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シングル04

时间: 2018-06-28    进入日语论坛
核心提示:4 危い秘密「そう」 と、小田切和代は肯《うなず》いた。「じゃ、あなたの所にも来たのね」「ええ。頭に包帯巻いた刑事。何て
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 4 危い秘密
 
「そう……」
 
 と、小田切和代は肯《うなず》いた。「じゃ、あなたの所にも来たのね」
 
「ええ。頭に包帯巻いた刑事。何ていったかしら」
 
 山崎聡子は、思い出そうとして、考え込んだ。
 
「室井さんね」
 
 と、和代は笑って、「悪いことしちゃった。別にあの人に恨みがあったわけじゃないんだけどね」
 
 ——小田切和代と山崎聡子は、牛丼の店の近くにあるコーヒーショップで、入れたてのコーヒーを飲んでいた。
 
「ああ、おいしい」
 
 と、和代は呟《つぶや》いた。「刑務所に入ったら、こんなもの飲めなくなるのね」
 
 立ち飲みのスペースで、今は人がほとんどいない。
 
「何も、自首なんかすることない」
 
 と、聡子は憤然として言った。「そんな奴、自業自得よ」
 
「そうね……」
 
 と、和代は微《ほほ》笑《え》んで、「私もそう思ってるわ」
 
「私、もう社へ戻らないと」
 
 と、聡子は時計を見た。
 
「ごめんなさい。私のことなら何とかするから」
 
「何言ってるの。友だちでしょ」
 
 聡子はキーホルダーを取り出すと、中の鍵《カギ》を一つ外して、「うちのアパート、知ってたわよね」
 
「うん……」
 
「行ってて。電話にもチャイムにも出ないで休んでて」
 
「でも……」
 
 和代はためらって、「あなたも罪になるわ」
 
「そのときは法廷で徹底的に戦うわよ」
 
 と、聡子は和代の肩をつかんで、ギュッと力をこめた。「心配しないで、行ってて。——あ、これ、電車賃」
 
 と、千円札を握らせる。
 
「聡子……恩に着るわ」
 
 和代の目から涙がこぼれた。
 
「ほらほら。——人目につくわよ。しっかりして」
 
 と、聡子が自分のハンカチで拭《ぬぐ》ってやる。
 
「ありがとう……」
 
「でも、あの室井って刑事が私のこと、目をつけてるかもしれない。用心してね」
 
「うん」
 
「ずっと私の所にいるのは危いわ。どこか、うまい場所を見付けるから。とりあえず二、三日は大丈夫でしょう」
 
「聡子」
 
 和代は、旧友の手を握った。やっと、力をこめられるようになった、という感じだった。
 
「ありがとう。迷惑かけるわ」
 
「何言ってんの。よくノート見せてもらったでしょ」
 
「ずいぶん昔の話だ」
 
「それはそうだけど」
 
 二人はちょっと笑った。
 
「——もう行って。会社、うるさいんでしょ?」
 
「うん。でも、一緒に仕事してる人が、とてもいい人なの」
 
「男の人?」
 
「そうよ」
 
「じゃ——もしかして?」
 
「残念ながら、奥さんがいるの」
 
 と、聡子は笑って、「じゃ、夕ご飯のおかず買って、七時ごろには帰るから、ドアの外から声かけるようにするからね」
 
 聡子は、そう言って、足早にコーヒーショップを出た。
 
 ——あの室井という刑事の言葉を、忘れたわけではない。
 
 自首すれば大して重い罪にはならない。
 
 人殺しは人殺し……。
 
 分っている。しかし聡子には、女をいじめ、いたぶって、うっぷん晴らしをしているような男は許せないのだ。
 
 そんな奴のために、たとえ短い間とはいえ和代が刑務所へ行くなんて、許せない!
 
 そう。絶対に私が和代を守って見せる。と聡子はファイトを燃やしていたのである……。
 
 
 
 辻山房夫は、待ち合せた喫茶店に入って、真田邦也がまだ来ていないのを見ると、
 
「僕はコーヒー」
 
 と、注文しておいて、入口の見える席に座った。
 
 そのとたんに自動扉が開いて、真田邦也が入って来る。
 
「やあ邦也君か。すっかり大人になったね」
 
 と、辻山は手を上げて、「もう大学の……二年? 早いなあ」
 
「久しぶりですね」
 
 と、邦也も座って、「僕はココア。——少し太りました?」
 
「え? そんなことないさ。何しろしがない宮仕えだ」
 
「でも、結婚すると太るんでしょ」
 
 辻山はジロッと邦也を見て、
 
「そこだ」
 
 と、言った。「うちの親父、君のお袋さん。二人して東京へ出て来たら……。困ったことになるんだよ」
 
「僕の方はね」
 
 と、邦也が肯《うなず》いて、「でも、辻山さん、別に問題ないんじゃないですか。ま、あのアパートが少しボロすぎるってことを除けば」
 
 辻山は顔をしかめて、
 
「言いにくいことをはっきり言うね」
 
 何しろ、辻山が、今にも取り壊されそうなボロアパートに住んでいるのと対照的に、真田邦也の方はれっきとしたマンション住いだ。
 
 邦也の母、真田伸子は、故郷の町でも指折りの旅館の持主である。未亡人で、ほとんど女手一つで邦也を育て、東京の大学へやっている。
 
 真田伸子と辻山の父、辻山勇吉は昔からの顔なじみで、気心の知れた仲だが、こと収入の方は天と地ほどの差がある……。
 
「邦也君、君の方は何が困るんだい?」
 
「え? ああ……。まあ、ちょっと——」
 
 と、邦也は言葉を濁して、「辻山さんはどうして?」
 
 二人は、ちょっと黙って、それから笑い出した。
 
「ま、隠しても仕方ないな」
 
 と、辻山はコーヒーを飲みながら、「実は僕には女房なんかいないんだ」
 
 邦也が唖《あ》然《ぜん》とした。
 
「でも——挨《あい》拶《さつ》状、もらいましたよ! 確か……洋子さん、でしたっけ?」
 
「ありゃ『お化け』でね」
 
 と、辻山は首を振った。「実在しない女なんだ」
 
「まさか!——でも、どうしてそんなことを?」
 
「親父から送金してもらうためさ」
 
 と、辻山は言った。「何しろ、今の給料じゃ、結婚どころか、自分一人食べていくのもやっと。ところが、アパートの家主が何と家賃を五割も上げて来た。それで困ってね。ちょうど会社からは旅行の費用を借りたばかりだったし……。それで親父へ頼んだんだ」
 
「じゃ、そのときに結婚するから、と言って?」
 
「うん。親父は面倒な手続きとかにはこだわらない人間なんだ。『もう一緒に暮してるんだ』と言ってね。『そりゃ良かったな』てなもんさ」
 
「で、毎月援助を?」
 
「うん。——会社の方にも届けを出して、手当をもらっている。雀の涙だけどね」
 
「びっくりだなあ! じゃ、どうするんですか?」
 
「それで困ってるんじゃないか。何かいい手はないかと思ってさ。——親父は、あの町を出るのが嫌いだった。『嫁さんのご両親によろしく言っといてくれ』で終わりだ。こっちも安心してた。ところが……」
 
「気が変わった、ってわけですね」
 
「そういうことだね。——ま、こっちも色々苦労してる。特に会社内では、結婚したってことにしてあるから、みんなと話を合わさなくちゃならない。つい忘れそうになるんだよ。もともと僕はそう付合いのいい方じゃないから、同僚を家へ招かなくても、誰も不思議には思わないんだがね」
 
 辻山はため息をついて、「親父にゃ、東京で暮してくのが、どんなに金のかかるもんか、見当もつかないだろうな。——ところで、君の方は?」
 
「え?」
 
「いや、君も何か困ったことがあるんだろう?」
 
「ええ……。まあそうなんですけど……」
 
 と、邦也は曖《あい》昧《まい》に言って、「これ、内緒ですよ」
 
「当り前だろ。こっちだって、ばらされちゃ困るよ」
 
「そうですね。まあ——辻山さんに比べると大したことじゃないんです」
 
「何だよ、それ」
 
「ええ。——ただ、結婚しちゃったってことなんです、お袋に黙って」
 
 コーヒーを飲みかけた辻山が、むせ返った……。
 
 
 
 そのころ、成田空港の到着ロビーに一人の男が降り立った。
 
 いや、もちろん、ここには毎日何万人もの男女が降り立っているのだが、この男は一見して目立った。
 
 白のスーツ、黒のワイシャツ、赤いネクタイ。サングラス。
 
 まるで——いや、もろ、ヤクザそのものという格好である。
 
 そして、この男、安《あん》東《どう》一《はじめ》は本当にヤクザであった。
 
 子分を四人引き連れている。そして出口では、十人の出迎えの子分たちが一列に並んで、安東を待ちうけていた。
 
 他の客たちが、チラチラ見ながら、避けて通り過ぎていく。
 
 自動扉が開いて、安東が姿を現わすと、
 
「お帰りなさいませ」
 
 十人の男が一斉に頭を下げた。
 
「ママ、何してんの?」
 
 と、見ていた小さな女の子が不思議そうに訊《き》いて、あわてた母親に手を引張られて行く。
 
「ご苦労」
 
 と、安東は言って、「車は?」
 
「はい、正面に」
 
「行こうか」
 
 と、安東は肯《うなず》いて言った。
 
 安東はまだ三十代の半ば。——年齢は若いが、この世界では恐れられている。
 
 大胆で、凶暴。一方では計算に強く、事務所にコンピューターを入れて、自らいじるのが好きである。
 
 大きなリムジンが、正面につけて待っている。——バスの邪魔になるが、職員も文句は言わなかった。
 
 リムジンが安東を乗せて走り出すと、他の子分たちは、三台の車に分乗して、その後に従った。
 
 もう夜である。——空港から離れると、周囲は暗い闇《やみ》が広がるばかり。
 
「——日本はいいな」
 
 と、安東は言った。「おい、一杯くれ」
 
「はい」
 
 子分が、リムジンの中のポットから、熱いミソ汁をカップへ注ぐ。
 
 ミソ汁を飲まないと、日本へ帰った気がしない、という安東である。
 
「——旨《うま》い」
 
 と、一口すすって、ため息をつくと、「白ミソに限るぜ、ミソ汁は」
 
「そうですか」
 
 子分の竜《たつ》が、何やら重苦しい顔で、「実は……親分……」
 
「何かあったのか」
 
 と、安東は言った。
 
「はあ。お留守の間に……」
 
 竜は、五〇歳ぐらい。目つきは鋭く、頭は禿《は》げ上がっているが、一見したところ、普通のビジネスマンである。
 
「言ってみろ」
 
「はあ。——島崎の兄貴のことなんです」
 
「島崎の?」
 
「同《どう》棲《せい》していた女が……」
 
「ああ、知ってる。いい女だ。何てったかな……。和代か」
 
「その和代が、島崎の兄貴を殺したんです」
 
 安東はしばらく黙っていた。静かにミソ汁を飲み干すと、
 
「旨かった」
 
 と、カップを返し、「——殺された? 兄貴が」
 
「はい」
 
「そうか……。なんてことだ」
 
 安東は、そう言ったきり目を閉じていたが——。「で、女は?」
 
「室井って刑事を——」
 
「知ってる」
 
「あいつをぶん殴って、逃げてるんです。まだ見つかっていません」
 
「逃げた?」
 
 安東の目がキラリと光って、「好都合だ。こっちでけりをつけてやれよ」
 
「はあ」
 
「おい。腕のいいのを選んで、女を捜させるんだ。見つけたら、生かして連れて来い。俺が兄貴の敵《かたき》をとってやる」
 
 安東は、淡々とした口調でそう言うと、じっと窓の外の暗がりを見つめていた……。
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