兆《ずいちょう》でございますか、凶兆でございますか」
「瑞兆である」
そのまま、去った。
店の者が邸内へ駈《か》けこみ、それを杉丸に伝え、杉丸はお万阿御料人に伝えた。
「赤気が?」
お万阿は、おどろかない。若い女の身ひとつで、奈良屋の身代を動かしているほどの女である。
化粧をしながら、
「そのお坊さん、ゆうべの見残しの夢でもおもいだしたのでしょう。それとも、暑さで気が狂《ふ》れているかしら」
といったが、やはり気にかかるのだろう。
「朝から、かわったことはなかった?」
「いいえ。荷出し、売り子の手くばり、永楽《えいらく》銭《せん》の蔵積み、みないつものとおりで、判で押したように、昨日、おとといのとおりでございます」
といってから、あっ、といった。
「変わったことと申せば、あのご牢人様ではありませぬか。あの方は西ノ岡の名族で松波……」
「それは先刻ききました。杉丸、お前は若いから、人を信じやすい」
「はあ、……しかし」
杉丸は、あの牢人の血統をきき、かつ異風な容貌《ようぼう》をみただけで、
(これは貴種だ)
と思いこむようになっていた。眼光ただならぬ男だが、柔和な微笑をうかべている。骨格が玉《ぎょく》でできあがっているような、そんな燻《いぶ》されたような光を感じさせる男である。
(このひとが、洛中《らくちゅう》でも人に怖《おそ》れられる青烏帽子の源八をお斬《き》りなされたか)
げんに、手《て》土産《みやげ》として首がふたつ。
ひとつは奈良屋の荷頭の悪右衛門の首であり、ひとつは、青烏帽子である。
(瑞気とは、あの客に)
と、お万阿も、そこは人並である。気になっていた。
(あの客に立ちのぼっているのか、それともあの客がきたために、奈良屋に奇瑞があるのか)
この赤気は、庄九郎こと、のちの斎藤道三にまつわる伝説である。
庄九郎のことだ。あるいは旅の老僧を傭《やと》って、ひと芝居うったのかもしれない。
 お万阿は、唐《から》の間《ま》へ出た。
「やあ、庄九郎です」
と、客は笑って立ちあがった。
気合のようなものだ。
お万阿は、その笑顔にひきこまれてしまい、初対面ともおもえぬ親しみをおぼえた。
「わたくし、当家のお万阿です」
と、まず、荷頭の仇《かたき》を討ってくれたお礼をいった。
「それで、御用は?」
「いや、それだけです。悪右衛門と青烏帽子の首をもって参っただけのこと。どうぞご当家において回《え》向《こう》してやってください」
もう立ちあがっている。
お万阿のほうがあわてた。どうせ礼銭せびりだろうとたか《・・》をくくっていたからだ。
「あの」
「いや、いそぎますので」
ふりきって出てしまった。
「杉丸、杉丸」
お万阿は、声をあげた。
「早く追っていってください。あの方は行っておしまいになります」
(云《い》わぬことじゃない)
杉丸は、駈け出した。
残されたお万阿は、ぼう然としている。
(善人とはああいう人をいうのか)
容貌といい、立居振舞といい、そこに残り香《が》がただよっているような人柄《ひとがら》である。
杉丸は、追った。
どこの辻《つじ》へまがったか、もうみえない。
(御料人さまがわるいのだ。気位が高くて、ひとを疑いやすい。だから、せっかくの奇瑞のある人を、うしなってしまった)
ついに見あたらなかった。
「さがすのです」
と、お万阿は、手代ぜんぶに命じた。
ただ、一つの手がかりがあった。
数《じゅ》珠《ず》である。
客が、置きわすれていた。
(みごとな)
と声を呑《の》むような美しい数珠で、玉は百八つの帝釈青《たいしゃくせい》である。
数珠は、宗旨により、また本山によってちがう。
お万阿は、手代に、各宗の本山をたずねまわらせたが、存外、これに手間がとり、数日もかかった。
(京には、お寺の多いこと)
あらためておどろくおもいだった。
「これは日蓮宗本山の妙覚寺の僧がもっているものだ」
とわかったのは、十日後である。
「まあ、よかった」
そのころには、お万阿の庄九郎への想《おも》いがふくれすぎるほどにふくれあがっている。
想い、といっても、恋情ではない。
敬慕、というべきだろう。が、女の場合、恋情との境目が、あいまいである。
(ゆかしいひとだ)
ともおもい、
(ひょっとすると、人間ではなく、神仏の化《け》身《しん》があのとき顕《げん》じなされたのかしら)
とまで、夢想した。赤気の一件が、それならば符合するではないか。
杉丸は、妙覚寺本山をたずねた。
この寺は、現今《いま》でこそ烏丸鞍《からすまくら》馬《ま》口《ぐち》の西のほう、わずか一万五千坪の敷地にひっそくし、塔頭子院《たっちゅうしいん》もほとんどない状態だが、杉丸がその大山門に入って行ったこの当時は、衣棚押小路にあり、境内をとりまく塔頭は百余、城郭のような法城である。
「もうし、松波庄九郎さまという方が、御《お》檀《だん》越《おつ》のなかにいらっしゃいませぬか」
と、杉丸は、境内にある百余の塔頭子院を、一軒々々きいてまわった。
二十三軒目が、竜華院《りゅうげいん》である。
庄九郎の兄弟子が、住持をしている。
「ああ、法蓮房《ほうれんぼう》のことか」
と、旧名でうなずいてくれた。
「そこもとは、何の用だ」
当時の本山の塔頭の住持というのは、現今《いま》のようなものではない。現今《いま》でいえば、その社会的地位は、旧帝大の教授以上とおもってさしつかえないであろう。
杉丸は、事情を説明した。
「ああ、そうか。その俗名松波庄九郎なら、奥にいる」
「へへっ」
杉丸は、一室に通された。
庄九郎が、出てきた。
その姿をみたとき、
(ああ、探し甲斐《がい》があった)
と、泣きだしてしまいそうになった。事実杉丸は、
「松波庄九郎様」
といったきり、顔が畳からあがらず、体のふるえがとまらなかった。
考えてみると、妙なものだ。奈良屋の大身代からみれば、小虫のような素牢人である。それがなぜ、これほどまでにありがたいのであろう。
「久しぶりだな」
「おさがし申しあげました。庄九郎さまは、なぜ奈良屋に左様に情《つれ》無《の》うなされまする」
「情無うした覚えはないが」
笑っている。
「と、とにかく、松波庄九郎様。手前とともに奈良屋にお足を運んでくださるわけには、参りますまいか。あるじの御料人が、御礼を申しあげたいそうでございます」
「ならんな」
微笑のままだ。
杉丸は、はっ、と気づいた。奈良屋の御料人が、じきじきこの竜華院へ足をはこんでくるべきであった。
「わ、わかりました」
「杉丸」
茶が運ばれてきた。
「ちかぢか、備前へ荏胡麻《えごま》を運《ひ》きにゆくそうだな」
「へっ、そのことで、いま店は大騒ぎでございます。なにしろ、車借《しゃしゃく》、馬借《ばしゃく》、店の手代、それに護衛の牢人衆を入れて八百人の大人数になりまするが、それを宰領する大将の悪右衛門どのが」
「死んだな」
「へい。なにしろ、山城《やましろ》、摂《せっ》津《つ》、播磨《はりま》、備前、四カ国の境をこえてばく大な金品を運びますゆえ、途中、山賊、野伏《のぶせり》の難が絶えませぬ。よほど強い大将に宰領してもらわねば……」
「杉丸」
庄九郎は、茶をのみながら、
「じつは、わしは播磨、備前を見聞したいとおもい、旅の用意をしている。なんなら、わしが荷駄《にだ》の群れを護衛してやってもよいぞ」
「あっ」
驚くのが当然である。
松波庄九郎というほどの人が、わざわざ手を汚して奈良屋の荷駄隊の隊長になってやろうというのだ。
「ま、まことでござりまするか」
思わずにじり寄ったが、よく考えてみれば名もない素牢人である——とは杉丸はおもわなかった。
「まあ」
と、お万阿も、報告をきいて驚いた。
「本当?」
「う、うそではござりませぬ。ありがたくも松波庄九郎様がご宰領。奈良屋の荷駄は、日本一でございます」
お万阿は、多額の金銀、帛《きぬ》などを杉丸にもたせて、さっそく、竜華院へ行った。
竜華院の奥で待たされているあいだ、胸の鼓動が尋常でなかった。
恋人を待つような気持である。
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