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やさしい季節25

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:怒 り「ええ。今、レントゲンをとってもらってます。医者の話では大丈夫だろう、と」 浩志は、日本へ電話を入れていた。 プロ
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 怒 り
 
「ええ。今、レントゲンをとってもらってます。——医者の話では大丈夫だろう、と……」
 浩志は、日本へ電話を入れていた。
 プロダクションの社長、西脇の自宅へかけているのである。
「——ゆかりはホテルで待っています。報道陣の目をひきますからね」
 と、浩志は言った。「——じゃあ、また。結果が分かったら、お知らせします。では……」
 病院からかけているので、長話はできなかった。
 大宮は、一応、ホテルで応急の手当はしてもらっていたが、かなりひどく殴られているため、骨や内臓に異常がないか、浩志が病院へと連れて来たのである。
 真新しい、きれいな病院で、何となく安心する。もちろん、大宮のけがとは何の関係もないことだが、夜間の当直の医師や看護婦も感じがいい。
 医師が日系人で、日本語もうまく話せるので、ついて来た浩志は正直、ホッとしたのだった。
 それにしても……何てひどいことを。
 大宮は、ホテルの中で襲われたのである。——ホテルといっても、ともかく大きい。渡り廊下のようになった場所で、相手は待ち受けていたらしい。
 顔など見る間もなく、アッという間に叩《たた》きのめされてしまったのだ。物《もの》盗《と》りの犯行でないことは、札入れにも手をつけていないことで、分かる。
 間違いないだろう。国枝貞夫がやったのだ。いや、当人は手を出していないにしても、手下にやらせたに違いない。
「何て連中だ……」
 浩志は、怒りで身が震える思いだった。
 大宮には何の責任もない。ゆかりを守るのが、彼の仕事である。国枝貞夫は、浩志の代わりに、大宮を袋叩きにしたのだ。
 何でもなければいいのだが……。
 ——ずいぶん時間がたっていた。そろそろ朝も近いかもしれない。
「お待たせしました」
 少しアクセントにくせはあるが、きれいな日本語が聞こえて、浩志は顔を上げた。
「検査しましたが、内臓は大丈夫です」
 と、医師が肯《うなず》いて見せる。
「良かった」
 浩志は息をついた。
「ただ、肋《ろつ》骨《こつ》が——レントゲンで分かるほどではありませんが、少しひびが入っているかもしれません。日本へ帰られたら、念のためにもう一度、ていねいに調べた方がいいかもしれませんね」
 と、医師は、ゆっくりした口調で説明した。
 若い、いかにも温厚な感じの医師である。浩志はていねいに頭を下げた。
「今、服を着ています」
 と、医師はレントゲン室の方を振り返った。
「お世話になって」
 と、浩志は言った。
「いやいや。——それより、警察へ届けたんですか? 誰《だれ》かに殴られたということですが」
 浩志はちょっと迷った。
「当人はどう言ってます?」
「個人的な喧《けん》嘩《か》だ、と。しかし、あれは一人が相手じゃない」
 浩志は、大宮と話し合ってみようと思った。
 もちろん、本来なら、ちゃんと捜査してもらうべき出来事だが、果たして犯人が捕まるものかどうか。それに、自分たちも国枝たちも、長くここにいるわけではない。
「色々事情があって」
 と、浩志は言った。
「そうでしょうね。——安土ゆかりのマネージャーですって?」
 と、医師は微笑《ほほえ》んだ。「僕もファンです。頑張って、とお伝え下さい」
「どうも」
 浩志も、何となく重苦しさから救われたような気がした。
 大宮が、上着の袖《そで》に手を通さず、肩にかけるようにして、出て来た。
「どうもすみません、待ってていただいて」
「どうですか?」
「ええ。——まあ、快適とは言えませんが、車の渋滞で、本番に遅れそうなときは、これくらい胃も痛みます」
 少ししゃべりにくそうなのは、唇の端が切れて、紫色になっているせいだろう。
 しかし、大宮にジョークを言う元気があるのを見て、浩志も安心した。
 医師や看護婦に礼を言って、二人は病院前のタクシーでホテルへと戻った。
 車中で、浩志は警察のことを持ち出した。
「むだですよ」
 と、大宮は首を振って、「調べたって、分かりっこない。それにあの馬《ば》鹿《か》息子は、きっと自分じゃ手を下してないでしょう」
「悔しいですね」
 と、浩志は首を振った。「それに——申しわけなくて。僕の代わりに大宮さんが……」
「これも仕事の内です」
 と、大宮は言って、ちょっと笑った。「いてて……」
 情けない声に、黒人のドライバーが愉快そうに笑った。
 ——大宮と一緒に、ゆかりの待つコネクティングルームへ戻ると、ドアを叩くなり、パッとゆかりが出て、
「どう? 痛む?」
 と、訊《き》いた。
「大丈夫です。——もう一人で歩かないようにしよう」
「私、あの息子に会ったら、ひっかいてやるわ!」
 と、ゆかりが目をつり上げて言った。
「だめですよ」
 と、大宮が言った。「ゆかりさんが無事でいりゃ、それでいいんです。あんな連中、まともに相手になっちゃいけません」
「分かったから、無理してしゃべらないで」
 と、ゆかりは言った。「痛むでしょ?」
「ええ、いくらか……。ま、大丈夫ですよ。後は放っとけば治ります」
「日本へ帰ったら、ちゃんと検査するんだ」
 浩志は自分の部屋へ入ると、「ゆかり」
「なあに?」
「明日、日本へ帰ろう」
 浩志は、少し考えてから言った。「大宮さんがこんな目に遭って、向こうがまだこの先、何をするか分からない。帰国した方がいい」
「だけど、予定では——」
 と、大宮が言いかけたが、
「うん。そうしましょ」
 と、ゆかりが肯《うなず》く。「私も、飽きたわ、このホテル」
「ゆかりさん——」
「どこへでも一人で歩き回れるっていうのならともかく、ホテルから自由に出ても行けない、なんていうんじゃ、何しに来たか分かんないもの。明日、帰りましょう。そんなに暇があるわけでもないし。大宮さん、明日の便、取ってくれる?」
「僕がやってもいい」
「いや、やりますよ」
 と、大宮が首を振って、「いいんですか、でも?」
「大宮さんのことが心配なの」
 ゆかりがわざと大げさに大宮の肩へ手をかけて、「あなたにもしものことがあったら……。誰が荷物運んでくれるの?」
 浩志がふき出した。大宮も笑っては、
「いてて……」
 と、顔をしかめている。
「でも、本当に心配してんのよ」
「どうも。——じゃ、ともかく少し寝ましょう」
 大宮は息をついて、「フロントに頼んで、飛行機の手配、してもらっておきます」
「僕も一緒に行く」
 浩志が大宮の肩を軽く叩《たた》いて、「用心に越したことはないですよ。ゆかり、寝た方がいいんじゃないか」
「飛行機で寝るわ」
 と、ゆかりは言って、「大宮さん」
「何です?」
 ゆかりは黙って大宮へ歩み寄ると、大宮にキスした。——大宮がたちまち真っ赤になる。
「人をいじめないで下さい!」
 と、目をパチクリさせて、「純情なんですからね!」
 ゆかりが笑って、言った。
「これで、飛行機に乗るまでは、眠らずにすむでしょ」
 
 実際——浩志たちが眠り込んだのは、日本へ向かう飛行機の中だった。
 帰国の便としては、まだ時期が早いので、ファーストクラスも楽にとれた。
 ゆかりが、大宮もファーストにすれば、と言ったのだが、
「社長に怒鳴られますよ」
 と、大宮はエグゼクティブの席をとった。
 ジャンボ機が日本へ向かって飛び立つと、浩志はホッとした。ともかく差し当たりは、あの国枝の息子たちと離れることができたわけだ。
 日本へ戻ったら、西脇とも相談して、何か対策を練る必要があるだろう。大宮は気の毒だったが、向こうの狙《ねら》いは浩志とゆかりである。
 ゆかりも、ゆうべはほとんど寝ていないので、飛行機が飛び立ってしばらくすると、リクライニングを大きく倒し、アームレストを出して、眠り込んだ。
 浩志も、やがて眠くなり、目を閉じると、間もなくスッと眠りに引き込まれて行った……。
 夢の中を、ゆかりと邦子、そして克子の顔が交互に現れた。そう。それから森山こずえの顔も。——みんな精一杯に生きていて、愛し、悩み、悲しみをかかえた女たちである。
 浩志は、その輪の中で、せっせと駆け回っていた。汗をかき、息を切らして、しかし浩志はそれでも幸せだった。
 すばらしい女性たちと知り合ったこと。人生を触れ合わせたこと。それは何よりの宝だ……。
 浩志——。ゆかりが、邦子が、呼びかけて来る。浩志。——浩志。
「浩志」
 ゆかりが、肩を揺さぶっていた。
 ハッと目を覚ます。飛行機の中だ。
「やあ、眠っちまった。どうした?」
 浩志は、日本人のスチュワーデスがそばに立っているのに気付いた。ひどく緊張した顔をしている。
「あの——エグゼクティブの大宮様という方が——」
「大宮さん? 連れですが、何か?」
「さっきからひどく苦しがっておられて」
 浩志はベルトを外し、あわてて後ろの席へと急いだ。
 中年の背広姿の男性が、大宮の上にかがみ込んでいる。
「お医者様がいらしたので、お願いしたんです」
 と、スチュワーデスが言った。「ひどく苦しんでおられて」
 大宮の方を覗き込んで、浩志は青ざめた。
 ただごとではない。息づかいは荒く、顔には一杯に汗がふき出して、全く血の気がない。
 医者は、大宮のシャツをまくり上げて、診ていた。
「どうですか?」
 浩志は、その医者に訊《き》いたが、自分の声が震えているのに気付いていた。
「どこか、ひどく打ったりしましたか」
 と、その医者は、浩志の方を見ずに言った。
「ええ。でも一応、向こうの病院で検査は受けたんです」
 そんなことが何の意味もないということは、浩志にも分かっていた。現実に大宮は血の気を失い、苦しげに息をするだけで、目も開けない。
「ひどくやられてるな。——このあざは、殴られたんじゃないですか」
 医者は、かなりのベテランらしく、口調は切迫しているが冷静だった。それが浩志を少し落ちつかせた。
「そうなんです。日本へ着いたら、精密な検査を、と言われました」
「大宮さん……。しっかりして!」
 ゆかりが、いつの間にか浩志の後ろへ来て、覗き込みながら、声をかけた。
「中で出血したようですね。——ひどい貧血だ」
 と、医者は大宮の瞼《まぶた》を広げて、言った。「ショックで心臓をやられなきゃいいが。ともかく、できるだけのことはしておきます」
「お願いします」
 医者はスチュワーデスに、
「空港に救急車を待機させるよう連絡して。輸血の必要もある。あと何時間?」
「三時間ほどですが……」
「できるだけ急いで! 一刻を争う。機長と話をさせてくれ」
「機長を呼びます」
 スチュワーデスが駆けて行く。
「大宮さん……」
 ゆかりが、大宮の傍らにしゃがみ込んで、手を握りしめた。「頑張って! 日本へ着いたら、すぐ病院よ」
 周囲の乗客も、何となく沈黙して様子を見守っていたが、ゆかりに気付いたのだろう、ヒソヒソと言い交わす声がしている。
 浩志は、医者が機長と話をしている間、震えそうになる体を引きしめながら、じっと唇をかんで突っ立っていた。
 ——このままですますものか! あの国枝の息子たちに、必ず償いをさせてやる。
 しかし、今はともかく、大宮が助かってくれることを祈るしかない。
「大宮さん」
 ゆかりは、全く聞こえていない様子の大宮の耳もとへ、話し続けていた。「こんなことで死んじゃだめよ! 私なんかのために——私みたいな、つまらない女の子のために、死んだりしないで! もっともっとすてきな子と出会わなきゃいけないんだからね! 頑張らなかったら、許さないから!」
 ゆかりの頬《ほお》を、涙が伝い落ちて行った。
 永遠のように長い三時間だった。
 いや、機長が管制塔と連絡をとって、二時間半ほどで成田に着いたのだが、それでも丸一昼夜もたったかのように、浩志には感じられた。
「着陸します」
 スチュワーデスに言われて、ゆかりは自分の席へ戻った。
「着陸のショックが怖い。毛布を下に」
 と、医者が言った。
 機がどんどん高度を下げる。——浩志は、間ぎわになって、やっと席へ戻ってベルトをしめた。
 ガクン、とかすかな衝撃があり、ついでゴーッとエンジンの逆噴射の音が空気を揺るがせた。急激に減速する。
「救急車だ」
 と、ゆかりが窓の外を見て言った。
 赤いランプが見えた。救急車が、ほとんど並んで走っている。
 救急車が、こんなにも頼もしく見えたことはなかった。
 機が停止すると、連絡のブリッジが寄せられ、シューッと音をたてて分厚い扉が開く。
 担架を持った救急隊員が駆け込んで来た。
「僕が行く。ゆかり、君はマンションに戻ってろ」
 と、浩志は言った。
「いや!」
 ゆかりははねつけるように言った。「私も行く」
「分かったよ」
 浩志はゆかりの肩を叩《たた》いて言った。
 そして、担架に乗せられた大宮が、運び出されて行く……。
 
 気が付くと——というのは少し大げさか。いや、本当に、ゆかりと浩志はいつ病院の中に入ったものやら、憶《おぼ》えていないのだった。
「社長さん」
 と、ゆかりが言った。
 西脇が、廊下を急ぎ足でやって来る。
「やあ、石巻さん。連絡をどうも」
 と、息を弾ませて、「どんな具合です、大宮は?」
「今、手術室に」
 浩志は、そう答えて、「僕……ご連絡しましたか?」
「ええ、さっき」
「憶えてない。いや——こんなことになって本当にどうしていいか……」
「大宮も可哀《かわい》そうに」
 西脇が首を振って、「ひどいことを! いくら大物だって、許せないですよ、これは」
 本気で怒っている。
「私のせいで……」
 ゆかりが、涙声で言った。「私の担当なんかにならなきゃ良かったのに……」
 浩志は、そっとゆかりの肩に手をのせてやった……。
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