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クリスマス・イヴ04

时间: 2018-06-28    进入日语论坛
核心提示:4 予 約「もしもし」 と、永田エリは言った。「あの、そちらに、川北竜一さん、おいでですか」 電話の周囲は、ひどくやかま
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 4 予 約
 
「もしもし」
 と、永田エリは言った。「あの、そちらに、川北竜一さん、おいでですか」
 電話の周囲は、ひどくやかましく、大きな声を出さないと、向うに聞こえないかもしれなかった。
「川北さん? ああ、お宅、ポスターの件?」
 と、えらく早口の男が言った。
「そうなんです」
 エリは、出まかせに、向うの言葉をいただくことにした。「至急ご連絡とりたくて」
「謝っといてよね。えらく怒ってたぜ、川北さん」
「申し訳ありません。どう直すか、ご相談したいんですが」
 適当に話を合せてやる。
「ええとね……。たぶん、あそこにいると思うな。局の前の、〈N〉って店、知ってる?」
「はい」
「たぶんそこだよ。もしいなきゃ、また連絡して」
「はい、どうもお忙しいところ——」
 もう電話は切れていた。
 エリは、地下鉄の駅を出た所で、電話していた。——TV局まで、歩いて五、六分。〈N〉という店は、エリも知っていた。当の川北と、よく待ち合せた店である。
 もっとも、そのころの川北はまだ駆け出しの新人で……。
 遠い昔の話だ。今さら——今さら。
 エリは、ためらっていた。ここまでやって来たものの、もし本当に川北と会えたとして、何を話せばいいのか。
 恨みごとを言っても始まるまい。いや、それぐらいなら、こんな所へ来てはいない。
 エリは自分の気持を知っていた。——まだ、心のどこかで、川北を待っているのだ。
 川北が、人気もなくなり、落ちぶれて、どの女からも相手にされずに、最後にエリの所へやって来る。
 そんな光景を、エリは今でも思っているのだった……。
 馬鹿げているかもしれない。水島——あの人のいい水島など、とてもエリの気持が分らないだろう。
 エリは、川北を忘れられない。いや、忘れられない、という後ろ向きの思いでなく、むしろ積極的に、愛しているのかもしれない。
 エリは歩き出した、〈N〉へ行っても、会えるとは限らないが、しかし行かずに帰ることはできない。
 水島が聞いたら怒るだろう。しかし、川北が「あんな男」だから、エリは愛しているのかもしれないのだ。
 人を愛するのは、必ずしも愛されるためばかりではないのだ。
 地下鉄の駅から表の通りへ出ると、風が吹きつけて来た。一瞬、ギクリとするほど冷たい風。もう、冬になりつつあるのだ。
 ——〈N〉は、昔と少しも変わっていなかった。店の入口、内装、壁を飾る、いかにも安物の抽象画。
 中を見回して、川北の姿が見えないことを知ったとき、エリは半ばがっかりし、半ばホッとした。
「お待ち合せですか」
 と、ウエイターに訊かれ、
「ええ」
 と、答えていた、「まだ来てないみたい」
「じゃ、どうぞ入口の近くで」
「ありがとう。でも、奥の方にするわ」
 広い店なので、奥の方へ入ると、外から目につかなくてすむ。もし、川北が入って来ても、会うかどうか、自分で決めることができる、とエリは思ったのである。
 奥の席につくと、エリは紅茶を頼んだ。
「エリちゃんじゃないか」
 と、男が一人、声をかけて来た。
「あ、どうも」
 見たことのある顔。大方、局のプロデューサーだろう。いい年齢をして「ちゃん」づけで呼び合う。妙な世界だ。
「元気にやってる?」
「おかげ様で」
 おかしいくらい、決り切った会話。そして、男の方も、腹が出て、赤ら顔で、派手なネクタイをして、おかしいくらい、TVマンである。
「たまにゃ遊びにおいで」
「ありがとうございます」
 と、一応礼を言っておく。
「じゃ、またね」
 一分後には、あの男は、エリと会ったことなど、忘れているだろう。——そういう世界なのだ。
 紅茶が来て、エリはゆっくりと飲み始めた。
 ——少し気分が落ちつく。
 もし、ここへ川北がやって来なくても、そうがっかりせずに、帰れそうな気がしていた。
 今日の川北の仕事が、この局の生番組だと知って、出かけて来た。もちろん、局のスタジオへ行けば会えるのだろうが、人の目のある所では、会いたくなかった。
 特に今は、マスコミの目も光っているだろうし……。
「——いらっしゃいませ」
 と、ウエイターの声がした。
 顔を上げると、川北が入って来るところだった。サングラスなどかけているが、誰だって、ひと目見れば分る。
 それに、川北は女を連れていた。顔を伏せ加減にしているが——。
 二人は、エリには全く気付かずに、離れた席へと行ってしまった。
 エリの目は、川北でなく、連れの女の方へと、はりついて、動かなかった。
 二人が、何やら話している。もし、すぐ近くにいて、二人の声が耳に入ったとしても、エリはその意味など分らなかっただろう。分る必要も、ない。
 エリの目には、明らかだった。——二人がたった今、一緒に寝ていた仲だということぐらいは、分っていた。
 彼と一緒に暮したことのある身だ。見ればすぐに分る。
 女の方を見ても、よく分る。少し髪がしめっているのは、たぶん、後でシャワーを浴びたからだろう……。
 川北は、女の手を取って、やさしく包んでいる。女の方は、うつむきがちで、半ば罪の意識に苦しんでいるという様子だ。
 川北は、ジンジャーエールを一気に飲んでしまうと、すぐ席を立った。女に、
「また電話するからな」
 と、言っているのが、エリにも聞こえた。
 女の前には、口をつけられていないジュースが、置かれている。
 川北が支払いをして、店を出て行く。——エリは、それを追う気にはなれなかった。
 残った女は、ジュースに手を出すのも忘れているのか、ぼんやりと、表の方へ目をやっていた。
 どうすべきだろう? 声をかけた方がいいのか。それとも……。
 エリは、やっと驚きから、さめつつあった。思ってもみない成り行き。
 川北が……。水島の妻と。
 久仁子のことは、もちろんエリもよく知っていたが……。まさか川北が、彼女にまた手を出していたとは、思ってもいなかった。
 しかも、今、水島との間に女の子もいるというのに。——何てことだろう!
 久仁子は、ややまだボーッとした様子で、立って、出口の方へ歩いて行った。
 視線を感じたのだろうか。足を止めると、ゆっくり頭をめぐらせて、やがて、エリの目と、出会う。
 久仁子は、一瞬よろけた。エリは、あわてて立ち上ろうとしたが、久仁子はパッと駆け出していた。
「久仁子さん!」
 と、エリは叫んだが、そのとき、もう久仁子は外へ飛び出して、人の流れの中へと駆け込んでしまっていた……。
 
「——何とかなんないかな」
 男の声に、佐々木耕治は顔を上げた。
 隣のフロントカウンターで、若い男が一人、予約係を相手に粘っている。
「もう、その日はずいぶん前から、ご予約が一杯になっておりまして……。キャンセル待ちの登録をしていただけば——」
「それじゃ困るよ。取れるかどうか、分らないんだろ?」
「キャンセル待ちの早い順番ですと、何日か前におとりできることもございます。ですが、今からですと、かなり後の順番になりますね」
「そこを何とかならない? 少し出すからさ」
 佐々木は苦笑した。大方、クリスマス・イヴの予約だろう。
「そうおっしゃられましても……」
「いざってときのために、必ず部屋がいくつかとってあるんだろ?」
「この日は特別でございますから」
「だからさ。取れるかどうか分らないんじゃ、計画の立てようがないじゃないか」
「ですが、お客様の順番が——」
「そんなもの、何とかしてよ」
 哀れっぽい様子ですらある。佐々木は、予約係に同情し、その若い男を叩《たた》き出してやりたくなった。
「——お待ち下さい」
 予約係は閉口した様子で、奥へ入って行く。
 佐々木は、自分の仕事もあって、その後から奥へ入った。
「やあ、大変だね」
 と、声をかける。
「参っちまうよ。特別扱いしてもらうのを当り前ぐらいに思ってるんだから」
「何かコネがあるのかい?」
「知り合いがいるって……。コネってほどのもんじゃないんだ」
 佐々木は、その係のメモをチラッと見て、
「丁重にお断りするんだな」
 と、笑ったが——。「待て」
「え?」
「見せてくれ」
 佐々木はそのメモを手に取った。
「知ってるのかい?」
 少し間があって、佐々木は肯《うなず》いた。
「うん。直接は知らないが、ちょっとね……」
「そうか。どうする?」
 佐々木は、しばらくそのメモを眺めていたが、
「僕が出る」
 と、言って、カウンターへ出て行った。「お待たせいたしました。塚田様でございますね」
「ああ」
「塚田……京介様でよろしいですか」
「書いただろ。あのね、ここの人を知ってるんだよ。何なら、電話してもいいけど」
「一二月二四日のお泊りでございますね」
「そう。一杯なのは分ってるけど——」
「かしこまりました」
 ——塚田京介は、ポカンとして、
「というと……取ってくれるの?」
「ご用意いたします」
「そう」
 塚田は、ちょっと笑って、「いや、そいつはありがたいや。——ありがとう」
「どういたしまして。お待ち申し上げております」
 と、佐々木は言った。
「よろしく」
 と、行きかける塚田へ、
「塚田様」
 と、佐々木は呼びかけた。
「何か?」
「お泊りは、お二人でございますね」
 塚田はニヤッと笑って、
「当り前だよ」
「かしこまりました」
 佐々木は、軽く会釈した。
 塚田が行ってしまうと、予約係がやって来た。
「おい、大丈夫か? どこを空けるんだ?」
「心配するな」
「しかし……」
「この一部屋、僕が用意する。——うんと歓迎してやるさ」
 佐々木は、メモをたたむと、ポケットへ入れた。
 
 スタジオが静まり返った。
 甲高い叫び声の余韻が、まだスタジオの天井の高い空間を漂っている。
 川北竜一は、セットの真中に突っ立って、五月麻美を見下ろしていた。
 スター女優は、怒りで青ざめ、じっと川北をにらみつけている。
「よせよ」
 と、川北は言った。「ここは仕事場だ」
「あんたは平気で女を仕事場へ連れて来てるくせに」
「言いがかりだよ。なあ、ともかく後にしよう、話は」
「いいえ、今、けりをつけるのよ」
 と、五月麻美は激しい口調で言った。「その子を追い出して!」
 スタジオの隅で、青ざめて立っているのは、川北と騒がれたアイドル歌手だった。五月麻美から見れば、娘のような年齢である。
「五月さん」
 と、古手のベテランの女優が、寄って行くと、「それは無茶よ。あの子で、もう収録してるんだもの」
「じゃ、やり直すのね」
 と、麻美は言い返した。「私を怒らせるのと、あんな子の一人や二人、いなくなるのと、どっちが損か、よく考えるのね」
 そして、川北をキッと見据えて、
「あんたもね。ほどほどにしないと、黙っていないわよ」
 と、言い捨てると、足音も高く、スタジオを出て行く。
 アイドル歌手が、すすり泣きを始めて、スタジオの中はため息でざわついたのだった……。
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