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やさしい季節20

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:雪の出来事「キャーッ!」 悲鳴だけ聞くと、殺人鬼にでも襲われたかと思うほどの凄まじさだった。 しかし、その手の叫び声が、
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雪の出来事
 
「キャーッ!」
 悲鳴だけ聞くと、殺人鬼にでも襲われたかと思うほどの凄まじさだった。
 しかし、その手の叫び声が、ここでは一向に珍しいものではなくなっている。
 何しろ、スキー場では、年中叫んでいる女の子がいくらでもいるのである。
「大丈夫?」
 と、石巻克子は、一緒に滑っていた子が派手に引っくり返ったので、スキーをハの字にして止まると、声をかけた。
「もうだめ!」
 と、雪まみれの顔が見えると、克子は笑い出してしまった。
「笑うな! 人のことだと思って」
 と、むくれている。
「だって——あんただって、反対の立場なら、笑うわよ」
 と、克子は言ってやった。「ストックは?」
「どっか行っちゃった。——スキーの片っ方も」
「ほら、スキーはそこ。半分埋まってるじゃないの」
「あ、あった!——ストック、どこかなあ」
「近くには見当たらないみたいね」
 と、克子は言った。「——ね、あれ、違う?」
 木立の向こう、十メートル以上も離れた所に、ピョンとストックのお尻が突き出している。
「あんな所まで行っちゃったんだ。もう!」
「だから、休もうって言ったじゃないの」
 と、克子は笑って、「疲れてるのに、頑張って滑るから」
「だって、もったいないでしょ。そう何日もあるわけじゃないんだし」
 それは事実である。
 大してお金があるわけでもないOLのグループとしては、目一杯滑ろうとしてしまうのも無理はない。
 しかし、克子は自分の力をよく知っているのだ。スキーをそう何度もやったことがあるわけではない。
 もちろん学生時代は、とてもそんな余裕がなかったし、初めてスキーをはいたのは、OLになってから。
 生来、運動神経がいいのか、初めから何とか滑ることはできたが、正式に習ったわけでもなく、見よう見まね。
 誘われればこうしてやって来るが、自分からすすんでやりたいとは思わない。
「ね、克子、ストック取って来て」
「仕方ないわね」
 と苦笑いして、克子はストックの先でスキーを外した。
 とても、あんな斜面、滑っては行けない。
 スキーを外して、克子は雪の斜面を下りて行った。
 ストックは、かなりの急斜面の途中まで飛んで行ってしまっている。
「——世話のやけること」
 と呟いて、それでも何とかストックの所へ辿りつく。
 ずいぶん深く埋まってしまっている。力一杯引っ張ると、スポッと抜けて、その拍子に克子は尻もちをついてしまった。もちろん雪にズボッと埋まってしまったのである。
「ハハ、やったやった!」
 と、ストックを飛ばした当人は手を叩いて喜んでいる。
「何よ! 人にやらせといて」
 と、克子は言い返して、何とか立ち上がろうとしたが——。
「危ない! 克子——」
 その叫び声に、ハッと斜面を見上げると、凄いスピードで滑り下りて来る黒いスキーウェア。
 真っ直ぐ、克子に向かって滑って来る。
 ちょっと。——困るわよ。危ないじゃないの!
 よけるにも、アッという間だった。目の前に迫ったスキーヤーが、シュッと雪煙を立てて——。
「キャッ!」
 克子は仰向けに倒れた。そのわき、顔のすれすれの所をスキーがかすめて、雪が克子の顔に叩きつけられた。
 ——克子は、しばらく動けなかった。
 こんな怖い思いをしたのは初めてだ。後になって、胸がドキドキして、息が苦しいほど。
「——大丈夫ですか!」
 と、駆けて来たのは、ぶつかりかけた、黒いウェアのスキーヤーで……。
 スキーを外して、斜面を上って来る。
「けがはありませんか!」
 若い男らしい。大方、大学生だろう。
「心臓が止まっただけよ!」
 と、克子は起き上がって、言ってやった。「危ないでしょ! 人がいるのに!」
「すみません!」
 と、その男は克子の手をとって立たせながら、
「目に入らなかったんです。ゴーグルに雪がついて」
「本当にもう……。死ぬかと思った」
「けが、しませんでしたか?」
「何とかね……」
 克子は頭を振った。「顔がひりひりするわ」
「本当にすみません。タイムを測ってたもんで、つい……」
 克子はゴーグルを外し、顔の雪を払い落とした。
「あの——あなたのスキーは?」
 と、その男は訊いた。
 克子は、その黒いスキーウェアの男がゴーグルを外すのを見て、ちょっとびっくりした。
 いや、若い男だろうとは思っていたが、それにしても童顔である。
「私のスキーはあっち。初心者コース。友だちがこのストックを飛ばしたの」
 と克子は説明した。
「ああ、なるほど。じゃ、僕が持って行きますよ」
「ありがとう。じゃ、お願い」
 克子は、あれだけ怖い思いをしたんだから、これぐらいのこと頼んでもいいだろう、と思った。
「——克子! 大丈夫?」
 と呼びかける友人へ手を振って、克子は斜面を斜めに上り始めた。
 ストックを手に、その男の子がついて来る。
「あなた、高校生?」
 と、克子が訊くと、相手は何だかムッとした様子で、
「こう見えても、大学三年です!」
 と、言った。
「あら、失礼」
 こう見えても、というのがおかしくて、克子は笑ってしまった。
「——いつも一年生ぐらいには見られますけどね」
 と、不満げに、「高校生って言われたのは初めてですよ」
「ごめんなさい」
 と、克子はまだ笑いながら、「じゃ、二十一? へえ」
「どうしてです?」
「私と同じか。——私も高校生に見える?」
「OLでしょ」
 言い当てられたのは、ちょっとショックだった。
「分かる?」
「あっちの人はどう見たってOLです」
 ストックを待っている友だちの方を見て、克子は肯いた。——彼女は二十四、五である。
「ありがとう、ここでいいわ」
 立木の所まで来て、克子はストックを受け取った。
「じゃあ、これで」
 と、その大学三年生は、会釈して行きかけたが、ふと振り向くと、
「ホテルは、〈N〉ですか?」
 と訊いた。
「とんでもない。そんな高い所、泊まれないわよ」
 と、克子は答えた。「それじゃ、どうも」
「気を付けて」
 ——克子はその童顔の大学生が、斜面をタッタッと下りて行くのを見送っていた。
 うまいものだ。ずっと、小さいころから滑っていて、慣れているのだろう。
 アクシデントの後は慎重に滑って、克子たちは下のロッジへ入った。
「——凄い人ね」
 と、満員のロッジの中を見回す。
 三人でこのスキー場へやって来たのだが、一人は温泉に入っている方がいい、と言って旅館にいる。
 克子と一緒に滑っていたのは、武井恵子といって、年齢は上だが、克子より後から入社して来た子である。
「どうする?」
 と、克子は言った。
「お腹空いたね」
「あれだけ叫べばね」
 と、克子は笑って、「でも、相当待たないと、座れそうもないわね」
「そうね」
 と、武井恵子はため息をついた。
「——お客様」
 と、ウエイトレスがやって来た。
「はい?」
「どうぞ、あちらへ。お連れ様がお待ちです」
 お連れ様?——克子は恵子と顔を見合わせた。
 スキー靴でゴトゴト音をたてながら、ウエイトレスについて行くと、奥のテーブルに男の子が三人、座っている。
「あ、さっきの——」
 と、克子は目をみはった。
「さっきは失礼しました」
 黒いウェアの「三年生」が克子に頭を下げた。「席を捜しているようだったんで」
「ありがとう。でも——いいの?」
「ええ。椅子、一つそこから持って来れば」
 男の子の一人が、空いた椅子を持って来てくれる。
 克子も朝からしっかり食べていないので、お腹が空いていた。ありがたく席に落ちつくことにする。
「——僕らは、K大のスキー同好会です」
 と、さっきの男の子が言った。「僕は黒木です」
「それで黒いウェアなの?」
 と、克子はつい訊いていた……。
 
 黒木か。
 克子は、大学生たちと話すのなんて、久しぶりだ、と思った。
 高校生のころ、いくらかそういう機会もあったが、OLになってからは、全くない。
 屈託がなくて、楽しそうではあるが、やはり話題が少しずれている感じである。
 むしろ恵子の方が平気でペラペラしゃべって、打ちとけていた。
 食事をしている間は、却って気が楽だった。
 男の子たちもよく食べた。——同じ年齢なのに、克子はひどく「年齢の差」を感じてしまうのだった……。
「あなた方、ホテルNに泊まってるの?」
 と、コーヒーを飲みながら、克子は言った。
「そうです。だって——」
 と、一人が言いかけると、黒木が遮って、
「一番便利でしょ。だから」
「まあ、そうね」
 と、恵子が肯いて、「でも、お値段がね」
 K大といえば、私立の中でも名門の一つである。そのスキー同好会。
 きっと、みんないい家の坊っちゃんなのだろう、と克子は思った。
「まだしばらくいるんですか」
 と、黒木が言った。
「どうして? スキー、教えてくれる?」
 と、克子は笑って、「OLはね、そんなに長く休めないの」
「石巻さん——でしたっけ」
 と、黒木は言った。「今夜、ホテルNで、パーティーがあるんです。来ませんか」
「パーティー?」
「ええ。気楽に踊ったり飲んだりするだけです。よろしかったら、皆さんで」
「すてきじゃない」
 と、恵子がすっかり乗り気になっている。
「でも、私たち、泊まり客じゃないのよ」
 と、克子は言った。
「構やしません。ご招待しますよ」
 黒木はどうやら本気で招《よ》んでくれるつもりらしい。
「ありがとう。じゃ、帰って、もう一人と相談してみるわ」
 と、克子は言った。「——さ、恵子。もう旅館に戻ろう」
「うん。もう膝がガクガクね」
「楽しかったわ」
 と、克子は言った。「私たちの分、いくらかしら?」
「いいです」
 と、黒木が言った。「さっきのお詫びですから。持たせて下さい」
「そんなわけにいかないわ」
「いえ。もし、あなたにけがでもさせてたら、大変だったんですから。——本当に、払わせて下さい」
 黒木の目は、何だか顔つき以上に子供のようだ、と克子は思った。
「じゃ、ごちそうになるわ。ありがとう」
 あえて争わないことにして、克子たちは席を立った。
「——儲かったね」
 と、外へ出て、恵子が言った。
「そうね」
「パーティー、行く?」
「まさか!」
 と、克子は首を振って、「向こうは大学生でも、お金持ちよ。しがないOLとは別世界」
「それもそうか」
「さ、戻りましょ」
 克子たちは、レンタルのスキーを返しに、雪の中を歩き出した。
 借りたスキーを返すのにも、いい加減行列して、寒い中で待っていなくてはならない。
「——あの男の子たち、自分のスキー、持って来てるんだろうね」
 と、恵子が手をこすり合わせながら言った。
「当たり前よ。きっと外国製の、超高級品でしょ」
 克子は、白い息を吐いて、「それをポルシェとかジャガーとかの屋根にのせて」
「カッコいいなあ」
 と、恵子はため息をついて、それが白く風に流されて行くところが何となく哀れだった……。
 
「——ああ、寒かった。ねえ、凄い勢いで転んじゃったの」
 と、旅館へ戻って部屋へ入るなり、恵子は言った。
「そう」
 一人、残っていた長谷川伸子は、TVを見ている。「温泉、入って来たら? あったまるわよ」
 長谷川伸子は二十三歳で、克子の少し先輩だが、呑気で、気疲れしない相手だった。
「じゃ、入って来ようか」
 と、克子は、こごえた両手をこすり合わせて、息を吐きかけた。「でも、もう少し体があったまってからでないと、このまま、お湯に入ったら、熱くて飛び上がっちゃうわ、きっと」
「ね、面白い人たちに会ったのよ」
 と、恵子が早速、長谷川伸子に「報告」しようとしていると、
「ごめん下さい」
 と、声がして、
「はあい」
 克子が襖を開けると、旅館の人が、
「これ、今、下に届きましたもんで」
 と、白い封筒を手渡す。
「そうですか。——どうも」
 受け取って、戸惑う。宛名も差出人の名もない。
「何?」
「こんな所にダイレクトメールでもないでしょうしね」
 と、克子は封を切った。
 中の二つ折りにした厚手の紙を開くと——。
「驚いた! ね、恵子、これ……」
「見せて!」
 恵子がパッと取って、「招待状?」
「あの大学生よ。黒木っていう。——どうしてこの旅館が分かったんだろ? 恵子、言った?」
 恵子は克子の言うことなど聞いていない。覗き込んでキョトンとしている伸子へ、三人の大学生との出会いを話して聞かせて、
「ね、行こうよ、克子! せっかくじゃない」
 と、克子の方へ言った。
 克子は、どうしたものか、迷った。
 もちろん、そんなに深く考えるほどのこともない。行って、つまらなかったら帰ってくればいいのだ。そうは思うのだが……。
「行かない手はないわよ」
 と、長谷川伸子も珍しげに招待状を眺めて、
「どんな格好してきゃいいの?」
「凄いドレスでも着てくか」
「それとも水着?」
 恵子と伸子がキャッキャ笑っている。
 克子は苦笑して、
「じゃ、せっかくのご招待だから、断っても悪いし、行きましょう」
 と、言った。「でもね、タダだからって、食べ過ぎたり飲み過ぎたりして倒れたら、置いてくわよ」
「いいじゃない。ホテルNで泊めてくれるかも」
 と、恵子は面白がっている。「ね、克子」
「うん?」
「あの黒木って子、いたじゃない」
「それがどうしたの?」
「克子に惚れたんじゃない?」
「ええ?」
 克子は呆れて、「向こうは子供よ」
「同じ年齢じゃない」
「学生よ。冗談じゃないわ」
 克子は畳の上にドサッと座った。
「でもさ、こうもしつこく誘って来るっていうのは、普通じゃないよ」
「ヒマなんでしょ」
「パーティーで酔って、介抱されて、とかさ。よくTVドラマにあるじゃない」
 恵子は勝手に想像力をめぐらせているらしい。
 介抱されて……か。馬鹿みたい。
 そんな、TVドラマみたいなことが……。
 克子は、ふと斉木と、その妻のことを思い出していた。正月、斉木たちもどこかへスキーに行っているはずだ。
 あの斉木南子も、何食わぬ顔で、斉木と楽しく滑っているのだろうか。互いに、他に恋人がありながら、はた目には、申し分なく幸せな夫婦を演じて……。
 そして夜は——同じベッドに寝て、たぶん二人は……。
 やめて、やめて! 目を閉じ、克子は頭を振った。
 考えたくない。考えてはいけない。
 克子は、こうして距離的に離れてみると、自分と斉木との関係を、まるで他人のもののように見つめていることができた。
 いつまで、こんな風に続けて行けるものか。斉木の妻が、別れると言い出したら、それが斉木と克子の関係の終わりである。
 それはいつ来るのだろう?
「克子、何着てく?」
 恵子に肩を叩かれて、克子は、ふっと我に返った。
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