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千里眼183

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:湖畔どしゃ降りの夜の山道を、ベントレーは榛名山頂に向けてゆっくりと昇っていった。助手席の美由紀は、絶えず暗闇に目を凝らし
(单词翻译:双击或拖选)
湖畔

どしゃ降りの夜の山道を、ベントレーは榛名山頂に向けてゆっくりと昇っていった。
助手席の美由紀は、絶えず暗闇に目を凝らしていたが、なにも見つけることはできなかった。すれちがうクルマもなければ、人の姿も見かけない。街灯もほとんどなく、ワイパーを最速で動かしても、行く手が判然としないありさまだった。
「ひどい雨だな」伊吹がクルマを徐行させながらいった。「これじゃ今晩は客も寄り付かないだろ。俺たちぐらいのものかもな」
そうであってほしいと美由紀は思った。人数が少ないほど、犠牲者も限られてくる。
稲光からほんの数秒で、雷鳴が轟《とどろ》いた。地響きを伴っている。
雷が近い。たしかにこんな感覚だった。小笠原の漁村から船で出て、山奥に連れてこられた。いつも雷が鳴り響いていた。
青白く光った空に、富士山頂のような逆三角形が浮かびあがった。
「榛名富士だな」と伊吹がいった。「もう山頂だぜ。左手が榛名湖だ」
窓の外を見たが、そこは木が一本もない、ただ無の空間の広がりに思えた。
暗いせいで、波打つ湖面は確認できない。引きずりこまれたら、二度と這《は》いあがれない死の沼がぽっかり口を開けているようでもある。
いや、事実として、ここは帰らぬ者の魂が眠る場所なのだろう。わたしと一緒にいた幼女たちが、全員無事で生き永らえたとは思えない。
「美由紀、見ろよ」
伊吹が指差したほうに、美由紀は目を向けた。
道沿いに看板がある。青陵荘《せいりようそう》。この先五十メートル。
いよいよか。
手もとの武器を再確認した。自動|拳銃《けんじゆう》のほうはマガジンに四発残っている。小銃のほうは十六発だった。弾は貴重品だ、セミオートに切り替えておこう。
ほどなくクルマは道を外れ、湖畔に張りだした広場に乗りいれた。
平屋建てのログハウスに、明かりが灯《とも》っている。青陵荘の看板もでていた。軽自動車が二台停まっているだけで、建物の周りはがらんとしていた。
玄関前にベントレーを横づけした。
誰かでてくるかもしれないと思ったが、反応はない。
「さてと」伊吹は拳銃のスライドを引いて撃鉄を起こすと、安全装置をかけてから腰のベルトにさした。それを上着で隠しながら、ドアを開ける。「行くぜ」
美由紀もドアを開けた。自動小銃はダッシュボードに残し、拳銃ひとつを握りしめていく。
滝のように激しい雨が降り注ぐ。地面は砂利だった。そこかしこに泥水が溜《た》まっている。
伊吹とともに玄関のドアまで進んだ。
すでに全身ずぶ濡《ぬ》れだった。濡らさないようにわきの下にしのばせた拳銃を、ドアのほうにまっすぐ向ける。
確認を求めるように伊吹が振りかえった。美由紀がうなずくと、伊吹はドアをノックした。
しばらく間を置いて、しわがれた女の声が応じた。「どうぞ。開いてますよ」
美由紀は伊吹と顔を見合わせた。
ずいぶん無警戒だ。ここに来るのは取り引き相手だけだと信じきっているのだろうか。
いったん拳銃をTシャツの下に隠す。いつでも引き抜けるように、デニムの腰側に銃口を滑りこませた。
ひんやりとする銃の肌触りが、体温まで奪っていくかのようだ。
伊吹がノブに手をかけ、ドアを開けた。
そのなかは、山頂の休憩所そのものだった。明かりは、天井からぶら下がった裸電球だけで、薄暗かった。
ログハウスの内部には壁も間仕切りもなく、一室のみだった。丸太を組んで構成された壁と天井、梁《はり》に柱が縦横にめぐらされたなかに、やはり木の素材の食卓と椅子が並んでいる。
ふたりほど客がいた。ひとりは三十代の女性で、ひどく痩《や》せている。壁に向かって座り、ぶつぶつ言いながらなにか作業に興じている。もうひとりは中年の男性だった。青い包みを持って、部屋の奥に歩を進めていく。
そのどちらも、健康な身体ではないとわかる。手が震え、目もうつろだった。髪が抜け落ちて薄くなり、肌は皺《しわ》だらけで老人のようだ。
唖然《あぜん》としながら眺めていると、いままで気づかなかったもうひとりの人物が、柱の影からゆっくりと立ちあがった。
背の低い老婆が歩み寄ってくる。「いらっしゃい。おふたり?」
さっき、どうぞと応じたのはこの老婆だった。ほかに従業員らしき者はいない。
「あの」伊吹が面食らったようすでいった。「ええと、はい。ふたりですけど」
ふうん、と老婆は伊吹を見つめた。「包装用の布はそこにあるから。こんな天気だからうまくいかないかもしれないけど、お金だしちゃったらもう補償はないよ。そこ、納得したうえでやっといで」
意味がよくわからない。だが、あまり突っこんで質問するのは危険に思えた。
羽鳥駅での出来事はすでにニュースになっているが、まだ老婆は逃亡中の男女とわたしたちを結びつけていない。ラジオを聴いていないか、勘が鈍いかどちらかだろう。
「わかりました、どうも」と告げて、美由紀は老婆に背を向けた。
食卓の上のバスケットに、ハンカチぐらいのサイズの青い布が山積みしてある。二枚を手にとり、一枚を伊吹に渡した。
美由紀は室内にいるふたりの訪問者を観察した。
麻薬中毒らしきふたりのうち、女性は一万円札を何枚か揃え、メモ用紙とともに青い布にくるんでいる。指先が震えているせいか、なかなか作業が捗《はかど》らないようすだ。
男性のほうは、部屋の奥にある小さな木製の戸を押し開けた。小窓から、雨と風が吹きこんでくる。
その向こうにバルコニー状に張りだした板があり、そこに青い布を載せて、戸を閉める。
ぶらりと男性は戸から離れて、食卓の席に座り、うずくまった。
しばらく時間が過ぎたが、室内にその後、動きはなかった。老婆は玄関の扉の近くで、肘《ひじ》掛け椅子におさまって編み物をしている。
なにをしているのか確かめねば。美由紀は、からの青い布を折りたたんで、部屋の奥に向かった。
さっき男性が包みをだした戸を押し開ける。
驚いたことに、戸の向こうには、男性が置いたはずの包みはなかった。
暗闇に目を凝らす。榛名富士が正面にうっすらと見えていた。小屋のこちら側はぎりぎりまで湖に面している。人が近づけるような場所ではなかった。
豪雨のなか、鳥の翼がはためく音がかすかに聞こえる。
室内の老婆たちに怪しまれないよう、美由紀も手にした布をその場所に残し、戸を閉めた。
伊吹が近づいてきて、耳もとでささやいた。「どうなってる。ここはなんだ」
美由紀も小声でかえした。「どうやら、麻薬の常習者がヘロインを買いに来る場所みたいね。仁井川は業者と取り引きしてるんじゃなくて、直接客に売ってるんだわ。羽鳥駅の暗号は一般客へのメッセージで、キーセンテンスはたぶん麻薬常習者たちにメールか何かで配られているのね」
「奴はどこだ」
「ここにはいない。客には接触しないみたいなの。唯一の取り引き手段が、あの青い布よ」
「金と名前を書いたメモを入れて、外にだすのか。それを誰かが回収して、代わりにヘロインを包んで届けてくれると」
「誰か、じゃないわ。外はすぐ湖面だから人は近づけない。連絡係はたぶん鳥ね」
「鳥? 飼い慣らしてブツを運ばせてるってのか?」
「せいぜい数グラムずつだからね。伝書鳩の要領で調教すれば、充分に使えるでしょ」
「夜間の取り引きだから、夜行性の鳥ってことか」
そのとき、ログハウスの外にクルマのエンジン音が聞こえた。
あったぞ、と男の声がする。
「まずいな」と伊吹がいった。
美由紀はすぐに駆けだした。老婆が驚いた顔でこちらを見ている。
戸を開け放ったとき、ベントレーのわきに停車している四駆車が見えた。レインコート姿の三人の男たちが、自動小銃をかまえて辺りを散策している。うちひとりは、ちょうどこちらに向かってきていた。
目が合い、美由紀はびくっとして立ちすくんだ。男のほうも同様だった。
男が銃を構えるより前に、美由紀は地面に転がって避けた。銃撃音がしたとき、伊吹が戸口から飛びだした。
砂利の上に伏せた伊吹が拳銃《けんじゆう》を発砲した。二発撃ち、銃火の閃《ひらめ》きとともに薬莢《やつきよう》がふたつ宙に舞う。
両|膝《ひざ》を撃ち抜かれた男は、苦痛の悲鳴をあげて突っ伏した。
残るふたりが振り向き、こちらに銃撃してくる。
伊吹が怒鳴った。「クルマに乗れ!」
美由紀は姿勢を低くし、敵に威嚇《いかく》発砲しながらベントレーに向けて走った。ドアを開けて運転席に乗りこむと、キーをひねり、エンジンをかける。
伊吹がふたりの自動小銃の掃射から逃げまわっている。美由紀はステアリングを切り、銃撃しているふたりにベントレーの鼻先を突っこませた。
被弾してフロントグラスが砕け散り、ひとりがボンネットに乗りあげる。美由紀はギアを入れ替えてクルマを急速に後退させ、その男を振り落とした。
助手席側のドアを伊吹に向けて停車させる。「伊吹先輩、早く!」
ドアが開き、伊吹が助手席に滑りこんだ。
すぐに美由紀はクルマを発進させた。側面に銃撃を受け、火花が散ったのがわかる。ヘッドライトも片方が砕けて、有効な視界は狭まっている。
山道をさらに山頂方面に向けて走らせた。
後方にヘッドライトの光がさした。四駆車が追ってくる。
「美由紀」伊吹が助手席で自動小銃の準備をしながらきいた。「ブツを運んでいるのが鳥だとして、距離はどれぐらいだ?」
「遠くないわ。せいぜい一キロってところでしょ」
「じゃ、仁井川の隠れ家はそのあたりってわけだ」
「ええ。榛名富士の麓《ふもと》ね」
耳をつんざく掃射音とともに、ベントレーのボディに火柱があがった。
四駆車はすぐ後ろにまで追いあげてきていた。サイドミラーを見ると、助手席から身を乗りだした男が銃撃している。次の瞬間、そのミラーも撃ち砕かれた。
伊吹は運転席と助手席のシートのあいだから、リアグラスを通して後方を自動小銃で狙いすました。「カウントダウン三つでブレーキを踏んで減速しろ」
「わかったわ」
「三、二、一!」
美由紀は力いっぱいブレーキペダルを踏んだ。
後方に四駆車が迫り、追突寸前にまで距離が縮まる。その瞬間、伊吹が発砲した。最初は短く撃ってリアグラスを破壊し、次にフルオートで長く掃射した。
四駆車のボンネットは炎を噴きあげ、爆発音とともに真っ赤な火球を膨れあがらせた。熱風がこちらにまで吹きこんできた。けたたましい轟音《ごうおん》をあげて四駆車のボディは砕け散り、残骸《ざんがい》も道を外れて湖に転落していった。
急に静かになった。伊吹がゆっくりと正面に向き直った。
追跡者がどれぐらいの怪我を負ったか、あるいは死んだか。さだかではなかった。事故現場はどんどん遠ざかっていく。
クルマを停めて、救助したい衝動にも駆られる。だが、そんなことが許されるはずもなかった。仁井川の膝もとで追跡を受けたのだ。早めに隠れ家を突きとめなければ、向こうが先にこちらに目をつけるだろう。いや、もうそうなっているのかもしれない。
しばらく走ると、行く手は森になっていた。クルマはこれ以上、入りこめそうにない。
停車して、車外にでる。雨は依然として強く降っていたが、木々の枝葉が天然の軒を形成しているらしく、身体に感じる雨滴はそれほど多くない。
ここは榛名富士の麓だった。カルデラ湖のほとりに隆起した中央火口丘。いまは雑木林に覆われている。
伊吹がクルマからでてきて、自動小銃を地面に放りなげた。「弾切れだ。あとは拳銃の弾が二発ってところだな。そっちは?」
「まだどちらも弾が残ってる。自動小銃、伊吹先輩が使って」
「おまえは拳銃だけでだいじょうぶか?」
「片手撃ちには慣れてないの。援護してくれるんでしょ?」
「当然だろ」と伊吹は自動小銃を受け取った。「隠れ家は山のなかか?」
「でしょうね」
「じゃ、探すしかないな」伊吹が森のなかに踏みいっていく。
美由紀も並んで歩いた。地面はぬかるんでいて、滑りやすい。暗いせいで、何度も足をとられそうになる。断続的な稲光の瞬間に、数メートル先までの足もとを確認するしかなかった。
そのうち目が慣れてきて、森のなかにもあちこちに小屋が存在しているのがわかった。
「一軒ずつ調べるのか?」と伊吹がきいた。
「それしか方法がないなら」
「気の遠くなるような作業だな。分も悪いし。敵さんが何人残ってるかもわからない」
分が悪い。
その通りだ。わたしと伊吹、ふたりしかいない。
しかも、いつ銃撃を受けてもおかしくない。ここは敵のテリトリーなのだ。
生きて帰れる見込みのない絶望の旅路に、わたしは彼を連れてきてしまっている。
婚約者のいる彼を……。
ふと、森の奥で音がした。
ホー、ホーと鳴く声。
「フクロウだ」伊吹が立ちどまった。「ブツを運んでいるのは夜行性の鳥だったな?」
複雑な思いが美由紀の胸に渦巻いた。
「……でも」と美由紀はいった。「伝書鳩のように飼い慣らせると思う?」
「さあな。鳥には詳しくないからな。まあ、見た目はトロそうだし、いつも枝につかまってホーホー鳴いてるだけって印象だが」
「でしょ? この目的に当てはまる鳥がいるとしたら、ヨタカね。見た目はツバメに似ていて、羽ばたきもせず速く飛べて、昆虫を捕食する視力も持ってる」
「飛んでるところを見かけたら、追いかけろってか?」
「ヨタカは黒っぽくて、闇に紛れやすいの。羽の音もたてないから、見つけにくいわ」
「どうやったら探せる?」
「連絡役の鳥が一羽だけとは考えにくいから、小屋の軒先に同じ鳥が何羽かいるでしょうね。それを探すべきだわ。……範囲が広いから、二手に分かれましょう」
「……ひとりでだいじょうぶか?」
「当然でしょ」美由紀は笑いかけた。「心配しないで。隠れ家を発見しても、独りで突っこんでいったりはしないから。まず携帯で連絡する」
「約束だぞ。じゃ、後でな」
「ええ」
伊吹は傾斜を昇って、手近な小屋へと歩を進めていった。
美由紀は、伊吹の姿が見えなくなるまでその場に留《とど》まった。
わたしがどこに行くのかを、彼に悟られたくない。
やがて、美由紀は歩きだした。
フクロウの鳴き声のする方角に。
わたしは嘘をついた。さっきログハウスで小窓の外に、鳥のはばたく音を耳にした。だからヨタカではない。
なにより、運搬物の包装に青い布が使われているのがその証拠だった。青いろを識別できる鳥類といえばフクロウだけだ。
背丈を上回る高さの雑草が生い茂っている。そこに分け入っていくと、ふいに視界が開けた。
明かりが灯《とも》っている建物がある。
そこは、岩肌の斜面に立てられた木造の平屋建てだった。
青陵荘のログハウスとは違い、もっと古いスタイルの在来工法で建てられている。木材は朽ち果て、土壁は傾きかけていた。
その建物は、炭坑のように洞穴の入り口を塞《ふさ》ぐようにして存在していた。小屋の屋根は洞穴の内部までつづいている。
麻薬密売業者の施設は市街化調整区域に無許可で建てられることが多いと、資料で読んだことがある。榛名富士の洞穴を利用すれば航空写真にも写らない。隠れ家としては理想的だ。
寄せ集めの建築用資材で建てられた家屋。大工が数人集まって、急いで建てたという趣だった。それも少なくとも築二十四年以上は経過していることになる。
窓はすりガラスになっていて、なかに電球が灯っていることだけはわかるが、室内は見通せない。
いや、待て。うごめいている人影がある。
たしかに誰かいる。
しばらく観察したが、人の気配はそれきりだった。
静寂のなか、フクロウの鳴き声だけがこだましている。
美由紀は草むらをでると、慎重にその建物に歩み寄った。
頭上を見あげると、電線が引きこんであった。ほかにも別荘らしき山小屋が点在するこの区域に、インフラが整っていることはさほど意外でもない。
あの青陵荘を経営しているのも仁井川章介だとすれば、ここはバックストックのための倉庫として購入した土地かもしれなかった。ペンションなどはそうした小屋を別に設ける。だとすると、法的には問題なしと見なされて、行政の監視の目も逃れている可能性がある。
隠れ家としては申し分のない条件が揃っていた。抜け目のない男だ。
建物の洞穴から突きだしている部分に、金網の張られた区画があった。二メートル四方ぐらいの立方体のなかで、ホー、ホーという鳴き声がする。
近づいてみると、天井からブランコ状に吊《つ》られた棒にフクロウがとまっていた。闇のなか、目だけが妖《あや》しく輝いている。
その足の爪に、青い布きれが絡みついていた。
やはりフクロウだった。ここが仁井川の隠れ家……。
ふいに、金網のなかで、フクロウ以外の声がした。
「う……」かすかな呻《うめ》き声だった。
なんだろう。鳥小屋の底部になにかいる。
稲光によって、その闇は照らしだされた。と同時に、美由紀は愕然《がくぜん》とした。
鳥小屋のなかに横たわる幼い子供たち。全員が女の子だと一瞬でわかった。ぼろぼろの服をまとい、髪も泥だらけになった幼女たちは、折り重なるように地面に倒れていた。
その光景は、美由紀のなかに生々しい記憶を蘇《よみがえ》らせた。
 異臭。独特の酸っぱいにおい。そう、この鳥小屋に漂う悪臭と同じだ。
わたしはこのなかにいた。彼女たちと、ここに閉じこめられた。
ひとりずつ、大人の男によって引きだされるたびに、悲鳴をあげた。その悲鳴が遠ざかっていく。そして、二度と帰らない。
この鳥小屋のなかで、わたしは泣いた。ほかの幼女たちと。
照りつける直射の日光も、耐え凌《しの》ぐしかなかった。幼女たちは交替で重なりあう順序を変え、夏の陽射しからかばいあった。
喉《のど》の渇きと、飢えに苦しんだ。生きることは、そのふたつの苦しみに、大人たちへの恐怖が加わった地獄の日々を意味していた。
夜は、この金網を通して星空が見えていた。天に召されることを望んだ瞬間だった。だが無情にも、太陽はまた空を照らしだす。生命は、なかなか失われなかった。
ひからびたように、動かなくなる幼女がいた。なぜか、涙はいつまで経っても枯れることがなかった。それを飲みこんで、喉の渇きを癒《いや》すことさえ覚えていた。
そして、こんな豪雨と雷鳴の夜。金網のなかに降りしきる雨のなか、身を寄せ合って眠りについた。自分たちが生きているのか、死んでいるのかさえもさだかでないまま。
ここにわたしはいた。たしかに、わたしはここに……。
 そのとき、うなじに冷たい感触があった。
「動くな」と低い男の声がした。
突きつけられているものが銃口であることは明白だった。
美由紀はそろそろと両手をあげたが、降参する気などなかった。
振りむきざまにわざと足を滑らせ、相手に向けて倒れこみながら、自動小銃を手にした敵の腕を外側から巻きこんだ。敵が驚きの声をあげたのがわかる。銃口はすでに宙に逸《そ》れていた。
足を差しこんで敵の足首を引っ掛け、肘《ひじ》を敵の胸部に当てながら押し倒す。拳法《けんぽう》でいう地倒肘《ちとうちゆう》の応用技だった。
倒れこむと同時に、美由紀は男の顔を満身の力をこめて殴った。自動小銃が男の手を離れ、地面に転がった。
美由紀は手を伸ばし、その自動小銃を拾おうとした。
直後、カチッという音を耳にした。
アサルトライフルのコッキングレバーを引く音、美由紀はすぐにそう察知した。
顔をあげたとき、全身が凍りついた。静止してはならない瞬間だというのに、動くことはできなかった。
別の男がアサルトライフルの銃身を金網のなかに差しいれ、銃口を鳥小屋の床に向けている。
その男までは距離があった。全力で突進しても、引き金を引くことを阻止できない。
発砲はなかった。それはつまり、美由紀に対する威嚇《いかく》であり、脅しであることを意味していた。
無抵抗にならざるをえない。
美由紀は自動小銃を手放し、ゆっくりと立ちあがった。
近くに倒れていた男も起きあがった。口の端が切れて、血がにじんでいる。
男はそれをぬぐってから、美由紀を一瞥《いちべつ》すると、拳《こぶし》で美由紀の腹部を殴打してきた。
激痛とともに、呼吸がとまりそうになった。美由紀は膝《ひざ》からその場に崩れ落ちた。
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