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やさしい季節37

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:試写室「おはようございます」 邦子の元気な声が、小さな試写室に響いた。「やあ」 と、一番後ろの列に座っていた三神が肯《う
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 試写室
 
「おはようございます」
 邦子の元気な声が、小さな試写室に響いた。
「やあ」
 と、一番後ろの列に座っていた三神が肯《うなず》いて見せる。
 一番後ろといっても、そう何列も席があるわけではない。何しろ、せいぜい五十人くらいしか入らない試写室なのだ。
「監督、早いですね」
 と、邦子は言った。「私、どこに座れば?」
「どこでもいいさ。スクリーンは小さいからね、一番前でも見にくくはないよ」
「はい。それじゃ……」
 邦子は、マネージャーと二人で、一番前の列まで行って、バッグを席に置くと、三神の方へ戻って行った。
「他の人たちは?」
 もちろん、いく人かのスタッフは席について、何やらおしゃべりしている。カメラマンや助監督、美術、メイク……。
 実際、映画というものは、信じられないくらいに大勢の人々の力で作られているのである。
 肝心の、神崎弥江子と沢田慎吾が現れていない。主役の二人が来なくては、試写は始められないだろう。
 しかし、撮影のときと違って、三神は二人が遅れていることにも、大して苛立ちを見せなかった。
「監督、前の方で見ないんですか」
 と、邦子が訊《き》く。
「少し離れて見た方が、隅まで見えるんだ。それに、みんなの反応も分かるしね」
 と、三神は言った。「どうせ、あちこち手直しはしなきゃいかん。——今日は観客の目で見なくちゃね」
「そうですね」
 邦子も、珍しくソワソワしている。何といっても、初めて編集されたフィルムを見るのだ。
 もっとも、今日のフィルムは0《ゼロ》号といって、まだ音楽や効果音などがほとんど入っていないものだ。完成品とはいえないから、関係者以外は見に来ない。
 むしろ、撮影時に気付かなかったミスとか、フィルムの色調とかをチェックするのが目的である。
 三神の隣には、いつも三神と仕事をしているスクリプターの女性が、台本を手に控えている。上映しながら三神が気付いたことを、どんどん言って、それをスクリプターがメモするのだ。
 邦子は、落ちつかない気分で、一番前の列に戻り、あまりクッションがいいとは言えない椅《い》子《す》に腰をおろした。
 目の前には、映画館のものと比べると大分小さなサイズのスクリーンが、白く四角い顔で、フィルムが回り始めるのを、待っていた。
 邦子にしても、自分の顔をスクリーンで見るのは、今日が初めてというわけではない。
 撮影中も、その日の内に、とったフィルムを映してみる。余計な人の影が入っていたり、通りかかった人がカメラの方を見てしまったりして、とり直さなくてはならないことがあるからだ。
 これをラッシュと呼んでいる。そのラッシュのときには、邦子も自分の顔がスクリーンに大きく映し出されるのを見ている。
 しかし、それは何といっても細切れのフィルムで、つなげられたシーンにはなっていない。——今日は、「自分の演技」に直面する日なのである。
「おはようございます」
 と、聞き慣れた声がした。
 神崎弥江子が入って来たのだ。
「やあ」
 と、三神が顔を向けて、「沢田は? 一緒じゃなかったのか」
「沢田さん? いいえ、知りませんけど」
 と、神崎弥江子は肩をすくめた。「来てないんですか」
「ああ。——困ったな」
 と、三神が渋い顔をした。
「連絡してみましょうか」
 と、助監督の一人が腰を浮かす。
「その内、来るわよ」
 と、弥江子が言った。「始めちゃいましょうよ。どうせ見る機会は何回もあるんだから。ね、監督」
「そうだな。——じゃ、始めてくれ」
「はい」
 と、返事があった。
 弥江子は、邦子が立ち上がって、
「おはようございます」
 と、頭を下げると、
「あら、ご苦労様。楽しみね」
 と笑顔を見せ、三列目に腰をおろす。
 試写室のあちこちで囁《ささや》き声が起こった。
 ——弥江子と沢田慎吾の仲は、みんな知っている。しかし、今の弥江子の言い方は……。
 振られたのか、あの二枚目。
 みんなの目はそう語り合って、肯《うなず》くのだった……。
「じゃ、始めます」
 と、声がして、明かりが消えた。
 暗《くら》闇《やみ》の中、邦子は、両手を胸の上に組んで、深呼吸した。カタカタと音がして、スクリーンに光と影の模様が点滅したと思うと、〈5〉〈4〉〈3〉と数字が出る。
 そして——映画は始まった。
 短いプロローグの後、タイトルが出る。
〈風の葬列〉。——美しい画面だ。
 出演者のクレジット。〈神崎弥江子〉がやはりトップである。そして〈沢田慎吾〉。
 何人かの助演クラスの名がクレジットされた後、主演と同じ扱いの一枚タイトルが出た。
〈原口邦子〉。その白い文字は、邦子の目にやきついた。
 約二時間——正確には百八十分の0《ゼロ》号試写フィルムの上映が終わった。
 音楽が入っていないので、少し唐突な感じはするが、〈終〉の文字が出る。
 三神は、最近の映面に〈終〉の文字の出ないものが多いので、怒っている。自分の映画には、きちんと入れているのだ。
 スクリーンが白くなり、明かりが点《つ》く。
 ホッとした空気が、試写室の中に流れた。
「——凄《すご》い」
 誰《だれ》かが言った。
 と、それがきっかけだったかのように、拍手が起こった。
 三神は立ち上がると、満足げに肯いて、
「原口君」
 と言った。
「はい」
 邦子は立ち上がった。
「良くやった」
 もう一度拍手が起こった。前よりも、さらに力強く、大きな拍手だ。
 邦子は何も言えなかった。無言で、深々と頭を下げる。——自分だけの力ではない。全スタッフあっての演技なのである。
「みんなご苦労さん」
 と、三神はよく通る声で言った。「そう手直しする場所はないようだ。——初号が見られるのは、そう先じゃないと思う」
 みんながゾロゾロと立ち上がって試写室を出て行く。
 三神が、座ったままの神崎弥江子のそばへ来ると、
「貫禄だな。良かったよ」
 と、肩を叩《たた》いた。
「監督」
 弥江子は、少し青ざめた顔で言った。「お世辞は監督らしくないわ」
「お世辞?」
「これはあの子の映画。——そうでしょ?」
 もう邦子も他のスタッフに囲まれて、試写室を出ていた。
「そうかもしれん」
 と、三神は肯いて、「しかし、ああいう子がエネルギーを注ぎ込んでくれているから、映画は死なずにすんでるのさ」
「分かってます」
 弥江子は、じっと、今はただ白い布にすぎないスクリーンを見つめていた。「——私の時代は終わったのね」
「終わりは来ない。変化があるだけだ」
 三神は、もう一度弥江子の肩に軽く手をかけて、「沢田の奴、とうとう来なかったか」
「見なくてもいいでしょ」
 と、弥江子はちょっと笑って、「どうせ、誰も憶《おぼ》えちゃいないわ。『あの二枚目役、誰だっけ、やってたの?』——そう言われるだけよ」
 寂しさと苦々しい思いが、その言葉ににじんでいた……。
 試写室を出たロビーでは、スタッフたちが何人かずつ集まって、話をしている。
「トップだな、今年の」
「決まりだね」
「新人賞も確実」
「総なめにするぜ、きっと」
 あちこちから、そんな声が聞こえて来ると、邦子は何となく身のおきどころがない感じで、隅の方に立っていた。
 フィルムというのは、何と不思議なものだろう。ロケのとき見た、何でもない風景、格別美しいとも見えない一本の坂道が、スクリーンの映像では、何と魅力ある場所に変身するか……。
 自分自身もそうだ。
 確かに、邦子も全力でこの役にとり組んだ。その点、必要以上に謙《けん》遜《そん》しようとは思わない。
 しかし、その邦子を捉えるカメラの目、心の動きを伝える絶妙なカメラの移動、そしてフィルムのつなぎ。
 それあってこその邦子の演技なのだ。
 自分一人がやってのけたのではない。三神の下だからこそ、あそこまでやれたのだ。
「——どうだ、感想は」
 と、三神がやって来て言った。
「自分じゃないみたいです」
「そうか。きれいにとったつもりだったが」
 と、三神は笑った。「音楽がつくと、もっと変わって来る。しかし、土台がしっかりしてなきゃ、いくら頑張っても、いい家は建たない。君はよくやってる。自負してもいいよ」
「はい」
 と、邦子は頬《ほお》を染めて、「でも……ラストの所、もう少し何とかやれたような気がします」
「いつも、そう思うのさ。それでいい。次の機会にその反省が生きる」
「はい」
「今日は少しのんびりしよう。——どうだ、晩飯でも」
 三神の目に、邦子は久しぶりにあの輝きを見た。
「私……」
 と、邦子は言いかけて、「知らせてあげたいんです。ゆかりと浩志に」
「そうか」
「すみません、勝手言って」
「いや、構わん」
 と、三神は首を振った。「君は——あの石巻浩志を愛してるんだな」
 邦子は、突然の言葉にうろたえた。
「そんな……。浩志は兄みたいな人です」
「君の情感の豊かさは、抑えて来た恋心のせいかもしれない」
 と、三神は言った。「しかしね、恋しているなら、いつかはっきりそう言うべきだよ」
「はい」
 と、邦子は肯いた。
「行きたまえ」
 と、三神は邦子の肩を軽く叩《たた》いた。「僕はスタッフと飲みに行く。これも監督の仕事の内だ」
「はい」
 邦子は微笑《ほほえ》んで、「お先に失礼します」
 と一礼し、ロビーを歩いて行く。
 しかし、ロビーから出る前に邦子の足は止まった。フラッとロビーへ入って来た男がいたのだ。
「沢田さん」
 と、邦子は言った。
「やあ……。どうだったね、『スター君』」
 と、沢田は舌足らずな声で言った。
 ひどく酔っている。アルコールの匂いをまき散らしていた。
「自分のすばらしさに見とれたかい? それとも、この二枚目の大根ぶりを笑ってたか」
 沢田はそう言って笑った。
「沢田君」
 と、三神がやって来た。「どうして見に来なかったんだね」
「や、こりゃどうも……。世界の巨匠のお出ましですか。僕のことを憶えてて下さる? いや、ありがたい話ですなあ……。こんな取るに足らん役者を……」
 沢田はトロンとした目つきで、足もともふらついていた。
「君もプロの役者なら、自分の仕事にプライドを持て。自分からプライドを捨てて、下手だの何だのと、聞き苦しいだけだ」
 三神が冷ややかに言った。
「そりゃね……。僕はこの子のような天才じゃない。そうでしょ? 人にゃ、器ってもんがありましてね。しょせん僕は、大巨匠の映画に出る器じゃなかった、ってことですかね……」
 沢田はフラフラとよろけて、ロビーに置かれたソファにドサッと身を沈めた。
「——勝手に自己嫌悪に陥っててくれ」
 と、三神は肩をすくめた。「こっちは忙しい。君のグチに付き合ってる暇はないんだ」
「まあ、どうしたの」
 と、神崎弥江子がやって来る。「こんなに酔っ払って!」
「やあ、大女優。スクリーンじゃどうだった? 夫婦に見えたかい、僕らは」
 弥江子は、沢田を見下ろしていたが、
「監督。行って下さい、どうぞ。沢田さんのことは、私が見てます」
 と、三神の方へ言った。
「分かった。頼むよ。——おい、時間のある者は、近くで飲もう」
 三神が声をかける。
 邦子だけでなく、他のスタッフの中にも、もう次の仕事にかかっている者もいるので、全員はついて行かない。
 しかし、ともかくみんなゾロゾロとロビーを出て行き、弥江子と沢田の二人だけが残ったのだ。
 ガランとしたロビーで、沢田と、少し離れて腰をおろした弥江子は、
「——何よ、見っともない」
 と、顔をしかめた。「みんな私たちのことは知ってるのよ。こんなときぐらい、シャンとしてくれなきゃ」
 弥江子がタバコを出して火を点《つ》ける。
「——一本くれ」
 と、沢田が言った。
 弥江子は、火を点けた一本を沢田へ渡し、もう一本とり出したが……。
「どうかしたの?」
 と、弥江子が訊いたのは、沢田の、タバコを持つ手が小刻みに震えていたからである……。
「——おしまいだ」
 沢田が、絞り出すような声で言った。「もう、何もかもおしまいだ」
「何の話よ」
 沢田はせかせかとタバコを喫《す》って、灰皿にギュッと押し潰《つぶ》した。そして、何度も深く呼吸すると、
「——警察が来た」
 と、言った。
 弥江子の顔から表情が消えた。
「——そう」
「あの日、どこにいたか、どこを車で通ったか、訊かれたよ」
 沢田は神経質そうに両手をズボンにこすりつけていた。
「どうしてあなたの所へ?」
「分からない。——大方、誰《だれ》かに見られてたんだろうな、あの近くで。誰もいないと思ったけど……」
「それで? 何て答えたの?」
 と、弥江子は訊《き》いた。
 鋭い口調だった。
「何も」
 と、沢田は肩をすくめる。「そんなこと、いちいち憶えてない、と言ったよ。その日はどこをどう通って帰りました、なんて答えられたら、却っておかしいだろ」
「そうね。——それで良かったと思うわ」
 と、弥江子は言った。「で、警察は何て?」
「分からないな。一応納得したようにして、帰ってった」
 と、沢田は首を振った。「でも——一旦目をつけられたら……。向こうがどの程度のことをつかんでるのか知らないけど、もしあの車を調べられたら……」
「車の方は、何もしてないのね」
「修理に出せば、すぐばれるだろ」
 と、沢田は言って、ため息をついた。「なあ……。どうしたらいいと思う?」
「そうね」
 弥江子は、考え込んでいた。
「——もちろん君の名前は出さない。どんなことになってもね。信じてくれ」
 沢田は手を伸ばして、弥江子の手をつかんだ。
 弥江子は、沢田に手を握られても、全く反応しなかった。
 心はここにない、という感じである。
「弥江子……。信じないのか、僕を?」
「信じてるわよ、もちろん」
 弥江子は、少し沢田の方へ身を寄せた。「でも——あの日、あなたの車を見た人がいるとしたら、当然、私のことも見ていたはずよ」
「うん……。だけど、君の所へは、誰《だれ》も行ってないんだろ」
「裏付けをとってるのかも」
「じゃ……どうする?」
 沢田は、すがりつくような目で、弥江子を見ていた。
 弥江子は、ちょっと笑って、
「それで酔って来たの? 馬《ば》鹿《か》ねえ」
 と、沢田の髪をなでる。
「僕は君ほど度胸が良くないんだ」
 弥江子は、立ち上がって、
「今日は車、どこなの?」
「家さ。酔っ払い運転で捕まるのはいやだからね」
「そう……」
 正直、弥江子は沢田をまだ好いている。
 しかし、だからといって、自分のスターとしての生命を賭けてまで、この気弱な男を守ってやる気はさらさらない。
「さ、どこかへ行きましょう」
 と、沢田の腕をとる。
「どこへ?」
「二人になれる所よ。——行きたくないの?」
「いや行くよ、もちろん」
「しっかりして。歩ける?」
「大丈夫! 酔っちゃいないよ。そこまでひどく……」
 弥江子は、考えていた。
 この沢田は、今や「危険」をもたらす存在でしかない。
 沢田が「ひき逃げ」の犯人と知れたら——。たぶん、沢田は弥江子の名前を出すだろう。弥江子には分かっていた。
 沢田は怯《おび》えている。たった一人で、罪を負う勇気は、この男にはない。
 もし——このまま警察が沢田から目をはなせばともかく、事情聴取されて、何度もくり返し問い詰められたら、沢田はあっさりと認めてしまうだろう。
 そして、弥江子と一緒だった、と白状する。
 それで何もかも終わりだ。
 たとえ、はねたとき運転していたのが沢田でも、被害者の少女を放って来たのだから、一緒にいた弥江子も、ただではすまない……。
 二人のスター生命は、終わることになる。
 いやだ! とんでもない!
 弥江子は決心していた。何としても、沢田一人がやったことにしてしまうのだ。どんなことをしても……。
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