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フルコース夫人の冒険09

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:9 暖かい季節「先生」 と、カルチャーセンターの女性事務員が声をかけた。「なあに?」 このところ、とみに名が売れて来て、
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 9 暖かい季節
 
「先生」
 と、カルチャーセンターの女性事務員が声をかけた。
「なあに?」
 このところ、とみに名が売れて来て、すっかり大物らしくなった(態度が、である)その女性講師は、尊大な口調で、「もう時間になってるの。用事なら早く言ってもらわないと……」
「実は、今日の講座に、取材が入ってるんです」
「取材?」
「はい、TV局とか週刊誌とか——」
 女性講師の顔がパッと輝いた。
「そう」
 と、口だけは素気《そつけ》なく、「ま、仕方ないんじゃない? あちらも仕事なんだから」
「あの、講義の邪魔にならないように、と注意はしてあるんですけど、もし——」
「分ってるわ。大丈夫。うまくやるわよ」
「はあ。ただ——」
「任せといて」
 と、女性講師は、ポンと事務員の肩を叩《たた》いて、さっさと行ってしまった。
 事務員は、ホッとした様子で、戻りかけたが……。ふと足を止め、不安げに、
「先生、何か勘《かん》違《ちが》いしてるんじゃないかしら?」
 と、呟《つぶや》いたのだった。
 ——一方、「先生」の方は、TVが来るのなら、美容院へ行って来るべきだったわ、と、後悔していたが、まあ今日の格好なら、まずどこへ出ても恥ずかしくはない。
 TV番組で、〈星回りによる夫婦の相性について〉のコーナーを受け持ってから、がぜん顔が売れ、この先生は今や引っ張りだこであった。当人も、今が稼ぎ時、と張り切っている。
 今度、ここの講演謝礼も値上げしてもらわなきゃね、などと考えながら、教室の戸を開けると——。
 十五、六人は取材に来ている! 思わず目をみはった。
 重いTVカメラをかついでいる男が二人。他に、照明用のライトだの、一眼レフ、テープレコーダー……。
「先生」は、胸が熱くなった。——私って、こんなに注目を集めていたんだわ!
 そして、堂々と胸を張って(かなり、そっくり返っていたが)、壇上へと上がって行ったのだった……。
 しゃべる方は、もちろんベテランである。TVカメラがあろうが何があろうが、あがったりすることはない。
 むしろ、いつもよりスラスラと淀《よど》みなく、話が流れ出すという感じ。——正にいい気分であった。
 しかし……。しばらく話しているうちに、どうもおかしい、と思い始めた。
 確かに、TVカメラも回り、フラッシュが光り、色々撮ってはいるのだが——そのレンズは、一向に肝心の講師の方を向かないのである。
 何だか知らないが、そんな教室の中——つまり、話を聞いている生徒たちの方を向いているのだ。生徒といったって、もちろん、主婦がほとんど。——「先生」は首をかしげた。
 いや、自分のことを紹介するのに、講義の様子を撮るのは確かに必要だろう。しかし、そればっかりというのは、妙なものだ……。
 段々、この先生、苛《いら》々《いら》して来た。
 そのうち、カメラマンは、教室の中をうろうろ動き始めた。
 と思うと——一人がTVカメラをかついで、ヒョイと壇上に上がって来ると、レンズを生徒の主婦たちの方へ向けて、
「おい、ライト当てて」
 と、助手らしい男に指示している。
「あのね——」
 我慢し切れなくなった女性講師は、そのカメラマンをつついてやった。
「あ、すみませんね、もうちょっとですから」
 と、カメラマンは、ちっともすまなそうでない口調で言った。
「一体何を撮ってるの、あなたたち?」
 と、にらみつける。
「知らないんですか?」
 カメラマンが呆《あき》れ顔で、「今、CFで大評判の中沢なつきですよ」
「誰ですって?」
「中沢なつき。〈永遠の乙《おと》女《め》〉ってキャッチフレーズで。ほらその席にいる——」
 と、光が当てられている女性を指す。
 すると、その女性がパッと立ち上がった。
「すみません、先生。私、ちょっと用事がありますんで、失礼します」
 と、手早く机の上を片付けて、「あの——ご講義は前にもうかがっていますので。じゃ、失礼します」
 急ぎ足で出て行ってしまう。
「——何だ、帰っちゃったぜ」
「じゃ、終りか」
 カメラマンや記者たちは、機材をかかえて、ゾロゾロと出て行く。
「やっぱりそうだったのね!」
「どこかで見た人だと思ったわ」
 と、主婦たちが口々に話している。
「きれいな人ね!」
「育ちの良さが——」
 一方、女性講師は、しばし立ち直れずに、壇上で黙って突っ立っているばかりだった……。
 
 ビルの正面へ出て行くと、ハイヤーの前に立って待っていた藤原が、
「なつきさん! 早く早く!」
 と、手を振った。
「ごめんなさい。なかなか出られなくて」
 なつきが車に乗り込むと、藤原もすぐに続いて乗って来て、
「急いでNテレビ!」
 と、運転手へ声をかけた。
「——間に合うかしら?」
「ぎりぎりですね」
「ごめんなさい」
 と、なつきは、また謝った。「でも、講師の先生が一生懸命話してらっしゃるのに、中座するなんて、申し訳なくて……。もちろん、藤原さんやTV局の方にも申し訳ないとは思ってるんですけど」
 藤原は、ちょっと間を置いてから、
「——いいんですよ」
 と、微《ほほ》笑《え》んだ。「そこが、なつきさんらしいところです」
「でも……」
「なつきさんはなつきさんらしくしていて下さい。そのせいで他に迷惑をかけたら、私が謝ります。それが私の仕事なんですからね」
「ありがとう」
 と、なつきは言って、「藤原さんって、いい方ね」
「い、いや、とんでもない」
 藤原はあわてて外へ目をやった。
 そして額の汗を拭《ぬぐ》う。——もちろん、照れているのだ。
 でも、汗をかいてもおかしくない季節にはなりつつあった。
 なつきの出たCFの放映が始まって、一か月。——反響は、藤原や、舟橋社長の思惑を遥《はる》かに超《こ》えて、凄《すご》いものであった。
 なつきとさやか共演の『母娘坂』もたちまち企画が通り、何も考えていなかった藤原をあわてさせた。
 今、このタイトルと、主役二人にふさわしい話をひねり出すべく、シナリオライターが頑張っている最中だった。
「そうだわ」
 と、なつきは思い出したように、「今夜のおかず、考えてなかった。ちょっと電話を」
「ええ、どうぞ」
 なつきは車の中の電話で、自宅へとかけた。そろそろ、さやかも帰っているころだ。
「——あ、もしもし、さやか? お母さんよ。——そう、これからTV局なの。——そうね、帰りは八時過ぎると思うわ。何か出前を取っといてくれる?」
 藤原は、そんななつきを横目で眺めて、これでいいんだろうか、と思った。
 社長の舟橋は、もちろん大喜びである。
「ガンガン稼げ!」
 と、声を上ずらせている。
 しかし、なつきは、あくまで普通の主婦であり、当人も主婦であることを、二の次にする気はない。
 あくまで家庭が優先。さやかの場合は、学校優先。それが条件である。
 しかし、藤原はよく知っていた。そんな条件など、一《いつ》旦《たん》マスコミという巨大な機械が動き始めたら、たちまちかみ砕かれ、のみ込まれてしまうということを。
 ——嬉《うれ》しくもあり、困ってもいた。
 こんなにも、なつきのCFが大ヒットするとは思わなかったのだ……。
「——じゃ、お父さんの分もね。——頼むわよ」
 なつきは電話を切った。「藤原さん」
「はあ。何です?」
「TV局で、私、何をするんですの?」
「そ、それはですね——」
 藤原は焦った。本業をすっかり忘れていたのである。
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