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フルコース夫人の冒険11

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:11 旧 友 何となく、誰かの視線を感じる、ということはあるものである。 特別、そういうことに敏感とは言えない(むしろその
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 11 旧 友
 
 何となく、誰かの視線を感じる、ということはあるものである。
 特別、そういうことに敏感とは言えない(むしろその逆である)中沢なつきが、その視線に気付いたのだから、相手は相当前からチラチラとなつきの方を見ていたのだろう。
「——どうかしましたか?」
 と、藤原が、カレーライスを食べる手を休めて言った。
「あ、ごめんなさい。グラタンが冷《さ》めちゃうところだったわね」
 と、なつきは言った。
「いや、そんなことはいいんですけどね。どうせ大して旨《うま》かないんだから」
 大きな声でそう言っても、別に店の人間が気を悪くする恐《おそ》れはない。ここは、TV局の中の食堂である。やたら広くて、明るく、人の出入りが激しい。それだけに、注文したら即座に料理が出て来るのである。
「でも、藤原さん、いつもカレーばっかりで、飽きません?」
 と、なつきに訊《き》かれて、藤原は、ちょっとむせた。
 ガブガブ水を飲むと、
「——いや、何しろ早く食べなきゃいけないでしょ。カレーが一番早い、っていう思い込みがね、あるんですよ」
「まあ」
 なつきはニッコリ笑って、「藤原さんらしいわ」
 藤原はどぎまぎして、真っ赤になった。
「あ、あの——ちょっと電話をかけて来ますので」
「どうぞ。私、猫舌だから、これをゆっくり食べてますわ」
 何の話をしてたのかしら?——あ、そうそう。来週の制作発表記者会見の打ち合わせね。
 記者会見なんて! 大げさなことするもんだわ。
 なつきも、よくTVのワイドショーとか、週刊誌のグラビアで、「制作発表記者会見」というやつを見ることがある。しかし、映っているのは、いつも発表する側の、役者とか監督とかばかりなので、果して、取材する側に何人ぐらいの人が集まっているのか、さっぱり分らない。
 もしかしたら、あんなの、二、三人しかいないのかもしれないわ。大体、TV局の人だって、新聞の人だって、そんなにヒマなはずないもの。
 しかも、役者といっても、まるで素人《しろうと》の、なつきとさやかの二人。——これじゃニュースにならないわ。
 誰も来なかったらどうするのかしら? それでも、「一言ご挨《あい》拶《さつ》を」とか言われて、何だか分ったような分らないようなことをしゃべるのかしら。
「一生懸命やります」とか、「頑張ります」とか、たいてい最後には付け加えるんだけど……。でも、三十八にもなって、「頑張ります」もおかしいわね。
 ま、いいわ。しゃべることも、藤原さんが考えてくれるんだわ、きっと……。
 グラタンが、やっと冷《さ》めつつあった。
 そう。——そういえば、誰かがこっちを見てたんだっけ。それが気になってたんだわ。
 なつきが、そっちを見ると、その女性と目が合った。
 もちろん、このところ、なつきも大分顔を知られて来て、町を歩いていても、喫茶店に入っても、よく他の人が自分の方をジロジロ見ては、ヒソヒソ囁《ささや》き合っている、という状況に出くわすようになっていた。だから、見られること自体は、気にしないようになっていたのだが……。
 しかし、その女性の場合、ただ「見られている」というのとは、どことなく違っていた。
 なつきは、何となく、その女性から目をそらすことができなくて……。
「まあ!」
 なつきが突然大きな声を上げたので、びっくりした藤原が、電話を放り出して飛んで来た。
「なつきさん! どうかしましたか!」
「え?——あ、いえ、そうじゃないんです。ごめんなさい」
 なつきは、立ち上がると、その女性の方へ急いで歩いて行った。
「文《ふみ》代《よ》! 文代じゃないの!」
「なつき。——憶《おぼ》えていたのね」
「当り前よ! まあ懐かしい!」
 なつきは、その女性の隣の空席に座り込んだ。「元気?——本当に懐かしい。何年ぶりかしら」
「大学を出て以来だもの。十……六年?」
「本当ね。でも、変らないわ」
「そんなことないわよ」
「私のこと、すぐに分ったの?」
 と、なつきは訊《き》いた。
「当り前よ! TVを見てりゃ、いやでもお目にかかるもの。あのコマーシャル見て、すぐに分ったわ」
「そう?」
「エヘン」
 と、咳《せき》払《ばら》いしたのは藤原だった。「失礼ですが、なつきさん——」
「あ、この方、私のマネージャーの藤原さん。こちらね、私の大学時代の——いいえ、中学からずっと親友同士だった、北《きた》原《はら》文代さん。でも……今は何ていうの?」
「北原よ。一度、結婚したんだけど、うまく行かなくて」
「まあ、そうだったの」
「あのね、なつきさん」
 と、藤原は、なつきの前に食べかけのグラタンを置いて、「それを食べちゃっといて下さい。今夜は少し遅くなりますから」
「はい。あら、ごめんなさい。運ばせちゃって」
「どういたしまして」
 藤原は首を振って、「じゃ、僕は先に食べて、スタジオへ行ってます。時間になったら、呼びに来ますから」
「ありがとう。じゃ、それまでは、おしゃべりしててもいいわね」
「ええ、どうぞ」
 藤原は、自分の席へ戻ると、カレーを猛スピードで平らげてしまった。
 ——確かに……。不用意に、なつきは、北原文代のことを、「変らない」などと言ってしまったが、それは一種の決まり文句のようなもので、実際のところは、よく見るまでもなく、文代はなつきに比べ、十歳も老《ふ》け込んで見えた。
 着ているスーツも、とても上等とはいえないもので、なつきの目には、それがよく分った。でも、どうして……。
 北原文代の家は、学生のころには、なつきの実家などとは比較にならないくらいの金持だったのである。
 迷子になりそうな広い庭のある、古い屋敷。車が五台、別荘は箱根、軽《かる》井《い》沢《ざわ》、大島にあり、休みの度に、よくなつきは呼ばれて行ったものだ。
「——早く食べたら?」
 と、文代は、目を伏せながら言った。「私の格好、そんなに見すぼらしい?」
「あ、ごめんなさい……。そんなつもりで見てたわけじゃないのよ」
 なつきは、グラタンを一口、二口食べたが食事をする気分じゃなかった。
「文代、今……何をしてるの?」
「私? このTV局で働いてるの」
「ここで?」
「そう。パートでね。雑用のような仕事よ」
「あの……ご実家にいるんじゃないの?」
 文代は、定食を食べ終っていた。
 ミソ汁の残りを飲み干すと、息をついて、
「同窓会とかから、何も聞いてないの?」
 と言った。
「全然」
「そう……。実家は消滅よ」
「消滅?」
「父が、晩年になって若い女に狂ってね、財産をほとんど使い果した挙句に、死んだの」
「あのお父様が?」
「私も、頭に来て、ろくでもない男と駈《か》け落《お》ち。——でも、そんな暮し、続きゃしないのよね。もともと、父への当てつけだったんで、別に愛してたわけじゃないんだから」
「じゃ、別れて……?」
「子供一人——女の子でね、それをかかえて、私が働かなきゃ、どうにもならないの」
「そう……」
 なつきは、肯《うなず》いた。「大変だったわね」
「一人でやってくって、やっぱり大変なことね。何だかんだ親の悪口言いながら、やっぱり、飛び出しちゃやっていけないんだから」
「元気出して。——いいこともあるわよ」
 なつきは、文代の手に手を重ねた。
 かさかさと乾いた肌。それに重ねたなつきの手の柔らかなこと……。
「なつきは恵まれてるわよ。裕福だから、若くてきれいだし、TVに出て映画に出て……。こんなにも違っちゃうのね、出発点が同じでも」
「文代——」
「ごめんね、忙しいのに」
 と、文代は言って、盆を手に立ち上がった。
「もう見かけても、話しかけたりしないから。何しろ大スターだものね」
「ねえ——」
「じゃ、頑張って」
 文代は、足早に、立ち去った。
 なつきは、何だか急にみんなが自分のことを、責めるような目で見ているような気がして、顔を伏せてしまった。
「——なつきさん」
 と、藤原の声がした。「どうしました?」
 顔を上げると、なつきの頬《ほお》を、涙が一筋、伝い落ちた。
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