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千里眼198

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:日本政府 テレビはどのチャンネルも、同じニュースを伝えていた。映しだされているのは、田畑が広がる平野のなかにぽつんと建つ
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日本政府

 テレビはどのチャンネルも、同じニュースを伝えていた。
映しだされているのは、田畑が広がる平野のなかにぽつんと建つ、三階建ての鉄筋コンクリート。岐阜県立氏神工業高校の校舎だ。
少年院のように高い塀を警察車両がぐるりと取り囲んでいる。報道陣の数も尋常ではない。
カメラが空撮に切り替わった。ヘリまで飛んでいるようだ。校庭にはひとけはなかった。
「お伝えしていますように」とリポーターの声がした。「きょう正午すぎ、ここ岐阜県立氏神工業高校で、生徒らが教師を敷地の外に閉めだし、籠城をきめこむという事態が発生しました。犯行声明とも受けとれるアナウンスを流したのが、三年生の生徒会長だったことから、この生徒が首謀者とも見られていますが、校内のようすははっきりしません。その後、校務員や施設管理員など職員すべても校舎から退去するよう強制され、現在校内にいるのは全校生徒のみとみられます。どれだけの数の生徒が籠城に加担しているかは不明であり、生徒の誰が加害者で誰が人質なのか、あきらかになっていないというのが現状です」
カメラは校庭にズームアップした。国旗掲揚塔の根元あたりから、赤いものが周囲にひろがっているのが見える。
リポーターの声がいった。「すでに一名の女生徒がリンチされ、おびただしい出血を伴う重傷を負ったことを、敷地外から教師たちが目撃しています。この女生徒の身体は校内に運びこまれたため、現在どのような状況にあるのか不明ですが、出血の量から察するに重体もしくは死亡と考えるのが妥当という消防庁の談話もあります。人質となった生徒の命が危険に晒《さら》されていることから、一刻も早く警察も強行突入してほしいという声と、人命を尊重し外からの説得をつづけてほしいという声の両方が保護者や周辺住民からあがっており、警察は対処に苦慮しているようです」
テレビは消された。
それを合図とするかのように、閣僚たちの怒号が飛び交いだす。
須田佳久《すだよしひさ》総務大臣は、軽い頭痛を覚えた。総理官邸の緊急閣僚会議はいつも騒々しいが、きょうは特にひどい。
「強行突入しかない!」永沢仁円《ながさわじんえん》法務大臣が声高にいった。「氏神高校は岐阜基地にも近い。陸上自衛隊の部隊もおるんでしょう?」
「動かせませんよ」八真文雄《やまふみお》防衛大臣は苦い顔をした。「これは警察の仕事だよ。それともなにかね。永沢法務大臣は、氏神高校国の独立国家としての主権をお認めになったのかね? 侵略行為だから自衛隊の出番だとでも?」
「茶化《ちやか》さんでいただきたい。私は一刻も早く事態を解決すべきだと申しあげておるんです。これは前代未聞の集団人質事件だ。警察が塀の外で手をこまねいているのなら、特殊な訓練を受けた者に侵入させるべきで……」
そのとき、耳に馴染んだ男の声が響いた。「いっそう国家主権を認めたように聞こえるな。北朝鮮への先制攻撃を認めろという言いぐさによく似ている」
閣僚たちが立ちあがる。須田もあわてて腰を浮かせた。
矢部信三《やべしんぞう》内閣総理大臣はやや疲労感を漂わせながらも、しっかりとした足どりで中央の席に歩み寄った。総理が着席すると、ほかの閣僚らもそれにならう。
「総理」永沢は納得いかないようすでまくしたてた。「未成年者とはいえ、テロも同然の悪質かつ凶悪な事件であることは明白ですぞ。対応が遅れてまたひとり生徒に死亡者でも出たら……」
「まだ死んだとは確認されてない」矢部は落ち着いた口調でいった。「そうだな?」
「はい」と額賀義春《ぬかがよしはる》厚生労働大臣がうなずく。「その疑いが濃厚ではありますが、教師たちの目撃談のみが根拠であり、北原沙織という女生徒の安否は不明です」
城山泰久《しろやまやすひさ》内閣官房長官が唸《うな》った。「そうはいっても、もし瀕死《ひんし》の重体という状況で、救出が遅れたら……」
永沢がふんと鼻を鳴らす。「官房長官は拉致《らち》問題担当でもあられる。救出が遅々として進まないことへの言い訳なら、おまかせできると思ってましたが」
棘《とげ》のある物言いに、城山は表情を硬直させた。「なんだと」
「諸君」矢部は手をあげて論戦を制した。「感情が昂《たか》ぶっているのはわかるが、鬱積《うつせき》した不満をぶつけあっている場合ではない。大勢の生徒が人質となっている現状では、実行犯が同じ生徒であっても、突入には慎重にならざるをえない」
「そうです」須田は同意してみせた。「二〇〇四年のロシア学校人質事件の二の舞は避けねばなりません」
「しかしだ」永沢は身を乗りだした。「今回の実行犯らしき生徒は、チェチェン独立派のように明確な要求をしめしていない」
木村雄太《きむらゆうた》警察庁長官が手をあげた。「よろしいですか。さきほど報告しましたとおり、この籠城事件の主犯は生徒とは言いきれません。五十嵐哲治医師が校舎内に爆弾を仕掛け、空気中の酸素濃度をわずかながら低下させたものとみられます」
永沢がきいた。「酸素欠乏症になった生徒たちが、たちまち異常行動に走り、意味不明のことを口にしているというのかね。そんなことがありうるのか」
「ええ」額賀厚生労働大臣はいった。「人間と動物の違いは、脳の額の部分です。いわゆる前頭葉というやつです。ここは知能と行動、いわゆる自我を司る部位だとわかってきました。酸素欠乏症でここの細胞が機能を失うと、人は動物に逆戻りです」
矢部はうなずいた。「文明以前の生物ってことだな。たしかに動物は群れをなして、ボスにより統率され、刃向かう者には粛清をもって対処し、外部すべてを敵とみなす。いまの氏神高校の生徒たちは狼の群れというわけだ」
「パスカルのいうように、人間は考える葦《あし》ですからね。優れた思考力を持つところが人間と動物を分け隔てる唯一の点といっても過言ではない。それが失われたんです」
「噂では、その五十嵐哲治という医師は、息子のいじめ問題と酸素欠乏症を結びつけたがっていたとか……」
「はい。私も彼の論文に目を通したんですが、正確には、脳の異常がいじめにつながる可能性を示唆するもので、必ずしも原因を酸素欠乏症に限ったものではありませんでした。酸素欠乏症はわかりやすい一例として挙げたかったんでしょう」
木村警察庁長官は咳《せき》ばらいをした。「酸素欠乏症は、前頭葉の脳細胞の破壊だけに限られるわけではない。悪くすれば死ぬ者もでるだろう」
「そうです」額賀厚生労働大臣はうなずいた。「脳細胞の破壊が大脳皮質のみに留《とど》まれば植物状態、さらに進んで脳の髄質に達すると脳死です。しかしながら、五十嵐医師の起こした化学反応は絶妙な度合いで酸素を減少させたらしく、そこまでの事故には至っていないようです。生徒たちはたちまち異常な行動に及んだ。彼の狙いどおりだったわけです」
沈黙を守っていた篠山弘《しのやまひろし》文部科学大臣が、おずおずと片手をあげた。「感心してる場合じゃないでしょう。なんにせよ、生徒たちは自分たちの意志に反し、籠城《ろうじよう》という行為に及んでいると考えられます。こんな状態がつづけば、生徒たちは卒業に必要な単位を取得できず、全員落第ということに……」
「それはない」木村警察庁長官が告げた。「刑法三十九条一項に『心神喪失者の行為は、罰しない』とあります。東京地方裁判所は平成十二年、地下鉄サリン事件など多数の事件に関与したオウム真理教の元幹部について、死刑の求刑に対し無期懲役と減刑の宣告をしている。特殊な状況下での異常行動が心神喪失にあたると判断されたわけです。この減刑の前例があることから、生徒たちの行為は心神喪失下のものと判断される公算が大きい」
永沢がいった。「生徒たちが本当に乱心していれば、の話だがな。本気で大人たちに反抗し、籠城したのかもしれん」
閣僚たちがざわついた。
「まあ待て」矢部はため息をついた。「その氏神工業高校というところは、以前にはなんの問題も引き起こしていないのか?」
「ええ」と篠山は眉間《みけん》に皺《しわ》を寄せた。「記録上はそうです。いじめについての報告も一件もなければ、いじめを苦にした自殺なども起きていない。去年の世界史履修漏れ問題についても、同校はきちんと履修させていると回答していました。しかしながら、このことがかえって同校に対する疑念を生じさせています」
「どういうことかね?」
「つまり、綺麗《きれい》過ぎるということです。地方の工業高校のわりには問題が少なすぎます。いじめについての報告を隠蔽《いんぺい》する傾向は全国の公立高校にみられますが、氏神高校では教師ばかりか生徒、その保護者らも含め、地域ぐるみで問題を隠そうとしてきたと考えられます。このように地元のマイナス面の発覚を逃れようとする集団意識は、ここ特有のものでなく、地方には散見されるものです。しかも住民たちは総じて、そのことに罪悪感を抱いていない。その場しのぎは義務みたいなものだと信じて疑わないのです」
矢部総理がこちらに目を向けてきた。「須田君、なにか意見あるかね」
列席者の視線がいっせいに須田に注がれた。
須田は困惑しながらいった。「そのう……。民主国家においては、事態の解決は対話によって図るべきです。生徒会長の菊池克幸が教師らに伝えたところによれば、彼らはただ籠城しているだけではなく、独立国家宣言をしたわけです。日本政府としては、彼らを国として認めるか否かを前提に話し合いに応じたい、そのように申し伝えるべきでは?」
閣僚たちはブーイングを発した。
「くだらない!」永沢がひときわ大声でいった。「高校生たちの戯言《ざれごと》に付きあおうというのかね。実行犯の生徒たちをつけあがらせるのがおちだ」
賛同する声が矢継ぎ早にあがる。
矢部も真顔で告げた。「特定の高校だけを特別扱いにはできない。国家は普遍的に平等、画一化された国民の集合体であるべきだ。異端はいずれ、排除せねばならない」
閣僚たちが満足げな顔を浮かべる。
では、これで。矢部がそういって腰を浮かせた。
列席者たちも立ちあがって、ざわつきながら部屋をでていく。
須田だけはその場に居残っていた。
どうも胸にひっかかる。
国家は普遍的に平等、画一化された国民の集合体であるべきだ。総理はそういった。閣僚らも、ほぼ全面的に同意をしめした。
けれどもそれは、民主国家とはいえない。少なくとも、この国の総理にふさわしい台詞《せりふ》とは思えない。
いつの間に概念が変わってしまったのだろう。日本はいつから社会主義国家への道を歩みだしたというのか。
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