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フルコース夫人の冒険31

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:31 空っぽの講堂 高林が走るというのは、よほどのことである。 いや、これは皮肉でも何でもない。前の、さやかとのデートでの
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 31 空っぽの講堂
 
 高林が走るというのは、よほどのことである。
 いや、これは皮肉でも何でもない。前の、さやかとのデートでの態度でも分る通り、高林という男、まあ、必死で走ったことなど、小学校の運動会でも、きっとなかったのじゃないか。——と、これは、さやかの意見である。
 その高林が走って来る!
「高林先輩! どうしたんですか?」
 と、さやかが言った。
 何といっても、学校の中では、「先輩後輩」の間である。
「さやか君……。君——何してんだ?」
 と、足を止めた高林、ポカンとして、さやかを見ている。「撮影は?」
「今日はお休みです」
「あ。——そうか。休みって、あるの?」
「あるから休んでるんです」
「そうか。そりゃそうだね」
「何かあったんですか?」
「——そう! そうなんだ!」
 と、突然、大声を上げた。「大変なんだよ、講堂で——」
「講堂で何があったんですか?」
「それが——」
 と、言うなり、高林はヘナヘナと座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
 びっくりした宏美が訊《き》くと、
「うん……。ただ——急に走ったら、貧血が——」
 と、見る見る青くなって、ペタンと尻《しり》もちをつく。
「やっちゃいらんないわね」
 と、宏美が、低い声で言って、さやかも肯《うなず》いた。
「講堂へ行ってみましょ」
 と、宏美を促す。
「ね……。僕を保健室へ連れてってくれないか」
 高林が、何だか情ない声を出している。
「貧血なんて、休んでりゃ治ります」
 と、さやかは冷たく言い放って、さっさと歩き出す。
 もちろん宏美もだ。
「——おい、待ってくれよ! ねえ、君たち!」
 フラフラと立ち上った高林は、ハアハアと息を切らしながら、さやかたちの後について歩いて行った……。
 ——講堂は、休みの期間中、大体演劇部の「稽古場」となる。
 まあ、サッカー部やバスケット部が講堂で試合をするわけにもいかないのだから。ここの講堂は、よくある、体育館兼用ではなくて、固定椅子のホール風の造りなのである。
 重い扉を開けて、中へ入った二人は、いやに静かなので、ちょっと拍子抜けの気分だった。
「——誰だ?」
 と、ステージの上から、言ったのは、部長の石塚。
「中沢です」
 と、さやかは言った。
「お前か」
 石塚は意外そうに、「何しに来たんだ?」
「今日は撮休で。それに、私もまだ部員ですし」
 と、さやかが言うと、石塚はちょっと笑った。
「分ってるさ」
 と、ステージから、ポン、と身軽に飛び下りた。
「高林先輩が、走って来たんです」
 と、宏美が言った。「何かあったんですか?」
「まあな」
 と、石塚は言った。
 講堂の中が静かなのも道理で、石塚一人しかいなかったのだ。普通なら、他の部員たちが、舞台の袖《そで》辺《あた》りに、ウロウロしているのだが。
「——みんなは?」
 と、さやかは言った。「どこへ行ったんですか」
「今日は帰した」
 石塚が、手近な椅子に腰をおろした。
「練習は中止ですか」
「そうなんだ」
 さやかは、石塚がそれ以上言わないので、事情を察した。
「私のせいですね」
「間接的にはな」
 と、石塚は肯いた。「しかし、お前が責任を感じることはない」
「そう言われても……」
 ——さやかにも、何となく分っている。
 やはり、同じクラブの中から、「スター」が出た、ということが、部員の中に小さからぬ波紋を広げているのだ。
 あんなことで、簡単に有名になって、TVや映画に出られるのなら、私だって、こんな面倒な練習をしてなんかいないで、オーディションやコンクールにせっせと応募した方が……。
 そんな気になる子も、いるはずだ。
 さやかが、そう言ってみると、石塚は、苦笑いして、
「お前は頭がいいな」
 と、言った。
「当ってます?」
「あらかたな」
「じゃ——」
「川野が頭に来たんだ。分るだろ?」
「ええ」
「俺がエキストラで出たのも気に入らなかったんだろう」
「いえ、そんな風に言っちゃ気の毒です」
 と、さやかは言った。
「というと?」
「川野さんは、本当にお芝居が好きなんですもの」
 と、さやかは続けた。「だから、みんなが、安易に有名になった私のことを羨《うらや》ましいとか思うのが、我慢できなかったんだと思います」
 これは決して、川野雅子をかばったのではない。さやかは、川野雅子のことを好きじゃないが、しかし、演劇を愛している、その気持は本当のものだと思っていた。
「うん」
 と、石塚が肯く。「俺も、それは分ってるよ」
「直接には何がきっかけだったんですか?」
 と、宏美が訊いた。
「三番目の役を、誰にするかで、みんながワイワイやってたんだ。誰かが、中沢にしようと言い出した」
「何も練習してないのに」
「うん。しかし、お前が出りゃ、マスコミの人間も見に来て、他の奴も目をつけられるかもしれない、ってわけさ」
「そんなこと!」
「まあ、半分冗談、半分本気、ってところだろう。——ところが、聞いてた川野が、急にヒステリックな声を上げて、『そんなにスターになりたきゃ、演劇部なんかやめて、芸能プロの社長の前ででも踊ってなさい!』と叫んで……。どこかへ行っちまったんだ」
 さやかは肯いた。——気は重かった。
「分ります」
「まあな。で、ともかく、練習ってムードじゃなくなってさ。今日はおしまい、ってわけだ」
 石塚は、いつの間にやら、高林が入って来たのに気付いて、「何だ。川野は見付かったのか」
「いえ。——まだです」
「捜してみろ」
「はい」
 高林が、素直に肯いて、出て行く。
 さやかは、石塚の方を見て、
「部長」
 と、言った。「私、退部届を出したいんですけど」
「さやか!」
 と、宏美が目を丸くする。
「やめるべきだったんだわ。映画に出ると決った時点で」
 と、さやかは言った。「夏の練習にも全然出られない部員なんて……。部員の資格、ないもの」
「中沢——」
「私、やめます」
 石塚は、少し間《ま》を置いて、
「分った」
 と、言って、さやかの肩を軽く叩《たた》いた。「その方がいいかもしれないな。お前のためにも」
「ええ。母は、別にクラブには入ってませんから」
 石塚はちょっと笑った。
「——じゃ、届は部室に出しといてくれ」
「はい。簡単でいいですね」
「一身上の都合か」
「それ、一度書いてみたかったんです」
 と、言って、さやかはニッコリと笑った。
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