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やさしい季節06

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:トラブル「すみませんでしたね」 と、西脇は恐縮していた。「まさか、あんなことになるとは」「いや。でも何ごともなくて良かっ
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 トラブル
 
「すみませんでしたね」
 と、西脇は恐縮していた。「まさか、あんなことになるとは」
「いや。でも何ごともなくて良かった」
 浩志は、しみのついたタキシードの胸の辺りを見下ろして、「これも別に、僕のもんじゃないですしね」
 パーティー会場を出て、ゆかりと浩志はロビーで休んでいた。
「私、怖かった」
 と、ゆかりはまだ青ざめている。
「気味の悪い男だったな」
「それだけじゃないわ。どうかしてるわよ。まともじゃない!」
「しかし、あの国枝ってのは、相当の顔役でしてね」
 と、西脇が言った。「あんな息子がいたなんて、知らなかった。——いや、全くご迷惑かけて」
 大宮が、汗をかきかきやって来た。
「車はもう玄関に回してあります」
「何をぐずぐずしてたんだ」
「すみません。玄関の所に、あの連中がいて、なかなか帰らないもんで、待ってたんです」
「そうか。——ゆかり、時間だ。打ち合わせがある」
「私、行きたくない」
 と、ゆかりはソファに身を沈めて、「くたびれちゃった」
「そうはいかないよ。向こうが待ってる」
 ゆかりも、行かないわけにいかないことは、よく分かっている。しかし、少しでも遅らせたいのだ。
「行くか」
 と、諦めたように立ち上がり、「ね、浩志も行こう」
「僕は明日、会社がある」
「へえ。私より会社の方が大事なの」
「おい、ゆかり。石巻さんを困らせるんじゃない」
「いいんです」
 と、浩志は笑って、「じゃ、車までだ。それで手を打つ?」
「許してやる」
 と言って、ゆかりは笑った。
 そして、浩志の腕にしがみついて、ぶら下がるように歩き出す。
「おい、重いよ。——やめろったら!」
 と、浩志は悲鳴を上げた。
 ——ホテルの玄関で、西脇はゆかりを先に車へ乗せると、
「色々どうも」
 と、礼を言った。
「いえ、アルバイトですからね」
「そうだ。明日、バイト代をアパートへお届けしますよ。タキシードはその子に渡して下さい。夜の方が?」
「夜でなきゃ、いませんよ、普通は」
 と、浩志は言ってやった。
 ゆかりたちの車を見送って、浩志は一旦パーティー会場へと戻った。
 まだ邦子がいるかもしれない、と思ったのである。
 パーティーもそろそろ帰る客がいる。ちょうど、その中に原口邦子の姿を見付けた。
「邦子。もう行くのか」
「あら。——だって、これでも三十分遅刻なのよ」
 と、邦子は言って、そばの女性に、「ついでにあと五分。ね? 社長さんに内緒よ」
 邦子のマネージャーであるその女性は、ちょっと笑って、
「五分よ。五十分じゃなくて」
 と、言った。「一本タバコすって来る」
 邦子は、浩志を少し離れた所へ引っ張って行くと、
「ゆかり、大丈夫だった?」
 と、訊いた。
「ああ。ちょっと怯えてたけど」
「当然でしょ。——怖かったわね、あの人」
「君が来てくれて助かったよ。それを言おうと思って」
 邦子は、ちょっと肩をすくめて、
「それが役者よ」
 と、言った。「もう社長さんがいなかったしね。カメラマンも、あらかた帰ってたみたい。幸運だったわね」
 浩志は、邦子の澄んだ目を、じっと見ていた。邦子は少し頬を赤らめて、
「何よ、ジロジロ見て」
「いや、別に……。本当にさ、三人だけでゆっくり会おう。僕の所でまずきゃ、克子の部屋でもいいし」
「そうね」
 邦子は愉しげに、「昔みたいに、キャーキャー騒ぐか」
「たまには必要だよ」
 邦子は首を振った。
「必要だから会うんじゃ、仕事の打ち合わせと同じじゃない。意味もなく会うの。それがいいのよ」
「ああ、そうだね」
「克子さん……元気?」
「勝手にやってるさ。あいつは大丈夫」
「たまには会ってる?」
「たまに、ね」
「時々、見に行ってあげないと。しっかりしてるけど、寂しいのよ」
 浩志は、少し戸惑った。
「克子が何か言ったのかい?」
「そうじゃなくて……。どっちかっていうと、私は克子さんと似たタイプだから、分かるの。あんなことがあって、とても傷ついてるだろうし……」
 浩志は、邦子の優しい笑顔を見ながら、
「君は、もう大丈夫なのか」
 と、訊いた。
「私? 私は平気」
 と、邦子は腰に手を当てて、バレリーナのように、クルッと回って見せた。「私って得なのよね。見たとこ、神経が繊細でしょ。割と同情を買いやすいタイプ。ゆかりなんかは、いつも明るいイメージだからね。可哀そう」
 浩志は微笑んだ。
「そうだな。——君は、ちゃんと自分で目標を決めてる」
「そうよ。それが大切なの。いくら仕事が入って、忙しくても、何か一つずつ挑戦して征服していくんでなきゃ、つまらないじゃない! 今の私には、三神憲二っていう『相手』がいるんだもん。何があろうと、平気」
 浩志も、言葉通りに受け取っているわけではないが、こうして自分を励ましている邦子を冷やかす気にはなれない。
 ゆかりが、生まれついてのスター(そんな人間がいるとすればだが)だとすると、邦子は生まれながらの役者である。——旧友の前でも、邦子は「幸福」を演じている。
 それは見ていていじらしいほど、みごとだった。
 女性マネージャーが戻って来て、邦子は、ちょっと浩志の手を握ると、
「じゃあね」
「こっちからも連絡するよ」
「うん。楽しみにしてる」
 邦子は、マネージャーと一緒に、急ぎ足で歩いて行った。
 浩志は、邦子の姿が見えなくなるまで見送っていたが、やがて、少し疲れが出て来たのか、ウーンと伸びをした。
「帰るか……」
 と呟いて、「妙な夜だったな」
 首を振って、ちょっと肩をすくめる。
 そして浩志は、ホテルの正面玄関へ出るべく、エスカレーターの方へと歩いて行った。
 パーティーがどこか他の会場でも終わったらしく、タクシー乗り場は、ズラッと行列ができていた。
 この白のタキシード、しかもジュースのしみつき、という格好では、電車で帰るのも気が進まない。仕方なく、浩志は列に並んだ。
 待つこと三十分。やっとタクシーに乗ったときには、少し腰が痛くなって来ていた。
 どうしようか。——少し迷ってから、浩志は克子のアパートへ寄ることにして、運転手に行き先を告げた。
 雨が降り出している。
 車のライトの中で、雨が細いクモの糸のように光った。
 浩志の乗ったタクシーが出ると、すぐ、玄関前の目立たない位置に停めてあった車が動き出し、タクシーの後について走りだした……。
 
 昼休みになると、浩志はたいてい一人で食事をする。
 同僚の多くは、たいてい連れ立って、この近くのソバ屋だの、ランチの安いレストランを捜して行くのだが、浩志は、昼には一人になりたい、と思う方である。
 だから、あんまり同じ会社の人間が来ない店を選んで行くのだが、それが裏目に出ることも、ないではない。
 時には、部長の一人が、どう見てもただの仲ではない女性と昼食をとっていて、必死でそっちを見ないふりをしてみたり、まさか、と思う課長が、サラ金の取り立て屋らしい男に平身低頭しているのを目撃したり……。
 まあ、面白いと言えば確かに面白いが、浩志自身は、他の人間が何をしていようが、あまり関心ないという性格。
 今日も、ランチの〈Aコース〉を一人でとっていると……。
「石巻さん」
 と、森山こずえがやって来た。
「やあ。珍しいね」
「たぶんここだと思ったの。——座ってもいい?」
「もちろん。もう昼は?」
「すませたわ。——コーヒー下さい」
 と頼んでおいて、「もしかしたら、安土ゆかりと待ち合わせかな、と思って」
 浩志はドキッとした。
「何の話だい?」
「とぼけたって、だめ。これ、石巻さんじゃないの」
 と、森山こずえが見せたのは、スポーツ紙の芸能欄。
 もちろん、白のタキシードの浩志が、ゆかりと腕を組んでいる写真が、でかでかとのっている。
「それか。——課長からも言われたよ。似てるな、って。ちゃんと出てるだろ。どこだかの実業家の息子だって」
 でたらめな経歴は、大宮がでっち上げたものだ。
 名前は単に〈O氏〉となっていた。
「ごまかしてもだめ」
 と、こずえが愉しげに言った。「隣の席でいつも仕事してんのよ。分からないと思ってるの?」
「しかし、ちゃんと——」
「それに原口邦子と親しいじゃない。原口邦子は、安土ゆかりと同じ高校の同級生。偶然とは思えないわね」
 こずえはぐっと身をのり出して、「どう? 白状したら?」
 と、問い詰めて来た。
 浩志は、ため息をついた。
「分かったよ……。でも、これは内緒だぜ」
「誓うわ」
 と、こずえは胸に手を当てて、大げさに言った。
 浩志が、ゆかりの「臨時の恋人」役をやるはめになった事情を説明すると、こずえはコーヒーを飲むのも忘れて、聞き入っていた。
「——大変ね! じゃ石巻さん、本当に、安土ゆかりとも親しいんだ」
「うん……。親しい、ったって、恋人とかってわけじゃない。原口邦子と同じ、話し相手さ」
「でも、面白いじゃない!——その暴力団の顔役って、どんな風だった?」
「いや、それがね……。どうにも——」
 浩志がパーティーでの出来事を話すと、森山こずえは真顔になった。
「怖いわね。スターってのも、楽じゃないのね」
 と、首を振って、言った。
「僕はどうってことないけど、ゆかりみたいに、いつも人の目にさらされてる人間は可哀そうだよ」
 こずえが、ちょっと笑った。
「何かおかしい?」
「だって——石巻さんって、本当にやさしいんだなあ、と思って」
「どうかな……」
 浩志は曖昧に言った。「こういう役割が、性に合ってるのさ」
「その内、どっちかの子と恋愛関係にはならないの?」
「無理だろうね。二人とも、昔からよく知りすぎてるからな」
 コーヒーを飲み終えて、「行こうか」
 と、浩志は立ち上がった。
「コーヒー代、いいの? ごちそうさま」
 こずえと二人で、会社のビルへと戻って行く。
「このこと、秘密だぜ」
 と、ビルへ入る前に、浩志は念を押した。
 しかし、それはむだなことだったのだ……。
「——石巻さん」
 と、受付の子が、青い顔でやって来た。
「何だい?」
「お客様なの。あの——」
「何か苦情?」
「そんなんじゃなくて……」
 と、受付の子が、指で頬にスッと線を引いた。
 ヤクザ? まさか!
 しかし、実際、受付に立っている二人の男は、一見してそれと分かる風体だった。
「——何かご用ですか?」
 と、浩志は言った。
「国枝さんの坊っちゃんからの伝言でね」
 と、一人が言った。
「誰のことです?」
「とぼけてもだめさ」
 と、その男は笑った。「ちゃんと、あんたの後をつけたんだ。アパートもつき止めてあるよ」
 時間がまずかった。
 ちょうど昼休みの終わりの時間、ゾロゾロと同僚や上司がエレベーターを出て来る。一見してヤクザと分かる男たちと浩志が話しているのを、目に止めない人間は、一人もいなかった。
「迷惑ですね」
 と、浩志は、できるだけ落ちついた口調で言った。「こっちは普通の勤め人ですよ」
「実業家の坊っちゃんじゃなかったのかい?」
 と、ヤクザの一人が笑って言った。「ま、それはそれとして……。ともかく、坊っちゃんはあの娘に惚れていなさるんだ。あんたは一切手を引けってよ」
「無茶な言いがかりだ」
「無茶は承知さ。それを通すのが、俺たちの商売だ」
 と、相手はニヤついている。「あの坊っちゃんはな、こうと思い込んだらしつこいんだぜ。ま、悪いことは言わねえよ。あの娘から手を引くこった」
 浩志は、男たちが、わざとらしく肩を揺すって帰って行くのを、じっと見送っていた。その仕草は、ふき出したくなるほどこっけいだったが、もちろん笑っていられる場合ではない。
「石巻さん……」
 と、そばで見ていた、森山こずえが言った。
「まずいことになった」
 と、浩志は首を振った。「ちょっと電話をかけて来る。すぐ戻るよ」
「分かったわ」
 浩志は一階へ下りると、公衆電話で西脇へ電話をかけた。
 しかし、西脇はどこだかロケの現場へ出向いていて、今日は戻らない、という。
 ゆかりの居場所、と思ったが、向こうもすぐにはつかめないらしい。
「じゃ、連絡がついたら、大至急電話をくれと——。マネージャーの方でもいいですから。——そう、石巻あてに」
 電話を終えて、エレベーターに乗ると、浩志はフーッと息をついた。
 ゆかりもとんでもない奴に惚れられたもんだ。しかも、向こうは浩志のアパートまで、ちゃんと知っている。
 浩志は、ゆかりの身が心配だった。ああいう手合いは、どんな乱暴な手段をとるかもしれない。
「——呑気だな」
 と、浩志は苦笑した。
 それこそ、自分のクビの方を心配しなくちゃならないかもしれない、というのに。
 席へ戻ると、こずえが、
「早速部長がお呼び」
 と、低い声で言った。「空いてる会議室へ来いって」
 浩志は、結局、椅子にかける間もなかった。
 部長の風間は、仏頂面で浩志を待ち受けていた。
 もともと、いつも胃の具合が悪いと言ってこぼしている男である。
「おい、どういうことなんだ」
 と、口を開くなり言った。
「色々複雑でして」
 と、浩志は言った。「スポーツ紙の記事をご覧になりましたか」
「ああ。——あれはお前なのか?」
 と、風間はメガネを直した。
「実は、頼まれて、あの役を引き受けたんです」
 ここは正直に話すしかない。
 浩志は、ゆかりと同郷で、昔なじみであることから、あのパーティーでの出来事まで、かいつまんで話した。
 風間は呆気にとられている様子で、
「TVドラマみたいな話だな!」
「ドラマなら楽ですが、これは現実のことなんです」
 と、浩志は言った。「会社にご迷惑をおかけするようなことはないと思いますが……」
「いや、俺はまた、お前がサラ金で、借金でもこしらえたかと思ったんだ」
 と、風間は言った。「大変じゃないか、お前も」
「はあ……。しかし、ゆかりの方が心配です」
「『ゆかり』か。——そんな旧友がいたとはな」
「お騒がせして、申し訳ありません」
 浩志は、立ち上がって、「もう戻っていいでしょうか」
「ああ、構わん」
 ホッとして、退出しようとする浩志へ、
「おい、石巻」
 と、風間が声をかけた。
「は?」
「今度……もし、その——ゆかりさんに会うことがあったらだな、一つ、サインをもらってくれるか」
 浩志は、風間が少年のように真っ赤になっているのを見て、おかしくなった。
「頼んどきます」
「ああ。ついででいいからな」
 ——席へ戻って、浩志は、仕事にとりかかった。
 しかし、どうにも落ちつかない。ゆかりは大丈夫だろうか?
 電話が鳴って、急いで出てみると、マネージャーの大宮からだった。
「良かった! ゆかりは、今、一緒ですか?」
「ええ。鎌倉で、グラビアの撮影がありましてね。どうかしましたか」
 浩志の話で、きっと大宮は真っ青になっていただろう。すぐ社長へ連絡する、と言った。
 浩志はとりあえずホッとしたが、社内に自分とゆかりのことが知れ渡ったことは、間違いなかった。
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