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千里眼194

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:迷える子羊 生徒の身を案じるなど、偽善にすぎない。岐阜県立氏神工業高校の教師、綾葺涼子《あやぶきりようこ》はそう思ってい
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迷える子羊

 生徒の身を案じるなど、偽善にすぎない。
岐阜県立氏神工業高校の教師、綾葺涼子《あやぶきりようこ》はそう思っていた。
「フグを丸ごと切り刻んで、ほぼまんべんなく刺身にして食べたのに、死ねなかった。ただ満腹になっただけだった」
自殺を予告する手紙を市役所に送りつけた高二の生徒による告白。涼子が生徒から相談を受けた、唯一の事例だ。
その男子生徒は丸々と太っていて、ふだんからクラスメイトに馬鹿にされ、教師の目に触れないところではいじめも受けていたと思われる。
彼の実家は居酒屋だった。木造二階建ての家屋の一階が店舗だった。学校の教師も親も頼りにならないと感じた彼は、なぜか市役所の福祉相談課宛に遺書めいた手紙を送りつけ、その日に自殺をはかった。
深夜にこっそりと一階の店に降りていき、イケスに入っていたフグを見よう見真似で調理して、平らげたのだ。
ところが、朝になっても死ぬどころか具合が悪くなることさえなかったため、不安になって病院を訪ねた。こっけいな話だと涼子は思った。健康ゆえに医者に相談するとは。
イケスの養殖フグが無毒だということを、男子生徒は知らなかった。
海に育つ天然のフグは、毒性のある動物プランクトンや蟹《かに》、あるいは貝などを食べているせいで、体内に毒素を溜《た》めこむといわれる。居酒屋のフグとは、育ちからして異なっていた。
文部科学省の指導で、教師は可能な限り生徒の悩みを聞くこと、そう義務づけられていた。人にいえない悩みを背負っている生徒のために、放課後に時間を割いて相談に乗る。涼子はそういう方針を、生徒たちに伝えた。
おずおずと面接を申し入れてきたのは、そのフグで自殺未遂の男子生徒だけだった。市役所から転送されてきた遺書も、涼子の手もとにあった。高校の問題は高校で対処しろ、それが役所の判断のようだった。
涼子はどう反応したか。腹の底から笑った。こんなに笑ったのはひさしぶりというぐらい、息苦しくなるほど笑い転げた。
とりわけ、遺書のなかの一文が傑作だった。僕は友達の前ではいつも耳まで真っ赤になり、顔全体が蛸《たこ》のように赤く染まってしまいます。
蛸のように。居酒屋の息子だけに比喩《ひゆ》も食材にちなんだものだ。これが笑わずにいられるだろうか。
もちろん、生徒の前では笑みなどみせなかった。表情が緩むのを必死で堪えながら、また辛《つら》いことがあったらいつでも相談してね、そう告げた。
いかにもとろそうな、肥満しきったその男子生徒は小さくうなずいただけで、教室をでていった。だが涼子は、問題はさほど深刻なものではないと確信していた。
本気で死のうなんて思ってもいないはずだ。あの男子生徒に、自殺をはかるほどの勇気があるとは考えられない。
彼はただ流行《はや》りに乗っているだけだ。各地でいじめに遭っている生徒や児童が、文部科学大臣や政府閣僚宛に匿名の遺書を送ったことが大きく報道された。それによって、ふだん自分を虐げている身近な大人が、国からのトップダウンで叱責《しつせき》されることを望んでいるのだろう。
陰気で陰湿、忌まわしい流行。涼子はそう感じていた。
教師になってから五年。今年二十九になる涼子は、その教師生活のほぼすべてを、この岐阜の片田舎にある工業高校で過ごしてきた。
学校という教育の場を問題視するような昨今の風潮は、あきらかに大げさすぎる。それが涼子の見解だった。
地方の学校は、その土着の事情や人間関係に応じて、柔軟になることを余儀なくされる。文部科学省が声高に主張するような綺麗《きれい》ごとばかりでは、やっていけない側面もある。
たとえば、この氏神工業高校では、昨年全国的に問題になった世界史の未履修問題について、いまだに是正されてはいない。
学習指導要領では、地理歴史の教科において世界史が必修、そのほかに日本史、地理のうちひとつを履修するように定められている。だが、大学受験に必要な選択教科だけを集中して学習したいという生徒の思惑《おもわく》と、受験合格率を上昇させたいという学校側の利害が一致し、世界史も自由選択の授業としてきた。
一昨年前までは、高校としては常識的な判断だった。ところが文部科学省が横槍《よこやり》を入れてきて、マスコミがこれを過剰なほどに騒ぎ立て、世界史の履修が不足している生徒たちが卒業を危ぶまれているなどと、社会問題として煽《あお》った。
全国の高校が、地元の教育委員会の調査に白旗をあげて降参し、履修不足を認めて糾弾の矢面に立たされるなか、この氏神工業高校は、なおも隠蔽《いんぺい》をつづけた。
ここでは教育委員会までもが、沈黙を守ることに協力してくれた。誰が言いだしたわけでもない、自然にそういう成り行きに至った。
それが土着の風潮というものだった。お上に知れてはまずい事情は全員で隠し通す。
事実、生徒たちも学校のある意味いい加減な実情を知りながら、のんびりとしたものだ。この高校では教師と生徒の双方が、互いの義務や責任を追及しあわない。詮索《せんさく》もしない。波風の立たない共存関係を維持することが平和につながると、誰もが知っている。
それでいいのだろうと涼子は思った。工業高校という名称ながら、この過疎化した一帯の公立高校が合併し、普通科、工業科、農業科が混在する奇妙な学校。いずれのコースに進もうとも行く末は労働者だ。将来の希望などないに等しい。
生徒たちはその現実を知ればこそ、いまのうちから陰気になり内に籠《こ》もっているのだろう。
不条理で、不公平で、不安定な学校という場所での集団生活、共同作業。しかし、それが当事者にとっては逆に安定と呼べるものなのだ。
国にはそれがわかっていない。余計な手出しなど無用だ。ひとたび問題が浮き彫りになったら、誰にも対処できない事態になる。そのことを、当事者であるわたしたちは充分にわきまえているのだから。
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