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インペリアル21

时间: 2018-06-26    进入日语论坛
核心提示: 21 夜の声 力強い和音の残響がホールの中を一巡りしてから、拍手が起った。 ピアノの前から、そのみが立ち上る。今井や、他
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  21 夜の声
 
 力強い和音の残響がホールの中を一巡りしてから、拍手が起った。
 
 ピアノの前から、そのみが立ち上る。今井や、他の弦のメンバーの女性たちも。
 
 誰の額にも汗が光っている。そのみの顔には汗はなかったが、頬《ほお》が紅潮している。
 
 由利は、ステージの袖で手を叩いていた。
 
 このドヴォルザークがプログラムの最後ということもあるにせよ、拍手の波が一段と大きいのは、そのせいばかりでもなかった。
 
 そのみを先頭に、袖へ入ってくる。
 
「ああ、窮屈!」
 
 そのみは、戻ってくるなり言った。「このドレス! よく入るわね、こんなので」
 
 そのみもドレスまでは用意していないので、宏美が持って来たものを着たのである。何とか着られたものの、やはりぴったりというわけにはいかない。
 
「やったね、お姉さん」
 
 と由利は言った。「ほら、ステージに出て」
 
「はいはい。冷たいタオルくらい用意しときなさい」
 
「私はマネージャーじゃないのよ」
 
 由利は、今井が汗もふかずに、じっとヴァイオリンを握りしめているのを見た。全力を出し切った、という満足感が、表情に現われている。
 
「出るわよ」
 
 そのみが促して、全員がまたステージへ戻って行く。拍手がまた盛り上る。
 
 もちろん、ここの聴衆の大部分は、自分で楽器などできない人だろう。しかし、誰の耳にも、「最後の何とかいう曲の何とかいうピアニストは巧《うま》かった」のである。
 
 前半の二曲のカルテットでは、客席で居眠りする人も見えたが、最後のドヴォルザークは、ピンと張りつめた緊張感がホールを支配して、楽章の間もほとんど咳《せき》払《ばら》いの音がしなかった。
 
 やはり、そのみのピアノの力である。弦の四人を、完全にピアノが引っ張っていた。力強いフォルテの音量だけでも、そのみのピアノは弦を圧倒しそうだった。
 
 もちろん、室内楽だから、ちゃんとピアノがかげに回る部分では、そのみも弦を支えたが、その音色の多彩さは、聞く者をひきつけていた。
 
 三回、カーテンコールでステージへ出ても、拍手はおさまらなかった。
 
「——アンコール、やる?」
 
 と、由利は言った。
 
 そのみは息をついて、
 
「他の曲はできないわ」
 
 と言った。「いくら何でも、ぶっつけ本番じゃね」
 
「君一人で弾いてくれ」
 
 と、今井が言った。「お客も喜ぶよ」
 
 そのみは今井を見た。
 
「私、一人で?」
 
「うん。その方が——。なあ」
 
 他の弦の三人も、肯き合っている。
 
「馬鹿ね」
 
 と、そのみは言ったが、本気で怒ってはいなかった。「これはあなたたちのコンサートなのよ。いいわ、ドヴォルザークのスケルツォをもう一回やりましょう。できるでしょ?」
 
「ああ。でも——」
 
「筋は通さなきゃ」
 
 と、そのみは言って、「今井君、お客にそう言って」
 
「分った」
 
 そのみは、由利へチラッとウインクして見せて、ステージへ出て行く。
 
 由利は、スケルツォ楽章がもう一度演奏されるのを聞いていたが——ふと振り向くと、宏美が立っていた。
 
「宏美さん、大丈夫?」
 
 と、小声で訊く。
 
「ええ」
 
 左手首から腕にかけて、たっぷり包帯を巻かれている。「折れてはいないって……」
 
「良かった。——聞いてた?」
 
 宏美が肯く。
 
「客席の隅で……」
 
「そう。ともかく何とか無事にすんで——」
 
 と言いかけて、「ごめんなさい。でも——また弾けるわよ、宏美さん」
 
 宏美は、ゆっくりと首を振った。
 
「いいえ……。甘かったわ」
 
「甘かった?」
 
「そのみさんのピアノ……。音色も、表情も、あんなに豊かで、キラキラしてて、笑ったり泣いたりしてるようで……」
 
 宏美はじっとステージで弾くそのみの背中を見つめていた。「——あれがプロの仕事ね。私、とても……。どんなに頑張っても、もうそのみさんに追いつけやしない」
 
 宏美は、深々と息をついて、
 
「近所の子供たちにピアノを教えて、その内天才に出会うのを楽しみにしてるわ」
 
 と、言った。
 
「宏美さん」
 
「もちろん、あの人が許してくれたら、だけど……」
 
「早苗ちゃんがいるわ。そうでしょ?」
 
 宏美は、やっと微笑を浮かべた。
 
「そうね。迎えに行かなくちゃ」
 
「行って。父は——大丈夫よ。宏美さんには甘いから」
 
 宏美は、由利の言葉にちょっと笑った。
 
 アンコールが終り、再びホールは拍手の渦に巻き込まれた……。
 
 
 
「——くたびれた」
 
 と、そのみが着がえて楽屋から出てくる。「このドレス……。あの人は?」
 
「宏美さん、お父さんと帰ったよ」
 
 と、由利は言った。「早苗ちゃんを迎えに行くからって。お姉さんによろしく言って下さいって」
 
「よろしくはいいけど、このドレスは?」
 
「もう着ないって。良かったら使って下さいってさ。私、入るかなあ」
 
「あんたならやせっぽちだからね」
 
 そのみは大して気にもしていない様子。「じゃ、あんた持ってって」
 
「うん。——あ、今井さん」
 
 着がえをすませた今井たちがやって来た。
 
「今日はありがとうございました」
 
 と、女性たちが礼を言う。
 
「リサイタルの度胸だめし。と言っちゃ失礼ね」
 
 と、そのみは言って、「何か言うこと、ないの?」
 
 今井は、目を伏せて、
 
「いや……。ありがとう」
 
 とだけ言った。「宏美さんに悪いことしたな」
 
「私には悪くないの?」
 
「いや、そりゃあ……」
 
 と、口ごもる。
 
「どうせ、傷なんかつかない鉄の心臓くらいに思ってるのよね」
 
 と、そのみは笑った。「ま、そうかもしれない。——今井君。また私の所へ転がり込みたかったら、もっと腕を上げてからにして」
 
 今井が、やっと笑みを浮かべて、
 
「そうするよ」
 
 と言った。
 
「それにはね」
 
 そのみが今井のせり出した腹をポンと叩いて、「まず、これを何とかしな」
 
 他の三人の女性たちが一斉に笑った。今井は真赤になって、また汗をかいたようだった……。
 
 
 
「——おやすみなさい」
 
 早苗は口の中でムニャムニャと答えて、あっという間に眠ってしまった。
 
「——寝たか」
 
 居間で、松原は新聞を開いていた。
 
「ええ」
 
 宏美は、夫の隣に座ろうとして、「——いい?」
 
「自分の家だぞ」
 
「あなたの……私の家?」
 
「そうじゃないのか」
 
「私は……。でも、あなたはいいの?」
 
 松原は、新聞をたたんでテーブルにのせた。
 
「君のお母さんには恨まれるだろうな」
 
「母には分らないわ。私に夢をかけて、それを諦め切れないんだから」
 
「もう——やらないのか」
 
 と、松原は言った。
 
「馬鹿なことしたわ。自分を見失ってた」
 
 と、宏美は言って、「虫のいい言い方だけど……。あなた——」
 
「僕が言ってるのは、今井のことじゃない。ピアノのことだ」
 
 宏美は夫を見た。松原は、妻の肩に手を回して、
 
「相手が今井くらいなら、ノックアウトしてやれるけどな。グランドピアノじゃ、とてもかなわない」
 
 松原の胸に、宏美は顔を埋めた。夫の胸がこんなに広かっただろうか、と思いながら。
 
 
 
「——もう寝た?」
 
 と、由利は暗がりの中に呟いた。
 
「なあに?」
 
 そのみは面倒くさそうに、「弾いた夜は、男でも欲しいわね。眠れやしない」
 
 由利は、姉のマンションに泊っていたのだ。
 
「私じゃお役に立てませんで」
 
「本当にね。あんたの彼氏、貸してよ」
 
「いやよ」
 
 と、暗い中で舌を出してやる。「やっぱり今井さんが気になって見に行ったの?」
 
「今日? 違うわ。あれの腕前は見当がつく。宏美さんの方よ」
 
「カムバックだから?」
 
「自分より下手なのを聞くと、自信がつくの」
 
 冗談めかしているが、半分くらいは事実である。
 
 自信をつけるためなら、親友が失敗するのだって見たいかもしれない。それほど、演奏とは恐怖でもあるのだ。
 
「由利。——あんた、知ってる? お母さんがステージで失敗したのを」
 
 由利は、ゆっくりと姉のぼんやりしたシルエットの方へ顔を向けた。
 
「お母さんが?」
 
「そうよ。もうずいぶん前。——七、八年前かな」
 
「七、八年? 私がまだ中学生くらいだ。どこの話?」
 
「私だって若かったわよ」
 
 と、そのみは言い返してから、「ウィーンで」
 
「ウィーン?」
 
「だから、あんまり知ってる人はいないわ。でも、お母さん、帰ってからずっと仕事をキャンセルしつづけてた」
 
「知らなかった……。何だったの、失敗って?」
 
「私も見てたわけじゃないからね」
 
 と、そのみは言った。「もちろん、お母さんも何も言わなかった。私、たまたまウィーンに留学してた子がそこに居合せて、その子から聞いたの。詳しいことは聞かなかったし、もちろんお母さんになんて訊けないでしょ」
 
「そりゃそうよね」
 
 と、由利は言った。「でも、お母さんだって人間よ。間違えたことくらいあるでしょう?」
 
「あるわよ。だから、そのときのウィーンでのミスは、たぶんミスタッチなんてものじゃなかったんでしょうね」
 
 母がそんな大きなミスを?——由利などには信じられないことだ。しかし、事実なら母自身にとって、どんなに大きな傷になっただろうか。
 
「由利。——お母さんと何か話した? 私のリサイタルのことで」
 
「え? ああ……。少しね」
 
「何か言ってた、お母さん?」
 
「別に」
 
 と、由利は言った。「私が恋人作ったって言ったら、機嫌悪かった」
 
「そりゃ正常だ」
 
 と、そのみは笑った。「後はあんたのTVCFね」
 
「来週から放映だって。——どうしよう」
 
「仕方ないでしょ。勘当されたって、今と大して変んないじゃない」
 
「人のことだと思って!」
 
 と、由利はむくれた。
 
 ふと——七、八年前? ウィーンで?
 
 思い出した。どこかで同じ言葉を耳にしていたことを。
 
「そうだ。あの人……」
 
「うん?」
 
「お姉さん。西尾って人、知ってる?」
 
「西尾? どこの西尾」
 
「今、お母さんの入院費用、出してくれてる人なの」
 
 母と結婚しているということは、リサイタルがすむまで言うまい、と由利は思った。
 
「へえ。パトロン? 知らないな」
 
「その人がね、七、八年前にウィーンでお母さんと会ったんだって」
 
「ウィーンで? でも——偶然でしょ、きっと」
 
「そうだね……」
 
 由利は、母の倒れたときの「インペリアル」という言葉を、思い出していたのだ。西尾も、何か思い当ることがあるように見えたが……。
 
 その母のミスのことと、何か関係があるのだろうか?
 
「でも——」
 
 と、そのみが言った。
 
「え?」
 
「お母さん……。ピアノが弾けるようになるって?」
 
 そのみの言葉は、ほとんど子供が怯《おび》えているような響きを持っていた。
 
「分んないけどね。でも、コンサートがやれるかどうか」
 
「お母さんに死ねって言うのも同じね。もう弾けませんよ、って言うのは」
 
「立ち直るわよ、きっと」
 
「そう……。最近、分るの、お母さんの気持が」
 
 そのみは、闇《やみ》の中で、じっと目を見開いている。由利にはそれが分った。
 
「私もね、由利。もし、ピアノが弾けない、って言われたら、死んだ方がいいな」
 
「変なこと言わないで!」
 
 と、由利は怒って言った。
 
「はいはい」
 
 そのみは笑って言った。「やっぱり、弾いた夜は、男が必要ね」
 
「おやすみ」
 
 由利は無理に目をつぶった。
 
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