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やさしい季節08

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:悩みの季節 すぐには席に戻れなかった。 浩志は、喫茶室でコーヒーを一杯飲んで、気持ちを落ちつけなくてはならなかった。 こ
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 悩みの季節
 
 すぐには席に戻れなかった。
 浩志は、喫茶室でコーヒーを一杯飲んで、気持ちを落ちつけなくてはならなかった。
 このことを、すぐ西脇へ連絡しておかなくては。ゆかりの身辺を、もっと用心する必要もあるだろう。
 それにしても……。浩志は、テーブルに、国枝が無理やり握らせて行った車のキーを置いて、ため息をついた。
 たぶん、一千万は下らない外国のスポーツカーである。国枝としては、これを「受け取った」ことで、今後、浩志に、
「一切口を出すな」
 と、因果を含めたというわけだ。
 もちろん、あんなものを受け取るわけにはいかない。しかしあの場で、
「いらない」
 などと言おうものなら、あの二人に何をされたか。
 といって、あの車をどうやって返せばいいものやら、見当もつかない。浩志は、コーヒーを飲み干すと、重苦しい気分で、立ち上がった……。
 ——席へ戻ると、森山こずえが、
「ね、妹さんから電話よ。急用ですって」
 と、ちょうど受話器を差し出した。
「ありがとう……」
 フーッとともかく息をついてから、「もしもし。克子か。どうした?——何だって?」
 浩志は、会社にいることも忘れて、大声を出してしまった。
「お父さんが来たの」
 と、克子はくり返した。「夜中の四時よ。もうクタクタ」
「しかし……どうして?」
「何も言わないの。ともかく、今日帰りに寄ってよ」
「分かった。——向こうに連絡は?」
「必要ないって言うの。ともかくこっちも、大迷惑。夜中にお風呂へ入られて、今朝、下の部屋の人に散々文句言われたわ」
「そうか……。分かった。今、親父は?」
「私のとこよ。たぶん寝てるでしょ」
 克子はそう言って、「もう切るね。仕事中に私用電話してるとうるさいの」
「ああ。じゃあ、今夜な」
 浩志は、何だか急にぐったり疲れが出て、しばらくは、仕事が手に付かなかった……。
 
 昼休みになって、浩志は、いつものレストランへ行くと、一人でランチを食べて、やっと気をとり直した。
 父親の上京。——思ってもみない出来事である。
 父親とは、もう何年も会っていない。
 思い出すだけで、浩志の胸は小さく痛む。——苦い、あの日々のことで。
 いや、思い出したくない。
 浩志は首を振った。ちょうど食後のコーヒーを運んで来たウエイトレスが、
「どうかしました?」
 と、訊いた。
「あ、いや——何でもないんです」
 浩志は、あわてて、目の前に置かれたコーヒーをガブッと飲んで、熱さに目を白黒させた。
 ウエイトレスが戻って行って、声を必死に押し殺して笑っているのが聞こえて来る……。
 まあいい。俺はいつも「笑われ役」で、それが似合ってるんだ。
 それにしても……。一体何があったんだろう?
 父が東京へ出て来た。子供たちに会いたくなって、というわけじゃないだろう。そんな殊勝な人間ではない。
 財布に、もらいもののテレホンカードが入っている。浩志は、レストランの入り口近くの公衆電話を使うことにした。
 かけると、すぐに向こうが出た。
「石巻でございます」
 言葉を出すのに、少し努力が必要だった。
「法子さんですね。浩志です」
「あら、どうも。お電話してみようと思ってたんですよ」
 いかにも愛想のいいしゃべり方。しかし、その裏には、何とも言えない冷ややかさが、透けて見える。
「父と、何かあったんですか」
「お父様、そっちへ行ったんでしょ?」
「ええ、ゆうべ——というより、今朝早くやって来て。何も言わないんです。一体どうしたんですか」
「お父様から、直接お聞きになったら?」
 と、法子は至って冷静である。
「あなたは父の奥さんじゃありませんか。心配してなかったんですか」
「もちろん、してましたわ。でもね、こんな町で、警察に捜索願なんか出したら、アッという間に町中の噂になってしまうでしょ。たぶん、浩志さんか克子さんの所だと思ってましたから。克子さんの所へお電話したんですけど、どなたも出られなくて」
「妹も仕事があるんです」
「それは承知してますわ。じゃ、浩志さんの所にいるんですね、あの人」
「ええ」
 浩志は、克子に負担をかけたくなかったのである。仕事で疲れている所へ、父親が転がり込み、その妻とやり合わなくてはならないのでは可哀そうだ。
「父を迎えに来てくれませんか。こっちも一人暮らしで、とても父の面倒はみられません」
「あら。でも、当人はどうしたいって、言ってます?」
「ずっと眠ってて、話してません」
 と、浩志は言い返した。「だから、お電話してるんじゃないですか」
「あの人も子供じゃないんですから」
 法子の言い方は、突き放すようだった。「本人が帰りたくないと言えば、無理に連れては帰れません」
「しかし、自分の家ですよ」
「ともかく、夜にでも、またご連絡しますわ。それともかけて下さる?」
「かけましょう、こっちから」
 と、浩志は冷ややかに言った。
「助かるわ。電話代も馬鹿になりませんからね」
 と、法子は言った。「浩志さん」
「何ですか」
「まだ結婚されないの?」
 答える気にもなれなかった。
「もう切ります。仕事があるので」
 浩志は、向こうの言葉を待たずに、受話器を置いた。
 頭に血が上っている。——むしょうに、誰かと話したかった。心を許せる誰かと。
 ゆかりは無理だろう。ふと、ゆかりから頼まれていたことを、浩志は思い出した。
 邦子の事務所へかけてみる。
「はい、〈××事務所〉です」
 出た声に、浩志はびっくりした。
「邦子か?」
「あ、浩志?——わあ、嬉しい」
「何してんだ?」
「ちょうど誰もいなくってね。お留守番してたの。浩志のこと、考えてたんだよ」
「へえ、光栄だな」
 浩志は、やっと気持ちが軽くなるのを感じた。「今夜、ちょっと会えないか」
「いいけど……。夜中の生番組があるの。TVの深夜もの。馬鹿話ばっかりしてるのを、そばで黙って聞いてりゃいい、って役」
「そんなに遅くはならないよ」
「あら残念。ホテルにでも誘ってくれるかなと思ったのに」
「ホテルでアイスクリームでもどうだい?」
「甘い話をしようってわけね? OK。どこで?」
 時間と場所を決めて、切ろうとすると、
「浩志。私ね、オペラの先生について、声楽始めたの」
「へえ」
「お腹から声が出るようになるし、セリフがよく聞きとれるようになるからって。その内、凄いソプラノの声、聞かしてやるね」
「僕のアパートじゃ、やめてくれよ。近所が仰天して飛び出して来る。悲鳴だと思って」
「失礼ね!」
 と、邦子は笑った。「じゃ、後でね」
「うん。留守番、しっかり」
 邦子となら、本当に気軽にしゃべれる。打てば響くように、邦子は言葉を返して来るのだ。
 その点、ゆかりはそこまで頭の回転が早くない。——それが個性というものだろう。
 
 邦子は、たいてい約束の時間に遅れることなく、やって来る。
 もちろん、前に仕事が入っていて長引くと、遅れることもあるが、その点、ゆかりはもっとひどい。二人のスケジュールの詰まり方は、天と地ほどの差がある。
 こと、「スター」というものは、売れるか売れないかのどっちかで、「ほどほど」ということはないものなのである。
「やあ」
 邦子は、大きなバッグを肩から下げて、元気よくやって来た。
「何か食べるか?」
「そうね。焼き肉でもどう?」
「ちょっとやかましいが、まあいいか」
 と、浩志は立ち上がって言った。
 ——小柄ながら、邦子はよく食べる。
 毎日のレッスンで、体力も使っているのだろう。この日も、邦子は浩志よりはるかによく食べた。
「どうなったの、ゆかりの方?」
 と、ビールを飲みながら、邦子は訊いた。
「真っ赤なスポーツカー」
「何、それ?」
 ジュージューと肉の焼ける音の中で話すと、何だかいかにも間が抜けて聞こえた。
「——へえ、呆れた。凄いことやるのね。で、その車、どうするの?」
「うん……。困ってる。何かいい手、ないか?」
「そうねえ……」
「ずっと会社の前に置いときゃ、誰かが盗んでくかな」
「だめよ。『俺のやった車を盗まれたのか』って、怒るわよ、きっと」
「そうか」
 邦子が、肯いて、
「何かいいアイデア、ひねり出して、連絡してあげる」
「頼むよ」
 と、浩志は、息をついて、「腹一杯だ! そうそう。肝心の話を忘れるところだった」
「何?」
「ゆかりから頼まれたんだ。君に訊いてみてくれって」
「ゆかりから?」
 浩志は、スペシャルドラマの話を伝えた。ゆかりが、自分の主役のドラマなので、気にしているということも、説明した。
「ゆかりったら」
 邦子は、ちょっと笑って、「変に気つかって」
「どうだい? スケジュールもあるだろうけど」
 浩志の渡したメモを、邦子は見ていたが、
「うん。やれると思うよ」
 と、肯いた。
「そうか。きっとゆかりも喜ぶよ」
「二人のからみ、あるのかなあ」
 と、邦子は言った。
 そういえば、邦子とゆかりが、一緒に仕事をしたことはないはずだ。
 もともと、ゆかりはアイドル路線、邦子は純粋に役者としての道を歩いているから、出会うことも少なかったのである。
「台本もらって、読んでみる」
 と、邦子は言った。「どこへ連絡すればいいの?」
「僕がゆかりの方へ伝えて、そっちの事務所へ知らせるよ」
「分かった」
 邦子は肯いた。「例の巨匠がね、前の仕事のびてて、こっちのクランク・イン、遅れそうなの」
「三神憲二かい?」
「そう。撮り終えたシーンの色がどうしても気に入らないって、一回ばらしたセットをもう一度組み立ててるみたい。大変よね、スタッフも」
「そこが巨匠らしいところなんだろうな」
「でも——それがあんまり長引くと、こっちの仕事に影響が出ちゃうし。苛々してても仕方ないしなあ、とか思ってたの」
 邦子としては、これが一つの転機になると思っているから、万が一、企画が流れたりしたら、と不安なのだろう。
「でも、大丈夫だろ。——もう、食べない?」
「お腹一杯! ごちそうさま。浩志、食べてよ」
 焼き肉の、皿に残った二、三きれを、網にのせる。——脂身が炎を上げて燃えた。
「何か仕事が入ってる方が、気が紛れていいや。ゆかりとも会えるかもしれないしね」
 と、邦子は少し無理な笑顔を作った。
「二人の出番があったら、見学に行くかな」
「やめてよ。あがっちゃってNG出しちゃう」
 と、邦子は笑った。
「君はNGが少ないんだろ」
「そうね……。大した役じゃない、ってこともあるけど、全然セリフの入ってない人とか、いるからね。主役でよ。信じらんない。で、NG出して、キャッキャ喜んでる」
 と、邦子は首を振った。
 確かに妙な世の中だ、と浩志は思う。TVで「NG特集」なんて番組があるのだから。普通だったら、失敗したところなど、恥ずかしくて人に見せたくないだろうに、却って「NGの方が面白い」なんて言われたりするのだ。
「そりゃ、現場で色々ハプニングはあるけどね。セリフ忘れたり、とちったりするのはそういうんじゃないでしょ。役者の最低限の義務よね。NG出したら、恥ずかしい、と思わなくちゃ」
 邦子はゆっくりビールを飲み干して、「でも、こういうこと言ってんのが、古いのかな」
 と、息をついた。
「いや、邦子みたいな考え方してる役者が、もっといなきゃいけないんだと思うよ」
 と、浩志は言った。
「三神憲二のときは大変らしいの。撮影前に全部セリフが入ってるのは当たり前、って雰囲気だって。でも、やる気出るな、そういうのって」
 邦子の目に輝きがある。
 ——この邦子の夢を潰したくない、と浩志は心から思った……。
 
 邦子を事務所まで送って、浩志は克子のアパートへと足を向けた。
 気は重いが、やむをえない。克子ももう帰っているだろう。早く行ってやらなくては。
 ——アパートの部屋は明かりが点いていた。
 ドアの前に立つと、すぐドアが開いた。
「ごめんね、無理言って」
 克子はジーパン姿で、「入って」
 と、促した。
「親父は?」
 上がってみて、浩志は言った。
「タバコ買いに行ってる。私が、自分で行けって言ってやったの」
「そうか」
 浩志は、畳の上にあぐらをかいた。「何か言ったか?」
「全然。お兄さんが来てから、と思って」
「一応電話してみたんだ、昼間」
「法子さん? 何だって?」
「まるでらちがあかないよ。親父がいなくなったことも、大して気にしてないようだった」
「もともとそういう人じゃない」
「しかしなあ……。親父をずっとこっちへ置いとくわけにはいかないし」
「三、四日ならともかく、ずっとなんて、ごめんよ、私」
 と、克子は言った。「それに、ここの契約に違反することになる。私まで追い出されちゃうわよ」
「よく話してみよう。ともかく、自分の家があるんだから——」
 ドタドタと階段を上って来る足音がした。克子はため息をついて、
「あれだもんね。注意すりゃ怒るし」
「ちっとも変わってないな」
 と、浩志は苦笑した。
 ドアが開いて、父親が入って来た。
「浩志か。——遅かったな」
 ずいぶん老けた、と浩志は思った。
「仕事があったんだ。どうしたのさ、一体?」
 石巻将司は、畳にゴロッと横になると、
「おい、灰皿」
 と、言った。
「どこかへしまい込んじゃったわよ。——いいわ、このもらいもんの小皿、使って」
 石巻将司は百円ライターでタバコに火をつけると、うまそうに煙を吐き出した。
「説明してよ、父さん」
 と、浩志は言った。「何があったんだ」
 石巻将司は、しばらく黙ってタバコをふかしていたが、
「法子の奴から聞け」
 と、言った。
「電話してみたよ。でも、父さんから聞いてくれってさ」
「そう言ったのか、あいつ」
 と、父親はちょっと笑った。
「——夫婦喧嘩?」
 と、克子が言った。「それにしちゃ大げさね。家出して来ちゃうなんて」
「あいつとは別れた」
 浩志と克子は顔を見合わせた。
「父さん、別れたって……正式に離婚したのか?」
「それはまだだ。手間もかかるしな。ともかく、出て来たんだ」
「別れるにしても、どうしてお父さんが出て来るわけ?」
 と、克子が言った。「法子さんが実家へ戻るのが普通でしょ」
「もう俺の家じゃない」
 と、石巻将司は言った。
「どういう意味だい?」
「借金の担保になって、とられた」
 浩志と克子は、しばし唖然として、言葉もなかった。
「借金って……。何に金をつかったのさ?」
「憶えてるだろう、法子の弟の——株屋をやってた奴」
「ああ。何だか得体の知れない人だった」
「あいつがな、話を持って来たんだ。儲け話がある、と言って。ぜひ投資してくれ、と」
「儲け話?」
「山一つ、いい石が採れるといって、買わないか、というんだ。東京の採石業者が目をつけてる。今なら、安く買える。一年もすりゃ五、六倍で売れる、と……。法子の奴も、ぜひ買いなさいよ、と言ってすすめたんで……」
「馬鹿だな! そんなうまい話、あるわけないじゃないか」
「今思えばな。しかし、あのときは、本当らしかったんだ。町長とも親しいって不動産業者が、間に入ってたし。——ともかく、それで家、土地も担保に入れて金を借りた。山は買ったが、何の値打ちもなかった」
「それで……。何もかも?」
「ああ。——後で分かった。金を貸してくれた金融業者も、その不動産屋も、法子の弟の仲間だったんだ」
 克子は、顔から血の気がひいた。
「じゃ……法子さんが仕組んで……」
「あいつ、男ができてたんだ。若い男が。そいつが、法子の弟たちとグルになって……」
「何てことだ!」
 浩志は、思わず呟いた。父親は、他人ごとのように話しながら、タバコをすっていた。
 
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