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国盗り物語58

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:漁《いさり》火《び》「人の一生も、詩とおなじだ」と、庄九郎はよくいった。人生にも詩とおなじく、起承転結の配列がある、と。
(单词翻译:双击或拖选)
漁《いさり》火《び》

「人の一生も、詩とおなじだ」
と、庄九郎はよくいった。人生にも詩とおなじく、起承転結の配列がある、と。
「なかでも、転《・》が大事である」
と、言う。
「この転《・》をうまくやれるかやれないかで、人生の勝利者であるか、ないかのわかれみちになる」
庄九郎の美濃の国を奪いとる「事業」も、一編の詩とみればみられるであろう。まず、「起」。ここで詩想をおこす。庄九郎の「起」というのは、当時不遇の公子であった土岐頼芸に智恵と力を貸して、その兄政頼を守護職の地位から追い、頼芸をその地位に据《す》え、みずから頼芸の執事になることであった。これはみごとに成功した。
ついで、「承」である。起の成功を拡大し、自分の執事としての権勢を高める一方、頼芸を酒色におぼれさせて、美濃人に国防上の不安をあたえる。庄九郎はそれをやった。これも成功した。しかし二十年かかっている。
第三段階は、「転」である。もっとも重要である。この転がなければ、庄九郎は単に、美濃の家老、次将、副次的存在、におわってしまう。
(田舎の侍大将で朽ちてたまるものか)
そう思った。庄九郎の考える「転」とは、頼芸を追って、一転して《・・・・》自分自身が美濃の国主になることであった。
「詩でも、転がもっともむずかしい。人の一生では、なおさらむずかしい」
天文十年から十一年にかけて、庄九郎はすべてのエネルギーをこの「転」に賭《か》けた。
まず、頼芸との絶縁。
なぜ絶縁するか、といえば、頼芸に隠居をすすめてもきかない、という単純な理由からである。「お屋形様、早々にご隠居なされ。いつまでもあなた様のような無能で淫乱《いんらん》で不人気な棟梁《とうりょう》を頂いては、美濃は敵国から押し入られ、亡《ほろ》びてしまいます。ご隠居なさらねば、美濃の敵はお屋形様である、ということになりまするぞ」
と、何度もなんども頼芸の居城大桑城に申し送っているが、頼芸はいっかな《・・・・》、きこうとしない。
ついで。——
国中の美濃侍にも、その趣旨を徹底させ、人心を一手に収攬《しゅうらん》しておく。しかも頼芸のあとがまには、頼芸の胤《たね》であり、同時に自分の長子でもあるという複雑な出生事情の義竜を据える。すくなくともそう宣伝すれば、血脈崇拝の信仰が根づよく残っている美濃侍のなっとくを得る。
しかるのち、一挙に頼芸を攻める。
 あらゆる手を打ち、準備をととのえ、いよいよ庄九郎がクーデターを実施しようとしたのは、天文十一年五月一日の夜であった。
その数日前から、使者を四方八方に出し、
——国境に織田勢が攻め寄せてくる気配がある。いそぎ、軍勢を催して、稲葉山城に集結されよ。
と、在郷々々の美濃侍に陣触れした。たちまち三千騎があつまってきた。足軽、小者を勘定に入れれば、一万の人数である。
庄九郎はその頭立《かしらだ》つ者をあつめ、
「敵は織田勢ではない」
と、いった。
「お屋形である。お屋形を守護職の位置から追い、強力な軍事国家を建設せねば、織田勢にはとても勝つことができぬ。お屋形を追うことは、織田氏に勝つ唯一《ゆいいつ》の道であり、おのおのが先祖伝来の領地を保全する二なき道である」
集まった者すべては、
「なにもかも、山城守《やましろのかみ》どの(庄九郎)におまかせ申す。われら必死に働き、御家運を共に致しますゆえ、ご遠慮なく下知《げち》(命令)なされ候《そうら》え」
と頼もしげに答えた。
「されば、出陣の貝を吹き立てよ」
と庄九郎は、大声で命じた。城下は人馬で満ちみちている。それら軍勢を部署し、庄九郎みずから諸軍を総指揮し、その夜のうちに稲葉山城下を出発した。やがてクーデター部隊は馬《ば》蹄《てい》をとどろかせて、大桑街道を大桑城にむかって進んだ。
(おれの戦さの一生は、これからはじまる)
と、庄九郎は馬上、そうおもった。采配《さいはい》をとる手もふるえるような実感とともにそのことを思った。戦って戦って戦いつくしてやろうとおもった。事実、この男の天才的な戦歴は、このときからはじまる、といっていい。

一方、頼芸は、女を抱いたまま、酒と色の疲労で溶けたようにねむりこけていた。
この夜、丑《うし》ノ下《げ》刻《こく》(午前三時)をすぎたころである。不意に廊下をあわただしく駈《か》けてくる足音があり、宿直《とのい》の部屋になにごとかを注進した。
宿直では一同あっと総立ちになり、大さわぎになり、近習《きんじゅう》の一人が頼芸の部屋のフスマ一重のところまで駈けよった。
「お屋形さまあっ」
血を吐くように叫んだ。
「何事ぞ」
頼芸は女にゆりおこされて、不快そうに目をさました。
「お屋形さまあっ」
フスマのむこうで、どなっている。
「一大事でござりまする。城下の野は、松明《たいまつ》の火が満ちみちておりまする。敵は何者とも知れませぬが、当城に攻めよせたものに相違ありませぬ」
「なにかの間違いであろう」
頼芸は、ふとんをかぶり、ひくい声でぶつぶつと呟《つぶや》いた。この美濃で、自分に反逆する者があろうとはおもわれない。
「お屋形さま、起きてくださりませ」
と女がゆりおこした。
「無理じゃ。瞼《まぶた》がひらかぬわい。いつものようにそなたの唇《くちびる》にて瞼を噛《か》んで呉りゃれ」
と、頼芸はなおもそんなことをいって、寝床で戯《たわむ》れようとしたが、フスマ越しの声はいよいよ大きくなり、頼芸の名をよんでやまない。
「うるさいっ」
頼芸はどなった。
「美濃の国政は、稲葉山城の斎藤山城守(庄九郎)に代行させてある。変事があれば、かれのところに注進して始末させよ」
「はっ」
と、近習が平伏し、さっそく、使いが稲葉山城に走ったというから、この事件は悲劇でなく滑稽《こっけい》劇であった。
ほどなく、物見が帰ってきて、包囲している敵が何者であるかが頼芸にもわかると、
「あっ、敵はあの者か」
と、事の意外さにおどろくよりも、うろたえてしまい、
「あの者なら、敵《かな》わぬ。落ちる支度をせい、絵筆、絵《え》布《ぎぬ》、絵具を一ツ箱におさめて、たれぞ背負え。女どもも連れてゆく」
などと、あらぬことを口走った。
が、近習の者は、いまここで一戦もせずに落ちては、自分たちの家門に傷がつくとおもい、城の要所々々をかため、さらに城にちかい在所に使いを走らせて、かきあつめられるだけの地侍をあつめようとした。
 庄九郎は、火の出るように攻めたてた。
クーデターというのは、あっというまに仕遂げなければ、水の入るものだ。
「もみつぶせっ、もみつぶせっ」
と、最前線を駈けまわって指揮をした。
そのうち、頼芸の名で招集された三千人ほどの人数が、土岐家一門の揖斐《いび》五郎(頼芸の庶弟)の居城揖斐城に集結し、その日の夕刻、どっと庄九郎軍の後方を突いて出た。
「来たか」
と庄九郎はまず千人の兵を城のそばに埋伏《まいふく》させ、他のすべてをもって揖斐五郎の軍に当たらせた。
城壁の上からこれをみていた頼芸方は、手を打ってよろこび、
「蝮《まむし》は後方へ退いてゆくぞ、いまのうちに城門をひらいて打って出、揖斐五郎さまと前後から蝮めを挾《はさ》み撃ちにせばや」
と、城門を八の字にひらき、橋をとどろかせて打って出た。
庄九郎は、擬装退却する。
それにひきこまれて、城兵が十分に野外に出たと思うとき、合図の陣太鼓を急霰《きゅうさん》のように打たせ、伏兵を一時におどり出させた。そのあたりの草木はことごとく庄九郎の兵に化したがごとくに動きはじめ、このため城方は半数討たれ、半数が城へ逃げこもうとしたところを、庄九郎は五百の兵を指揮して巧みに追尾し、そのままするすると城内に入りこんでしまった。この大桑城は庄九郎が設計したものだから、勝手はよく知っている。
庄九郎は、風むきをしらべ、
「火を掛けよ」
と命じた。
たちまち火炎があがり、城内で斬《き》り防ぐ敵の数もしだいにすくなくなったころ、
「猪《いの》子《こ》兵助はあるや」
と、本丸の下で侍大将の一人をよび、
「ここはそなたにまかせる。わしは一《ひと》駈《が》けして、野外にいる揖斐五郎どのの人数を、二度と立てぬように打ちくだいてくるわ」
そのあたりの人数をかきあつめて駈けだそうとすると、
「あっ、お待ちあれ」
と、猪子兵助は馬を寄せ、
「城内でお屋形がもし見つかれば、いかが取りあつかいます」
「お屋形さま?」
と、庄九郎は遠い目をした。美濃へ来てからのさまざまな思い出が脳裏を駈けすぎた。
(お屋形さまか)
多少の感傷はある。しかし、美濃経営のためには、もはや二度と自分の目の前に、あの化粧顔を現わしてもらいたくない。
「殺してはならぬ」
と、庄九郎はいった。かつて先代の「お屋形さま」の政頼を越前に追ったように、その弟の頼芸もできれば遠い国に去ってもらいたい。
「国外へ落し参らせよ」
と庄九郎は命じ捨てると、鞭《むち》をあてるや疾風のように城を下り、城外の野を駈けた。
陽《ひ》が、燦々《さんさん》と照った。野のむこう、白い雲の下で、庄九郎軍と揖斐五郎軍とが接戦しているのが遠望できた。
庄九郎は、城内からつれてきた百人の兵を十分に掌握しつつ、一気に駈けとおして、敵の横っ腹にとび出し、
「それ、突き崩せ」
と、みずから槍《やり》をとり、敵を突き伏せ突き伏せ、すさまじい突撃をくりかえした。揖斐方たまらずに浮足だつところを、庄九郎の本隊が勢いに乗って攻めかかったため、ついに総崩れになり、われ先にと潰走《かいそう》しはじめた。
庄九郎は、なお手をゆるめず、敵を三里にわたって執拗《しつよう》に追撃し、勝利を決定的なものにした。
この異能な男は、指揮ぶりについても風変りであった。大将であるかれが普通のように一定の場所に位置せずそこここを身軽にとびまわり、切所々々《せっしょせっしょ》にとびこんで行っては直接兵を叱《しっ》咤《た》し指揮した。そのため、
——あの男は、一体何人いるのだ。
と、敵軍だけでなく味方の諸将さえもとまどうほどだった。
 頼芸は、尾張の織田信秀をたよるべく、国境の木曾川べりまでたどりついたのは、その日の夜ふけであった。
従う者は、近習が五人、女が三人、荷物は馬二頭の背にのせてある。
舟がない。
近習が、葦《あし》のあいだを駈けめぐってさがしたがついになく、みなぼう然としているときに、川上から一艘《そう》の漁舟《いさりぶね》が、へさきにかがり火を吊《つ》るして漕《こ》ぎくだってきた。
「あれに、舟が来た」
と頼芸が狂喜していうと、近習が葦をわけて水ぎわまでゆき、
「おーい」
と、闇《やみ》の河へむかってよばわった。さいわい、舟は気づいたらしく、ぎいっと櫓《ろ》がしない、ゆらゆらと漕ぎ寄せてくれた。
「酒《さか》代《て》は、はずむ。向う岸へつけてくれ」
と、近習は漁夫にいった。暗くてよくわからなかったが、ひどく長身な影で、その上、口が苦りついたほどに無口だった。
「どうぞ」
と、口ではいわず、身をかがめた。頼芸らは漁夫の詮索《せんさく》などをしているゆとりもなく、わらわらと舟に乗り移った。
ゆらり、と舟が岸を離れた。
「ひどいめに遭った」
と、頼芸は安《あん》堵《ど》したせいか、泣き声をたてはじめた。
「わしは信ずべからざるものを信じた。考えてみると二十年前、あの男が油売りとしてたった一人で美濃へ流れてきたとき、あの男を用心せよ、という者が多かった。それをきいておけば、こんにち今夜のような憂《う》き目はなかった」
むかしのことをくどくどといい、
「しかし皆の者、わしの行くすえは、どうなる。織田弾正忠(信秀)とは敵味方の仲だが、頼って行って庇護《ひご》してくれるだろうか」
「ご心配なさいますな。弾正忠どのは英雄ていの人、という評判が高うございます。自然、情にもあつうございましょう」
「しかし弾正忠も」
頼芸は、声をふるわせていった。
「鬼だと世間はいうぞ。たかだか奉行の家にうまれ、親族縁者の所領を切り取り、情け容赦もなく宗家を追い、いまは尾張半国を切りなびかせてしまっている。美濃の蝮とかわるまい」
「乱世でございますな」
近習も、つい涙声を出した。尾張も美濃も、世の秩序がひっくりかえろうとしている。無能にしてその地位にある者は、情け容赦なく追われ、亡びざるをえない。
「あっ」
と、女どもが崩れた。舟が、その底でがりがりと河床の砂を掻《か》いているらしい。
舟はしずしずと葦の間を入ってゆき、やがてとまった。
さあついた、と近習たちは浅瀬にとびおりて頼芸の体をだきかかえ、ついで女どもを背負い、砂地へ降り立たせた。
出かけようとすると、背後の漁夫の影が、
「待った」
と、低い声でいった。
「礼をいってもらおう」
「おお、そうじゃ、酒代をとらせるのをわすれた」
と近習の一人が駈け寄ろうとしたが、漁夫は押しとどめ、
「酒代はよい。そこの大将らしいお方に、口頭で礼を言っていただく」
「ああ、そうか」
と、頼芸は、気ぜわしくうなずき、葦の間に立ち、心もち腰までかがめて、
「そちのおかげで、たすかった。親切はわすれぬぞ」
といった。
背の高い漁夫の影は、ひどく威厳のある態度で答礼し、
「お屋形さま、それがしでござる」
と、かがり火の中からよく燃えている薪《たきぎ》をとりだし、自分の顔に近づけた。
一同、あっと魂《たま》消《げ》た。
庄九郎であった。
「そ、そちは」
「左様。斎藤山城でござる。お屋形をせめてお送り申そうと思い、小舟一そうを操って、木曾川べりで待っておりました」
まったく、この男の異能は戦術だけではなく、行動においても、どこをどう飛びまわるか、捉《とら》えようもない男だった。
頼芸を、こんな形で送ろうとしたのは、一片の感傷であろう。その感傷の表現も、他のばあいと同様、芝居っ気が多い。この男は自分の人生を、こういうかたちで楽しんでいるのかもしれなかった。
「さきほど、舟の中で」
と庄九郎はいった。
「信ずべからざる者を信じたために、かかる憂き目をみた、とおおせられましたが、間違いでございましょう。まず第一は、お屋形さまはそれがしのおかげで、望んでもなれぬ美濃守護職の地位におつきあそばされた。第二は、この乱世に十数年もその地位を保たれ、酒《しゅ》池《ち》肉林《にくりん》のお暮らしをなされた。いずれも、それがしの力によること。ゆめゆめお恨みあそばすな」
「おのれっ」
と近習が刀を抜きつれて、打ちかかったが、庄九郎はトンと棹《さお》を突いて舟を岸辺からはなし、ゆらゆらと波間にうかびつつ、
「それにしても、ながい御縁でござった。お屋形さまとそれがしの仲は、君臣水魚と申しまするか、深い御縁でござった。お名残《なご》り惜しく存じ、かかる舟で送らせていただいたわけでござりまする。さればこれにて」
と、庄九郎は舟の上で腰をかがめ、櫓を持ち、ぎいっと舟を旋回させ、闇のたれこめる流れにむかって消えて行った。
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