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千里眼159

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:フラッシュバック裁判所内の控え室につづく廊下に、嵯峨は歩を進めていた。狭い廊下を埋め尽くすほどの人数が行列をつくり、ぞろ
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フラッシュバック

裁判所内の控え室につづく廊下に、嵯峨は歩を進めていた。狭い廊下を埋め尽くすほどの人数が行列をつくり、ぞろぞろと前進していく。
先頭は、蒲生に支えられて歩く美由紀だった。警備員たちがその後につづいている。嵯峨は、さらにその後方にいた。
美由紀が蒲生とともに控え室に入っていくと、警備員らはドアを閉め、退散していった。
「おい美由紀!」嵯峨の肩越しに怒鳴る伊吹が、ドアに歩み寄ろうとした。「美由紀、待てよ」
嵯峨はそんな伊吹を押しとどめた。「伊吹さん。冷静に」
伊吹は嵯峨を見つめて、ちっと舌打ちした。「嵯峨先生はこんなんでいいと思ってんのか? どう考えたって美由紀に不公平だろ」
「そうでもないよ。美由紀さんが人命救助に貢献したことは裁判長もわかってるんだし。ただ、そのう、やり方がちょっと過激すぎたっていうか」
「過激だ? どこがだよ。いつも美由紀にF15Jを奪われてる基地の連中の身にもなってみやがれ。今回はそれよりはるかにマイルドだろ」
「でも以前はここまで暴力に躊躇《ちゆうちよ》しない姿勢はしめさなかったはずだよ……。いや、正確には何度かあったことだけど、いずれも唐突に怒りの感情に突き動かされてる。なにかあるんだよ、理性を失った原因が」
「瞬間湯沸かし機みたいに激怒するのはあいつの特徴みたいなもんだぞ。自衛隊じゃ毎日のようにそうだった。あれほど組織が手を焼いた幹部自衛官はほかにいないって、百里基地でも語り草になってる」
「手を焼いたって? 問題児だったってこと? 美由紀さんは最も優秀な自衛官のひとりだったはずだろ?」
「嵯峨先生。あのな、さっきも言ったが、優秀な自衛官ってのはつまり正気じゃねえってことだ。これはどこの国の軍隊でもいえることだ。戦争でより多くの敵を殺した兵士の胸に勲章が飾られるんだからな。広島に原爆を落としたパイロットは今でもアメリカで英雄として祭りあげられてる。自衛官はそこまであからさまでなくとも、本質は同じだ」
「自衛隊じゃ優等生と問題児は紙一重ってことかい?」
「的確な表現だな。カミカゼって言葉は英語の辞書に載ってる。クレージーって意味だ。美由紀はまさにそれを地でいく存在だったってことだ」
「伊吹さんにとっては、今回の美由紀さんの行動はそれほど不思議じゃないっていうのか?」
「あいつは、本来の姿に戻っただけさ……。っていうか、たびたび戻るんだな。なぜそんなふうになるのかは、わからないが」
「詳しく聞かせてよ。昔の美由紀さんのことを」
「……いや。遠慮する。協力はできないな」
「どうして?」
「なあ、嵯峨先生。あいつが自衛官を辞めて臨床心理士になると聞いたとき、俺はマジでびっくりしたよ。診てもらうほうならともかく、あいつが人の相談を聞くなんてな。でもあいつは変わった。多くの人に愛される性格になった。子供があいつを慕うなんて、以前じゃ考えられなかったよ」
「劇的な変化だったってことか」
「そう。だから……なんていうか、その変化の原因みたいなものを、ほじくりかえさねえでほしいなと、そんなふうに思うんだよ。嵯峨先生の精神鑑定っていうやつでな」
嵯峨は奇妙に思った。伊吹は何を心配しているのだろう。
「よくわからないんだけど、美由紀さんが温厚な性格になった理由を、伊吹さんは知ってるの?」
「いや。知るわけがねえ。変化にただ驚いてるだけだ。だけど、そのう、以前のあいつには、戻ってほしくはないんだよ……」
「……意外だね」
「なぜ?」
「昔つきあってたんだから、てっきり美由紀さんも昔のほうがよかったと考えてるんじゃないかと」
「俺がか?」伊吹は笑った。「いや、まあ、それも悪くねえけどな。ふたりして馬鹿やってたし、むしろ馬鹿競ってたし。俺と美由紀のどちらも、成績でも始末書の数でも一、二を争う仲だったからな。最高に楽しかった」
「伊吹さん。なにか気がかりなことでも?」
「……まあな」伊吹はポケットから指輪を取りだした。「美由紀の前ではいちいち外してる。婚約指輪だ」
「結婚するってこと?」
「ああ。……俺は連れ子がいてな。美由紀と別れてから、次の女と同棲《どうせい》してたときに生まれた息子がいる。その母親と、最近よりを戻しててな」
「そうなのか……。おめでとう」
「勝手な話だけどな。美由紀に新しい人生を歩んでほしいんだよ。このまま臨床心理士として成功して、愛されて、幸せになってほしい」
「……そう思うのなら、いっそう彼女の精神鑑定が重要になってくるよ。理性を失いがちなところがある彼女の問題点を洗いだして、成長に結びつけないと」
伊吹は曖昧《あいまい》な表情をした。
「そう、かな。そうかもしれないな。任せるよ、細かいことは……。じゃ、嵯峨先生。俺、仕事に戻るから。蒲生のおっさんにもよろしくな」
「伝えておくよ。じゃあまたね」
ため息とともにサングラスの眉間《みけん》を指で押し、伊吹は立ち去っていった。
その背が廊下の先に消えていくのを、嵯峨は見送った。
なぜか空虚さが残る。彼は美由紀の将来について、どんな心配をしているのだろう。
不安の感情が伊吹の表情にあらわれていたように思える。それ以上のことはわからない。岬美由紀の千里眼のようには、瞬時にすべてを見抜くことはできない。
気を取り直して、嵯峨はドアをノックした。
どうぞ、という蒲生の返事がきこえた。
ドアを開けてなかに入ると、美由紀は控え室のソファに横たわり、毛布を羽織っていた。
「具合が悪いの?」嵯峨はきいた。
蒲生は向かいのソファに腰を下ろしていた。「どうもめまいがしたらしい。医者を呼ぼうかと聞いたんだが……」
美由紀は寝たままつぶやいた。「それほどでもないわ。少し休めば落ち着くと思うの」
「ふうん……。疲れかな。このところ連日、公判だからね」
すると、蒲生が腰を浮かせながらいった。「伊吹が来たからだろ? 航空自衛隊のエースパイロットとは思えない態度だな。美由紀に気があるのはわかるが、考えものだな」
嵯峨は黙って美由紀を見やった。
伊吹の恋愛感情はもう、美由紀には向けられていない。だが、美由紀はそのことを意に介してはいないだろう。そもそも、伊吹がかつての思いを引きずっていたことすら知らなかった、その可能性が高い。
千里眼と呼ばれながら、恋する気持ちがまるで読みとれないというのは、何に起因しているのだろうか。
「さてと」蒲生は戸口に向かった。「弁護士と相談してくる。嵯峨も行くか?」
「いや。僕はもうしばらくここに……」
「そうか。じゃ、本庁に戻る前にまた立ち寄るよ」
蒲生はそういってドアを出ていった。
控え室には、嵯峨と美由紀だけが残された。
美由紀は無言で天井を仰いでいた。
「ねえ、美由紀さん」と嵯峨は静かに語りかけた。「精神鑑定のことだけど……」
「……わたし、どうなってるんだろ……」
「え?」
「いまは、なんて恐ろしいことをしたんだろうと感じるの……。まるで解離性障害みたい」
彼女もさすがに臨床心理士だ、自己分析はできているようだった。
「僕もそう思ってたよ……。人格が完全に分離しきっているわけじゃないけど、解離状態に近いのかなって。聞きたいんだけど、見間違いや見当違いが増えたりしてなかった?」
「ガンザー症候群のこと? いいえ」
「そうだね。きみの推理は常に的確だったから、ガンザー症候群ではない。現実感が薄らいでいることとか、自分のことなのに他人を眺めているように感じたことは?」
「離人症性障害なら起きてないわ。すべてのことを覚えているから、遁走《とんそう》や健忘もない」
「知りすぎててやりにくいね」嵯峨は苦笑してみせた。「そうすると、解離とは似て非なるものかもしれない。周りが見えなくなって暴走したわけだから、意に反して衝動が強く湧き起こる、強迫性障害のようなものかもしれない。攻撃的姿勢は、自分にとっての恐怖や嫌悪を取り除こうとするものだから、不安障害の一種と考えられるね」
「きっかけはいつも、女の子がいじめられているか、中年以上の男が加害者かって状況ね。すぐにかっとなる」
「そのことにも気づいてた?」
「ええ、薄々とね。突然の怒りを爆発させるなんて……|心的外傷後ストレス障害《PTSD》みたい」
「僕も症状だけを伝え聞いたら、そう判断するかもしれないな」
「原因として考えられるのは、父親の娘への虐待……」
「それが幼少のころ延々とつづいたせいで、恐怖と不安が鬱積《うつせき》して複雑性PTSDとなり、記憶障害でそのこと自体は忘れてしまってる。けれども、想起させるきっかけが生じるたびにそれを取り除こうとする。まあ、そんなふうに分析できるわけだ」
「でも」美由紀は訴えるようなまなざしを向けてきた。「そんなはずはないわ。わたしの父は優しい人だった。生活上の強いストレスを感じるような虐待を受けていたのに、それがまったく記憶に残っていないなんて……」
「たしかに。フロイトの『抑圧されたトラウマ』論みたいにナンセンスな話だよ。PTSDならフラッシュバックも起きる。決して虐待の過去に自分が気づきえないことなどない」
「怒りや恐怖を感じたときに父の顔を想起したことなんてないわ。あ、だけど……」
「なに?」
「……別のものなら、ときどきフラッシュバックする。相模原《さがみはら》団地……」
「相模原団地? 住んでたことあるの?」
「いいえ。家は藤沢にあったけど、相模原のほうなんか行ったこともなかった。けれど、初めてメフィスト・コンサルティングに捕まったとき、はっきりとその光景が浮かんだの。五階建ての古びた鉄筋コンクリート。外壁にはA1とかB2とか大きく記してあった」
「その相模原団地に行ってみようとは考えなかった?」
「もちろん考えたわよ。近くまでは行ったの。でも、入れなかった」
「入れない? どうして?」
「相模原団地ってのは俗称でね。正式には相模原住宅地区内の従業員居住区っていうの」
「ああ……。上鶴間《かみつるま》にある米軍施設か。キャンプ座間《ざま》にも近い……」
「そう。キャンプ座間が司令部、相模総合補給|廠《しよう》が倉庫と工場で、相模原住宅地区が住宅街。米軍兵士とその家族たちが住んでる。相模原団地は、基地で清掃や調理なんかの雑務をこなしている人たちの住居になっててね。軍の人間でないアメリカ人と、地元の日本人が住んでるの。収入も軍関係者より低くて、生活も質素みたい」
「けれども部外者は立ち入り禁止ってわけか。どうも気になるね。自衛隊にいたころに訪問したことは?」
「全然。そういう施設があること自体、現地に行ってみてわかったのよ」
「でも、それはおかしいじゃないか。もし団地が視覚的に想起できても、その建物が相模原団地なる名称だとは、知識がなきゃわかるはずもない」
「ええ……。だから謎なの。あれがフラッシュバックだとしたら、団地についての記憶も断片的にでも思いだせるはずなのに……。どうして知っていたのか、なぜ辛《つら》い思いをすると目に浮かんでくるのか、さっぱりわからないの」
「とにかく、その相模原団地について調べてみる価値はありそうだ。僕の鑑定書づくりに必要なこととして、申請してみるか。きみが米軍施設内に入ることができるよう、裁判所に頼んでみるよ」
「だけど、そんなこと……。わたし、被告人なのよ」
「でもまだ有罪ではないんだ。マスコミはいろいろ言ってるけど、逮捕され起訴されても、刑が確定するまでは犯罪者じゃない。被告人の身柄は原則的に自由だよ。現にきみは勾留《こうりゆう》されてないじゃないか」
「米軍施設が日本の裁判所の命令を聞いてくれるかどうか……」
「僕の説得の腕にかかっていそうだな。正確な鑑定書を作成するために、きみが相模原団地に行かねばならないと裁判所に強く認めさせれば、敷地の通行許可ぐらいは申請してくれるだろう。僕は一緒にいけないだろうけど」
「なぜ?」
「精神鑑定をおこなう側だからさ。公平を期するために、きみと行動を共にするのは接見のときだけに制限されるだろう。現地へは、きみ独りでいくことになるかもしれないけど……」
「ええ、わかったわ」美由紀は微笑を浮かべた。「ありがとう、嵯峨君」
「いいんだよ」嵯峨は立ちあがった。「僕も弁護士さんに相談してくるよ。じゃ、またあとで」
ドアをでるとき、嵯峨は美由紀をちらと見た。
美由紀は両手で顔を覆い、小刻みに身体を震わせていた。
声を押し殺して泣いているようだ。
嵯峨は静かにドアを閉めた。辛いのは充分にわかっている。僕は彼女のために、全力を尽くさねばならない。
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