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千里眼193

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:うさぎとカメ 岬美由紀は五十嵐哲治を追い、ビルの谷間を疾走していった。すでに六十歳近いというのに、驚くほどのスタミナを発
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うさぎとカメ

 岬美由紀は五十嵐哲治を追い、ビルの谷間を疾走していった。
すでに六十歳近いというのに、驚くほどのスタミナを発揮する逃亡者だ。研究室に籠《こ》もってばかりの変わり者という噂と相反する身体能力。
いや、いまはひたすらに逃亡の意志の強さに支えられているだけだろう。息があがっているのがわかる。ほどなく歩も緩むはずだ。
しかし、五十嵐の速度が衰えるより早く、彼は路地から表通りに踊りでた。
ミッドランドスクエアの脇から名古屋駅前のロータリーにでる。
人の往来が多い。五十嵐は何度もぶつかり、転倒寸前によろめきながらも体勢を立て直して逃亡をつづけている。
歩行者用信号は赤だった。だが五十嵐はかまわず飛びだしていった。
横断歩道に迫っていたタクシーがけたたましい音とともに急ブレーキを踏み、後続のトラックが追突して乗りあげる。
さらに次々と追突がつづき、スピンしたクルマが歩道に弾《はじ》かれる。
逃げ惑う歩行者らの悲鳴がこだまする。セダンのボンネットが跳ねあがり、エンジンルームから轟音《ごうおん》とともに火柱が噴きあがる。
一帯に煙が充満しだした。戦場さながらのパニックのなか、美由紀は炎上したクルマからドライバーが這《は》いだしたのを見てとった。
犠牲者がでるのは時間の問題に思えた。五十嵐はすでに名鉄百貨店前に達している。工事用クレーン車の運転席に乗りこもうとしていた。
赤いヘルメットの作業員らが制止するのも聞かず、五十嵐はクレーンを発進させた。
それは無謀かつ危険きわまりない運転だった。クレーンは若鯱家《わかしやちや》の巨大看板を吊《つ》り下げたまま、ロータリーに猛スピードで踊りでた。通行する車両が回避する間もなく跳ね飛ばし、みずから道を切り開いていく。
阿鼻叫喚《あびきようかん》の混乱がひろがったが、クレーン車の突進はわずか数十メートルだった。旧メルサ前の歩道に乗りあげたとき、クレーンがアーケード屋根にひっかかって看板が落下した。
身長七メートルのマネキン型オブジェ、ナナ人形がクレーン車に倒れかかり、頭部が運転席を直撃した。フロントガラスが砕け散り、車両の屋根は大きく凹《へこ》んだ。
美由紀は公道を埋め尽くすクルマの屋根を次々と飛び移りながら、片時も五十嵐の行方から目を離さなかった。
クレーン車が全損状態になる寸前にドアが開き、五十嵐は地面に転がり脱出した。
あちこちでサイレンが沸いている。きのうから逃亡者の五十嵐哲治を追って愛知県警が無数のパトカーを繰りだしているが、付近がこのありさまでは到着することはできない。五十嵐はそこまで考えて道路を塞《ふさ》いだに違いなかった。
彼を捕まえられるのは、わたししかいない。美由紀はクルマを乗り越え、ひたすら走った。
五十嵐はテルミナ地下街への階段を駆け降りていく。
ガードレールを飛び越えて歩道に入ると、美由紀はすぐさま五十嵐を追って階段に駆けこんだ。
そこで美由紀は息を呑んだ。
地上での騒ぎが波及したらしく、地下街にもパニックが広がっている。逃げ惑う人々の流れに逆らい、五十嵐は地下鉄駅から遠ざかっていく。
と、彼の行く手の広場に、トヨタのF1車両が二台、特別展示してあるのが見えた。レーシングスーツを着たマネキンが立ち、テレビモニターにはサーキットのようすが映しだされている。
驚いたことに、五十嵐はディスプレイ棚からステアリングを奪うと、そのF1マシンの一台に飛び乗った。
コックピットにステアリングを取りつけ、エンジン音を轟《とどろ》かせる。滑らかな床をスリップしながら、五十嵐の乗った車両は発進した。
コントロールを失い、蛇行しながらも、五十嵐のF1マシンは猛進していく。右の貴金属店のショーケースを粉砕し、左のアマノドラッグの店頭に突っこんでワゴンをなぎ倒してから、ふたたび地下街の中央に復帰し速度をあげていく。
無茶な。
そうつぶやきながらも、美由紀がとった行動は五十嵐と同じものだった。残る一台に乗りこみ、ステアリングを装着する。
この手のマシンのシートはドライバーに合わせて設計してあり、美由紀にとってしっくりくるものではなかった。カーボンファイバー製、ポリマーで補強されたシートは硬く、座りごこちもよくない。
贅沢《ぜいたく》はいっていられなかった。美由紀はシートベルトを締めにかかった。自衛隊の戦闘機と同じ六点式のシートベルトだが、コックピットが狭いせいでうまく締められない。
レースならばチームの人間の手を借りるのだろう。不幸なことに、いまは逃げ惑う人に手伝いを頼めるような状況にはない。シートベルトはあきらめざるをえないだろう。
イグニッションスイッチを押した。爆発音のようなエンジン音が、地下街を揺るがす。
アクセルを踏みこみ、美由紀はマシンを発進させた。
昔のマシンはクラッチペダルがあったが、いまはアクセルとブレーキのふたつだけだ。操作は美由紀が長年乗っているランボルギーニ・ガヤルドと同じセミオートマだった。右足でアクセル、左足でブレーキ。重心はきわめて低かった。足もとは床すれすれを滑っているかのようだ。
スリップしやすい床だが、速度を抑えてばかりもいられない。ステアリングのボタンでギアをシフトアップして加速する。
人々の悲鳴が前方から後方へ、吸いこまれるように飛び去っていく。だが美由紀は、時速三百キロ近くに達しても通行人の位置や動きを正確に把握していた。F15は音速の二倍で飛ぶ。ここで歩行者を危険に晒《さら》すようでは、空の防衛など勤まるものではない。
たちまち追いつき、五十嵐のマシンの後部をとらえた。すると五十嵐はいきなりステアリングを切り、呉服店の脇の階段に飛びこんでいった。
階段も、F1マシンの大口径のタイヤならば難なく下りられるという事実を、美由紀は初めてまのあたりにした。五十嵐を追跡し、美由紀も階段に突進した。
突きあげる衝撃が激しく、断続的に襲う。背骨が折れるほどの痛みが走った。歯をくいしばって堪えると、地下二階の通路にでた。幅はマシンぎりぎりだ。
五十嵐のマシンは三省堂書店に突っこむと、小学館の書籍コーナーを粉砕しながら猛スピードで疾走していく。辺りに飛び散った紙片は赤く染まっていた。
静電気で引火する恐れがある。燃えやすい紙類の多い書店での追跡は、地階に火災を発生させるかもしれない。
美由紀はすぐさま一計を案じた。昇りの階段にマシンを乗りいれ、中地下階を突っ切る道を選んだ。
食料品店が連なる中地下階。あんぱんや、神戸こっちゃらパン、ヒマラヤのケーキ、美濃味匠《みのみしよう》。また昇り階段が迫ってきた。ノーズを跳ねあげて階段を上昇し、踊り場をまわって、さらに上をめざす。
地下一階に復帰したとき、美由紀は読みが正しかったことを悟った。
喫茶店コンパルの前で、ちょうど五十嵐のマシンが別の階段をあがってきたところだった。美由紀はタッチの差で、先まわりに成功していた。
五十嵐が驚愕《きようがく》のいろを浮かべたのを、美由紀の動体視力は見てとった。
それも一瞬のことで、ブレーキも間にあわず、五十嵐のマシンは美由紀の停車させたマシンの後部に追突し、スピンした。
コンパルに側面から激突し、壁面を破壊して店内のテーブルを次々と空中に巻きあげてから、ようやく五十嵐のマシンは停まった。
美由紀は全身の痺《しび》れる痛みを堪えながら、コックピットから飛びだして五十嵐に駆け寄っていった。
破壊された喫茶店のなか、マシンは斜めになって停まっていた。五十嵐はコックピットから這いだそうともがいているが、ままならないようすだった。
近づくと、美由紀はすかさず五十嵐の胸ぐらをつかんで締めあげた。
「痛い!」五十嵐は苦痛のいろを浮かべた。「なにするんだ、きみは臨床心理士だろ。非常識じゃないか」
「それはこっちのセリフよ」美由紀は怒りを隠さずにいった。「酸素欠乏症を起こさせる爆弾はどこ? どの学校に仕掛けたの?」
「知ってどうするつもりだ」
「当然、爆発を阻止するのよ」
「やめとけ。間に合うもんか。うさぎとカメみたいなもんさ」
「なにそれ。どういう意味?」
「俊足《しゆんそく》なきみはうさぎ、私はカメだ。カメを打ち負かして、いい気になっているのかい? ここで油を売っているうちに、私はゴールに一歩ずつ近づいているってことだ」
「ようするに、もう時限式スイッチが入っているってことね」
「そうとも。いまさら無駄さ」
「ここから遠いってことね。どこなの? あなたのよく知っている学校?」
「それは……」
美由紀の目は、途切れた五十嵐の言葉の先を表情から読みとっていた。
核心に近いところを突かれた恐怖、それでも計画は水泡に帰すことがないという驕《おご》り。間違いなかった。爆弾は五十嵐哲治にとって土地勘のある場所にある。
「ねえ、五十嵐先生。あなたは小学校から名古屋市内の私立だったはずでしょ? 爆発までの残り時間はわからないけど、これだけの警察車両が繰りだしているなかで間に合わないと言い切るからには、市内じゃないはず。それ以外で、あなたにとって深い馴染《なじ》みのある学校といえば……」
はっとして、美由紀は口をつぐんだ。
五十嵐はあわてたように目を逸《そ》らした。
「まさか」美由紀は震える声できいた。「息子さんの学校?」
「さて……ね。どうして私が聡を危険な目に遭わすんだね。なんの得がある?」
理由など知ったことではない。いじめられていたという息子の通う学校に酸素欠乏症を引き起こし、生徒たちが凶暴になるさまを検証する、そんなありえない目的すらも、この男にかかれば真っ当な使命と思えるのかもしれない。
いまは父親の精神分析より、息子の身を案じるほうが先だ。
美由紀はいった。「聡君の通っているのは、たしか岐阜県立|氏神《うじがみ》高校ね? 資料で読んだわ」
「違うといっているだろう」
「結構よ。嘘をついているときの不安は見抜きやすい感情のひとつなの。まず間違いないわね」
「独善的だな」
「しょうがないの。当たってほしくないことでも、当たっているのが常だから。ところで、もうひとつ教えてほしいんだけど。爆発まであとどれぐらい?」
「きみならそれも見抜けるんじゃないかね? ……そうだな、一時間以上あるといっておこう」
美由紀は押し黙り、五十嵐を見つめた。
緊張が走る。五十嵐のこわばる顔に、本心を見たからだった。
すばやく踵《きびす》をかえし、美由紀は駆けだした。
五十嵐の怒鳴る声が背に届く。「やめとけ。いまさらどうにもならんぞ」
耳を貸す気になどなれない。美由紀は全力で階段を地上に向けて駆けあがった。警官らが、戸惑いながら降りてくるところだった。その脇をすり抜けて、外にでた。
彼は嘘をついている。すなわち、爆発までの残り時間はもう一時間を切っている。
わが子を危険にさらすなんて。動機など理解できるものではない。大勢の生徒たちの身が危ない。ならば、息がつづくかぎり走りつづけるだけだ。どうあっても爆発は阻止する。独善的と謗《そし》られようと、その行為に躊躇《ちゆうちよ》する必要などない。
子供たちの身を案じない大人などいないのだから。
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