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国盗り物語20

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:京の夢 美濃へ来て、七カ月たつ。大永二年の春、西村勘九郎こと庄九郎は、鷺山《さぎやま》殿へ伺《し》候《こう》し、頼芸《よ
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京の夢
 
 美濃へ来て、七カ月たつ。
大永二年の春、西村勘九郎こと庄九郎は、鷺山《さぎやま》殿へ伺《し》候《こう》し、頼芸《よりよし》に、懇願した。
「財産《しんしょう》などの整理もあり、いちど京に帰りたいと存じまする」
「帰りたい?」
頼芸は、いい顔をしない。
「勘九郎。帰る、という言葉がおだやかでない。そのほうの本貫《ほんがん》は美濃ではないか。まだ、美濃に腰をおろすつもりにはなってくれぬのか」
「いや、これは不覚でござりました。京へのぼる、と申さねばなりませぬ」
「なんのために京へのぼる」
「ただいまも申しましたとおり、京のそれがしの財産などを整理いたしたいと存じ、こうは願い奉っておりまする」
「財産の整理などとは、うそであろう」
「なぜでござりまする」
「そちは何もいわぬが、よそから耳にしたところでは、京には内儀がおるそうじゃの」
(こまったことを言う)
庄九郎は、深芳野のほうへちらりと視線を走らせた。この女性の耳に聞かせたくはない話題である。
深芳野はすぐ眼を伏せたが、その細い肩の表情は、この話題にはひどく関心がありげであった。
それをみて、
(ほう。……)
と、庄九郎はすぐ狼狽《ろうばい》から立ちなおった。すぐ明るい表情をした。あるいは自分が考えている以上にこの庄九郎という者に関心があるのではないか。
「ござる」
庄九郎は、どちらかといえばおもおもしくうなずいた。
「お万阿《まあ》と申しましてな、奈良屋の家つきの娘でござった」
「そちのことだ、そのお万阿とやらは、美しいにちがいあるまい」
「京のおなごでござりまするからの」
庄九郎は、笑いもせずにうなずく。
「申したわ」
頼芸は苦笑するほかない。
深芳野は顔をあげた。
表情を懸命にかくしながら、庄九郎の顔に視線をそそいでいる。
「その内儀が恋しゅうなったのではないか。まさか恋しさのあまり、そのままもとの油屋にもどるのではあるまいな」
頼芸は頼芸なりで、からかっているつもりだ。
「勘九郎、どうであろう、そのお万阿を当地へよびよせては」
「山崎屋という店舗《みせ》がござる」
「まだ油屋をやめぬのか」
「あっははは、山崎屋が商いをやめては、京の社寺に御灯《みあかし》があがらなくなり、公卿《くげ》、町家の灯も消え、京の夜は真闇《まっくら》になりまするわ」
「それほどの店か」
「左様」
「その店を、他の者へ売ればよい」
「店を?」
売れるものではない。当時は老舗《しにせ》が金にはならず、売るに値いするのは、せいぜい大山崎油神《じ》人《にん》の権利《かぶ》ぐらいのものだ。
「とにかく店を手放して、心置き無《の》う奉公してくれ」
「それはこまりまする。この西村勘九郎とて知行は知れたもの。分際《ぶんざい》のわりには贅沢者《ぜいたくもの》でありまするから、黄金を生む店をつぶされては立つ瀬がござりませぬ」
「勘九郎、知行の無心か」
「めっそうもない。この勘九郎、おそれながら、二十貫、三十貫の知行の高《たか》はむさぼりませぬ。望みはもっと大きゅうござる」
これは本心である。
「さもあろう」
頼芸は人のいい顔で、うなずいた。
「しかし、わしも分けてやれるほどの知行地がない。いまのは皮肉めかしくきこえた」
「なかなか」
庄九郎は会話を楽しんでいる。
「無心などは申しませぬ」
「さればこれならどうじゃ、京の妻はそれなりにしておき、当国でもたれぞ娶《めと》って落ちついてくれぬか。望みどおりのおなごを世話してつかわしてもよい」
「は?」
庄九郎は小首をかしげた。
いまの言葉、聞こえにくかった、という素ぶりである。
「いま一度、おっしゃって下さりませぬか」
「おお、何度でもいおう」
頼芸はくりかえした。
庄九郎は膝《ひざ》を打ってうなずき、
「いずれ、お願い申しあげる折りがござりましょう。それまで、いまのお言葉、お忘れくださりますな」
「忘れまい」

庄九郎は、馬上、京へ発《た》った。
供には騎乗の士二騎、歩卒十人を連れ、長《なが》柄《え》の槍《やり》、挾箱《はさみばこ》をもたせている。
粟《あわ》田《た》山《やま》のふもとを通り、蹴《け》上《あげ》の坂をくだって京の町を春霞《はるがすみ》のなかに見たときは、さすがの庄九郎もなつかしかった。
屋《や》舗《しき》についた。
杉丸も赤兵衛もおどろいた。
たれよりもびっくりしたのは、むろん、お万阿であった。
庄九郎は、懐《なつか》しいわが家のかまち《・・・》に腰をおろし、美濃から連れてきた下人に足を洗わせながら、
「お万阿」
ふりかえった。
お万阿は板敷の上に、ぺたりとすわったきりである。あまりのうれしさで、もう放心してしまっている。
「約束どおりの一年はまだ経《た》たぬが、わしも美濃では小なりとも地《じ》頭《とう》になり、守護職土岐《とき》の分家の執事にもなったゆえ、ひとまず戻《もど》ってきたわ」
「は、はい」
なんと自分は馬鹿《ばか》だろうとお万阿はおもうのだが、そんな棒をのんだような返事しかできない。
気のせいか、庄九郎が別人のようにみえてしかたがない。
首筋、肩のあたりがたくましくなり、物腰にあらそえぬ威厳が出来ている。
庄九郎は、杉丸、赤兵衛に命じて店の使用人をよびあつめ、美濃からつれてきた奉公人とひきあわせて、
「どちらもおなじ氏《うじ》に仕える身だ。商家、武家の別なく仲よくするがよい」
と、酒をふるまった。要するに、京の山崎屋も、美濃の名家「西村家」もおなじ一軒の家だというのである。
うしろできいていて、お万阿はうれしかった。その、京、美濃の両家を兼ねる内室が自分ではないか。
眼の前の世界が、急にひろくなるような思いがした。
庄九郎は、旅塵《りょじん》で、体がよごれている。
「すぐ、湯殿の支度を」
といった。
これは気がつきませなんだ、と土間にいた婢《ひ》女《じょ》と下男が駈《か》けだした。みな、庄九郎が帰ってきてくれて、うれしいのだ。いや、お万阿御料人のよろこびようが、彼等をうきうきさせているのだろう。婢女がころんだ。すそがめくれ、麻のかたい下着の奥のものがみえた。
「あっはははは」
笑ったのは庄九郎ではない。
ころんだ、婢女である。自分で笑っていれば世話がないであろう。
庄九郎は、この男にしてめずらしく、唇《くちびる》の片はしにしわ《・・》をよせて、くすっ、と笑った。
「わが家は懐しいものだ」
廊下を歩いた。なにもかも、京を去ったときのままであった。わずか七カ月前であったとはいえ、この家のあるじだったのはひどく昔のように思える。
庄九郎は、人を遠ざけ、真暗な塗《ぬ》り籠《ご》めの部屋に入り、しばらく横になり、眼をつぶった。湯殿の支度のできるあいだ、旅の疲れをいやすためである。
すぐ、ねむり入った。
半刻《はんとき》ばかりもねむったであろう。
夢をみた。
美濃の夢である。深芳野がいた。なんと庄九郎のそばに侍《はべ》り、かれのさしだす朱杯に、しきりと酒をついでいるのである。庄九郎のむこうには、侍臣が居流れ、中央で扇《おうぎ》をひらいて、たれかが「小《こ》督《ごう》」を舞っている。
年若い女であった。
むろんお万阿ではない。深芳野がそばにいるから、深芳野でもないようであった。
舞の手は、美しい。
平家のむかし、清盛の権勢をおそれて嵯峨《さが》野《の》に身をかくした小督局《こごうのつぼね》を、勅命を奉じて仲《なか》国《くに》が馬にのって探しにゆく。月明の夜に「想《そう》夫《ふ》恋《れん》」の曲の流れてくるのをきき、その笛の主をさがし求めるうちについにそれが小督であることを知り、無事君命をはたす、という物語である。
その「小督」を舞う女が何者とも知れない。
庄九郎は、夢からさめた。
(はて、あの女は何者であったろう)
見た覚えがない。しかし夢の中の庄九郎は、この地上のたれよりも、その女を溺愛《できあい》しているような様子であった。
醒《さ》めたいまも、その想《おも》いが胸の中に淡い残り香《が》のように残っている。
(いや、生身《しょうじん》の女ではあるまい)
庄九郎は、この男らしく即座に断定した。
といって、神ではない。
神が、神を信ぜぬ庄九郎の夢寐《むび》に立つはずがないのである。
庄九郎は、ときめくような思いで、その女を脳中に再現した。その女、——まぎれもなく、庄九郎の、
将来
というものの化《け》身《しん》である。庄九郎は、「将来」というものへの強烈な信者である。庄九郎は、「将来」というかがやかしい光体にむかって近づく。祈るようにして近づく。庄九郎が信じている神があるとすれば、それしかない。
(はて、あの座にお万阿が居ったかな)
居た、とも思えてくる。自分の朱杯に酒を満たしてくれている女人は、深芳野のようでもあり、お万阿のようでもある。
「お湯殿の支度がととのいました」
とお万阿が、金箔《きんぱく》の襖《ふすま》の外から声をかけ、やがて二寸ばかりひらいた。
庄九郎は、薄目をあけた。
案に相違して、そのすき間から、光りが、射しこんで来ないのである。
(ほう、もう夜か)
人生もこうかもしれない、と起きあがってあぐらをかき、顔をなでた。一睡のあいだに陽《ひ》が落ちた。いつかは死ぬ。
(しかし)
庄九郎はおもった。
生のあるかぎり激しく生きる者のみが、この世を生きた、といえる者であろう。
(生悟《なまざと》りの諦観《ていかん》主義者どもは、いつも薄暮に生きているようなものだ。わしは陽の照る下でのみ、思うさまに生きてやる)
「もうし、旦《だん》那《な》様、お睡《よ》りでございますか」
と、お万阿がふたたび声をかけた。
「いや、目覚めている」
庄九郎は、立ちあがった。
 お万阿の手燭《てしょく》に足もとを照らされながら、庄九郎は幾つかの踏み石をふんで中庭を通りぬけ、柴《し》折《おり》戸《ど》を出、土蔵の横の湯殿に入った。
薄べり《・・》を敷いた三畳の間で下帯一つになり階段を三つおりて、湯殿の戸をあけた。
庄九郎は、湯気の中に入った。汗が、にじみ、やがて噴き出た。なかの仕掛けは、伊勢《いせ》風《ふう》の蒸《む》し風呂《ぶろ》になっている。
「お万阿、垢《あか》をとってくれ」
と、声をかけた。
お万阿は、贅沢《ぜいたく》な小《こ》袖《そで》を端折《はしょ》りもせず、入ってきた。
「わたくしの力で落せますかしら、美濃の脂《あぶら》濃《こ》いお垢を。——」
と、陽気にわらった。
「京の水で、京の女が落せば、やすやすと落ちるだろう」
庄九郎は、のっそりと背をむけた。皮膚が白いわりには、固い肉が盛りあがり、その隆盛の一つ一つが汗で光ってたけだけしいばかりの背である。
お万阿は手拭《てぬぐい》を水にひたし、かたくしぼって、そのしぼり形《かた》のまま、庄九郎の皮膚に押しあてた。
こすると、おもしろいほど、垢がでた。
「これはみな、——」
と、お万阿は気味わるそうにいった。
「美濃の垢かしら」
「道中のホコリもまじっているだろう」
「ずいぶん美濃では悪いことをなさったような。——」
「あははは、垢に苦情をいうのか」
「いいえ、垢に一つ一つ耳も口もあるものなら、お万阿は庄九郎様が仇《あだ》し女に関係《かかわり》がなかったかどうかをきいてみたいものでございます」
「あるものか」
庄九郎は、顔をあげて笑った。
「垢も、常在寺の喝食《かっしき》(寺小姓)が落してくれる。わしは美濃では女ぎらいの勘九郎で通っている」
「勘九郎?」
「そうそう。お万阿、わしは勘九郎という名前にかわったぞ」
「松波勘九郎でございますか」
「ちがう」
「なんという御姓でございます」
女房《にょうぼう》でありながら、いつのまにか夫の名前が改変《かわ》ったことも知らないというのも、なさけない話だ。
「なんという姓か、あててみろ」
「存じません」
あたるはずがないではないか。
「西村というのだ」
と庄九郎はいった。
「京でも武家に聞けばわかる。美濃で西村といえば由緒《ゆいしょ》ある姓だ。むろん、土岐家の遠い縁戚《しんせき》にあたる姓だから、勝手に名乗るわけにはいかぬという姓だ」
「お万阿にはわかりません。でも、旦那様ははじめは法蓮房《ほうれんぼう》、つぎに松波庄九郎、さらには奈良屋庄九郎、山崎屋庄九郎、また松波庄九郎、こんどは西村勘九郎、と六度お名前がおかわりになりましたな」
「名などは符牒《ふちょう》だ」
庄九郎は平然というが、この男の場合は単に符牒というだけではなさそうである。そのつど、服装、身分、職業、持金、まで変わった。
「めまぐるしいこと」
「それほどにめまぐるしいか」
「ホホ、お万阿などは、うまれたときからお万阿でございますのに」
「中身はかわったろう」
「いいえ、かわっておりませぬ。血の赤さも心の素直さも」
「云うわ」
「美濃では、きっときっと、お万阿のほかにおなごにお触れ遊ばしませんでしたか」
「むかしの法蓮房の固さのままじゃ」
「その固さがこわい」
「云うのう」
「沢山《たんと》、申します。毎夜々々の恨みがどれだけつもっているか、旦那様など男にはわかりませぬ」
「あとで、その恨みを解いてつかわそう。あすはおきられぬほどに」
「厭《い》や」
お万阿が、腰をひいた。庄九郎の手がのびたのである。
垢擦《す》りがおわった。
お万阿は、その垢をながすべく、湯殿のすみの大釜《おおがま》のそばへ行った。
釜は、二基ある。
一つは湯がたぎっており、他の一つには、水が満たしてある。
お万阿は、手《て》桶《おけ》に湯を汲《く》むそぶりをして、水を汲んだ。
「さあ、あちらをむいて」
庄九郎に、命じた。
「ふむ」
と、庄九郎は素直に背をむけた。
お万阿はその背へ桶いっぱいの冷水を、
ざぶっ
とあびせた。
「わっ」
と庄九郎はさすがに、蛙《かえる》とびに跳んだ。
「お万阿。——」
「わかりました?」
お万阿は、ころころと笑っている。いいざまだ、と思っているらしい。
「なにが、だ」
「七カ月の恨みが。——」
お万阿は、また水釜へ手桶をつっこんだ。
庄九郎は、さすがに逃げだした。その姿がよほどおかしかったらしく、お万阿は湯殿がひびくほどの声で笑い、すぐ外へ出た。
手桶をもっている。
もう一度、あびせてやるつもりだろう。
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