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やさしい季節16

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:交換条件 彼氏によろしく、か。 兄にそう言われて、克子はドキッとしたのだった。ちょうど今しがた、斉木と電話で話したばかり
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 交換条件
 
 彼氏によろしく、か。
 兄にそう言われて、克子はドキッとしたのだった。ちょうど今しがた、斉木と電話で話したばかりだったからだ。
 斉木が八時過ぎには自由になるというので、克子も残業を八時まで、ということにした。もちろん、それだけが理由ではない。
 大して仕事もないのに残業しているのは、むしろ男の社員の方に多い。少しでも残業手当をふやそうというのなら、何だか侘しい話である。
 克子は、残業でも勤務時間中と同様、きっちり仕事をしている。性格というものだろう。
 それにしても……。兄の話も、少しは気になった。
 父がヤクザの所に世話になっている? ちょっと信じられないような話である。
 別に父のことを心配しているのではなかった。兄や自分に、厄介ごとが降りかかって来るのではないかと思ったのだ。
「本当に……。放っといてほしいもんね」
 と、思わず克子は呟いた。
「石巻君、電話」
 と、残業している男性が声をかけた。「3番で取ってくれるか」
「はい! すみません」
 パッと電話を取って、「——はい、石巻でございます」
 向こうは沈黙していた。
「もしもし。——どちら様ですか?」
 電話は切れた。克子は首をひねった。
「何だ、出なかった?」
「ええ。誰からでした?」
「名前、言わなかったね。女性だったよ」
「そうですか。——すみません」
 誰だろう? 見当もつかない。
 克子は、肩をすくめて仕事に戻った。
 八時まで、たっぷりと仕事をする。——斉木と会う前は、気分が高揚しているせいもあるのか、いやに張り切って仕事をしてしまうのである。
 八時になると、息をついて、机の上を手早く片付ける。
「お先に失礼します」
 と、まだ残っている何人かに声をかけて、ロッカーへ。
 ——今夜は、斉木の後輩が転勤して行くので、その送別会。斉木は二次会へ行く代わりに、克子と待ち合わせているのである。
 普通なら、三次会ぐらいまで付き合って、帰りが夜中過ぎるのが当たり前。その分、克子ともゆっくり過ごせるわけだ。
 仕度をして、ビルを出ると、克子は足早に地下鉄の駅へと歩き出した。
 足どりは弾むように軽く、つい笑みが浮かぶ。
 本当は、心の底では重苦しいものを抱えているのだが、それだけに、ひとときの安らぎの間は、何もかも忘れていたかったのである。
 地下鉄の駅へ下りる階段をタタッと下って行くと、バッグから定期入れを取り出す。
「あの……」
 と、呼びかけられても、自分のことだとは思わなかった。
「石巻さんですね」
 と言われて、
「え?」
 足を止める。振り返ると、色白の上品な感じの女性が立っていた。落ちついたスーツ姿なので、少し老けて見えるが、三十代の半ばくらいだろう。整った容貌で、美人と言っていい。
「あの——」
「石巻克子さんでしょう?」
 と、その女性は言った。
「ええ。そうですけど」
「斉木の家内です」
 あまりに思いがけないことだった。——本当なら、すぐにピンと来なければいけなかった。
 それなのに、どうして分からなかったのだろう。
「ちょっとお話があるんです」
 と、斉木の妻は言った。「お時間はとらせません」
 拒めるわけがない。克子は、その女性について、歩いて行った。
 地下鉄の駅を出て、近くのオフィスビルへ入る。——最上階に、レストランとバーが入っているのだった。
 そのバーへ入って、二人は、ほの暗い照明の下、ゆったりとしたソファに腰をおろした。
「私、ジンフィズを」
 と、斉木の妻は注文して、「何になさる?」
「あの——何かジュースを」
 と、克子は言った。
「オレンジかグレープフルーツになります」
 と、ウエイターが言った。
「グレープフルーツを」
 と、克子は言った。
 あまり間を置かず、斉木の妻は口を開いた。
「斉木南《みな》子《こ》です。名前は知ってらした?」
「いえ」
 知っていたのは、いつも斉木のネクタイがスーツに合わないことだけだ。
「東西南北の『南』と書くんです」
 と、斉木の妻は言った。「斉木南子。——上下のバランスが、あんまり良くないんですけどね」
 そう言って、斉木南子は笑った。
 克子は、見えない手で喉をしめつけられているようで、息苦しい気がした。
「あなた、二十一歳ですよね」
 と、斉木南子は言った。「調べさせていただいたわ。当然でしょう」
 何と言うべきだろうか。手をついて謝るのか。——克子は、固く両手を握り合わせた。
「心配しないで下さいな」
 と、斉木南子は淡々とした口調で言った。「主人と待ち合わせているんでしょ? 大丈夫。そんなに時間はかかりません」
 飲み物が来ると、南子は、一口飲んでから続けた。
「あなたのことは、興信所で調べてもらいました」
 バッグから写真をとり出す。「——あなたと主人の写真。あなたといると、ずいぶん若く見えるわ、あの人」
 克子は、自分の前に置かれたジュースに、そっと手をのばした。
「初めのころから、気付いてました」
 と、南子は言った。「男の人って、本気で信じてるのかしら。妻に分からないだろうって。——すぐに分かりましたわ。あなたと会って帰る日は、顔つきも違います」
「奥さん……私……」
「手短に言いましょうね」
 と、南子は言った。「斉木とは、もうここ何年か、うまく行っていませんでした。娘がいますけど、今十歳。まだ、両親の不仲の分かる年齢じゃありません」
 そうだろうか。——しかし、意外だった。斉木は、家庭が充分にうまく行っている、と話していたのだ。
「斉木に女性がいると知って、ホッとしたんですよ。本当に。——私にも恋人がいるんです」
 克子は、愕然として、南子を見つめた。
「もちろん、娘がいますから、そう年中は会えませんけど、ときどき、実家の母にみてもらって、こっちは父母会の集まりとか、お華のお友だちと食事するとか言って、出かけるんです。主人は疑ったこともないでしょう」
 南子は、平然としゃべっている。「ともかく——主人にはあなたがいるわけですから、私も安心して、その男性と会えるんです」
「そんなことが……」
「あなたにお願いがあって」
 と、南子は言った。「私、主人とは別れるつもりです。あなたのことがなければ、そこまでは踏み切れなかったでしょう。主人に未練があるからじゃなくて、離婚となると、子供をどっちが引き取るか、問題になりますものね。娘は手放したくありません。絶対に!」
 突然、南子の目が鋭くなる。
「石巻さん。——主人とあなたがどうするつもりか、私には分かりません。でも、少なくとも、私と主人が別れても、主人の所に娘がいたら、あなたは主人と結婚するのに大変な苦労をしょい込むことになります。でも、娘が私の手もとに来れば、あなたは主人と二人きりで、どうでも好きなようにできるわけです」
 克子は、南子の発言に混乱していた。
 てっきり、斉木の妻から責め立てられ、夫と別れろ、と迫られるのだと思っていたのに——。
 斉木南子の話は、あまりに思いがけないものだった。
「奥さん、おっしゃることがよく分かりません」
 と、克子は言った。「私は……ご主人とのことで、そちらの家庭を壊したりすることだけは避けるつもりでした。万一、奥さんに知られたら、すぐに身をひこうと——」
 南子がフフ、と笑った。克子は当惑して、言葉を切った。
「相手の家庭を壊す気はない。——不倫をするOLはたいていそう言うんですって」
 と、南子は言った。「そんなことがあり得ると信じてらっしゃるの?」
 克子は、何とも言えなかった。
「夫と初めて寝たとき、もうあなたは私と夫の間に立ちはだかったんです。夫にとって、あなたは初めての浮気相手ではありません。もし初めてだとしても、いつも私を抱く度に、あなたと私を、頭の中で比較しているんですよ。——妻にとって、どんな屈辱か、お分かりになる?」
 南子の口調は淡々としていたが、克子に反論を許さないものがあった。
「でも、そんなことは、どうでもいいの」
 と、南子は肩をすくめた。「今はもう……。私も、夫よりすばらしい人を見付けましたから。その人は、私が娘と一緒でも構わないと言っています」
 克子は、ゆっくりと息をついて、
「つまり……私とのことが原因で、離婚されるわけですね」
「そう。悪いのは夫の側。娘は私が引き取る。お分かり? あなたにとって、損はないはずよ」
「私にどうしろと——」
「身をひかないでいただきたいの」
 と、南子は言った。「夫は、遊びのつもりでしょう。私が別れると言い出したら、焦って、あなたとの仲を清算にかかる。——きっと、そうしますよ。そういう人だから」
 克子にも、それは分かっていた。斉木には、家族を捨てて、克子の所へ走る気はない。
「そのとき、あなたにあっさり身をひかれちゃ困るの。あなたは、あくまで夫と離れないと頑張って下さい。夫の決心がぐらつくくらいに」
「そんなことは——」
「できますとも」
 と、南子は言った。「あなたは若いわ。その若さがあれば、夫を迷わせるのは、難しくない。男は、うぬぼれの強い動物ですからね。若い子に恋されている、と知って悪い気がするはずはありませんよ」
 克子は、南子の、他人事のような話し方に、まるで夢でも見ているような気がしていた。
「あんまり遅くなってもいけないわね」
 と、斉木南子は、腕時計を見た。「——もう行って下さい。夫と待ち合わせでしょ」
 そう言われても、克子は、立つに立てなかった。
「分かってますね」
 と、南子は言った。「もちろん、私と会ったことは内緒。いつも通り——いいえ、いつも以上に、楽しんでらして」
 克子は頬を染めて、目を伏せた。
「もし、あなたが私との話の内容を、夫にしゃべったりしたら」
 南子の口調が、少し変わった。「あなたが今の職場にいられないようにします。簡単ですよ。私の父は、あなたのいる会社の大きな取引先の社長ですからね」
 克子は唖然とした。——自分を見つめる南子の視線の冷ややかさに、その言葉が嘘でないと知った。
「話はそれだけです」
 と、南子は言った。「お引き止めして、どうも」
 克子は、自分でもよく分からない内にバーを出て、再び地下鉄の駅に向かって、歩き出していた……。
 
「どうかしたのか?」
 と、斉木が言った。
「え?」
 薄暗がりの中、暖かいベッドの中で身を寄せ合っていた克子は、少し頭を上げた。
「いや……何だか今日は無口だと思ってさ」
 と、斉木が言うと、
「いつも、私そんなにおしゃべり?」
 克子は、ちょっとむくれてごまかした。
「そうじゃないけど……。具合でも悪いのかと思ってね」
「そんなことない」
 克子は、斉木の方へ身をすり寄せた。「ねえ……」
「何だ?」
「奥さんって、どんな人?」
 斉木は、やや戸惑っている様子だった。克子は急いで言った。
「特別な意味はないの。ただ、ちょっとした好奇心」
「そうだな……。まあ、美人だ」
「でしょうね」
 斉木はちょっと笑って、
「君ほどじゃない」
「無理しちゃって」
「社長の娘だからな。世間知らずというか、おっとりしてるというか……。子供っぽいところが残ってるよ」
 斉木は、ゆっくり考えながら言った。
「子供っぽい?」
「騒がしい、という意味じゃなくてね。大人になり切れてない、とでも言うかな」
 暗い天井を見上げながら、斉木は、話を続けていた。
「でも……愛してるんでしょ」
 と、克子は言った。
「まあ、女房だからね」
 斉木は、答えになっているような、なっていないような言い方をした。「もうよそう、女房の話は」
「もし……」
「何だい?」
「もし、奥さんに私とのことが知れたら……。気が付いてない、まだ?」
「ああ。大丈夫、用心してるさ」
 と、斉木は言った。
「もし、奥さんに分かったら? 私と別れるんでしょ」
 斉木は、克子の裸の肩をそっとなでながら、言った。
「そういうことになるだろうな。——子供もいる。今の家庭を捨てることはできないよ、僕には」
 と、克子の方へ顔を向けて、「君には悪いけどね」
「そんなことない。そのつもりだったんだし、私も」
 と、克子は軽い口調で言って、「でも、今からそんなときのこと心配しててもしょうがないわね」
 と、ベッドの上で体を弾ませるようにして、斉木の胸に頭をのせた。
「そうさ。心配性なんだな、君も結構」
 斉木の心臓の鼓動が聞こえる。さっきはずいぶん早く打っていたが、今は落ちついて来ていた。
「心配性なのは兄の方。私はね、明日のことは明日考える、って主義なの」
「そうさ。若いんだからな、君は。若いってことは何があっても、すぐ立ち直れるってことだよ」
 ——そうだろうか?
 父があの女と再婚したとき、私はすぐ忘れて立ち直っただろうか?
 いつまでも、いつまでも、あの傷を抱いて生きて来たのではなかったか。むしろ兄よりも自分の方が、過去にこだわってはいないか……。
 でも、今、そんなことはどうでもいい。
 斉木は、克子を腕の中に抱いた。
 可哀そうに、と克子は呟いた。心の中で、呟いたのである。
 誰が可哀そうなのか? 私? それとも、斉木の妻か。いや、この斉木自身にしても、同じだ。
 妻が「世間知らず」の「大人になり切れていない」女だと信じ込んでいる。その妻に恋人がいるとも知らずに。——妻のことなら何でも分かっている、という自信が、哀れだ。
 しかし——克子が一番可哀そうだと思っているのは、まだ見たこともない人、十歳になるという、斉木の娘だった……。
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