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千里眼200

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:統治官・補佐・平民 夜になった。五十嵐聡は、小沢知世の肩を抱いて、体育館の床に座りこんでいた。ほかの生徒たちも周りで数人
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統治官・補佐・平民

 夜になった。
五十嵐聡は、小沢知世の肩を抱いて、体育館の床に座りこんでいた。
ほかの生徒たちも周りで数人ずつのグループをつくっている。ほとんど会話は聞こえない。かつての集会では、あれほど教師が怒鳴っても静まりかえらなかった生徒の集団は、いまや極端なほど無口な群れと化している。
疲労しきって何も話す気になれない。なにひとつ考えられない。それが実状だと五十嵐は思った。
突然の変化が訪れ、従うべきものが変わっても、どうすることもできない。集団がそちらに向かえば、ひとりだけ流れに逆らって生きることはできない。気づけば、驚くほど柔軟な自分がいた。
誰もが、そう感じているのだろうか。逃げだそうとする者はいない。
もちろん、懲罰が待っていることを知りながら、愚行に及ぶ輩《やから》がいないというだけかもしれない。
じっとしていると、また恐怖が募る。忙しく立ち働いているときにはなかった、怯《おび》えという感情が支配的になってくる。
さきほど校舎から体育館に移ったとき、黄昏《たそがれ》をわずかに残した暗い空に、赤い明滅があった。塀の向こうにずらりと並ぶパトランプがどれだけの数か想像もつかない。報道陣のざわめきや、保護者のものと思える声も聞こえる。わが子の名前を呼ぶ声。
五十嵐はしかし、自分を呼ぶ声などないとわかっていた。父も母も、僕の名を叫んだりはしない。あの人たちは、そういう人たちなのだ。
いまは体育館の扉も堅く閉ざされ、外の喧騒《けんそう》はここには届かない。
さいわいだった。家庭から切り離されたことに、どこか安堵《あんど》している自分がいる。認めたくないが、ここの支配下に置かれているほうが、どれだけ気が楽かわからない。
そんな思いもつかの間のことだった。
舞台に菊池が現れると、体育館のなかには張り詰めた空気が漂った。
菊池は、行政庁統治官らを引き連れて舞台に立ち、マイクを通さず地声を張りあげていった。「そのままで聞いてくれ。諸君はいまや、わが氏神高校国の国民だ。よって、帰るべき家はそれぞれのクラスということになる。来週予定されていた教育委員会の泊まりこみの集会のおかげで、たくさんの毛布がレンタルされて倉庫に保管されている。これに体育用のマットやカーテンなどを合わせれば、五分の一ほどの人数のフトンがわりになる。ほかの者は、悪いが床にゴロ寝だ」
場内がざわついた。女子生徒のすすり泣く声も聞こえてくる。
「僕は頭など下げない」菊池は告げた。「われわれ生徒にとって必要なことを、みずからおこなうだけだ。異議がある者は申しでるがいい」
ざわめきはすぐにおさまった。沈黙だけが辺りを包んだ。
「よし」菊池はうなずいた。「異議はない、そういうことだな」
耐えがたい静寂だった。
本気で文句がいえる状況をつくらず、意見を持たないようだと断じるやり方。五十嵐にとっては、父親の言いぐさとうりふたつに思えた。父もいつもそうやって自分の価値観を押しつけてくる。
うんざりだった。
気づいたときには、五十嵐は静寂を破っていた。「リンチされて独房にぶちこまれたくないってだけだろ」
周りの生徒たちがいっせいにこちらを振りかえる。どの顔にも、驚愕《きようがく》と恐怖のいろが浮かんでいた。
「聡」知世もひきつったような声でささやいてきた。「正気なの?」
その反応に、今更ながら事態のまずさを悟った。五十嵐は、困惑しながらいった。「いや。あの、僕は……」
菊池の鋭い視線は、すでにこちらに釘《くぎ》付けになっていた。「おまえ、たしか昼間会ったな。名前は?」
「い……五十嵐……」
「五十嵐。意見があるなら堂々といえ。立て」
知世が不安そうにつぶやいた。「聡……」
だが、もう知らぬふりなどできなかった。膝《ひざ》の震えを抑えながら、五十嵐はゆっくりと立ちあがった。
「こんなのは、そのう……恐怖政治だよ。習ったろ、世界史で? ナポレオンにしろヒトラーにしろ、政権は長続きしなかった。こんな統治の仕方、無理がある」
「ほう。おまえは世界史を履修したか。ほかに世界史の授業を受けた三年、どれだけいる?」
まばらにしか手が挙がらない。実際、五十嵐が知る世界史のクラスは二十人ていどのはずだった。
菊池はいった。「あいにく、この学校では必修科目のはずの世界史を選択していない。昨年、あれだけ社会問題となった履修漏れだが、この高校では校長らによる隠蔽《いんぺい》がつづき、是正されないままとなっている。五十嵐が恐怖政治という言葉を口にしても、きょとんとした顔をしている者が多い。嘆かわしいことだ。こうしたことも、わが国家は改革していく。学年末まで残り三か月、生徒である国民みずからの力で切り拓《ひら》いていくのがわが国の趣旨だ」
対話のはずが、菊池の一方的な政見演説に挿《す》げ替わっている。
五十嵐がそう思ったとき、菊池の目がまた鋭く光った。
「不満があるようだな。五十嵐。こう思っているんだろう。殺人者の理屈など聞くに値しないと」
返答に迷う一瞬だった。五十嵐は不安を覚えながら立ち尽くすしかなかった。
「いいだろう」と菊池は微笑を浮かべた。「その懸念だけは、そろそろ解消してやろう。北原、出てこい」
ざわっとした反応が生徒らにあった。
そして、ひとりの女子生徒が袖《そで》から舞台に登場したとき、悲鳴に似た甲高い声がいっせいに発せられた。
怪我ひとつ負ったようすのない、北原沙織がにっこりと笑って手を振る。
衝動的なものなのか、手を振りかえす女子生徒らが少なからずいた。叫びは、ほとんど歓喜の響きを帯びたものだった。
沙織はいたずらっぽい笑みを浮かべながらいった。「ご心配かけてごめんなさい。わたし、国旗掲揚塔に吊《つ》られたこともなければ、落とされたこともないの。ぜんぶ、外にいる大人を騙《だま》すためにそう見せただけのこと。こうしておけば、誰も手出ししてこないからね」
感極まって、泣きだす生徒たちもいた。
知世さえも、しきりに指先で涙をぬぐいながらうなずいている。「よかった。よかった……沙織さん」
すかさず菊池が大声を張った。「諸君。われわれは外の世界と切り離され、完全自治の国を手にした。三年生は世界史を履修していない以上、残る三か月を無欠席で済ませようと、卒業できない状況にあったんだ。二年と一年にもそれぞれ、大人たちの怠慢による問題や軋轢《あつれき》が生じている。われわれはこれらの問題を解消する。いじめについては、統治官および風紀委員直下の治安維持部隊が乗りだし、加害者側を徹底的に罰することで根絶をめざす。わが行政庁側の懲罰については、国民諸君の生命を奪うこともやぶさかではないという事実を心得よ。それから自殺も許されない。みずから命を絶つ者があったとき、そのクラスの全員および統治官は厳罰に処せられる。すなわち誰も、仲間が思い悩んでいることを見過ごすことはできない。かといって、就労を逃れ、義務を果たさない人間は真っ先に独房送りとなる。この氏神高校国は、高校生のあるべき姿を実現するために建国した。われわれにはそれをまっとうする義務がある」
五十嵐は、自分を含む生徒たちの内面の変容ぶりに、愕然《がくぜん》とせざるをえなかった。
沙織が生きていたという驚きが、一瞬の思考停止をもたらし、いまの自分たちが喜んでいるのか、悲しんでいるのかさえも曖昧《あいまい》になった。その隙を突いて、菊池は演説をした。抗《あらが》いようのない理論、徹底した正義。わずか数秒で、そんなふうに感じている自分がいた。
驚くべきことは、生徒たちのあいだに、奇妙な連帯感が瞬時に生じたことだった。少なくとも五十嵐はそのように思った。
やるしかないんだ、そんな空気が辺りに蔓延《まんえん》しつつある。誰もが意外なほど、運命には従順だった。決められたことには自分を合わせていこうとする。逆らう道は選ばない。
涙を流して感動している連中がいる。いや、むしろ、そんな連中がほとんどだ。
あの演説に感動しているのか。安易に涙を流しているのか。感傷に酔いしれ、運命に従う道を選んでいく。
菊池は咳《せき》ばらいした。「それでは、今後についての話し合いを統治官および統治官補佐のみでおこなうものとする。その他の国民はそれぞれのクラスに戻って就寝の準備をせよ。……五十嵐」
「……はい」
「おまえ、世界史は得意なのか?」
「いや。たいして……」
「得意教科はなんだ」
「数学とか……」
「ほう。数学か。末尾の四を頭に移動すると元の四倍になる整数は?」
「ええと……。一〇二五六四」
「よろしい、まずまず使えそうだ。おまえを三Dの統治官補佐に任命する。舞台にあがれ。では解散」
戸惑いが五十嵐を支配した。
理由をたずねようとしたが、すでに周りはざわつき、生徒たちの移動が始まっている。
知世が震える声で聞いてきた。「聡。どうして……?」
「わからないよ。でも、行くしかない……。先にクラスに戻ってて」
「あ、聡……」
振りかえらずに突き進んだ。ちょうどいい。菊池に少しでも身近な立場の役職を与えられたのなら、直接文句を言う機会も増えるはずだ。
ところが、短い階段を昇って舞台にあがってみると、そこはとても苦言を呈することのできる雰囲気ではなかった。
沙織が厳しい声で告げた。「五十嵐君。統治官補佐はこっちの列よ。早く並んで」
さっき無事な姿をみせたときの愛想はどこへやら、いまやすっかりこの国の女帝だ。五十嵐はそそくさと、指示された場所に赴いた。
そこには馴染《なじ》みの顔がいた。
「あ、石森……。きみも補佐に選ばれたのか?」
「そうだよ」石森はまたいじけたような顔で五十嵐を見かえした。「やっぱり、おまえも任命されたのか。……じきに統治官に出世しちまうんだろな」
「よせよ。本気でここを国だとでも思ってるのか?」
そのとき、菊池の声が飛んだ。「国だ。おまえはまだそう思っていないのか、五十嵐」
「いえ……」
「では統治官および補佐の諸君。われわれはこれからの国民の学習について、指標を設けねばならない。むろんわれわれ自身も勉強せねばならないが、世界史の履修を果たすだけでなく、そのほかの教科もなおざりにできない。三年生は卒業を、そして下級生は進級を果たしえる授業数を履修し、単位を取得せねばならない」
教師のいない高校で勝手に授業ができるのだろうか。そして、単位が認められるものだろうか。素朴な疑問が五十嵐の脳裏をよぎった。
ほかの連中も疑いを持っていないはずがない。しかし、口をはさむ者はなかった。
沙織が全員を相手に発言した。「模擬試験などは外部から招き入れて、全国的にどれだけの学力に達したかを大人たちに知らしめる必要があるの。だから本気で勉強しなきゃいけない」
そのとき、軽い口調でひとりの男子生徒がいった。「カンニングすりゃいいじゃん。担任が見張ってるわけでもねえから、堂々とできるだろ」
その男は、E組の補佐のようだった。顔は見たことがある。不良気取りのやせ細った男だ。髪は長く、学ランの襟もとははだけて、ファッショナブルに装っているようでいて、ただだらしないようにも見える。すなわち洗練されていない男だった。
すると、沙織がつかつかと男の前に歩み寄った。「あなた、名前は」
「長島高穂《ながしまたかほ》ってんだ。よろしく」
いきなり沙織は平手で長島の頬を張った。
「いて!」長島は叫んだ。「なにすんだ!?」
「不正は許さない。カンニングは重罪に値する。そそのかした人間も懲罰の対象になる。わかった?」
「わ……わかったよ。ちゃんと勉強しろってことだな……。わかった、わかった」
菊池は無表情のままだった。「学業以外にも、国民は集団生活のため務めを果たさねばならない。これについては生活担当の幡野統治官から説明してもらう」
五十嵐が昼間、校舎の階段で会った幡野雪絵が進みでた。
「入浴は五日に一回。職員当直室にある風呂《ふろ》を使うものとする。食糧については購買部から運びだしたパンがあるけど、一日一回の食事としても二日と持たない。だから農業科の畑で自給自足するなどの方法を考えなきゃならないの。なにより、ライフラインが維持されることが重要ね」
沙織がうなずいた。「わたしが殺されたと世間が信じてるうちは、水道もガスも絶たれずに済むかもしれないけど、学校側が料金を未払いにしてしまえば、合法的にこれらのライフラインを絶つこともできる。電気が点《つ》かなくなれば、夜間の警備も危うくなる」
「そうね。なにより、学校側の支払いに甘んじているうちは独立国家とは呼べないし。これらを恒久的に維持する手段を考えなきゃならない」
五十嵐は面食らい、思わず声をあげた。「なにも決まってないんですか?」
菊池が醒《さ》めた目を向けてきた。「決められている生活を送るのは楽だ。自治とは、そういうものではない」
「そんな……自治って。僕らは、巻きこまれただけだし……」
「もう当事者だ。傍観者を決めこみたいのなら、なにか騒動でも起こせ。独房に監禁してやる」
独房。校舎裏の体育用具倉庫がその役割を果たしていると聞いた。すでに十人近くの生徒がそこに閉じこめられているという。
結局は強制か。五十嵐のなかに、また憤りと苛立《いらだ》ちがこみあげてきた。
「ぜんぶ、きみの考えなのか? 菊池君」五十嵐はきいた。
菊池はじろりと五十嵐を見かえした。
「意志はわれわれにある。方法をきめるのも僕たちだ。それが僕たちの運命だからな」
それだけいうと、菊池は背を向けた。
運命。生まれながらにして、流されるだけの人生。
その意味では、なにも変わっていない。初めから僕たちは、運命をもてあそばれる生き物だった。五十嵐はぼんやりとそう思った。
 午後八時半。
美由紀は氏神高校の�待機所�で忙しく立ち働いていた。
生徒たちが解放されなくても、臨床心理士としてやるべきことは山ほどある。その大半は、生徒の両親に対するカウンセリングだった。美由紀は次から次へと、わが子の身を案じる親たちとの面接をこなし、不安を払拭《ふつしよく》するために最大限の努力をした。
自分ひとりでは手に余る。美由紀はカウンセリングの合間に携帯電話で東京の臨床心理士会事務局に電話したが、いつも留守番をしている舎利弗浩輔《しやりほつこうすけ》がきょうもひとり、居残っているだけだった。
美由紀にとって、カウンセリングの師のひとりでもある舎利弗は、驚きの声できいてきた。「氏神高校にいるのかい? いまニュースでやってる……」
「ええ、そう」と美由紀は答えた。「正確には高校の外の待機所だけどね。ショックを受けてる親が大勢詰めかけてるし、生徒が解放されたら真っ先に心のケアにあたらなきゃならない。わたしひとりでは、どうなるものでもないの」
「地元の臨床心理士は派遣されてないの?」
「それが、このニュースが報じられてから、ほかの学校がいっせいに臨床心理士の派遣を要請したらしくて。無関係の学校の生徒たちにも動揺が広がっていて、精神的不調を訴える未成年者が後を絶たないって」
「ああ、それは全国的なことらしいよ。専務理事もあちこち駆けずりまわってるみたいだけど、肝心の氏神高校に行かせる人員がいなきゃ話にならないね」
「舎利弗先生。専務理事に連絡をとってくれない? なんとかこちらを優先してもらえるように、頼んでほしいんだけど」
「わかった。すぐ電話してみる。あ、ところで、美由紀」
「なに?」
「眼科医の島崎先生が最終的な検査結果を知らせてきたよ」
「あ……」美由紀は思わずこめかみを押さえた。「どう言ってた?」
「信じられない、そのひとことだった。いま具合はどう? 眼圧があがったり、視力がさがったり、視野が欠けたりすることは?」
「ないわ。それどころか、動体視力の低下が再発するきざしさえないの。F15Jの操縦でも、なんの不自由も感じなかった」
「乗ったって? パイロットに復帰したの?」
「いえ、ええと、話せば長くなるから……。でも、ほんとに不思議。島崎先生は、視神経が壊死《えし》したって言ってたのに」
「そうだよ。だから脳に視覚情報の一部が伝わらないはずなんだ。治ることはまず考えられないってさ。痛みもないの?」
「全然。それで、島崎先生の見立ては?」
「虚血性視神経症に近い症状だったはずが、いまは完治というよりほかはないってことらしいよ。美由紀がアクシデントでさした目薬は活性酸素によって、たんぱく質や脂質を酸化させ、眼球の細胞を破壊する成分が入ってた。事実として、最初の検査では視神経の動脈硬化や目詰まりが確認されていたんだ。それが回復するなんて、まったく不可解としか言いようがない。奇跡だよ」
奇跡か。
科学的に生きることを信条とするのなら、最も頼りがたいものだ。それでも事実として、わたしの動体視力は回復している。
願わくば、この奇跡がつづいてほしい。少なくとも、氏神高校の生徒たちが無事解放されるまでは。そう祈るしかない。
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