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やさしい季節04

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:仮払いの恋人〈会員制クラブ〉というプレートが、こっちをにらみつけているようで、一瞬、浩志はひるんだ。 しかし、向こうから
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 仮払いの恋人
 
〈会員制クラブ〉というプレートが、こっちをにらみつけているようで、一瞬、浩志はひるんだ。
 しかし、向こうからここを、と指定して来たのだし、何もこっちが来たくて来たわけじゃない。そうだとも……。
 気をとり直して、ドアをノックすると、待つほどもなくドアは静かに開いた。
「どちら様で」
 と、平坦な声で、出て来た男は言った。
「あの——石巻といいます。西脇さんと約束が」
 石巻。西脇。——口に出してみると似てるな。浩志は、そんなことを考えていた。
「どうぞ」
 と、ドアは大きく開かれた。
 中はいかにも想像通りの、というとおかしいが、TVドラマなんかで、よく出て来るこの手の場所と、そっくりそのままだった。
 何人かの客はいたが、浩志には目もくれない。——お互い、ここでは何も見ない約束になっている、とでもいうように。
「やあ、お呼び立てして」
 西脇がスッと立ち上がった。愛想のいい男である。
 浩志は、いささか落ちつかない気分で、少し堅めのソファに腰をおろした。
「何を飲みます? 何でもありますよ」
「いえ……。僕は——」
「そうだった。あんまり飲まれないんでしたな。じゃ、ジュースでも?」
 浩志は、オレンジジュースを頼んだ。
「ゆかりは香港です」
 と、西脇は言った。「ドラマの収録で。いい仕事ですよ」
 浩志は、もちろんゆかり当人から聞いている。しかし、黙っていた。
 西脇は薄い水割りを飲んでいた。
「——実は、ちょっと困ってるんです」
 と、浩志の前にジュースのグラスが置かれてから、西脇は口を開いた。
「ゆかりに何か?」
「パーティーに出なきゃいかんのです。来週ですがね。まあ、大した仕事じゃない。しかし——」
 西脇は、困っている「理由」を説明した。
「暴力団? そいつは——」
「いやいや、そう派手に表に出ているわけじゃありません。ただ、出席者の中にどうしても何人か、顔役が混じる。当然、ゆかりと話したがるでしょう。一緒に写真もとる。それが、どこかへ流れると怖いのです」
「じゃ、病気だとでもいって断ればいいじゃありませんか」
「次の時に埋め合わせしなきゃいけなくなる。そのときはパーティーに顔を出すだけじゃなく、一人で座敷へ呼ばれることになるかもしれません」
 西脇の口調は真剣だった。
「一人で座敷へ……。というのは、どういうことです? まさか——」
 と、浩志は言葉を切ってから、「やくざ映画の世界じゃないんですから、ゆかりを無理にどうこうするなんてことは……」
「確かにね」
 と、西脇は肯いた。「今は暴力団も合法的に色々稼いだりしています。顔役と呼ばれるくらいになると、一見紳士ですし、まあ普段は至って良識のある行動をとっています。しかし、それは『自分の思い通りになっている間』の話ですよ。周囲が気をつかって、無理も通してくれる。機嫌がいいのは当たり前です。ところが、一つ何か約束と違ったりしたら……。怖いのはそういうときです。いくら外を飾っても、中身はそう変わるものじゃない」
 西脇の話し方は淡々として、それだけに説得力のあるものだった。
 浩志にも、西脇が本気で心配しているのだということは良く分かった。
「なるほどね」
 浩志はジュースをゆっくりと半分ほど飲んでから、言った。「パーティーに出る。それは仕方ない。といって、僕に何ができるというんです?」
 西脇は、ちょっと言いにくそうに目をそらした。
「あなたは、ゆかりのことを本当に気にかけておられる。助かってるんですよ。ゆかりにとって、心から頼れる相手がいる、というのは幸せなことです」
「ただの話し相手ですよ」
「それが、あの子には一番必要なんです。恋人はまだいらない。しかし、今、一番難しい時期のあの子には、悩みを安心して打ち明けられる人が大切なんです」
「何をおっしゃりたいんですか」
 浩志は少し苛立って、言った。
「手短に申し上げましょう」
 と、西脇は言った。「あなたに、ゆかりの『恋人』の役を引き受けていただきたい」
 浩志は、じっと西脇を見つめていた。
「たった今、恋人はいらないとおっしゃったじゃありませんか」
「本物の恋人はね。あなたには、『仮の恋人』の役をお願いしたいんです」
 呆気にとられている浩志の方へ、西脇は上体をのり出すようにして、「パーティーには当然、マスコミも来る。ゆかりはもちろん、カメラマンの第一の標的です。——出てほしくないニュースを隠すのに、一番いい方法は、他に目を引くニュースを提供することですよ」
 浩志にも、西脇の言わんとするところは分かって来た。
「つまり、わざと、ゆかりと僕の写真をとらせて、その筋の出席者から、目をそらそうというわけですね」
 と、ゆっくり確かめるように言った。
「あなたにとって、ご迷惑だということは、よく分かってます」
 と、西脇は言った。「ゆかりは、売れっ子のタレント。あなたは——こう言っては失礼かもしれませんが、ごく平凡なサラリーマンだ」
「ちっとも失礼なんかじゃありませんよ」
 と、浩志は首を振って、「平凡なサラリーマンがいなきゃ、世の中は成り立たないんですから」
「なるほど、そうでした。——いや、失礼。つい、我々は有名か無名かで人間を判断するくせがついていましてね」
 西脇の、こういうところが、浩志は気に入っている。ゆかりの身を心配するのも、もちろん商売のためでもあるにせよ、「そんなことで、ゆかりの才能を無にしたくない」という気持ちがあるからだ。
 浩志には、それが分かっていた。
「しかし」
 と、浩志は座り直して、「そううまく行きますか。僕なんか、有名なタレントでも何でもない」
「だからこそ、注目を集めます。一体ありゃ誰だ、というのでね。——私も、もちろん大宮に、一切ノーコメント、で通させます。その方が意味ありげでしょう」
 浩志は、ジュースを飲み干していた。
 迷いはあった。何といっても、その写真がスポーツ紙の芸能欄や週刊誌に出てしまったら、会社で何と言われるか。
 騒がれるのは無視しておけばいいといっても、もし、会社に取材の人間がやって来たりしたら、上司はいい顔をしないだろう。
「考えておいていただけますか」
 と、西脇は言った。「無理に、とは言いません。当然、そちらの事情もおありなんですから」
 西脇は、浩志が黙っているのを、どう受け取ったものか分からない様子だったが……。
「——では、今日はこれで。お呼び立てして申し訳ありませんでした」
 と、腰を浮かした。
「いくらです?」
 と、浩志が言った。
「え?」
「その役を引き受けるとして、ギャラはいくらですか」
 浩志は、西脇を見て言った。「迷惑料とでもいいますかね」
「なるほど。いや、もちろんお払いします。もっとも——こういうときの相場というのは、私も知りませんがね」
 と、西脇は笑った。
「そちらで決めて下さい。いただくのは当日で結構。それから、着て行く物です。こんなビジネススーツってわけにはいかないでしょう」
 浩志は、仕事の打ち合わせでもしているような口調で言った。
「そうですね。タキシードはお持ちですか」
 と、西脇は訊いた。
「まさか! そんな物を着る機会があると思いますか?」
「そうですな。では、こっちで用意しましょう。サイズはいくつです?」
 西脇が手帳をとり出す。
 二人の話は、ハンカチーフの色から、靴まで、細かく詰められて行った。
 ——もちろん、浩志は金が欲しくて、西脇にギャラを要求したわけではない。
 これはあくまでアルバイトだ。ゆかりとの間では、そうしておいた方がいい、と思ったのである。
 不安はあった。ゆかりが、この話をどう受け取るか。そしてもう一人は——。
「では前日に、お宅へ一揃い、届けさせますよ」
 西脇は手帳をポケットに入れると、立ち上がった。浩志も一緒に立ち上がると、差し出された手を握った。
「ゆかりを、よろしく」
 どっちが言っても、おかしくない言葉だった。
 
 バスルームの受信専用電話が、チン、と短く音をたてた。
 石巻克子は、バスタブに身を沈めて、スポンジで首筋の辺りをこすっていたが、その音を聞くと、一瞬手を止めた。しかし、すぐに気を取り直すと派手に水音をたてて、スポンジで膝やお腹の辺りをこすり始めた。
 大きな音をたてていた方がいいのだ。彼が安心して電話できるから。
 どこへ? もちろん自分の家へ、である。
 そうでなかったら、わざわざ克子がバスルームにいるときにかけることもあるまい。
 ベッドルームの方で電話を使うと、バスルームの方の電話が小さく音をたてる。彼はそれを知らないのだ。克子も、教えてやる気にはなれなかった。
 やきもちをやいているように見られるのはいやだ。——納得した上での付き合いである。彼の家庭を破壊しない、という約束をしてある。
 自宅には電話しない。もちろん、訪ねて行くなんて、とんでもないことだ……。
 克子は、少しのぼせてしまいそうになって息をつくと、バスタブを出て、バスタオルで体を拭いた。——軽い虚脱感。嬉しさ半分、虚しさ半分、というところか。
 終わった後はいつもこうだ。
 ただ、今夜は少し特別だった。予定外の一夜だったから。
 意外さが、いつもより克子を大胆にしたようだった。でも——終わってしまえば、いつもと何の変わりもない。
 克子はバスローブを着て、ドアを開けた。
 斉木は、ネクタイを締め直していた。
 何ごとも器用な男なのだが、なぜだかネクタイを締めると、なかなか長さがうまい具合に行かないのである。
「やってあげる」
 と、笑って克子は斉木の方へ歩いて行った。
 一旦ネクタイを外し、ワイシャツのえりを立てて……。簡単なことなのにね。
 そう。いつも、妻に締めてもらっているのだろう。だから、こうして克子とホテルへ入り、一旦外してしまうと、元の通りに締められない。
「悪いね」
 と、斉木は言った。
 斉木は背が高いので、仕上げできちっと長さを見るとき、克子は少し爪先立つ必要があった。
「もう、帰るんでしょ」
 と、克子は軽く言った。
「どうするかな。——何か軽く食べるかい」
 克子は首を振った。
「お腹、空いてない。それに、少しのぼせちゃった。もう少し休んでくわ。先に帰って」
「そうか。じゃあ……。この次のとき、また話そう」
「うん」
 克子は、ちょっと伸び上がって、素早く斉木にキスした。「忘れものしないで」
「子供じゃないぜ」
 と、斉木は笑った。「——じゃあ」
「またね」
 ベッドに腰をおろして、克子は小さく手を振った。
 斉木がスーツを着て、バッグを手に出て行くと、克子は、しばらく閉じたドアを眺めていた。
 何も食べたくなかったわけではない。斉木が「軽く」食べるか、と言ったのは、家で夕食の用意がしてある、という意味なのだ。
 だから克子は、食べないと言ったのである。
 斉木の妻の立場になれば——やはり、一週間、ニューヨークへ行っていると思った夫が帰って来るのだから、今夜は「特別な夜」なのに違いない。克子には、その邪魔をする気はなかった。
 それに、少々のぼせて暑かったのは事実だったし。
 克子はホテルの部屋のTVを点けた。
「でも——」
 と、口に出して呟く。「もう少し、いい趣味のネクタイ、選んでほしいわね。いつもスーツと全然合わないんだもの」
 面と向かっては言えないが、斉木の妻のセンスが、克子には気に入らない。決して、こういう間柄だからといって、偏見があるわけではなく、公平に見ても、ピントがずれてると思う。
 それが、斉木の妻について克子が知っている、ほとんど唯一のことである。
 斉木は、克子の勤め先と取引のある商事会社の社員だ。
 営業マンとしては優秀で、よく外国へも出かける。そのせいか、いわゆる「くたびれたサラリーマン」のイメージがなく、垢抜けして見える。
 ——実際、いやになるくらい、よくある話だ。克子自身、TVドラマなんかで、こういう取り合わせの「不倫ドラマ」を、いくつ見せられて来ただろう。
 まさか——まさか、自分がそんな立場に立つことがあるとは、思ってもみなかった。そして、一旦そうなってしまうと、「自分の恋だけは」よくある不倫とは違う、と思い込もうとする……。
 だが克子は、そんな自分を冷静に眺めることができた。たとえ、一時的に目のくらむことはあっても、それが正常な状態でないことは、承知している。
 それだからこそ、今のところ、自分に課したいくつかの「条件」にこだわって、斉木と付き合い続けていられるのだ。
 ただ——問題は、克子自身、よく分かっていることだったが、自分が遊びで男と関係を持つタイプではないということ。そこを、いつまでごまかしてやっていけるか、という点だった。
 まあいいや……。何も、今、その答えを出さなくても。まだ時間はある。そうでしょ?
 ぼんやりと眺めていたTVの画面に、急に見慣れた顔が出て来て、ふっと我に返る。
「あら。——邦子さん」
 お久しぶり、とでも声をかけたくなる。原口邦子が、ドラマに出ていたのだ。
 どうやら、いくつもあって、お互いそっくりで見分けのつかない刑事ドラマの一本らしい。邦子はスーパーマーケットのレジを、可愛い制服姿で打っていた。
「ありがとうございました」
 張りのある声。レジを打つ指の動きも、自然だ。——大した役でなくても、きっと猛練習したのだろう。邦子はそういうタイプなのだ。
 刑事がやって来て、邦子を店の外へ呼び出す。邦子が同僚にレジを頼んで、カウンターを出ながら、制服のエプロンをパッと外す。その手の慣れた動きは、ハッとするほどみごとだ。
 でも——残念なことに、TVドラマで、そんな所を注意して見る人間はいない。ろくにセリフも言えない新人が、可愛い顔でニッコリ笑って見せれば、その方が視聴者は喜ぶのである。
 邦子だって、可愛くないわけではない。しかし、どこか、邦子には暗いイメージがつきまとっていた。安土ゆかりのように、そこにいるだけで、周囲をかすませてしまう輝きには欠けているのである。
 TVドラマは、主役の刑事——本来は歌手なのに、何を言っているのか、セリフがさっぱり聞き取れない——が、邦子の証言を聞いて駆け出して行く、という、よくある場面でCFになった。
 たぶん、もう邦子の出番はないのだろうと思ったが、克子は、そのままTVを消さずにいた。
 ——安土ゆかりと原口邦子。
 もちろん、克子は昔から二人のことをよく知っている。兄を通してだけではなく、二人は克子が小さいころから、よく家にも遊びに来た。
 そう……。あのころ、うちは誰でも気軽にフラッとやって来られる、そんな雰囲気があった。
 まるで、遠い昔のようだが、まだほんの七、八年前の話でしかない。何もかもが変わってしまったのは。
 克子は、バスローブを脱いで、服を着た。——考えたくないことを考えてしまったときは、場所を移り、気分を変えることだ。
 TVの方は、再びドラマが始まっていたが、見ている気にもなれず、リモコンで消してしまった。
「ごめんね、邦子さん」
 と、一応謝っておく。
 しかし、兄の話では、邦子も三神憲二監督の映画で、大きな役をもらえることになったらしい。それが、邦子の人気を一気に盛り上げてくれたら、と克子は願っていた。
 別に、克子としては、邦子の方へ肩入れする気持ちがあるわけではない。しかし、ゆかりの人気はもう、「一人歩き」するところまで来ていた。
 でも——ゆうべ兄を引っ張り出したようなことをやっていたら、いつ何どき、足もとをすくわれるかもしれない。
 ——克子はホテルを出た。
 お腹が空いている。一人で何か食べて帰ろうか……。
 フラッと歩き出した克子は、かすかな、カシャッという音で、足を止めた。
 何の音だろう?
 周囲を見回す。——薄暗いホテル街に人の姿は見えなかった。
「気のせいかな」
 と呟くと、克子は肩をすくめてまた歩き出した。
 どこで、何を食べて帰ろうか。どうしても、斉木が自分の家で、妻と子供と一緒にテーブルを囲んでいる光景が、目に浮かんで来てしまう。
 それを振り払うように、足を早めて克子が立ち去った後、ホテルのかげから、コートをはおった若い男が現れた。そして、ホッと息をつくと、手にした小型カメラを見下ろして、
「頼むぜ。写っててくれよ……」
 と、呟いた。
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