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あなた05

时间: 2018-06-26    进入日语论坛
核心提示:5 秘密「何をおっしゃってるか、分ってるんですか?」 と、谷口良子は言った。「何と言われても仕方ない。君が怒るのは当然だ
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5 秘密
 
「何をおっしゃってるか、分ってるんですか?」
 と、谷口良子は言った。
「何と言われても仕方ない。君が怒るのは当然だ」
 橋山は畳にあぐらをかいていた。良子も今夜は家へ早く帰っていたのだ。
「私がどう思うかより、橋山さん、あなたはそれで納得できるんですか」
 橋山は、良子から目をそらした。
「できるはずがないじゃないか。——もちろん、あの町田という男にお茶でもぶっかけてやりたいよ」
 と、橋山は言って、良子がやや意外そうに、
「それなら……」
「しかし、町のことを考えるとね。——私はもういい。たとえ、町田さんとトラブルを起こして、町長を辞任することになっても、構やしない。どうせ長くないんだから」
「町長さん……。良くないんですか、具合?」
 と、良子は訊いた。
「このところ、時々我慢できないほど痛む。——もう何をやっても手遅れだ」
「何もおっしゃらなかったわ」
「言ってどうなる? 君が戻って来てくれて、嬉《うれ》しかったよ。しかし、それ以上、どうすることもできない。——君が戻って来てくれなかったら、もう何年も前に私は死んでいただろう」
「町長さんがそんな弱音を吐くなんて——」
「その『町長さん』はやめてくれないか」
 と、橋山は少し苛《いら》々《いら》と、「二人しかいないんだ。よそよそしい言い方は——」
「それはあなたのせいでしょう。町のためとはいっても、六十の年寄が、十八の娘を本気で愛していると信じてるんですか?」
「良子。——私も、もう七十七だ。六十のときを思うと、まだまだ、やり直すだけのエネルギーがあった。あの町田さんって人は、嘘をついてはいないと思うよ」
 良子は表情を固くして、
「ひとみを、町のためにいけにえにして差し出せとおっしゃるの?」
「そう大げさなことでも……」
「大げさ!——町長さん。橋山さん、ずいぶん変ったものですね。昔のあなたは、女の身の辛さ、苦しさをよく知ってらしたわ」
 良子の声は少し震えていた。
「良子——」
「やめて下さい! 呼び捨てにしないで」
 と、はね返すように言って、「私はあの子の母親なんです。あの子を守ります。そのせいで町が滅びたって、それが何でしょう? そんな町なんか、どうせ遠からず滅びるんです」
 橋山は、深く息をつくと、立ち上ろうとして、少しよろけた。
「危い!」
 良子が反射的に抱き止めた。
 橋山は、一瞬間を置いて、良子を抱きしめた。良子はされるままになっていた……。
「——もうお帰り下さい、町長さん」
「良子……」
「ひとみのことは心配しないで。あのとき、あなたと約束したように。私一人で守ります」
「この情ない父親を笑ってくれ」
 と、橋山は震える手で良子の顔を挟むと、そっと額に唇をつけた。
「白《しら》髪《が》をいたわって下さるの?」
「まだまばらだ。——君はあのころと同じようにきれいだ」
「町長さん……。目が悪くなられたのね」
 二人は顔を見合せ、一緒に笑った。
「——宮田はいい奴だな」
 と、橋山は靴をはきながら言った。
「何ですか、だしぬけに」
「いや、ひとみ君も、父親を求めているのかもしれんと思ってね」
 と、立ち上って息をつく。
「父親をね。祖父ではありませんわ」
「そう……。だが、あの男……」
「誰のこと?」
「町田さんさ。——以前、どこかで会ったことがあるような気がする」
 橋山は首を振って、「どこで、どんなときに会ったか思い出せないが、確かにどこかで……。ま、他人の空似かもしれんがね」
 橋山は軽く肯いて見せ、「ひとみ君とよく話し合ってくれ」
 と言うと、もうすっかり暗くなった夜道を歩いて行った。
 ——良子は、台所に立って、夕食の支度を始めた。
 こんな時間にちゃんと食事の用意をするのは、久しぶりだった。——ひとみはどうしたのだろう。早退したと言っていたが、どこへ行ってしまったのだろう。
 料理に専念して、何分過ぎたか。
 良子は人の気配を覚えて振り返った。
「——ひとみ! ああ、びっくりした。声ぐらいかけてよ」
 ひとみは、鞄《かばん》を畳へ置くと、
「お母さん——」
「待って。夕ご飯にしましょ。話はその後でもできるわ」
「私、聞いてたの。表で。——町長さんとお母さんの話」
 良子が青ざめた。ひとみは、母親から目をそらして、
「お母さんが私を産んだのが十九。そのとき町長さんはいくつ?」
「ひとみ——」
「五十……八か九か? 町田さんのことを悪く言う資格なんかあるの?」
「ひとみ。お母さんは、高校を出て町長さんの下で働いてたの。お母さんはあの方を愛してた。あなたを身ごもっても、後悔しなかったわ。でも——今度の話とは違うでしょう。あなたは町田さんを愛してなんかいない」
「そうかしら」
「——どういう意味?」
「私、東京へ行きたい。あの人が連れて行ってくれるのなら、子供くらい産んだっていいわ」
「ひとみ!」
「止めないで。止めても行くわ。あの人は私を大事にするって約束してくれたもの」
「あの方は奥さんのある身なのよ」
「でも、私が子供を産めば?——私の方が強いわ。若いし、気力もある。勝ってみせる」
「やめなさい!」
 良子は踏み込んで、平手で娘の頬《ほお》を打った。
 ひとみは痛みなど感じもしない様子で、
「——私、明日、あの人と一緒に東京へ行くわ」
 と言った。「荷造りする」
 ひとみが奥の部屋へ入って行くと、良子は畳に座り込んだ。座ったことにも気付かないように。
 ガステーブルで、鍋がゴトゴト音をたてていた……。
 
 ここは……どこだ?
 橋山は、夜道がいつまでも暗く続くのに戸惑っていた。
 谷口良子の家から自分の家へ戻るのに、こんなにかかるわけがない。——どうしたというんだ?
 七十何年もこの町で暮して来て、目をつぶったって、好きな所へ行ける。それなのに、果てしなく続く暗い道を、いつしか橋山は辿《たど》っていたのである。
「——妙だな」
 と、呟《つぶや》いて、足を止める。
 何か、奇妙な感じ、自分を何かが待っているという予感のようなものがあった。不安がふくれ上ってくる。
 まさか……。おい、やめてくれ。まさか俺は今、三《さん》途《ず》の川へ向ってるんじゃあるまいな。
 橋山は自分の考えに恐ろしくなって、声を上げて笑った。それでも、ちっとも怖さはおさまらない。
 振り返ると、灯一つない闇《やみ》である。
 こんなはずはない。歩きながら、夢でも見ているのか? 少しぼけて来たかな?
 ともかく歩いて行けば……。
「——何だ」
 と、思わず口に出して言った。
 目の前には、あの吊《つり》橋《ばし》があった。
 どうして……。こんな所へ出てくるわけがない!
 しかし、現に目の前に吊橋がかすかに揺れ、遠く谷川の流れの響きが立ち上ってくる。
 橋山は、今自分が吊橋のそばにいることを、認めないわけにはいかなかった。
 月明りが、吊橋を白く照らしていて、気が付くと、その中央に、手すりから身をのり出すようにして、じっと深い谷を覗《のぞ》き込んでいる女がいた。
 そっと近付きながら、橋山は、
「この場面は、いつか見たことがある」
 と思った。
 そうだ。いつか、ここで見た光景だ。
 その女がゆっくりと振り向く。
 橋山は、膝《ひざ》が震えた。——嘘だ。嘘だ。
 こんなこと、あるわけがない。彼女が、昔のあのままの姿でここに立っているなんて……。
 彼女は橋山を見ていた。
「あなた……。私を捜しに来たの?」
 と、彼女は言った。
 橋山は答えられなかった。——自分でも知らなかったのだから。
「私に、何か言いたいことがあるんでしょ?」
 と、彼女は月の光の方へ顔を上げた。
 白く光る頬《ほお》。そこには涙の跡がキラキラと輝いて見えた。——きれいだ、と橋山は思った。
 そうだ。あのときも、そう思ったのだ。
「私……ここであなたに救われたわね」
 と、女は言った。「飛び下りようとした私を、あなたは止めてくれた。——ねえ」
「ああ……」
 橋山は、目をそらした。「そんなことがあったな」
「びっくりしたわ、あのとき。あなたは、私を止めるのに間に合わないと見ると、自分がこの吊橋から飛び下りようとした」
「とっさのことだ。他に思い付かなかった」
「私、あわててあなたを止めた。それで救われたのよね」
「僕が止めたんだとしても、君が自分でやめる勇気を持っていたからさ」
 夢の中だ。——きっと、俺は夢を見ているのだ。
「貞子」
 と、橋山は言った。「どうしてこんな所へ来たんだ」
「私がいない方がいいと思ったからよ」
「馬鹿なことを! 良子ちゃんはどうなるんだ」
「良子にはあなたがついてるわ」
 貞子の声はゾッとするほど、哀《かな》しく、恨みをこめて響いた。
「しかし——」
「あなたには奥さんもお子さんもあるわ。私は、ひかげの身でも良かった。でも、こういう立場の女は、他にとって代る女が現われたら、身をひくしかないの」
「貞子、それは——」
「分ってるのよ。あなたは今、あの子を——良子を愛してる」
 橋山は何か言いたくても、言えなかった。俺は、あのときの俺なのか? それとも、年老いた俺なのか。
 貞子、貞子。
 許してくれ。俺は——俺は——。
「今度は止めないでね。増田さんに捨てられたときとは違うわ。良子のために死ぬんだから……」
「いけない! 貞子。——すまない。良子ちゃんとあんなことになるとは思わなかったんだ。僕が悪かった!」
 ——増田さんに捨てられたときとは……。
 増田さんに……。
 増田……。
 橋山は、全身の血が引いていくように感じた。——増田。増田。
 そうだ。あの男だ。
 橋山は、思い当った。どこかで会ったことがある、あの町田という男。あれは——三十七年前、この吊橋で、貞子を突き飛ばして、郵便局から盗んだ金を持って逃げた、増田だ。
「——どうしたの? 橋山さん。——あなた、大丈夫?」
 貞子の声が遠ざかっていく。
 橋山は、胸苦しさによろけつつ、吊橋の手すりにつかまった。吊橋が揺れる。
 心臓が——。心臓が——。
 橋山はその場に崩れるように倒れた。
 
「あなた。——あなた、しっかりして」
 遠くで声がする。
 貞子。——君か? 俺を連れに来たのか。あの世から。
 橋山は、自分の体がずいぶん軽くなっているように感じた。
「町長さん。——橋山さん」
 町長?
 目を開けると、ぼんやりとした人の輪郭が見えて、やがてそれは谷口良子になっていた。
「——良子」
「気が付いた! 良かったわ」
 良子が、橋山の手を握った。「冷たい手をして……。こんなに……」
 良子がすすり泣く。
「俺は……君の母さんに会った……」
 と、橋山は言った。
「——え?」
 良子にはよく聞こえなかったらしい。「どうしたんですか。苦しい?」
「良子……」
「何も話さないで。危なかったんですよ! たまたまあの吊橋を車で通りかかった人が見付けて、この病院へ運んで下さったの」
 良子は、自分の涙で濡《ぬ》れた手で、橋山の額をさすった。「私、ホテルのことが気になって。——若い子に任せていたので、大丈夫かと思って電話したんです。そしたら、あなたが病院に運び込まれたと……。飛んで来ました」
 胸が、焼けるように痛い。声を出したくても、声にならなかった。
 橋山は肯いた。小さく肯いて見せた。——「大丈夫」と、「ありがとう」と、二つの気持をこめていた。
「もう、休んで下さいね。私、そばにいますから……」
 橋山は、言わなければ、と思った。——町田は、あの男は、君の母さんを捨てた男だ。
 それはつまり——あの男は、君の父親なのだ。
 それを考えたとき、橋山は一瞬青ざめ、心臓が激しく打つのを覚えた。
 ひとみ……。とんでもない!
 ひとみを、町田は連れて行こうとしている。——ひとみが、自分の孫だということも知らずに。
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