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クリスマス・イヴ05

时间: 2018-06-28    进入日语论坛
核心提示:5 再び、殺人「何とかしないと」「そうなんだ。しかし、もう話してもむだだよ」「じゃ、どうするの?」「うん。思い切った方法
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 5 再び、殺人
 
「何とかしないと……」
「そうなんだ。——しかし、もう話してもむだだよ」
「じゃ、どうするの?」
「うん。思い切った方法が必要だな。よほど思い切った方法……」
「殺すの?」
「しっ。聞かれたら大変だ」
 ——デジャ・ヴュというものがある。
 初めての場所のはずなのに、「ここへ来たことがある!」と感じたり、目の前の光景を、「あ、前にこんな場面を見たわ」と思い出すことである。
 ちょうど、今の伊沢啓子が、そんな気分であった。
 こんな話を聞いたことがある。——何か月か前。
 でも、あのときの話は、このホテルSの〈クリスマス・イヴ〉のためのイベントの相談で、「殺人」の話とはいっても、それは作り話の次元だった。
 それに、あのとき話をしていた一人は、今啓子が待っている佐々木耕治だったのだ。今聞こえたのは……。何だったんだろう?
 殺すの?——確か、女の方はそう言ったみたいだった。
 でも、まさか……。そうよね。あのときはこのホテルのラウンジだった。今はホテルの中のバーで、確かに中は暗いし、客の数も少ないけれど、こんな所で、人殺しの相談を、本気でやるなんてことは……。
 そろそろ夜の十一時を回っている。
 伊沢啓子は、十分ほど前にここへ来たのだった。佐々木耕治はこのホテルSの広報にいるので、当然、バーの人とも顔なじみ。
 今では、啓子のことも、みんな憶えてくれている。
「女子大生を捕まえて、羨《うらや》ましい奴《やつ》だ」
 と、冷やかされているとのことだが、みんな親切にしてくれていた。
 中には、
「振られたら、待ってますからね」
 なんて冗談半分、言ってくれる人もいて。
 啓子は以前塚田と付合っていたころに比べても、ずいぶん自分が大人になって、人との付合いが怖くなくなった、と感じていた。
 前には、男の人と、ただ口をきくだけでもつい警戒してしまったし、その雰囲気が当然向うにも伝わって、ピリピリした女の子、と言われていた。でも、今はそうでもない。
 恋人、と呼べるのは佐々木一人。その他の友だち、知人、顔見知り、と、それぞれに分けて、口をきくすべを心得るようになった。
 それは人間としての落ちつき、自信にもつながって来るものなのだろう。
「——何かお持ちしましょうか」
 と、ウエイターがやって来て、訊《き》いてくれる。
「あ……。それじゃ、何か軽いカクテルでも」
 と、啓子は言った。
「今の二人、気が付きましたか」
 と、ウエイターが低い声で言った。
「え?」
「ほら。そこのかげの席にいた二人」
 啓子は振り返った。——さっきの会話を交わしていた二人だ。いつの間に出て行ったのか、姿が見えなくなっていた。
「見なかったわ。誰か有名な人だった?」
 と、啓子は訊いた。
「川北竜一ですよ、男の方は」
「ああ……。あの俳優?」
 啓子はあまり好きでない。人気のある二枚目だが、どことなく傲《ごう》慢《まん》な印象を与えるタイプだった。
「今度、クリスマス・イヴのイベントに出るんですよね」
 と、ウエイターが言った。
「あの——ミステリー・ナイトとかいう? 知らなかったわ」
 水島雄太、永田エリという地味だが啓子の好きな二人が出ることになるのは、佐々木からも聞いて、知っていた。それに川北竜一も出るのか。
「一緒にいた女の子、最近騒がれたアイドルですね。何てったかな……」
「何かTVでやってたわね」
 啓子も、人並みにゴシップやスキャンダルの類《たぐい》を耳にするのは嫌いでない。しかし、それでいちいち役者や歌手を好きとか嫌いになっていたら大変だ。その辺は別ものと思っていた。
「でも、本当だったんだな、あの話。ここにいると面白いですよ。色んな人が来て」
「そうでしょうね」
 啓子は、空いた席へ目をやっていた。
 殺すの?——そう言ったのは、そのアイドルスターだったのか。まだ一八かそこいらだろうが。
 でも——もちろん、そんなこと、冗談だろう……。
 十分ほどして、佐々木がやって来た。
「やあ、ごめん、遅れて」
「いつものこと」
 と、啓子は笑って、「いいのよ、焦らなくても」
「——僕はウーロン茶をくれ。車だからね」
 佐々木はフーッと息をついた。「少し休ませてくれ。いいかい?」
「何かあったの?」
「川北竜一と会ってたんだ」
「え?」
 啓子は、面食らっていた。「さっきまでここにいたのよ」
「知ってる。ここで飲んだ分、つけといた、って言われたよ。僕の方にね」
「まあ」
「一緒に、女の子を連れてただろ? 今、売り出し中の子だ。何ていったかな……。そう、庄《しよう》子《じ》だ」
「庄子。ユリア。そう、変った名だったわよね。思い出した」
「その子を連れて来てさ、クリスマス・イヴのイベントに出演させろ、って。もうすっかり台本だって出来てるのに」
「へえ。——で、どうしたの?」
「その子を出さなきゃ、自分もキャンセルするっていうから、仕方ないだろ。これから作者に頼んで、役を作ってもらうさ」
「熱心なのね」
「それだけじゃない。要は当日、ここへ泊りたいんだ。二人でね。仕事となりゃ、誰にも見付かるまい、ってわけだろ」
「呆《あき》れた。部屋、あるの?」
「何とかするさ。それに当日キャンセルも多いしね」
 そう、その話は、啓子も聞いている。予約してからクリスマス・イヴまでに振られちゃったり、予約の時点では相手がいなくて、当日までに見付けられなかったり……。何を考えているんだろ、今の大学生って。
 自分も大学生ながら、啓子は少々気恥ずかしい気分になるのだった。
「川北竜一は、今五月麻美と同《どう》棲《せい》中だからね。もし、彼女にばれると大変だろう」
「有名ね、それは。五月麻美か。スターらしい人よね」
「このホテルをよく使うんで、僕も知ってる。——ま、当日、かち合わなきゃいいけどね」
 と、佐々木は笑って、冷たいウーロン茶を一気に飲み干した。「君、クリスマス・イヴはどうするんだい?」
「私?——さあ。家で寝てるわ、きっと」
「ここへ泊る? いや、もちろん僕はその夜は一睡もしないで働くことになるから、のんびりできないと思うけどね」
「だって……。部屋はあるの?」
「予約のキャンセル待ちの間へ入れるさ」
「まあ。公私混同じゃない?」
 と、啓子は笑いながらにらんでやった。
「君みたいな子のためなら罪にならない」
 と、佐々木は真顔で言った。
「そうね……。どうせ大学はもうお休みだし」
「よし。——ともかく入れとくよ、ウエイティングリストに。何か面白いハプニングが見られるかもしれないぜ」
 と、佐々木は、ちょっといたずらっぽい口調で言った。
 啓子は、もう忘れかけていた。川北竜一と庄子ユリアの会話を。——どうせ、本気で、「殺すの?」などと言っていたわけではないだろうし……。
 啓子は実際、大して気にもとめていなかったのである。
 
 いい加減寒い夜なのに——。
 汗だくで走っていた。三一歳の若さとはいえ、心臓は今にも飛び出しそうな勢いで打っていたし、足が満足に上らないくらい、疲れていたが、それでも走るのをやめなかった。
 そのビルは、やっと目の前に近付いて来ていた。遠くから、そのビルの明りが見えたときはホッとしたものだ。大した遅れにならずに着く。
 しかし、その先がいけなかった。車、車の波。大渋滞で、ほんの一キロ足らずのところを四十分もかかってしまったのだ。
 焦って、近道をしようとしたのもいけなかった。一方通行や右折禁止に引っかかって、却《かえ》って時間がかかってしまったのだ。
 結局、少し離れてはいたが、一番出やすい場所に車を置いて、村松は駆けて来たのである。
 そのビルの正面玄関から飛び込んだとき、村松は苦しくて、しばらく立ち止まって、動けなかった。
「ご気分でも?」
 と、ボーイがやって来る。
「いや……」
 首を振って、ともかくエレベーターへ。
 パーティは一二階だ。——四十五分の遅れか。
 今さら時計を逆に戻すことはできない。村松は鉛でものみ込んだような気分だった。
 汗がどっと吹き出て来る。ハンカチで、ともかく顔の汗だけは拭《ふ》いた。一二階に着いて、エレベーターの扉が開いたら、笑顔でいなくてはならないのだ。
 村松完治は、五月麻美のマネージャーである。マネージャーといっても、五月麻美のようなスターになると、マネージャーは荷物持ちと、「歩くスケジュール帳」ということである。
 何か言いたいことがあれば、事務所の社長が直接言うし、五月麻美の方だって同様だ。村松としては、この女優のご機嫌が常にいい状態にあるように持って行かなくてはならない。
 もっとも、言うはやすく、とはこのことで——。
 エレベーターの扉が開くと、パーティを引き上げる男女が何人か前に立っていた。
「や、完ちゃん。元気?」
 と、同じ事務所のタレントが、ポンと肩を叩《たた》いて、入れかわりにエレベーターに乗る。
「どうも……。五月さんは——」
「うん。まだ会場にいる。大分酔ってたぜ」
「そうですか」
 受付では、おみやげの紙袋を帰る客に手わたしている。村松は軽く会釈して中へ入って行った。
 立食パーティだが、もうお開きも近い感じで、大分空き始めていた。彼女はどこにいるのだろう?
「村松さん」
 と、腕をとられる。「五月さん、あっちよ」
 顔見知りの、よそのマネージャーだった。
「そう? どうも」
「ずいぶん酔っちゃって。どうしちゃったの?」
「ここんとこ、川北さんとうまく行ってないんでね。ありがとう」
 五月麻美の甲高い笑い声が、人の輪の中から聞こえた。
 村松も、もう三年以上五月麻美についている。その声で、どの程度酔っているか、察することができた。
 危い。——もう連れ出さなくては。
 人をかき分けるようにして、
「すみません、遅れて」
 と、大きな声で言った。
「あら、完ちゃんじゃないの。何してんの、こんな所で」
 と、麻美は顔を赤くして、少しトロンとした目で村松を見た。
「お迎えに来ました。朝が早いですから、明日は」
「ああ、そうだっけ。——じゃ、もう行く? それじゃ、またね」
「失礼します」
 村松は、何とかうまく麻美を連れ出して、ホッとした。
「離れて」
 と、麻美が言った。
「はい」
 カメラマンがレンズを向けているのだ。村松はパッと麻美から離れた。
 さすがに女優で、レンズが向くと、シャキッとして微《ほほ》笑《え》んで見せる。
「すみません、遅くなって」
 と、叱《しか》られる前に謝っておく。「車がもの凄《すご》く混んで……」
 エレベーターに乗る。——二人きりだった。
 麻美は、扉が閉ると、チラッと村松をにらんで、
「何時だと思ってんのよ」
 と、言った。「明日、起きられなくても、私のせいじゃないわよ」
「すみません」
「謝ったって、時間は逆戻りしない。でしょ?」
「そうです」
「全く……。どうしてあんたはこう時間にだらしがないの?」
 村松は、黙っていた。麻美が時間に遅れるのは年中だが、この前村松が遅れたのは、三か月前だ。しかし、そんな理屈の通る相手じゃないのである。
 ロビーまでが、えらく長かった。
「車が少し離れてるんです。待ってて下さい」
 と、村松は言った。「すぐ持って来ますから」
「ふーん。いいわよ、いつまででも待ってるわ。明日の朝まで?」
 麻美の皮肉を背に、村松は玄関から飛び出した。——車まで歩いてくれ、などと言ったら、またどう言われるか。
 しかし、麻美が皮肉を言うのは、機嫌のいいときなのだ。村松は少しホッとしていた……。
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