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千里眼196

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:その三十分前 午前十一時半。やわらかい陽射しは降り注げど、伊吹山《いぶきやま》から平野に吹き降ろす風は冷たい。氏神工業高
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その三十分前

 午前十一時半。
やわらかい陽射しは降り注げど、伊吹山《いぶきやま》から平野に吹き降ろす風は冷たい。氏神工業高校は、そんな平野の荒涼とした田地のなかにぽつんと建っている。
全国的には暖冬だそうだが、この地域は冷える。温暖化に伴う異常気象の影響も、まるで受けていないようだ。
つい二か月ほど前、列島周辺の海が赤潮だらけになったというニュースを耳にしても、ここではまるで他人事《ひとごと》だ。海は遠い。地球環境より、明日の暮らしが気にかかる。
綾葺涼子はウィンドブレーカーを羽織って、すでに無人の職員室をでた。こんな寒い日にストーブを離れて外出とは耐え難いが、教員の義務だ、仕方がない。
今朝まわされてきたプリントによると、関東の大手私鉄会社である東急が中部地区にも進出し、このあたりに新しい鉄道路線を敷く計画があるのだという。
地元の名鉄や近鉄までもが見放した片田舎に線路を通すとは意外だったが、たぶん東急グループによる沿線の土地開発も並行しておこなわれるのだろう。すると、この近辺は新興住宅地となって活気づくのだろうか。
東急の業者が、高校にほど近い駅の建設予定地で説明会を開いているので、非番の時間帯を見計らって出向いてください。プリントにはそうあった。
昼休み前の四時限目、涼子は受け持つ授業がなかった。
玄関に向かったとき、校庭に目を向けた。体育館のほうが妙ににぎやかだ。ぞろぞろと生徒たちが校舎をでて、体育館のなかに吸いこまれていく。
全校生徒で千人足らずのこの高校、ほぼ全員が群れをなして歩を進めていく。なぜだろう。この時間帯、集会の予定はなかったはずなのに。
どうでもいいと涼子は感じ、靴をはいて外にでた。臨時の集会が開かれることは頻繁にある。
太陽の下ではそれなりの暖かさも保たれるが、日陰に入ると極端に気温がさがる。寒暖の落差のなかを歩きつづけた。
電動スライド式のその校門は、いまは二メートルほどにわたって開いていた。そこを抜けて、田畑のなかに延びるあぜ道に歩を進める。
プリントの案内に従って、高校の外壁に沿って歩き、角を折れた。
と、涼子は面食らって足をとめた。
「あれ……?」涼子はつぶやいた。「どうされたんですか、みなさん」
そこには教員全員が雁首《がんくび》を揃えて、途方に暮れたようすでたたずんでいた。
背の低い、頭髪のうすい初老の男が苦い顔で近づいてきた。「きみもか。かつがれたな」
「どういうことですか、校長?」
学校長の弘前秋吉《ひろさきしゆうきち》はため息をついた。「説明会なんかどこにもない。そのプリントはいたずらだよ」
「いたずら? これがですか?」
弘前よりも長身で、紳士的な振る舞いの白髪《しらが》頭の男がいった。「たぶん生徒がでっちあげたんだろう」
その男は、教頭の滝田軍造《たきたぐんぞう》だった。
校長に教頭、学年主任に各学級の担任。氏神高校のすべての教師が授業を放棄し、なにもない場所でたむろしていることになる。
生物の教師である白衣姿の木林厚保《こばやしあつやす》が、怪訝《けげん》そうな目を向けてきた。「綾葺先生らが、体育館に生徒たちを集めて健康診断の説明をおこなうので、私たちは外に出てもいいと思ったんですがね」
「そんなこと……。わたしもいまの時間は非番だから出てきただけですよ。集会の予定なんて聞いてません。校長が臨時に招集されたんじゃなかったんですか?」
「知らんよ」と弘前校長が首を横に振った。「教師をだますとはけしからん。すぐに戻って、プリントを作った生徒をあぶりださなきゃならん」
これが偽装……。涼子は呆気《あつけ》にとられてプリントに目を落とした。
文面といい、随所に挿入された地図や人口分布などのグラフ、東急の事業計画表といい、とても高校生が作りあげたものとは思えない。
涼子はいった。「こんなの、うちの生徒には無理ですよ。偏差値三十前後の生徒ばかりだってのに……」
「こら」滝田教頭が眉間《みけん》に皺《しわ》を寄せた。「教え子をそんなふうに言うもんじゃない」
「でも、事実は事実ですし……」
「まあたしかに、生徒の平均的な国語力などを考慮すれば、こんな大人びた流麗な文章をひねりだせる者は少ないが……」
そのとき、雷鳴のような轟音《ごうおん》が上空に響いた。
見あげると、自衛隊の戦闘機が一機、かなりの低空を飛行していく。
こんなところで演習だろうか。岐阜基地を離着陸する機体は、この一帯を飛ばない規則になっていたはずだが。
と、涼子の視界のなかで、なにやら青白い光が瞬《またた》いた。
戦闘機の轟音は遠ざかり、辺りはまた静かになった。
妙に思って周りを眺める。
平穏無事。なにも起きていない。いつもと変わらない学校周辺の風景があった。
「なんだろう?」と滝田教頭がつぶやいた。「いま、なにか光ったみたいに見えたが」
木林も不安そうにうなずく。「あの戦闘機がかすめ飛んだ瞬間に、体育館のほうが青く光りましたよ。窓全体が、かなり明るく」
「まさか、なにか誤射では……」
弘前校長が首を横に振った。「ありえんよ。私も幼いころ、空襲を経験したことがおぼろげに記憶に残ってる。爆弾が落ちてくると、ヒューンと耳をつんざくような音がするんだ。だいいち、なにも壊れておらんじゃないか」
たしかにそうだ。涼子は体育館を眺めて思った。窓ガラス一枚割れてはいない。
それでも、青い光が瞬いたことは事実だ。複数の人間が確認しているのだから。
教師たちは、しばし当惑ぎみにたたずんで、体育館を遠目に見やっていた。
誰もなにも言いださない。
生徒が無事かどうか、気にかけるのが本物の教員だろう。しかしここには、そんな人間はひとりもいない。
「警察に……通報しましょうか」と木林がいった。
「そうだな」と弘前校長もうなずいた。「……それがいい」
全員が怯《おび》え、尻込《しりご》みしている。
しばらく時間が過ぎた。
ふいに校舎の屋外スピーカーから、若い男の声が聞こえた。
「教職員、および周辺住民に告ぐ」その声は一帯に響きわたった。「只今《ただいま》をもって、岐阜県立氏神工業高等学校は、生徒の自治による独立国家、氏神高校国として建国に至ったことを通知する」
「なに!?」弘前校長が目を見張った。「なんの話だ」
木林が咳《せ》きこみながらいった。「聞き覚えのある声です。たしか生徒会長の菊池克幸ですよ、三年A組の」
そうだ、菊池の声だ。涼子は息を呑《の》んだ。優等生で知られるあの生徒が、こんな悪ふざけをするなんて。
滝田教頭が歩きだした。「やめさせましょう」
しかし、菊池の声はつづいていた。「旧氏神高校の教職員は、総じて保守的な隠蔽《いんぺい》体質に甘んじ、文部科学省の指導にも従わず、履修不足問題やいじめ問題を放置してきた。このような教職員のもとでは、われわれ生徒は健全な成長と発育を保証されることがない。ゼロをいくつ掛け合わせようとゼロにすぎないように、無能かつ無力な大人たちの集団はその人数に関わらず、なんら頼りにできるものではない。よってわが旧生徒会役員は、氏神高校国行政庁となり、生徒自身による民主的な自治をもって、この高校を国家として独立運営することに決定した」
弘前は唇を噛《か》んだ。「馬鹿なことを。すぐにやめさせろ」
教員らはいっせいに駆けだした。涼子も走りだしていた。
なおも菊池の声が告げる。「わが氏神高校国は、イタリアのローマ市に位置するバチカン市国と同様、日本国内にありながら日本国とは切り離された主権国家であることを、ここに宣言する。統治、統括はわれわれ行政庁が責任をもっておこなう。なお、生徒全員の国籍は今をもって氏神高校国へと移った。今後はこの国の領内、すなわち校舎内で昼夜問わず集団生活を営むものとする」
「無茶な」木林が走りながらいった。「結局は未成年の集団|籠城《ろうじよう》か。断じて許さん」
菊池の声は動じなかった。「わが主権国家のライフライン、電気、ガス、水道について、暫定的に高校時代の精算会計方法を当面のあいだ維持するものとし、これらを絶つなどの行為はわが国の主権を妨害するものとして、戦争行為と見なす。わが氏神高校国は軍隊を持たないため、宣戦布告に対する戦力的報復は事実上不可能であるうえ、これを是としない。よって、別の手段をもって日本国への強制力を保つこととする」
校門が見えてきた。だが、その横滑り式のゲートは閉まりつつある。
職員室にあるセキュリティ関係の配電盤スイッチをいじっている者がいる。いたずらもここまでくると、あまりに悪質だ。
涼子たちが校門に達する寸前に、ゲートは閉鎖されてしまった。見あげんばかりの高さを誇る鉄格子の扉。よじ登るのは簡単ではない。
滝田教頭が顔を真っ赤にして、鉄柵《てつさく》にしがみついて怒鳴った。「いい加減にしろ! 菊池、いますぐにここを開けろ」
木林も大声で告げた。「こんなことで先生たちを懲らしめたつもりでいるのか? 騒ぎを起こそうとしても無駄だぞ。警察|沙汰《ざた》にならないうちに、早くこの門を……」
菊池の声が遮った。「わが氏神高校国への妨害行為がおこなわれるたび、国民一名を粛清する。それがわが国の防衛手段だ」
「粛清?」涼子はいった。「それって……」
「見ろ」と教員のひとりが校舎を指さした。「誰か出てきた」
下駄箱が並ぶ生徒用出入り口から、ひとりの女生徒が姿を現した。
ほっそりとした身体、肩にかかる長さの髪はうっすらと褐色がかっていて、色白の顔はかすかに青ざめている。
北原沙織《きたはらさおり》。生徒会の役員だった。
沙織の背後に、さらに五人の男子生徒が姿を現した。涼子の目には、彼らが誰なのかわからなかった。一様に小柄で無個性な少年たち。ふだん校舎でよく見かける、名もない生徒たちの一部。制服を着ているせいで、個々の判別は難しい。
五人はなぜか、オリンピックの旗の入場行進のように、一枚の大きな布を手にしていた。視聴覚教室の遮光カーテンを外したものらしい。
と、国旗掲揚塔の前にたたずむ沙織に、五人は布をすっぽりとかぶせた。
なにをするつもりだろう。涼子は言葉を失ってその状況を見守りつづけた。教員らも沈黙し、鉄格子のゲートごしに彼らの行いを見つめている。
男子生徒たちは沙織の身体を布でくるむと、ガムテープとロープでがんじがらめにした。
沙織は無抵抗だった。まるで放心状態のように、男子生徒らのなすがままに身をまかせているようだ。
さらに国旗掲揚塔のワイヤーで巻いたうえに、全員で力を合わせてハンドルをまわし、沙織の身体を塔に宙吊《ちゆうづ》りにしていった。
「なにをする!」弘前校長は大声をあげた。「やめろ! すぐに降ろせ!」
教員らはいっせいに怒鳴りだした。降ろすんだ、馬鹿な真似はよせ。これは犯罪だぞ。
それでも、ゲートをよじ登ろうという勇気をしめす者はいなかった。すでに菊池の口にした強制力が効果を発揮しつつある、涼子はそう感じた。
女生徒が危険に晒《さら》されている。いや、彼女が無事に地面に戻されても、校舎にいる生徒ら全員が人質も同然だ。うかつに手出しなどできようはずもない。
国旗掲揚塔は、その構造上、許容範囲以上の重さがかかって大きくしなっていった。歪曲《わいきよく》した塔に、布でくるまれた沙織の身体は吊《つ》るされていく。ほぼ頂点まで達しようとしていた。
ハンドルを操作する男子生徒は、誰もが無表情だった。言葉も交し合っていない。自分たちの行為を恐れているようすもなかった。
涼子は背筋に冷たいものが走るのを感じた。なんだろう、彼らの不気味な心理状態は。
菊池の声が響いてきた。「わが行政庁の宣言に偽りがないことを、粛清の実行をもってここに表する」
まさか……。
息を呑んだその瞬間、涼子は戦慄《せんりつ》の光景をまのあたりにした。
男子生徒たちはハンドルから手を放した。
ふだん旗を支えるのみに設計されている塔のワイヤーは、女生徒ひとりの体重を支えきれず、たちまちハンドルは高速で回転し、沙織の身体は地上に落下していった。
どさりという鈍い音とともに、布にくるまれた沙織は地面に激突した。
赤いものが布から流出して、男子生徒らの足もとに広がっていく。
けたたましい悲鳴がきこえた。女性の教師の誰かが発したものか、あるいは自分の声か、それすらも判然としない。涼子はただひたすら凍りついていた。
パニックを起こした教員らをよそに、男子生徒らは臆《おく》したようすもなく、血の海に歩を進めて出入り口へと引き返していく。
いちばん手前の下駄箱、ちょうど横一列に並んだ男子生徒らとぴたり一致する列数だった。彼らは下駄箱の最上段に手を伸ばし、揃って上履きを取りだした。
男子生徒らはロボットのように一糸乱れぬ動きをしていた。同時に上履きを床に置き、同じ足から履き替えている。
まるで自分の意志を持たないかのように。
涼子に見えたのはそこまでだった。意識が遠のき、膝《ひざ》の力が抜けて足もとに崩れ落ちた。教員が大勢周りにいるのに、誰もわたしの身体を支えようとしてくれない。そればかりか、同じように倒れている者が何人かいる。
情けない。ゼロは何度掛け合わせてもゼロ。無力な大人たちは何人集まっても無力。意識が失われる寸前、涼子の頭のなかに浮かんだのは、そのひとことだった。
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