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クリスマス・イヴ20

时间: 2018-06-28    进入日语论坛
核心提示:20 約 束 約束なんて、いい加減なものだ。 その少女も、そのことはよく分っていた。でも、人間は、自分にとって都合のいい約
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 20 約 束
 
 約束なんて、いい加減なものだ。
 その少女も、そのことはよく分っていた。でも、人間は、自分にとって都合のいい約束は信じようとする。——面白いものだ。
 少女も信じていた。スターにしてくれる、という約束を。
 だから、川北竜一なんて、あんな「おじさん」と寝てやったのだ。でも、本当は「何も」なかった。
 川北は、酔っ払っていて、少女を抱こうとしている内に眠ってしまったのである。もともと酔っていたところへ、ホテルからのサービスですといって、お酒が届いた。
 あれがおかしなところだけれど、川北は、
「もったいない」
 と、言って、また飲んじゃったのだ。
 有名なスターといっても、結構お金はないものだ。少女もそれは知っていた。派手な暮しをしているほど、お金は入らない。
 それでも、人はスターになりたがる。みんなに見られ、羨《うらや》ましがられたいのだ。
 少女もそうだった。そのためになら、川北と寝ることだって……。ま、結局は、何もなくてすんだわけだが。
 シャワーを浴び、さっぱりした少女は、裸身にバスタオルを巻きつけて、備え付けのドライヤーで髪を乾かし始めた。
 ゴーッと吹出す熱風の音が、少女の耳を覆った。少女はまた歌を口ずさみ始める。
 鏡に映った自分の姿に、少々見とれていた。——可《か》愛《わい》いね、あんた!
 そう。放っとく手はないわよ。こんな可愛い子を……。
 ブラシでゆっくりと髪をすきながら、ドライヤーの風を当てる。バスルームの中は、湯気がこもって、少しむし暑い。
 少女は手をのばして、細く開いていたドアを開けた。
 そこに——誰かが立っていた。
 見定める間もなかった。少女の首を男の手が捉《とら》えた。
 声を出そうとして、少女はもがいた。
 やめて! やめて! 私はスターなのよ!
 スターになるんだから! いや! やめて……。
 
 ドアを開けると、ソファに青ざめた顔で身を沈めている久仁子が見えた。
「久仁子」
 水島は、部屋へ入って行って、声をかけた。
 久仁子はゆっくりと夫の方へ顔を向けた。
「あなた……。あなたなの?」
 まるで幻でも見ているかのようだ。
「どうしたんだ! 今、佐々木さんから聞いてびっくりして——」
 水島が歩み寄ると、久仁子は崩れるように、夫の胸に身を委《ゆだ》ねた。
「久仁子……」
「ごめんなさい……。私……何とかして取り戻したかった……」
「しかし、お前、刃物を持ってたって?」
 久仁子は肯《うなず》いた。
「一体何をする気だったんだ?」
「あの人を——殺そうと思ったの」
「川北を? 馬鹿だな!」
「ええ……。やって来てから、私もそう思ったわ。そんなことしても、あなたや牧子を、もっと苦しめることになるって」
「そうだよ。あんな奴《やつ》のために、刑務所へ入って何になるんだ」
 水島は、久仁子の頬《ほお》に落ちる涙を、拭《ぬぐ》ってやった。
「——失礼」
 と、言ったのは、制服の警官だった。「この女性のご主人ですか」
「そうです。あの——妻は、何もしていません」
「しかし、何といっても刃物を持っておられたのでね。人が刺し殺されたわけですから」
「分ってます」
 と、水島は肯いて、「妻のそばにいてやっても構いませんか」
「いいですよ。後で事情をうかがうことになると思いますが」
 と、警官は言った。
 水島はソファに並んで座ると、久仁子の肩に手を回し、力をこめて抱いた。
「あなた……。永田さんが……」
「うん。——聞いた」
 水島は、重苦しい表情で肯いた。「ひどい奴がいるもんだ」
「いい人だったわ。あの人……私に忠告しに来てくれた」
「永田君も、川北の奴のおかげで、辛い思いをしてる。——全く。どうして殺されるなら、川北の奴が殺されなかったんだ!」
「しっ! やめて」
 久仁子が、夫の腕をつかんだ。
 警官がジロッと水島の方を見た。
「あなた……」
 と、久仁子が言った。「私、草間さんに会ったの」
「草間?——あの週刊誌の?」
「ええ。私と川北の写真は出ない、と言ってたわ」
「本当か?」
「そう言って下さったの。でも——もちろん、何もなかったことにはできないけど」
 久仁子は口ごもった。
 水島は、涙のあとで汚れた、久仁子の顔を見ていた。
 何もなかった、ってわけにはいかないだろう。確かに。
 川北のことを、この仕事をしている限り、忘れることはできないだろうから。しかし、時がたてば……。時間さえたてば、久仁子を許すことはできそうな気がする。
 水島は、ドアが開くのを見て、顔を上げた。——ちょっと面食らって、
「何してるんだ?」
 と、言った。
「決ってるじゃないか」
 原の太った体がゆっくりと入って来た。「マネージャーだぞ、俺は。劇団の人間が困ったときは現われる。それが仕事だ」
 原は、まるでスーパーマンみたいなセリフを口にした。
 
 五月麻美は、ルームサービスでとったサンドイッチをつまみながら、TVを見ていた。
 馬鹿げてる、と言われるかもしれないが、麻美は満足していた。
 村松は今、風呂に入っている。——麻美は、自分のマネージャーが風呂好きで、しかも長風呂だということを、初めて知った。
 これから、まだまだ、色んなことを知らなければならないだろう。それも楽しみだった。
 何人もの男を知るのを楽しむことより、一人の男を詳しく知ることの方が楽しくなる。麻美は、自分がそんな年齢になったのかもしれない、と思った……。
 ドアをノックする音。——聞き間違いかしら?
 TVの音を、リモコンで小さくした。
 トントン。——確かに、誰かが叩《たた》いているようだ。
 しかし、この部屋なのかどうか、迷うほど、ノックの音は小さかった。
 立って行って、そっとドアを開ける。
「麻美……」
 川北だった。「中へ入れてくれ。頼むよ」
 麻美は、ためらった。しかし、ドアを挟んでやり合うわけにもいかない。
 ともかく、麻美は、川北を中へ入れた。
「ありがとう……」
 川北は、疲れ切っている様子だった。ぐったりとソファに体を落とす。
「どうしたのよ、一体」
「やっと……見付けた。この部屋を。ボーイを何人も捕まえて訊いたんだ」
「そんなこと言ってるんじゃないわ。——一人じゃないの、私」
 川北は、バスルームのドアの方へ目をやった。
「本当に——あのマネージャーと?」
「私の勝手でしょ」
「麻美……。助けてくれよ。罠《わな》だ。はめられたんだ!」
「何の話?」
「中学生の女の子と寝ちまった」
 川北は、ゆっくりと首を振った。「知らなかったんだよ、本当だ!」
「自分でしたことでしょ。自分で責任をとりなさい」
 と、麻美は冷たく言った。「大体、今夜は仕事で来てるんでしょ。それなのに、女の子なんかに手を出して」
「それは……頭に来て、つい飲んじまったんだ」
 と、川北は神経質に手を握り合せた。
「頭に来て?」
「君のことでさ。当然だろ。あんな村松なんかと……」
「大きなお世話でしょ」
 麻美は、ますます冷ややかになった。
「なあ、麻美……。俺《おれ》たちも、もう少し冷静になって、お互いのことを考えようじゃないか。君も大スターなんだ。恋の相手も、スターの名前にふさわしい男でなきゃ」
「私は女よ」
 と、麻美は言った。「スターである前に、一人の人間なの。見た目やプライドで相手を選んでた、馬鹿な時代は終ったのよ」
「麻美——」
「あなたはあのユリアの所へでも行ってりゃいいじゃないの」
 と、麻美は川北を追い立てるように、「出てって! さあ」
 と、川北の腕を引張って立たせようとする。
「おい! やめてくれよ。ねえ、話し合えば分る——」
「どうしました?」
 バスルームのドアが開いて、赤い顔をした村松が、バスローブ姿で出て来た。「——あ、川北さん」
「いいの。この人、帰るところなのよ」
 と、麻美は言った。
 川北は、ジロッと村松をにらんで、渋々ドアの方へと歩いて行ったが——。
「あ……」
 と、声を上げて、振り向いた。「どこかで見た顔だと思ったんだ! あのボーイ……。貴様だな!」
「川北さん。あの——」
「何だったんだ! 畜生! 俺をはめやがったな!」
 川北は村松へ飛びかかった。
「やめて!」
 麻美が金切り声を上げる。
 川北と村松は、取っ組み合って、転がった。テーブルが倒れ、上にのっていたポットや茶《ちや》碗《わん》が床に落ちてちらばる。
「やめて!——やめてったら!」
 麻美は、手近なもの——ちょうど頭ほどの大きさのある花びんをつかむと、取っ組み合っている二人のところへ駆け寄って、中の花と(当然)水をぶちまけた。
「ワッ!」
 川北が、頭からずぶ濡《ぬ》れになる。「何するんだ!」
 川北が体を起こして、麻美の方を見る。その隙《すき》に、村松は拳《こぶし》を固めて、川北の顎《あご》を一撃した。
 ガツン、といい音がして、川北はカーペットの上に大の字になってのびてしまった。
「——大丈夫?」
 麻美が、村松を助け起こすと、言った。
「ええ……。でも、殴っちゃった」
 村松は心配そうに言った。
 何といっても、村松はマネージャー。川北はスターである。
「構やしないわよ」
 麻美は、村松に軽くキスすると、「社長に何か言われたら、とぼけときゃいいの。この人だって、それどころじゃないわ」
「でも……。スターを殴るなんて」
 と、村松は自分の手を情ない顔で眺めている。
「じゃ、私を殴らないでね」
 と、麻美は笑って言った。「さ、手伝って。——この人を」
「どうするんです?」
「廊下へ放り出すのよ」
 村松が目を丸くした。
「でも——」
「この人の目の前でベッドに入るつもり? さ、頭の方をかかえて」
 ——二人は、川北竜一をドアのところまで運んで、麻美がドアを開けると、廊下へゴロゴロと転がして出してしまった。
「さ、これで二人きり」
 麻美はパッパと手をはたいて、「もう誰がドアを叩いても、聞こえないことにしましょうね」
「ええ……」
「ベッドへ運んで」
 と、麻美は囁《ささや》いた。
 村松は、「スター」をかかえ上げると、ベッドへと歩いて行った……。
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