襖《ふすま》のかげで、お万阿は、
(いっそ狐になりすませてさしあげようかしら)
とおもった。
(——されば)
人間でなくなる。お万阿でなくなる。奈良屋の御料人様でなくなり、お万阿にかぶさっている人の世の制約《きずな》が、はらりと解けてしまうわけだ。
奇妙。
まったく奇妙。
(そうすれば、庄九郎様のおひざの上で、いかに淫楽《みだら》をはたらいても、あとで、——あれはお万阿ではございませぬ。有馬の奥之坊に巣食う狐でございましょう、といえるではないか)
ほたほたと胸がときめいてきた。固いとは世間でいわれていても、お万阿は自分をよく知っている。
(よくよく私は男が好きじゃ)
しかしその男よりも、奈良屋の財産《しんだい》のほうがお万阿には大事なだけである。
(そう。狐になってしまおう)
狐の淫楽、ということになれば、庄九郎とこの有馬でいかな縁を結んだところで、それは浮世の害にはなるまい。
(あれは狐のしわざ。——)
それで済む。
お万阿は胸もとをおさえ、ふすまのかげでこれだけの思案をした。
(いっそ狐になりすませてさしあげようかしら)
とおもった。
(——されば)
人間でなくなる。お万阿でなくなる。奈良屋の御料人様でなくなり、お万阿にかぶさっている人の世の制約《きずな》が、はらりと解けてしまうわけだ。
奇妙。
まったく奇妙。
(そうすれば、庄九郎様のおひざの上で、いかに淫楽《みだら》をはたらいても、あとで、——あれはお万阿ではございませぬ。有馬の奥之坊に巣食う狐でございましょう、といえるではないか)
ほたほたと胸がときめいてきた。固いとは世間でいわれていても、お万阿は自分をよく知っている。
(よくよく私は男が好きじゃ)
しかしその男よりも、奈良屋の財産《しんだい》のほうがお万阿には大事なだけである。
(そう。狐になってしまおう)
狐の淫楽、ということになれば、庄九郎とこの有馬でいかな縁を結んだところで、それは浮世の害にはなるまい。
(あれは狐のしわざ。——)
それで済む。
お万阿は胸もとをおさえ、ふすまのかげでこれだけの思案をした。
一方、隣室の庄九郎。
百もお万阿の思案を見ぬいている。「狐であろう」といったのは庄九郎の軍略である。そうきめつければ、身代《しんだい》大事のお万阿は「奈良屋の後家」という束縛から解放される。
(あと腐れない淫楽《たわむれ》ができると思い、裸か身になってわがひざに折り崩れるであろう)
そこまで見通したうえのことだ。
「奥之坊の狐」
と、庄九郎はいった。文机《ふづくえ》に眼をおとしたままである。
庭で、寒椿《かんつばき》が白い花をつけている。
「はい」
と、ふすまのかげで、お万阿はひくい、小さな声でうなずいた。狐の挙措とは、こうもあろうかしら、——と思案しつつ。
「狐。わしを法華経念持の行《ぎょ》者《ざ》と知ってこれへ参ったのか」
(どう答えよう)
お万阿は云《い》いよどんでいるうちに、庄九郎は、すずやかな声でいった。
「玄中記という書物にある。狐ハ五十歳ニシテヨク変《ヘン》化《ゲ》シ、百歳ニシテ美女トナリ、神巫《カンナギ》トナル。或《アルイ》ハ丈夫《ジョウフ》トナリテ女子ト交接シ、ヨク千里ノ外ノ事ヲ知ル」
「まあ」
お万阿はつい、とんでもない声を出してしまった。
「学問がおありでございますね」
「…………」
お万阿のはずんだ声に、庄九郎のほうがだまってしまっている。
(これはいけない)
と、お万阿は反省した。
(もそっと妖《あや》しゅうならねば)
「来《こ》よ」
と、庄九郎はいった。
はい、と口の中で答え、お万阿はふすまのかげで、すそをたかだかとからげた。足が白い。自分で愛《あい》撫《ぶ》したくなるほど、うつくしいあしである。
(さて、わたくしは狐になる。——)
お万阿は庄九郎の部屋にはゆかず、足音を忍ばせて廊下へ出た。廊下をすべるように走ると、重い杉《すぎ》戸《ど》がある。
(重いなあ)
すこし持ちあげ、音のせぬように明けた。そとは庭である。
庭へとびおり、はだしに杉苔《すぎごけ》を踏んだ。ひとあしごと、足の指が、苔にうずもれた。
やがて、書院のぬれ縁へまわった。
庄九郎が、書見をしている。
特徴のある盛りあがったひたい、するどくはねあがった眉《まゆ》、切れ長の眼。
その眼が、お万阿を見た。
「狐らしく庭さきからまわったな」
「はい」
もうお万阿は狐の気持である。庄九郎にどうされようと浮世の事件ではない。
「このあたりに住む荼吉尼《だきに》天《てん》でございます」
と、狐のことを仏語でいった。
「ほう、白状したな」
「松波庄九郎様のご眼力にはおそれ入るばかりでございます。有馬《こなた》にお湯治に来られてこのかた、お慕い申しあげておりました」
「男を知っておるか」
と、庄九郎。
もっとも高《たか》飛《び》車《しゃ》には出たものの、庄九郎自身は、備前境の山中で小宰相のかくしどころに手を触れて女とはこうかと知ったほか、いまなお女性《にょしょう》の体には触れたことがない。
「存じております」
と、お万阿は大胆にいった。娘のころに公《く》卿《げ》の公達《きんだち》、真宗の坊主など二、三人と通じたことがある。それと、なくなった手代あがりの亭主。それだけである。
「いままで、何人ほど」
「さあ」
お万阿はこまった。自分のばあいは三、四人であるが、狐ならばどういえばこの化生《けしょう》にふさわしいのであろう。
「荼吉尼天と申せば、狐《こ》精《せい》である。仏典によれば通力自在にして、人の死を六カ月前に予知し、その予知されし者の死せんとするや、その死の寸前に心《しん》ノ臓《ぞう》を食らうという。汝《われ》は、男の心ノ臓を幾人吸うたか」
(まあ)
とお万阿はおどろいた。よく考えてみると娘のころに通じた公卿の公達も、真宗の坊主も、お万阿の前夫も、みな死んでいる。男運がわるいのかしらと自分ではおもっていたが、ひょっとすると自分は「狐精」なのではあるまいか。
(厭《い》や。あたまがおかしくなる)
自分の妄想《もうそう》をふりきって、お万阿は顔色も変えずに立っている。
「庄九郎様の心ノ臓を食べたい」
と、お万阿は含み笑いをした。
「あっははは」
庄九郎は書物を投げすてて寝ころんだ。
「食えるものなら食ってみろ」
「食べまするぞ」
と、お万阿は濡《ぬ》れ縁に素足をあげた。庄九郎はそれをそらすようにして立ちあがった。
「谷へおりる」
と、部屋を出てしまった。
お万阿は、部屋に突っ立った。
(馬鹿《ばか》。——)
自分が。
と、お万阿は自分をののしった。奈良屋のお万阿ともあろうものが、みじめすぎるではないか。
(たかが素《す》牢人《ろうにん》。……)
自分につばを吐きかけたい気持である。京では大路小路を歩けば、
——あれが奈良屋の御料人。
と眼をそばだてぬ者はない。高貴な衣《きぬ》、うつくしい眉目《みめ》。京の男どもはいうのだ。奈良屋様の足の、そして指の、その小桜の花びらのような爪《つめ》の一つに触れさせてもらえば、命も要らず後生《ごしょう》も要らぬ、というのである。
(それほどのお万阿が)
松波庄九郎に見返られた。
百もお万阿の思案を見ぬいている。「狐であろう」といったのは庄九郎の軍略である。そうきめつければ、身代《しんだい》大事のお万阿は「奈良屋の後家」という束縛から解放される。
(あと腐れない淫楽《たわむれ》ができると思い、裸か身になってわがひざに折り崩れるであろう)
そこまで見通したうえのことだ。
「奥之坊の狐」
と、庄九郎はいった。文机《ふづくえ》に眼をおとしたままである。
庭で、寒椿《かんつばき》が白い花をつけている。
「はい」
と、ふすまのかげで、お万阿はひくい、小さな声でうなずいた。狐の挙措とは、こうもあろうかしら、——と思案しつつ。
「狐。わしを法華経念持の行《ぎょ》者《ざ》と知ってこれへ参ったのか」
(どう答えよう)
お万阿は云《い》いよどんでいるうちに、庄九郎は、すずやかな声でいった。
「玄中記という書物にある。狐ハ五十歳ニシテヨク変《ヘン》化《ゲ》シ、百歳ニシテ美女トナリ、神巫《カンナギ》トナル。或《アルイ》ハ丈夫《ジョウフ》トナリテ女子ト交接シ、ヨク千里ノ外ノ事ヲ知ル」
「まあ」
お万阿はつい、とんでもない声を出してしまった。
「学問がおありでございますね」
「…………」
お万阿のはずんだ声に、庄九郎のほうがだまってしまっている。
(これはいけない)
と、お万阿は反省した。
(もそっと妖《あや》しゅうならねば)
「来《こ》よ」
と、庄九郎はいった。
はい、と口の中で答え、お万阿はふすまのかげで、すそをたかだかとからげた。足が白い。自分で愛《あい》撫《ぶ》したくなるほど、うつくしいあしである。
(さて、わたくしは狐になる。——)
お万阿は庄九郎の部屋にはゆかず、足音を忍ばせて廊下へ出た。廊下をすべるように走ると、重い杉《すぎ》戸《ど》がある。
(重いなあ)
すこし持ちあげ、音のせぬように明けた。そとは庭である。
庭へとびおり、はだしに杉苔《すぎごけ》を踏んだ。ひとあしごと、足の指が、苔にうずもれた。
やがて、書院のぬれ縁へまわった。
庄九郎が、書見をしている。
特徴のある盛りあがったひたい、するどくはねあがった眉《まゆ》、切れ長の眼。
その眼が、お万阿を見た。
「狐らしく庭さきからまわったな」
「はい」
もうお万阿は狐の気持である。庄九郎にどうされようと浮世の事件ではない。
「このあたりに住む荼吉尼《だきに》天《てん》でございます」
と、狐のことを仏語でいった。
「ほう、白状したな」
「松波庄九郎様のご眼力にはおそれ入るばかりでございます。有馬《こなた》にお湯治に来られてこのかた、お慕い申しあげておりました」
「男を知っておるか」
と、庄九郎。
もっとも高《たか》飛《び》車《しゃ》には出たものの、庄九郎自身は、備前境の山中で小宰相のかくしどころに手を触れて女とはこうかと知ったほか、いまなお女性《にょしょう》の体には触れたことがない。
「存じております」
と、お万阿は大胆にいった。娘のころに公《く》卿《げ》の公達《きんだち》、真宗の坊主など二、三人と通じたことがある。それと、なくなった手代あがりの亭主。それだけである。
「いままで、何人ほど」
「さあ」
お万阿はこまった。自分のばあいは三、四人であるが、狐ならばどういえばこの化生《けしょう》にふさわしいのであろう。
「荼吉尼天と申せば、狐《こ》精《せい》である。仏典によれば通力自在にして、人の死を六カ月前に予知し、その予知されし者の死せんとするや、その死の寸前に心《しん》ノ臓《ぞう》を食らうという。汝《われ》は、男の心ノ臓を幾人吸うたか」
(まあ)
とお万阿はおどろいた。よく考えてみると娘のころに通じた公卿の公達も、真宗の坊主も、お万阿の前夫も、みな死んでいる。男運がわるいのかしらと自分ではおもっていたが、ひょっとすると自分は「狐精」なのではあるまいか。
(厭《い》や。あたまがおかしくなる)
自分の妄想《もうそう》をふりきって、お万阿は顔色も変えずに立っている。
「庄九郎様の心ノ臓を食べたい」
と、お万阿は含み笑いをした。
「あっははは」
庄九郎は書物を投げすてて寝ころんだ。
「食えるものなら食ってみろ」
「食べまするぞ」
と、お万阿は濡《ぬ》れ縁に素足をあげた。庄九郎はそれをそらすようにして立ちあがった。
「谷へおりる」
と、部屋を出てしまった。
お万阿は、部屋に突っ立った。
(馬鹿《ばか》。——)
自分が。
と、お万阿は自分をののしった。奈良屋のお万阿ともあろうものが、みじめすぎるではないか。
(たかが素《す》牢人《ろうにん》。……)
自分につばを吐きかけたい気持である。京では大路小路を歩けば、
——あれが奈良屋の御料人。
と眼をそばだてぬ者はない。高貴な衣《きぬ》、うつくしい眉目《みめ》。京の男どもはいうのだ。奈良屋様の足の、そして指の、その小桜の花びらのような爪《つめ》の一つに触れさせてもらえば、命も要らず後生《ごしょう》も要らぬ、というのである。
(それほどのお万阿が)
松波庄九郎に見返られた。
その日は、暮れた。
つぎの日も庄九郎は朝から書見し、昼にはみずから山鳥の肉を焼いてめしを食った。まだ昼食の習慣のめずらしい時代で、こういうささやかなことでも庄九郎は時代から一歩先んじている。
午後も書見。
時刻がくると、谷へおりる。これが判でおしたような日常である。
なるほど、昨日、谷へおりるといってお万阿を置きざりにしたのも「軍略」ではあったが、しかしその刻限に谷へおりるのはかれの習慣でもある。
真槍《しんそう》をかかえている。
渓流《けいりゅう》は、大小の岩が多い。
庄九郎。
その渓流の中の岩の一つに立った。槍《やり》を小わきにかかえている。
その姿を、お万阿は、自分の宿である御所《ごしょの》坊《ぼう》の庭さきから見おろしていた。
(なにをなさるのかしら)
庄九郎は、見られているとは知らぬのであろう。
ふところから、一合枡《ます》の底ほどの大きさに切った紙をとりだし、十枚、ぱっと空中に舞いあげた。
舞い落ちる。
それを庄九郎は、岩から岩へとびまわっては、一枚ずつ刺しとおすのだ。砥《と》ぎすました槍の穂はきらきらと虚《こ》空《くう》に舞い、舞うたびに庄九郎の体が跳ね、跳ねるごとに紙のひときれがつきささる。
突き洩《も》らされて渓流に舞い落ちる紙も多かったが、ただ驚嘆すべきは庄九郎のみごとな足わざである。眼は虚空の紙を追っているのに、足は、足そのものに眼があるように、岩から岩へと跳んで、踏みはずさない。腰はつねにずしりと沈み、高腰、及び腰に一瞬といえどもならなかった。
「神業《かみわざ》でござりまするな」
と、いつのまにか背後にひかえていた杉丸《すぎまる》がいった。
「なんのためにあのようなことをなさっているのでございましょう」
杉丸も、ふしぎである。
「さあ」
お万阿は考えた。舞を習ったことのあるお万阿にはわかるような気がする。おそらく虚空の紙片を突くのが主目的ではなく、腰を定め、つねに鎮《しず》める稽《けい》古《こ》をしているのではあるまいか。
それにしても、変わった槍ではある。
「まるで天《てん》狗《ぐ》のようでございますな」
(……なんの)
お万阿は、感心したくはない。
「あの方は、狂人です」
と、お万阿は断言した。むろん本心そう思っているのではないが、かの庄九郎に、面とむかって吐きかけてやりたい気持は、むらむらとするほど、この胸にある。
「なにをおっしゃいます」
杉丸は、すっかり松波庄九郎の心酔者である。
「あの方は、妙覚寺御本山のころでも、学問諸芸いたらざるなく、智恵第一の法蓮房《ほうれんぼう》、といわれたほどのお方じゃげにござりまするが、おおかた、仏天のうまれかわりでございましょう」
「杉丸はあの人が好きですか」
「好きでございます」
「お万阿は、きらいです」
「そのような」
杉丸はあわててたしなめた。
「おっしゃられてはなりませぬ。松波庄九郎様は奈良屋の恩人でございます。しかも、恩を売ろうともなさらぬあたり、この濁世《じょくせ》のひとともおもえませぬ」
「そうかえ」
崖下《がけした》の庄九郎を見つめているお万阿の胸は波立つ思いだが、かといって杉丸のようにはお万阿は思えない。
相学《そうがく》に、大慾の持主は無慾の相をしている、という。
(庄九郎様は、そうではあるまいか)
あの男には、強烈なあく《・・》がある。そのあく《・・》は杉丸には見えないが、お万阿には女のかん《・・》でわかるのである。そういうあく《・・》のもちぬしが、無慾恬淡《てんたん》であるはずがなかろう。
が。——
お万阿はそのあく《・・》がきらいではない。むしろそのあく《・・》に魅《ひ》かれている、ということは自分でもはっきりわかる。
(あのあく《・・》は謎《なぞ》だ)
とお万阿はおもう。ひょっとすると驚天動地のことを仕出かす根源が、いまおだやかにあのあく《・・》となって沈澱《ちんでん》しているのではあるまいか。だから、
(怖い)
ともおもい、それだけに、怖さに近づきたいような、そういう思いがある。
あったればこそ、有馬のような辺《へん》鄙《ぴ》な山峡《やまかい》の湯にやってきたのである。
夕もや《・・》がこめてきた。
もや《・・》は、どうやらこの上の童子山のむこうの山ひだ《・・》にうまれ、山ひだ《・・》に満ちてからこの渓谷に流れて来るようである。
「杉丸、湯に参ります」
「さればおひさどの(婢《ひ》女《じょ》)をお供に申しつけましょう」
「要りませぬ」
お万阿は、岩肌《いわはだ》を彫りぬいたせまい石段をおりはじめた。
もや《・・》が、濃くなっている。
(なにをなさるのかしら)
庄九郎は、見られているとは知らぬのであろう。
ふところから、一合枡《ます》の底ほどの大きさに切った紙をとりだし、十枚、ぱっと空中に舞いあげた。
舞い落ちる。
それを庄九郎は、岩から岩へとびまわっては、一枚ずつ刺しとおすのだ。砥《と》ぎすました槍の穂はきらきらと虚《こ》空《くう》に舞い、舞うたびに庄九郎の体が跳ね、跳ねるごとに紙のひときれがつきささる。
突き洩《も》らされて渓流に舞い落ちる紙も多かったが、ただ驚嘆すべきは庄九郎のみごとな足わざである。眼は虚空の紙を追っているのに、足は、足そのものに眼があるように、岩から岩へと跳んで、踏みはずさない。腰はつねにずしりと沈み、高腰、及び腰に一瞬といえどもならなかった。
「神業《かみわざ》でござりまするな」
と、いつのまにか背後にひかえていた杉丸《すぎまる》がいった。
「なんのためにあのようなことをなさっているのでございましょう」
杉丸も、ふしぎである。
「さあ」
お万阿は考えた。舞を習ったことのあるお万阿にはわかるような気がする。おそらく虚空の紙片を突くのが主目的ではなく、腰を定め、つねに鎮《しず》める稽《けい》古《こ》をしているのではあるまいか。
それにしても、変わった槍ではある。
「まるで天《てん》狗《ぐ》のようでございますな」
(……なんの)
お万阿は、感心したくはない。
「あの方は、狂人です」
と、お万阿は断言した。むろん本心そう思っているのではないが、かの庄九郎に、面とむかって吐きかけてやりたい気持は、むらむらとするほど、この胸にある。
「なにをおっしゃいます」
杉丸は、すっかり松波庄九郎の心酔者である。
「あの方は、妙覚寺御本山のころでも、学問諸芸いたらざるなく、智恵第一の法蓮房《ほうれんぼう》、といわれたほどのお方じゃげにござりまするが、おおかた、仏天のうまれかわりでございましょう」
「杉丸はあの人が好きですか」
「好きでございます」
「お万阿は、きらいです」
「そのような」
杉丸はあわててたしなめた。
「おっしゃられてはなりませぬ。松波庄九郎様は奈良屋の恩人でございます。しかも、恩を売ろうともなさらぬあたり、この濁世《じょくせ》のひとともおもえませぬ」
「そうかえ」
崖下《がけした》の庄九郎を見つめているお万阿の胸は波立つ思いだが、かといって杉丸のようにはお万阿は思えない。
相学《そうがく》に、大慾の持主は無慾の相をしている、という。
(庄九郎様は、そうではあるまいか)
あの男には、強烈なあく《・・》がある。そのあく《・・》は杉丸には見えないが、お万阿には女のかん《・・》でわかるのである。そういうあく《・・》のもちぬしが、無慾恬淡《てんたん》であるはずがなかろう。
が。——
お万阿はそのあく《・・》がきらいではない。むしろそのあく《・・》に魅《ひ》かれている、ということは自分でもはっきりわかる。
(あのあく《・・》は謎《なぞ》だ)
とお万阿はおもう。ひょっとすると驚天動地のことを仕出かす根源が、いまおだやかにあのあく《・・》となって沈澱《ちんでん》しているのではあるまいか。だから、
(怖い)
ともおもい、それだけに、怖さに近づきたいような、そういう思いがある。
あったればこそ、有馬のような辺《へん》鄙《ぴ》な山峡《やまかい》の湯にやってきたのである。
夕もや《・・》がこめてきた。
もや《・・》は、どうやらこの上の童子山のむこうの山ひだ《・・》にうまれ、山ひだ《・・》に満ちてからこの渓谷に流れて来るようである。
「杉丸、湯に参ります」
「さればおひさどの(婢《ひ》女《じょ》)をお供に申しつけましょう」
「要りませぬ」
お万阿は、岩肌《いわはだ》を彫りぬいたせまい石段をおりはじめた。
もや《・・》が、濃くなっている。
岩間の湯に庄九郎は浸《つか》りながら、無心で羊《し》歯《だ》の葉をむしっていた。
湯が、赤い。
そばを、渓流が奔《はし》っている。その渓流へ、岩間の赤湯がすこし瀬でたゆたい《・・・・》、やがては渓流に溶け入って流れ落ちてゆくのがおもしろかった。
「おれに詩才があればな」
そのおもしろみを詠ずるところであろう。万能にめぐまれた松波庄九郎も、詩の才質だけはなかった。
それだけに物の考え方が詩的ではない。ひどく散文的である。しかし散文も、岩に一字一字彫りこんで書くような、そういう性格であった。自分のそういう性格を庄九郎は知っている。が、はたしてこの性格が自分の一生に益するものかどうか、世間にのりだしてみないと、まだわからない。
(僧房の生活は退屈だった)
しかし無益ではなかった。学んだものは法華経である。内容は愚にもつかぬ経典だが、法華経独特の一種、強烈な文章でつづられている。すべてを断定している。はげしく断定している。天竺《インド》語を漢文に訳した唐代シナの訳官の性格、文章癖がそうさせたものか、どうか。
それはわからない。
が、庄九郎の性格の彫りを深めるには役立った。すくなくともお万阿のいう「あく」を強めた。法華経の宗旨からは、悪人が出る。
善人も出る。
善悪ともに強烈な、酷烈な、そういう人間をうみだすふしぎな風土のようである。
その唱えることばをみてもわかる。
かれらは、
「南無、妙、法蓮華、経」
と連呼する。大声でとなえる、自然、心が歩武堂々、前へ前へと前進するようなリズムになる。しかも宗旨に現《げん》世利《ぜり》益《やく》の色が濃く、これを念持すれば、仏天は浮世の諸慾を満たせてくれるという攻撃的な教えである。
庄九郎がもし、少年のころを浄土教(浄土宗、一遍宗、浄土真宗)の本山で送ったとすれば、よほどちがった人間になっていたであろう。法然《ほうねん》、親鸞《しんらん》によって栄えた浄土教は、あくまでも現世否定の宗旨である。
来世のみを欣《ごん》求《ぐ》する。自然、人間は内省的になり、哲学的にならざるをえない。
かれらは、
「なむあみだぶつ」
という。南無妙法蓮華経のような外攻的な景気のよさはない。景気のよさがないどころか唱えれば唱えるほど、心理的に内へ内へと籠《こも》ってゆくようなリズムになっている。ついには、諸慾消滅した妙好人《みょうこうにん》ができあがるであろう。
この二つの宗旨で代表される精神の型は、庄九郎の生きているこの戦国初頭のふたつの魅力ある巨峰であった。
しかしこの二つが、はたして釈《しゃ》迦《か》の「仏教」なのかどうか。筆者もむろんわからない。古今の大学者もおそらく明言することはできないであろう。
——それはともかく。
庄九郎は、岩を枕《まくら》に、体を赤い湯に浮かせている。
(お万阿は、わが手に落ちるかな)
つい、法蓮房のころのくせで、諸願成就《じょうじゅ》の法華経を心中で念誦《ねんじゅ》してしまう。
湯が、赤い。
そばを、渓流が奔《はし》っている。その渓流へ、岩間の赤湯がすこし瀬でたゆたい《・・・・》、やがては渓流に溶け入って流れ落ちてゆくのがおもしろかった。
「おれに詩才があればな」
そのおもしろみを詠ずるところであろう。万能にめぐまれた松波庄九郎も、詩の才質だけはなかった。
それだけに物の考え方が詩的ではない。ひどく散文的である。しかし散文も、岩に一字一字彫りこんで書くような、そういう性格であった。自分のそういう性格を庄九郎は知っている。が、はたしてこの性格が自分の一生に益するものかどうか、世間にのりだしてみないと、まだわからない。
(僧房の生活は退屈だった)
しかし無益ではなかった。学んだものは法華経である。内容は愚にもつかぬ経典だが、法華経独特の一種、強烈な文章でつづられている。すべてを断定している。はげしく断定している。天竺《インド》語を漢文に訳した唐代シナの訳官の性格、文章癖がそうさせたものか、どうか。
それはわからない。
が、庄九郎の性格の彫りを深めるには役立った。すくなくともお万阿のいう「あく」を強めた。法華経の宗旨からは、悪人が出る。
善人も出る。
善悪ともに強烈な、酷烈な、そういう人間をうみだすふしぎな風土のようである。
その唱えることばをみてもわかる。
かれらは、
「南無、妙、法蓮華、経」
と連呼する。大声でとなえる、自然、心が歩武堂々、前へ前へと前進するようなリズムになる。しかも宗旨に現《げん》世利《ぜり》益《やく》の色が濃く、これを念持すれば、仏天は浮世の諸慾を満たせてくれるという攻撃的な教えである。
庄九郎がもし、少年のころを浄土教(浄土宗、一遍宗、浄土真宗)の本山で送ったとすれば、よほどちがった人間になっていたであろう。法然《ほうねん》、親鸞《しんらん》によって栄えた浄土教は、あくまでも現世否定の宗旨である。
来世のみを欣《ごん》求《ぐ》する。自然、人間は内省的になり、哲学的にならざるをえない。
かれらは、
「なむあみだぶつ」
という。南無妙法蓮華経のような外攻的な景気のよさはない。景気のよさがないどころか唱えれば唱えるほど、心理的に内へ内へと籠《こも》ってゆくようなリズムになっている。ついには、諸慾消滅した妙好人《みょうこうにん》ができあがるであろう。
この二つの宗旨で代表される精神の型は、庄九郎の生きているこの戦国初頭のふたつの魅力ある巨峰であった。
しかしこの二つが、はたして釈《しゃ》迦《か》の「仏教」なのかどうか。筆者もむろんわからない。古今の大学者もおそらく明言することはできないであろう。
——それはともかく。
庄九郎は、岩を枕《まくら》に、体を赤い湯に浮かせている。
(お万阿は、わが手に落ちるかな)
つい、法蓮房のころのくせで、諸願成就《じょうじゅ》の法華経を心中で念誦《ねんじゅ》してしまう。
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
と念誦するうちに、
(ほう)
と、眼をひらいた。
岩二つ三つ隔てたむこうの湯に、白い裸形《らぎょう》が沈むのを見たのである。
すでに、夕闇《ゆうやみ》がしのび寄っている。
(ほう)
と、眼をひらいた。
岩二つ三つ隔てたむこうの湯に、白い裸形《らぎょう》が沈むのを見たのである。
すでに、夕闇《ゆうやみ》がしのび寄っている。