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国盗り物語03

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:運さだめ(真実の悪人とは、九天に在《ま》す諸仏諸菩《ぼ》薩《さつ》のごとく荘厳きわまりないものだ)そう、松波庄九郎は信じ
(单词翻译:双击或拖选)
運さだめ

(真実の悪人とは、九天に在《ま》す諸仏諸菩《ぼ》薩《さつ》のごとく荘厳きわまりないものだ)
そう、松波庄九郎は信じている。
(おれもそういう悪人になりたい)
庄九郎は、竜華院の奥座敷でお万阿をまたせているあいだ、本堂で寝そべっていた。
本堂の須《しゅ》弥《み》壇《だん》のむこうに、金色燦然《こんじきさんぜん》たる釈《しゃ》迦牟尼《かむに》仏《ぶつ》が庄九郎を見おろしている。
(本尊《ほんぞん》よ)
と、庄九郎はその金像によびかけた。
(お前はおれを知っているだろう。こどものころからこの寺で養われた者だ。稚児《ちご》のころは峰丸といった。かがやくばかりの美童であったぞ。長じて坊主となり、法蓮房といわれた。いやもう、本尊よ、お前には、華を献じたり、閼伽《あか》(古代インド語・水のこと)をくれてやったり、法華経をあげてやったり、さんざん世話をしたものだ。その恩を感ずるならばこんどはお前のほうがおれのために仕えよ。力をあたえよ)
(とりあえず)
と、庄九郎は祈るのだ。
(あの奈良屋の後家をわがものにしたい。利口なおなごゆえ容易にはなびかぬであろう。そこをなびかせて奈良屋の身代をわがものにする。——しかし釈迦牟尼仏よ)
庄九郎は、手枕《てまくら》のまま眼をあげた。
(これは私慾にあらず。いやさ私慾かもしれぬが、わしの慾は奈良屋の身代どころにとどまってはおらぬ。一国一天下を望もうとする者だ。法華経を持《じ》する者は、その願い何事か成就《じょうじゅ》せざるべき、と申すではないか。それがまことならば、釈迦牟尼仏よ、わが家来となってはたらけ)
庄九郎、一礼もせずに本堂を去った。
この男、衣裳《いしょう》は先夜のような野伏まがいの見ぐるしいものではない。
麻地に、大輪の天竺《てんじく》牡《ぼ》丹《たん》の模様を染めた真新しい素《す》襖《おう》に、いやしげでないこしらえの脇《わき》差《ざし》、それに金梨《きんなし》地《じ》の鞘《さや》の大刀を手にもち、あたまには烏帽子《えぼし》をいただいている。
みな、借り着である。
この妙覚寺のむかしなじみの坊官から、わずか半日という約束で借りたものである。仏像に金を塗ってその荘厳を増すがごとく、悪にも装束《しょうぞく》が必要だとこの男はおもっていた。
廊下を通った。
奥座敷のふすまを、からりとひらいた。
「おまたせした」
と、庄九郎はいった。
(あっ)
と、お万阿は、息をのんだ。
(なんと涼やかな殿御。……)
庄九郎は着座した。
お万阿は、声も出ない。
「どうしました」
「いえ、もう、どうしたことでしょうか、体がふるえてなりませぬ」
「じきになおる」
庄九郎は、懐中から金襴《きんらん》の小さな袋をとりだした。
(ああ、唐渡りの……)
またおどろかされた。金襴という錦の一種は、堺湊《さかいみなと》に入るシナの貿易船がもたらすのみで、まだ日本ではつくられてはいない。お万阿は商家の御料人だけに、この錦がいかに高価なものであるかよく知っていた。
庄九郎、むろんこれも借りもの。
この小袋に包んだ壺《つぼ》のなかから丸薬を一つぶとりだし、
「心気が晴れます」
と服《の》ませた。この薬だけは庄九郎のものである。が、べつに高貴薬でもなんでもなく、橘《みかん》の皮や木皮を煮つめてかためただけのもので、利尿ぐらいにはきくであろう。
しかし庄九郎の口から、
「効く」
といわれれば、お万阿はひどく効くような気持になり、事実、のんでほどなく胸に涼風が通るようにさわやかな気分になってきた。
「ああ、気持がよろしゅうございます」
「はあ、そうですか」
庄九郎は、にこりともせずにうなずいた。薬を与えたのは、自分の魅力をためしてみたかっただけのことであった。
試してみたかったことは、それだけではない。京の名ある女のなかでも利口者で通っているお万阿が、どんな性質かを知りたかったのである。
(案外、ものに惚《ほ》れやすいたちであろう)
しかし、美しい。
色が白磁のように白く、黒くぬれている瞳《ひとみ》が、よく皮膚に似合った。唇《くちびる》がやや厚ぼったいのが顔の整いをこわしているが、かえってそれが、お万阿の容色を温かくしている。
お万阿は、内心、気が気ではなかった。
はじめは、京のあちこちに屯《たむ》ろして飢えすさんでいる素《す》牢人《ろうにん》程度にしかおもっていなかったのだが、衣裳といい、持ちものといい、むろん人品骨柄《こつがら》といい、これほど立派な人物をお万阿はみたことがない。
(礼物《れいもつ》が、粗末すぎた)
はずかしい。
いや、実は粗末どころではなく、白綾《しろあや》の小《こ》袖《そで》と多少の金銀をもってきているのだが、いまあらためて見る松波庄九郎には粗末すぎるであろう。
「あの、杉丸」
と、お万阿は、手代の杉丸に眼顔で合図した。
白木の三方が二基。
それを杉丸がしずしずと捧《ささ》げて、庄九郎の前においた。
「あの、松波様。先日、悪右衛門の仇をお討ちくださいましたお礼の、これはほんのしるしでございまして」
「左様か」
庄九郎は、かるく一礼した。
「ありがたく頂戴《ちょうだい》いたします。しかしどういうものであろう、わしも仏縁ある者、しかもここは日蓮宗本山の一つ妙覚寺でござる。この財物を、当山に布施《ふせ》したいが」
「布施?」
「自分の財物を他人にあたえることは、仏法では布《ふ》施行《せぎょう》といわれ、六《ろく》波羅《はら》蜜《みつ》の一つで非常に功《く》徳《どく》のあるものです」
と、寺の僧や坊官をよび、ことごとくあたえてしまった。もっとも与えるのは当然で、庄九郎にとっては衣裳や座敷の借り料であった。
しかしお万阿は、
(あっ)
と、三度目のおどろきに堪えていた。この男は生身《しょうじん》の菩薩なのか。なんという無慾な男なのであろう。これほどの無慾な男が、天下ことごとく餓鬼道に堕《お》ちて肉親相《あい》食《は》む戦乱をくりかえしているこの世に居ようとはおもわなかった。
(大慾の前には、小慾は殺すべし)
と、庄九郎。
泰然と、庭に視線を遊ばせている。
「毎日、暑いことですな」
「あの、庄九郎様。備前まで、奈良屋のために行ってくださるというのは、まことでございましょうか」
と、お万阿が訊《き》いた。
例の隊商八百人を率いてゆく護衛隊長のしごとのことだ。
「もったいなすぎて、奈良屋はばち《・・》があたります。松波庄九郎さまは、あきんど風《ふ》情《ぜい》の荷頭になるようなお方ではございませぬ。国主守護の侍大将にもふさわしい……」
「いやさ、私は好きでゆくのだ」
庄九郎は、面倒そうに眉《まゆ》をひそめてその会話をうち切った。

松波庄九郎の率いる奈良屋の隊商八百人が京を発《た》ったのはこの年永正十四年(一五一七年)の夏がすぎようとしているころである。
庄九郎は、馬上。
甲冑《かっちゅう》、陣羽織をはおっている。お万阿が贈った装束であった。
 京を出て初《はつ》の泊りは、
山城《やましろ》の山崎
であった。
この里に鎮座する山崎八幡宮《はちまんぐう》は、社領こそわずかだが、油の専売権をもっていて、この八幡宮のゆるしがなければ、油を売ることも、原料の荏胡麻《えごま》を産地から運んでくることもできない。
近国、遠国の油屋どもは、金銀を八幡宮におさめて製造、販売の権利を買いとるのである。その権利も一年かぎりのもので、翌年になるとまた金銀をおさめねばならない。
そのため、山崎八幡宮は、なまなかな大名よりも富強で、境内の蔵々には金銀がうなりをあげているといわれた。
神社は、武装した神《じ》人《にん》(寺の僧兵にあたるもの)を数百人も養い、勝手に油を売る者があれば、遠国までも押しかけていって、店をこわした。
余談だが、——
現在《いま》も、山崎八幡宮(離宮八幡宮)は、東海道線京都・大阪間の「山崎駅」の西裏にある。背後に天王山を背負い、前に淀川《よどがわ》の流れをひかえているが、いまは境内も縮小し、参詣者《さんけいしゃ》もほとんどなく、村の鎮守《ちんじゅ》といったかっこうになってしまっている。神官は、庄九郎のころとおなじ津田氏の世襲で、当主津田定房氏は四十六代目である。
むろん、ここが荏胡麻油の専売権をもっていたのは戦国時代までで、こんにち往年の盛大さをしのぶよすがもないが、ただおもしろいことに、東京油問屋市場、吉原製油、味の素、昭和産業といった全国の食用油の会社、組合が、いまなお氏子になっている。
 庄九郎は、この山崎八幡宮から、許可証がわりの「八幡大菩薩」の旗一旒《りゅう》、それに関所手形などをもらい、翌朝、出発した。
西国《さいごく》街道を西へ。
摂津郡山《こおりやま》
同 西宮《にしのみや》
同 兵庫
播州明石《ばんしゅうあかし》
と、泊りをかさねてゆく。
「庄九郎さま。大事がござる」
と、腹心の赤兵衛が馬を寄せてきたのは、播州平野も尽きて、ようやく備前国境いの山岳地帯にさしかかろうとしているときである。
「なんだ」
眼をほそめた。馬上でゆられていると、坂から吹きおろしてくる風が、眠気を誘われるほどここちよい。
「ただいま、斥候《ものみ》が帰って告げましたるところによりますと、このさきの有《う》年峠《ねとうげ》」
「ああ、有年峠」
そこで野営をするつもりである。
「どうやら、その峠の山砦《さんさい》に拠《よ》る有年備中守《びっちゅうのかみ》と申す小名《しょうみょう》が、われわれの荷駄《にだ》の金銀永楽銭を襲い奪《と》るつもりか、しきりと人数を出没させている様子でございます」
「そうか」
すぐ、隊をとめた。
すでに山中で、陽《ひ》はもう一刻《にじかん》すれば暮れおちるだろう。
暦では、今夜は日没からほどもなく満月がのぼるはずであった。夜間の行動には、たい《・・》まつ《・・》は要るまい。
「赤兵衛、お前は荷駄を連れてこのまま有年峠へのぼれ」
「護衛の牢人も連れずに?」
「おうさ、お前は餌《えさ》になるのよ」
「庄九郎様は?」
「思うことがある」
 庄九郎は、荷駄隊のなかから、弓、長《なが》柄《え》、槍《やり》をもった百人の牢人をひきぬき、自分も馬を捨てて、徒歩《かち》になった。
「どうなさるのです」
と、赤兵衛が不《ふ》安《あん》気《げ》にたずねた。
「油屋が、賊になるのさ」
「わしはどうします」
「餌だよ」
庄九郎は、近在の猟師をつかまえて、このあたりの山谷の地図を訊《き》いた。
それによると、若狭野《わかさの》、真《ま》殿《どの》、黒鉄山《くろがねやま》をむすぶところにキコリ道があって、有年の山砦の搦手門《からめてもん》に出るという。
庄九郎は、全員に用意の白布を肩からかけさせて夜の目じるしとし、
「よいか、逃げる者は斬《き》る」
ぎらりと、刀をぬいた。
庄九郎が、「日蓮上人《にちれんしょうにん》護持の御太刀」と称している数珠《じゅず》丸恒次《まるつねつぐ》二尺七寸、常人にはあつかいかねるほどのながいものである。
むろん偽《ぎ》物《ぶつ》だ。
(日蓮上人がもっていたという数珠丸恒次はむかし身《み》延山《のぶさん》久《く》遠《おん》寺《じ》の寺宝とされていたが、その後転々とし、いまは兵庫県尼崎市の本興寺におさまり旧国宝である。庄九郎のもっていた刀はおなじ作者の青江恒次にはちがいないが、数珠丸であったかどうかはうたがわしい)
地《じ》肌《はだ》が青く、沸《にえ》がつよく、いかにも庄九郎の佩刀《はいとう》らしく凄《すご》味《み》がある。
「見たか。触れずとも三寸むこうは太刀風で斬るという刀だ」
といいながら一たん鞘《さや》におさめ、一同の注意が刀から離れたころあいを見はからって再び、抜き打ちに鞘走らせ、
きらっ
と空《くう》を斬って、鞘におさめた。
たしかに、空を斬った。が、そばで枝を繁《しげ》らせていた樫《かし》の十年木が、しずかに天を掃いて倒れたのである。
(…………)
みな、青ざめている。恐怖というよりも、松波庄九郎という大将の、人間ばなれした通《つう》力《りき》に感じ入ったのである。
(これは頼むに足る)
と一同はおもったであろう。
庄九郎としては、無名の素牢人が、一隊の首領として指揮するには、この程度の小細工は必要なことであった。
みな、庄九郎を見る眼がちがってきた。
「わしについてくれば戦さは勝つ。砦《とりで》には財宝がある。わしは一物も奪《と》らぬゆえ、すべて汝《うぬ》らのものぞ」
やがて、庄九郎の隊は、山中に消えた。
 この有年峠の一帯千石ばかりを領している有年氏というのは、かつての播磨《はりま》一国の大名赤松の支族《わかれ》である。
赤松氏といえば足利《あしかが》幕府の大大名であったが、いまは一族、家臣に領地を食いあらされてほろんだも同然となっており、一族のうち、別所氏が東播州をおさえ、小寺氏が、西の姫路一帯をおさえているが、あとは地侍《じざむらい》程度が各村各郷に割拠してたがいに小ぜりあいをつづけているのが、現状だった。有年氏も、そうした土豪の一つである。
当主は有年備中守という。
「山賊同然の男さ」
庄九郎は、山陽道の土豪の性質を、京でつぶさにしらべあげている。
奈良屋の荷駄が、この男に襲われたことも数度あった。
「庄九郎様、有年峠をこえるときだけはご注意あそばしますように」
と、奈良屋のお万阿もいった。
(逆に襲ってやろう)
と、庄九郎は京を出るときから、その心支度をしていたのである。
やがて庄九郎の隊は黒鉄山にのぼり、月下の尾根道を北に駈《か》けて、有年砦のうしろの崖《がけ》の上に出た。
「みろ」
と、一同にのぞかせた。
眼の下、わずか二丈の山腹に、柵《さく》を組んだ城砦がうずくまっている。
「見たか」
「たしかに」
と、一同うなずきあった。
「砦を見たならば、この砦のさらにむこうをみろ」
もう一段、崖になっていて、その下を山陽道が通っている。その路上に、
篝火《かがりび》
たいまつ
大焚《おおたき》火《び》
といった火の群れが燃えさかっている。
「あれが、赤兵衛らの荷駄組だ。おおかた、寝支度をしているのだろう」
「うかがいまするが」
と、牢人の一人が、小声でいった。
「この眼の下の砦には、いっこうに人の気配がいたしませぬが、どうしたことでございましょう」
「空き城さ」
「えっ」
「たったいま人数が出はらったあとだ。この砦の連中は、むこうの崖から街道にとびおり、奈良屋の荷駄をねらうつもりだろう。そうと見込んで、わしはここまできている」
降りろ、と庄九郎は命じた。
百人が、虫の這《は》いおりるように、ぞろぞろと崖をおりはじめた。
途中、つかんでいた草の根が抜けて、崖下へ落ちる者がある。
が、それらは、下に植えこんである削《そ》ぎ竹《だけ》や、鹿砦《ろくさい》に、胴、頸《くび》を突き刺されて、声も立てずに即死した。
庄九郎は、地上におりると、それらのあいだを用心ぶかく擦《す》りとおって、柵にとりついた。
柵を越えた。
(南無妙法蓮華経……)
と、つい題目のくせが出た。
庄九郎は、この有年砦に、なんの野心もない。ただ、合戦をしてみたかった。
つい前年までは、妙覚寺本山の学生《がくしょう》にすぎなかった庄九郎には、むろん、合戦の経験などはない。
(しかしおれには、天稟《てんぴん》の武略がある)
そう信じている。
その才能を試したかった。というより、自分の一生の運を占うつもりであった。
(もし失策《しくじ》れば坊主にもどる。もし奪れればおれの一生は吉運といっていい)
月が、たったいま降りたばかりの崖の上にのぼった。
庄九郎の影。——
悪鬼に似ている。
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