「まあ」
と、なつきが言った。
「どうしたの、お母さん?」
さやかは、顔を上げて、意外な光景を見た。
母が、写真週刊誌を見ているのだ。——大体母は、ゴシップの類に、ほとんど興味を示さないという、珍しい人である。
「どうしたの? うつりの悪い写真でものってる?」
と、さやかは、母の手もとを覗《のぞ》き込んで言った。
「自分で見なさい」
と、なつきは、その週刊誌をさやかへ渡して、「あなた、藤原さんが、私のことを好きだとか言ってたじゃないの」
「ええ?」
面食らって、さやかはその開いたページを見ると、「——まさか!」
と、思わず口走った。
〈池原洋子、またもホテルの朝!〉
相手は、Mプロダクションの独身プロデューサー……。
「藤原さんだわ」
「そうね」
と、なつきは言った。「これで分ったでしょ」
「何が?」
「あの人が、私のことを別に好いちゃいないってこと」
なつきはプイと立って、台所へ入ってしまった。
どうやら、ご機嫌斜めらしい。
「でも……どうなってんの?」
さやかは、居間のソファに座って、首をかしげていた。
藤原から、池原洋子と父の仲を聞いているので、とてもこの写真を額面通りには受け取れない。
「何かあるんだわ」
と、呟《つぶや》いた。
——日曜日である。
いよいよ明日から撮影に入るので、今日は午後から、その前のミーティングがある。藤原も、あと一時間もすると、来るはずだ。
「おはよう」
と、父が欠伸《あくび》しながら、居間へ入って来る。「何だ、早いな」
「お父さんが遅いのよ」
「仕方ないだろ、仕事で夜が遅くなるんだから」
怪しいもんだ、と言いたいのを、何とかこらえて、この写真週刊誌をテーブルの上にわざと置いておく。
TVをつけて、そっちへ顔を向けながら、そっと父の様子をうかがっていると……。
何気なく目をやって、ふと池原洋子の名に目を留めたらしい。手に取って、開いている。
そして——目を丸くした。
やっぱりね。藤原の言った通りだ。
「ね、その写真、藤原さんね」
と、わざと声をかける。
「うん。——そうだな」
「池原洋子って、今度、映画にも一緒に出るのよ」
「そうなのか」
「今日、ミーティングに来るわ。面白いわね、きっと」
「うん……」
父は立ち上がって、「ちょっと——急にいる本があるんだ。本屋へ行って来る」
「はい」
父があわてて出かけて行く。藤原と顔を合わせたくないのだろう。
しばらくして、表に車の音がした。
さやかが急いで玄関から出てみると、やはり藤原がやって来たところで——。
「どうも、さやかさん」
「どうも、じゃないわ」
と、さやかは言った。「あの記事、どうしたんですか?」
「なつきさんも?」
「もちろん! 凄《すご》いショックだったみたいですよ」
「いや、全く……」
と、藤原は、いやにくたびれた様子。「ゆうべから、私自身がTVや何やらに追いまくられて」
「ご苦労様。入って下さい」
玄関で、さやかは、
「——あれ、本当なんですか?」
と、訊《き》いた。
「カムフラージュです」
「やっぱり。じゃ、父の?」
「あれしか方法がなくて」
「大変なんですね」
と、さやかは言った。
居間へ入ると、なつきはいつもの明るい笑顔で、
「いらっしゃい。藤原さん、この写真——」
「何ともお恥ずかしい」
と、藤原がうなだれる。
「いいえ? そんなことないわ。恋愛は自由じゃありませんか。でも、藤原さん、もっと、よくとってもらえば良かったのに」
なつきは明るく言った。
藤原はホッとした様子だった。
もちろん、本気にされるのも辛いだろうが、軽《けい》蔑《べつ》されたり、無視されたりするのはもっと辛かっただろうから。
「すぐに仕度しますわ。——さやか」
「うん!」
居間を出ようとして、さやかは、チラッと藤原を見て、ウインクした。
——なつきは、着替えをしながら、
「お父さんは?」
と、訊《き》いた。
「さっき出かけたよ。何だか本屋さんに行くって」
「そう。——ね、このネックレス」
「はいはい……。もうセリフ、憶《おぼ》えた、お母さん?」
「やっとね。——でも、本番になったら、きれいに忘れそう」
「大丈夫よ」
と、さやかは言った。「でも、お母さん、心がひろいのね」
「藤原さんのこと? でも、ちょっとはいやな気分よ。だけど、恋なんて、他人の口出すことじゃないし」
「そうだね」
直《ヽ》接《ヽ》関係なきゃね。さやかはそう思った。
「ほら、急いで。——お母さん!」
「はいはい」
さやかは、母の後から居間へと戻りながら、撮影は果して無事に終るのかしら、と思っていた……。