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クリスマス・イヴ03

时间: 2018-06-28    进入日语论坛
核心提示:3 夜の語らい「川北竜一と一緒なんだよ」 と、水島が言った。 小さなダイニングキッチンというより、ちょっと広めのキッチン
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3 夜の語らい
 
「川北竜一と一緒なんだよ」
 と、水島が言った。
 小さなダイニングキッチン——というより、ちょっと広めのキッチンだが——で、遅い食事をしながら、水島は、妻の久仁子へ、クリスマス・イヴの仕事のことを話したのだった。
 文句を言われるのは覚悟していた。
 娘の牧子は今、五つ。もう、休みともなれば、あちこち遊びに行きたい年齢だ。
 しかし、水島が牧子をどこかへ連れて行くことは、めったにない。そう忙しい役者というわけでなくても、ギャラが安いから、細かい仕事を山ほどこなさなければ、食べて行けないのである。
「クリスマス・イヴの夜だけさ」
 と、水島は付け加えた。「クリスマス当日は大丈夫。三人で、飯でも食おうや」
 ——久仁子は、ずっと黙って、ガステーブルの前に立っていた。夫の方へ背を向けたまま。
 怒ったのかな。水島は、ちょっとため息をついて、お茶を飲んだ。
 カチッと音がして、ガスの火が消えた。
「はい、卵は一つでいいのね」
 と、久仁子は水島の前の皿に目玉焼を落とした。
「うん。——ありがとう」
「何よ」
 と、久仁子は笑った。「そんなこといつも言わないくせに」
 水島はホッとした。
「悪いな、いつも仕事が入って」
「いいわよ。牧子と二人で楽しくやってるから」
 もう夜の十一時。もちろん牧子は、もう寝ている。幼稚園の年中組に通っているのである。
「まあ、断り切れなかったんだ。勘弁しろよ」
「川北さんとなんて、久しぶりでしょ」
 久仁子は、自分もお茶をいれると、テーブルについて、両手をあっためるように、茶《ちや》碗《わん》を包んで支えた。
「そうだな。——会いたいわけじゃないが」
 と、食べ始める。「漬物、あるかい」
「ええ」
 冷蔵庫から漬物を出して、「——すっかりスターですものね、あの人も」
 久仁子も、元劇団員である。
 水島より八つ下の三二歳。大学を出て、劇団へ入って来たが、あまり才能があるとも言えず、その間水島と恋人同士になった。
 妊娠して、劇団をやめ、正式に結婚、この団地のアパートに住むようになったのである。
 童顔で、小柄な久仁子は、二十代半ばくらいにしか見えない。少し太ったとはいえ、あまり変わってはいなかった。
 ——いつも、もう一人子供を作ろう、と言っている。
 一人っ子は可《か》哀《わい》そうよ、と水島にくり返しているが、何といっても、この2DKでは、子供二人は窮屈だし、経済的な問題もあるので、水島としては、ためらわざるを得ないのである。
「そういえば」
 と、久仁子は言った。「今日、TVで見たわ」
「何を?」
「川北竜一。ワイドショーで。何だか、今度は若いタレントの卵の女の子に手を出したとか」
「こりずにやるもんだ」
 と、水島は苦笑した。
「今度こそ、五月麻美が許さないだろうって言ってた」
 五月麻美は、川北がずっと同棲している、かなりの人気女優だ。川北より少し年上で、たぶん四十は過ぎているだろう。
「いつも同じこと言ってるじゃないか」
「でも……。可哀そうね、あの人も」
「誰のことだ? 川北かい?」
「違うわよ。五月麻美。もう若くないでしょ。このところ、パッとしないし。どっちかというと、川北竜一の方が、のして来てるもの」
「辛いもんだな。人気が出るってのは。いつ落ちるか、ハラハラしてなきゃならない」
「でも、一度は出てみたい、でしょ」
 水島は、笑って、
「こういう脇の役者も必要さ。そうだろ?」
「そうね」
 と、久仁子は言った。「お風呂に入るのなら、静かにね」
 団地では、騒音が問題になるのだ。
「ああ。そーっと入るよ。抜き足さし足で」
 水島は少しおどけて、言った。
 電話が鳴り出して、久仁子はギクリとした。
 半分、眠っていたのだ。布団に入って、もちろん眠るつもりではいたのだが、夫が風呂から出て来れば、どうせ目を覚ますのだし……。
 しかし、その前に、電話で起こされることになったわけである。——牧子が目を覚ますと大変!
 あわてて電話へと駆け寄った。
 それにしても、もう十二時を回っているのだ。誰からだろう?
「——はい。もしもし?」
 いたずら、ということもあるので、名前は言わない。
「君……久仁子か」
 聞き憶えのある声だった。——久仁子の顔からスッと血の気がひいた。
 今日の昼、TVでも聞いたばかりの声だった。
「どうも」
 と、久仁子は言った。「珍しいですね」
「久しぶりだなあ。旦《だん》那《な》は? もう帰ってる?」
「今、お風呂……です」
 久仁子は、少し声を低くして、浴室の方へ目をやった。
「そうか。いい勘だった。今なら君が出ると思ったんだ。本当だぜ」
「酔ってるんですね」
「いくらかね。——水島から聞いたかい」
 久仁子は、胸の乱れを、何とか抑え込んで言った。
「何時だと思ってるんですか? うちは朝が早いんです。娘は幼稚園なんですから」
「もうそんなか」
 と、びっくりしている様子。「そんなになるか……」
「かけて来ないで下さい」
 と、久仁子は押し殺した声で言った。「主人が出たら——」
「不思議じゃないさ。昔の仲間じゃないか。君だって」
 久仁子の胸がきりりと痛んだ。
「もう切ります」
「待てよ。待ってくれ」
 と、川北竜一は言った。「——なあ、どうだい。一度会わないか」
 久仁子の顔にサッと血が上った。
「そんなこと、できるわけがないでしょう」
「どうして? 時間が全然ないってこともないだろ。昼間はこっちも結構暇だし。君だって、たまにゃ息抜きすればいいじゃないか」
「ともかく、無理です」
 だめなら、切ってしまえばいいのだ。さよならと言って、切ってしまえば。
 しかし——久仁子は、そうしなかった。
「俺はちっとも変わってないぜ」
「そうですね。今日もTVで見ました」
 川北は、ちょっと笑って、
「あんなのは、やらせさ。あの子のプロダクションに頼まれてね。何にしろ、ワイドショーで名が出りゃ、顔が売れる」
 本当かもしれない、と久仁子は思った。
 川北を信用するわけではない。ただ、いかにもありそうなことだ、と思ったのである。
「でも、関係があったのは事実でしょ」
「そりゃあ、何か見返りがなきゃ、泥はかぶらないさ。それに、細かいことを知らなきゃおかしいだろ、恋人だってのに」
「相変わらずですね」
「そう言っただろ。どうだい、出て来いよ」
 久仁子は、手が震えていた。
 無理です、という言葉も、もう出て来ようとはしなかった……。
 
「メガネ、外す?」
 と、啓子は訊《き》いた。
「いや、君のそのメガネが好きなんだ」
 啓子は、笑って、
「ひどい誉め方」
 と、言った。「キスしにくいでしょ」
「そこをスマートにやるのがいいんだ」
 二人の唇が重なった。——巧みに、メガネが邪魔にならないように、顔を傾けていた。
 啓子は、熱い息を吐いた。
「もう……帰らないと」
 ——車は、夜の公園の傍に、静かに停っていた。
 ダッシュボードの時計は、午前0時半を示している。
「帰らないと」
 と、啓子はくり返した。
「送るよ」
 エンジンが目を覚ますのに、少し時間がかかった。
「佐々木さん」
 と、啓子は言った。「——私のこと、愛想が尽きた?」
「何だって?」
 佐々木耕治は、当惑したように、啓子を見た。「まだ何回もデートしてないじゃないか。僕の方こそ、時間がいつもめちゃくちゃで」
「それはお仕事ですもの」
 と、啓子は言った。
「だったら、どうして僕が君に愛想を尽かすんだい?」
 車のエンジンを、佐々木はもう一度切って言った。
「だって……」
 啓子は、じっと前方を見つめながら、「いつも、これ以上先へ行かないから……。私のこと——」
「やめなさい」
 と、佐々木は少し子供を叱《しか》るような口調になっていた。「そんなことを考えてたのか。あの男がどう思ったかは知らないが、僕は、彼とは違う。君のことをホテルへ連れ込まないからって、君を愛してないってことにはならない」
「佐々木さん……」
 啓子は、真《まつ》赤《か》になって、「ありがとう」
 と、小さな声で言った。
「いいんだ。自分の気持に逆らってまで、そんなことをして、どうなる?」
「そうね」
 啓子は、軽く佐々木の肩へ、頭をもたせかけた。「——馬鹿みたいね、私って」
「そこが可《か》愛《わい》いのさ」
 佐々木は、啓子の額に、唇をつけた。「さあ、送って行くよ」
 エンジンも、今度は簡単にかかった。
 啓子はすっかり気持が軽くなっていた。塚田京介に捨てられたことを、感謝したい気分にさえなっていたのである。
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