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千里眼197

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:貴族・平民・奴隷 校舎のなかは戦場のようなあわただしさだ。いや、事実、ここはもう戦場なのだろう。三年D組の生徒、五十嵐聡
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貴族・平民・奴隷

 校舎のなかは戦場のようなあわただしさだ。いや、事実、ここはもう戦場なのだろう。
三年D組の生徒、五十嵐聡は二階の廊下に呆然《ぼうぜん》とたたずんでいた。
教室に駆けこんでいく男子生徒らが、机を窓ぎわに積みあげてバリケードを築きはじめる。一階は終わったから、次は二階ということだろう。辺りを見まわすと、どの教室でも同じことが起きているようだった。
そっちへ持ってけ。急げ。早く積みあげろ。荒々しい男子生徒の声と、どたばたという物音が校舎内に響きわたる。
ほかに音といえば、泣き声だった。すすり泣く声。女子生徒らは抱きあい、うずくまって泣いていた。邪魔だ、男子生徒にどやされ、ひときわ大声で泣き叫びながら壁ぎわに退く。そこでもまた厄介者扱いされ、場所の移動を余儀なくされる。そんな光景が、そこかしこにあった。
「聡」近くでクラスメイトの小沢知世《おざわともよ》がつぶやいた。「わたしたち、どうなるの?」
知世の顔に目をやる。五十嵐に身をすりよせながら、知世は大きな瞳《ひとみ》に涙をためていた。
「さあ……」五十嵐は自信なさげな自分の声をきいた。「どうなるかなんて、わからないよ。急なことだし……」
「逃げようよ、ね? すぐに逃げよ。こんなところにいたんじゃ、殺されちゃう……」
「馬鹿。声が大きいよ。逃亡を相談するのも犯罪だって、体育館で菊池が言ってたじゃないか」
「だけど……」
そのとき、ふいに男の野太い声が飛んだ。「おい」
びくっとして顔をあげる。五十嵐はきいた。「あ、はい?」
こちらを見つめているのは、たしか柔道部で主将をしていた塩津照彦《しおづてるひこ》という巨体の男だった。アフロのような天然パーマに丸い顔、ずんぐりとした身体つき。学ランを着ていなかったら、工事現場で働くベテランに見えるぐらいの風格がある。
塩津は外したすりガラスを何枚も重ねて抱えながらいった。「手が足りないんだ、おまえも来てくれ」
「……わかった、行くよ」
知世があわてたようすで引きとめてきた。「聡。行かないでよ」
だが五十嵐は、知世の手を振りほどいた。「やるしかないんだよ。きみはどこか安全なところにいてくれ」
「聡……」
その声に後ろ髪を引かれる。五十嵐は振り向かず、駆けだした。混みあう廊下を、人を避けながら先へと急ぐ。
塩津が歩調をあわせてきた。「おまえ、D組だっけ」
「そうだよ。あんたはA組だったよね?」
「まあな。おっと、クラス分けよりも、氏神高校国となったいまは役職のほうが重要なんだったな。A組の行政庁統治官は俺だ。よろしく」
行政庁統治官。かつてはクラスを取りまとめる立場は学級委員といった。今後は暫定政府である行政庁の直轄の役人として、統治官を名乗る。かならずしも、学校時代に学級委員だった人間が統治官となるわけではない。ふさわしくない人間はその任を解かれる。菊池はそう説明していた。
「統治官、か……」五十嵐はつぶやいた。
「なにか不満でもあるのか?」塩津がじろりとにらんできた。
「いや、ないよ……」
恐怖政治のもとでは、言論の自由などあるはずもない。五十嵐の立場はほかの大勢の生徒たちと同じく、ヒラの国民、すなわち民衆だ。刃向かうことなど、許されるわけはなかった。
とりわけ、北原沙織が粛清された直後とあっては、菊池に逆らうことのできる者などいるはずもない。
北原沙織は、生徒会の役員として菊池といつも行動を共にしていた。恋仲を囁《ささや》かれていたし、事実、登下校も一緒だった。それなのに、菊池は非情にも彼女を死なせた。
処刑を実行したのは菊池に同調するA組の男子生徒たち数人のようだが、詳しいことはわからない。体育館から校舎のなかへと移動させられ、外のようすは不明だ。携帯電話も取りあげられたし、パソコンがある視聴覚室への立ち入りは許されなかった。
運動部だった屈強な連中を中心に、菊池の手足となって立ち働いている勢力が、校内を急速に作り変えつつある。無力な五十嵐にできることは、その指示に従うことだけだった。
臆病《おくびよう》なんかじゃない。五十嵐は自分にそう言いきかせた。僕が菊池に楯《たて》突いたら、知世の身も危険に晒《さら》される。僕は、彼女の身を案じているんだ。自分のことだけ考えているわけじゃない。
廊下の突き当たり、三階につづく階段に、ひとりの女生徒が立っていた。
「連れてきたぜ」と塩津がその女生徒にいった。
五十嵐は彼女の顔を知っていたが、直接話すのは初めてだった。
幡野雪絵《はたのゆきえ》、三年B組。岐阜県議会議員の娘だと聞いている。
いかにも一般大衆の娘という感じの女生徒が多いこの高校にあって、雪絵は浮いた存在だった。いかにも育ちがよさそうな品のよさと、垢《あか》抜けない田舎臭さが同居している。親から、門限は夜八時とでも言い渡されていたのだろう。夜遊びなどとは無縁そうなお嬢タイプにみえた。
「ああ」雪絵は五十嵐をちらと見て、手もとのクリップボードになにかを書きこんだ。「あなたは……たしか、D組ね。名前は?」
「五十嵐聡」
「五十嵐君……ね。一階の購買部に降りていって、下級生の運搬員を指導してくれる?」
「運搬員?」
塩津が口をはさんできた。「食糧はぜんぶ三階に保管することになったんだ。一年生がパンを運びあげることになってる」
「それをどう指導するって?」
「パクる人間がいないように見張ってりゃいいんだよ。さあ、早くいけ。もうじき第一陣が上がってくる」
仕方がない。階段を下りようとして、五十嵐はふと足をとめた。
雪絵を見あげて、五十嵐はきいた。「あなたも行政庁統治官なの?」
「そうよ、B組のね」
ふうん。五十嵐は小さくうなずいてみせ、階段を駆け降りた。
すでに身分制度が始まっているのか。自由ばかりか平等さえも無縁らしい。
一階に降りてみると、二階を上まわる喧騒《けんそう》に包まれていた。右往左往する生徒たちは、まるで日本史の教科書でみた学徒出陣だ。あるいは、軍艦のなかの新兵たちの動きというべきかもしれない。
廊下の手洗い場には、おそらく女子生徒たちが所持していただろうヘヤードライヤーがかき集められていた。二年の男子生徒らがそれぞれひとつずつ手にして、排水口に風を当てている。
「しっかり熱風を当てろ」三年の男子が指示を送る。「詰まった配水管は熱風で通るようになる。パイプにこびりついた汚れは熱で剥《は》がれ落ちるからな。一時間以内に、この階のすべての配水管の詰まりを取り除くんだ」
根拠のない話ではなさそうだ。実際、一階の手洗い場のシンクには水が溜《た》まってばかりいたのに、作業の終わった場所ではスムーズに排水できているようだった。
さっき体育館の演説で菊池は、校内生活の知恵はどんな生徒からのものであれ受けつける、そういっていた。国のために尽くしてくれた労力が認められれば、行政庁の重要なポストに就くチャンスもある、そうもいった。
すでにいくつもの知恵が行政庁に提供され、実践する部署もそこかしこに設立されつつある。
一年C組の教室では、並べた机に女子生徒が横一列に座り、ボールペンをライターの火であぶっていた。
あれもなんらかの知恵か。妙に思って覗《のぞ》きこんでいると、五十嵐はほかの生徒とぶつかってしまった。
「あ、ごめん」身を退かせると、五十嵐はその相手が顔見知りだと気づいた。「石森」
背の低い丸顔の石森健三《いしもりけんぞう》は、いつものようにどこか卑屈なまなざしを向けてきた。「や、やあ。五十嵐か」
石森は段ボール箱を抱えていた。なかに、ボールペンがぎっしり詰まっているのが見える。
「ここは、なにをするところだ?」と五十嵐はきいた。
「書けなくなったボールペンを職員室や部室から運んできて、火であぶるんだよ」
「火?」
「固まってたインクが溶けて書けるようになる。二年生のやつの知恵らしい」
「へえ……。ライターの所持は禁止されてるんじゃなかったか?」
「この作業場内で、選別された女子生徒に限り持つことを許されるんだよ。タバコ吸ってたバカらも、全員持ってたライターを差しだしたからな。放火もできないってわけだ」
「ひとりぐらい、隠し持ってるやつがいるかも」
「冗談いえよ。北原沙織さんみたいな目に遭いたがってる奴はいない」
「まあこれで、当分ボールペンには不自由しないな」
「ところで、五十嵐。おまえ行政庁の役人になったのかい?」
「いや。まったくのヒラだよ」
「そうか……。おまえのことだから、いずれ役人に引き抜かれるかもしれないけど……。俺のことを悪くいうなよ」
「言わないよ。っていうか、いったいなんのことだ?」
「……べつに。なんでもない」
石森はむっとしたようすで、立ち去っていった。
おかしなやつだと五十嵐は思った。以前からこちらを避けているのは知っていたが、その理由がわからない。どうしていじけた態度をとるのだろう。
人混みを掻《か》き分けながら廊下を歩いていった。購買部はすぐ近くだ。
一年生らがパンのおさまった業者用トレイを抱え、歩を進めてくる。浮かない顔だが、黙々と作業に従事していた。
案外、誰もがすなおだ。そう五十嵐は感じていた。混乱は起きず、喧嘩《けんか》もない。かといって、無気力になって座りこむばかりでもない。そういう虚無に浸った生徒たちの姿もないわけではないが、大部分はいわれるままに労働に勤《いそ》しんでいる。
無論、そうせざるをえないという事情もある。誰でも命は惜しい。
だがふしぎなことに、菊池に対する怒りや、反抗心よりも、労働に身をまかせることを選んでいる自分たちがいた。
なぜだろう。さっきの演説に、心から共感したわけでもないのに。本気でここで暮らそうと決めたわけでもないのに。
と、ひとりの一年生がほかの生徒と揉《も》みあいになっていた。パンを運んでいるその一年にちょっかいをだしているのは、同学年の男子生徒たちだった。
「よこせってんだ」図体のでかい男子生徒がパンを奪おうとしている。「さっさと差しだせ、クソチビ」
別の男子生徒も同調している。「よこさねえと、いつもみたいにバケツに顔突っこませるぞ。チビ」
真っ赤な顔をして抵抗する男子生徒は、床にねじ伏せられ、殴る蹴《け》るの暴行を受けた。
廊下の人通りは激しい。だが、誰もが見てみぬふりをして通り過ぎていく。五十嵐も、その傍観者のひとりになりつつあった。
見過ごしたくはない。しかし、これはいまに始まったことではない。この高校ではよくある風景だ。どの学年にもある。
災いに、こちらから関わりたくはない。
ところがそのとき、甲高い笛の音がした。
三年の生徒らが駆けつけてきた。手には金属バットを握りしめている。
ひっ、声をあげて、いじめていた一年生らが身を退かせた。
だが、もう遅かった。三年らは容赦なく彼らにバットを振りあげ、一撃を食らわせた。
いじめっ子らはひとり残らず、三年らのバットにめった打ちにされた。悲鳴とともに床に這《は》い、のたうちまわりながら、必死で許しを請う。
たちまち、口もとから血を噴きあげた。ひとりはもうすでにぐったりとしている。あとの連中は泣き叫んでいた。
そこに、ゆっくりと歩み寄る人影があった。
五十嵐は、身体が硬直するのを感じた。
廊下にいたほかの生徒たちも同様だった。バットを手にした三年らも動きをとめ、かしこまるように直立不動の姿勢をとる。
菊池克幸は、そのほっそりとした長身から、異様なほどの威圧感を周囲に放っていた。鋭い眼が、床に転がった一年たちを見下ろす。
表情ひとつ変えず、菊池は告げた。「独房、一週間」
はい。三年らがいっせいに返事し、一年のいじめっ子らの腕をつかむと、廊下をひきずって運んでいった。
重い沈黙が流れる。五十嵐は呆然《ぼうぜん》としながら、治安部隊の立ち去るのを見送っていた。
まのあたりにした壮絶な暴力。そのショックはなかなか消えなかった。バットを持った三年生らが、手加減したようすはなかった。いささかの迷いも感じられなかった。彼らは、殺してもいいと思っていたのだ。
いじめられていた一年生も、ただ怯《おび》えきった顔で床にへたりこむばかりだった。パンはあちこちに散乱している。拾おうとする者は、誰もいない。
「おい」菊池の声がした。「おまえ。そこの三年」
それが自分に向けられたものだと知り、五十嵐はあわてた。「な、なんだよ」
「この一年を手伝ってやれ。パンを拾い、一緒に三階まで上がってやるんだ」
「なんで僕が……」
「早くやれ! おまえはもう氏神高校国の国民だ。働かないのなら生きている資格すらない」
高圧的な態度。五十嵐にとって、最も嫌悪すべき相手の態度だった。菊池に対する憎しみがこみあげる。刃向かうことはできないと知っていながら、反発と憤りが全身を支配していく。
「ほう」菊池は冷ややかな目を向けてきた。「なにか文句があるのか」
自分でも驚くほど、情けない声が五十嵐の口をついてでた。「いえ。べつに……」
ふんと菊池は鼻を鳴らした。「さっさとやれ。終わったら、クラスの統治官の指示に従って新しい仕事を見つけろ」
張り詰めた空気のなか、菊池は悠然と立ち去っていった。
辺りにざわめきが戻り始める。誰もが憂鬱《ゆううつ》な表情を浮かべながらも、それぞれの仕事を続行した。
五十嵐は床におちたパンをかき集め、トレイに戻していった。尻餅《しりもち》をついたままの一年生に声をかける。「だいじょうぶか?」
その一年生は、見るからに脆弱《ぜいじやく》そうな小柄の男子生徒だった。びくついたようすで、はい、とつぶやくと、身体を起こして残りのパンを拾いはじめる。
「きみ、名前は?」五十嵐はきいた。
「植谷翼《うえたにつばさ》です。一年B組」
「さっきの連中、いつもきみをいじめてたのか?」
「はい。……あ、いいえ……」
「怖がらなくていいよ。もうあいつらが報復してくることなんかないんだ。ちくったことを咎《とが》められることもない。この氏神高校国とかいう制度のもとではね」
「そう……ですね。ええ……」
五十嵐はふと、トレイのなかに天然素材の手提げ袋がおさまっているのに気づいた。
美術の授業で、スケッチブックなどをおさめるために使うものだ。その手提げ袋から、白いケント紙が飛びだしていた。
「これは……」と五十嵐は手を伸ばした。
「あ、そ、それ。ほっといてください……」
ケント紙には、インクで漫画が描かれていた。きちんとコマを割り、スクリーントーンも使った本格的なものだ。
「へえ」五十嵐はつぶやいた。「巧《うま》いじゃないか」
「どうも……」
「漫画家めざしてるの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「これだけ巧ければ、雑誌に投稿すりゃ採用されるんじゃないか? これ、行政庁に進言したほうがいいよ」
「え? でも、こんなこと、取りあげてくれるかな」
「いまは助け合うことが大事だよ。さ、立って。一緒に運ぼう」
はい。植谷は小声でつぶやいて、トレイを手に立ちあがった。
独房、一週間。そう菊池はいっていた。少なくとも彼は、一週間以上この校舎での籠城《ろうじよう》をつづけ、独立国という馬鹿げたごっこ遊びをつづけるつもりだ。
そんなに長く付き合うつもりはない。それでも、いまはこの場のしきたりに馴染《なじ》み、生きる道を見つけることがなによりたいせつだ。
歩きだそうとしたとき、近くに立っていた知世に気づいた。
ようすを見に来たのだろう。そして、いまの知世はあきらかに軽蔑《けいべつ》のまなざしを向けてきていた。
仕方がないんだよ、平民なんだし。
内心つぶやきながら、五十嵐はトレイの端を持って運搬を開始した。
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