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本日もセンチメンタル09

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:9 ぶつかった男 チャイムがくり返し鳴った。「誰《だれ》か出なきゃ」 と、添《そえ》子《こ》がしごくもっともな意見を述べ
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9 ぶつかった男
 
 
 
 チャイムがくり返し鳴った。
 
「誰《だれ》か出なきゃ」
 
 と、添《そえ》子《こ》がしごくもっともな意見を述べる。
 
「そう言うんなら、お前出ろよ」
 
 と、隆《たか》志《し》が言った。
 
 何しろたった今、拳《けん》銃《じゆう》をつきつけられたばかりである。また同類のお客が来たのかもしれないと思うと、玄《げん》関《かん》へ出て行く気にはなれない。
 
「何よ、あんた男でしょ」
 
 と、添子が隆志をけっとばした。
 
「いてっ! 男だって、死にたかないよ」
 
「静かに!」
 
 と、詩織が、大声で(!)怒《ど》鳴《な》った。「静かにしてりゃ、留守だと思って帰るかもしれないでしょ!」
 
 その声は、玄関にも当然聞こえていると思われた……。
 
 みんながじっと息を殺していると、チャイムがさらにしつこく鳴って、それから沈《ちん》黙《もく》した。——すると、
 
「すまんけどね」
 
 と、成《なる》屋《や》が遠《えん》慮《りよ》がちに言い出した。
 
「何よ、パパ! 静かにして!」
 
「うん。しかし……。一体何があったんだね?」
 
 なるほど。考えてみれば、成屋はことのいきさつを知らないのだ。詩を完成して、いい気分でリビングルームへ入って来ると、何だかいきなり乱《らん》闘《とう》が始まって、男が一人飛び出して行き、後には拳銃が残った。
 
 これで事情を理解しろと言われても無理というものだろう。
 
「今は説明してる暇《ひま》ないの。ともかく、隅《すみ》っこの方でおとなしくしてなさい。エサは後であげるから」
 
 まるで犬《いぬ》扱《あつか》いである。
 
「しかし——」
 
「黙《だま》って!」
 
 成屋は肩《かた》をすくめた。そしてブツブツと、
 
「庭に誰《だれ》かいるみたいだ、と言おうとしたのに……」
 
 と呟《つぶや》く。
 
「諦《あきら》めたみたいだ」
 
 と、隆志が低い声で言った。
 
「そうかしら。油断しない方がいいわよ」
 
 と、詩織はそろそろと立ち上り、リビングルームのドアを細く開《あ》けて、玄関の方を覗《のぞ》き込《こ》んだ。
 
 そのとき——ドカン、と凄《すご》い音がしたと思うと、庭の方で、
 
「ワーッ!」
 
 という叫《さけ》び声が聞こえた。
 
 みんながびっくりして飛び上る。
 
「誰かいるわ!」
 
「だから私が——」
 
 と、成屋が言いかけた。
 
「静かに! 隆志君、カーテンを開《あ》けて! 添子、戸を開けて! ママ、包丁を持って来て!」
 
「お前、何もしないんじゃん」
 
 と、隆志は言いながら、渋《しぶ》々《しぶ》カーテンを開け、「——誰か庭で寝《ね》てらあ」
 
「寝てる?」
 
「うん」
 
 戸をガラッと開けると、みんな一《いつ》斉《せい》に庭を見《み》下《お》ろした。——確かに、さっきの種《たね》田《だ》とは全然違《ちが》う、かなり太ってコロコロした感じの中年男が、大の字になってひっくり返っている。
 
「死んでるのかしら?」
 
 と、添子が言うと、それに答えるように、
 
「ウーン」
 
 と呻《うめ》いて、その男が起き上り、ブルブルッと頭を振《ふ》った。
 
 飛び出しそうに大きな目をギョロつかせて詩織たちを眺《なが》め、
 
「おや、生きとったのか」
 
「そりゃこっちのセリフよ」
 
 と詩織は言い返した。「あんた誰よ? 人の家の庭に勝手に入り込《こ》んで——」
 
「勝手ではない!」
 
 男は、肩《かた》をさすりながら、起き上ると、「いてて……。私は、こういう者だ」
 
 と、ポケットから、アイドルスターのテレホンカードを出して見せた。
 
「NTTの人?」
 
「いや、これじゃない!」
 
 と、あわててカードをしまうと、今度は、
 
「これが目に入らんか!」
 
 と、『水《み》戸《と》黄《こう》門《もん》』みたいなセリフと共に、警《けい》察《さつ》手《て》帳《ちよう》を出して見せたのだった。
 
 
 
「じゃ、あの種田って男を尾《び》行《こう》して来たんですか?」
 
 と、隆志は訊《き》いた。
 
「そうなのだ。表で様子をうかがっていると、銃《じゆう》声《せい》がして、種田が走り出て来た。てっきり中で殺人が起ったものと思って、チャイムを鳴らした。それなのに誰《だれ》も出んのだから!」
 
「そんなこと言ったって……」
 
 と、詩織が口を尖《とが》らす。「怖《こわ》かったんだもん」
 
「一応相手を確かめてから、『留守です』と言えば良かったのだ」
 
 この刑事 —— 名は花《はな》八《や》木《ぎ》といった。
 
 日本舞《ぶ》踊《よう》の花《はな》柳《やぎ》とは何の関係もないらしい。
 
「そんな馬《ば》鹿《か》な」
 
 と、隆志がふくれた。「こっちは死ぬほど怯《おび》えてたんですから」
 
「しかし、そのせいで、私は肩《かた》を痛《いた》めた」
 
 てっきり、中で誰か死んでいると思った花八木刑事、庭に面したガラス戸を破って入ろうと、体当りをして、みごとにはね返されたのだった。それがあの、ドカンという音だったのだ。
 
「そんなに簡《かん》単《たん》に壊《こわ》れませんよ」
 
 と、隆志は苦《にが》笑《わら》いした。
 
「しかし、映画でよくそういう場面がある」
 
 かなりいい加減な刑事である。
 
「でも、刑事さん」
 
 と、詩織が言った。「どうしてあの種田って人を尾《び》行《こう》してたんですか?」
 
「いい質問だ」
 
 と、花八木刑事は肯《うなず》いて、「しかし、それは業務上の秘《ひ》密《みつ》だ」
 
「そんな! こっちは殺されかけたんですよ。教えてくれたっていいじゃないの。それとも——私の話を信じられないとでも? 私が嘘《うそ》をついてるって言うんですか? ひどいわそんな!」
 
 たちまち詩織、ワーッと泣《な》き出した。花八木刑事が、大あわてにあわてて、
 
「おい、泣くな。いい子だから——アメをやるから——」
 
 となだめるのを、隆志はソッポを向いて、横目でチラチラ眺《なが》めていた。
 
「分《わか》った、話す! 話すから泣くのをやめてくれ!」
 
 と、花八木刑事は、少し——いや、かなり禿《は》げ上った額《ひたい》を、クシャクシャのハンカチで拭《ぬぐ》った。「あの種田というのは、九州の方の、さる大きな暴力組織の幹《かん》部《ぶ》の一人なのだ」
 
「まあ、道理で」
 
 と、母親の智《とも》子《こ》が言った。「眉《まゆ》毛《げ》が太いと思いましたわ」
 
「ママ、変な感心の仕方、しないでよ。で、どうして東京へ?」
 
「今、その組織が後《あと》継《つ》ぎをめぐってもめてるんだ。大ボスが去年の正月、宴《えん》会《かい》の席で突《とつ》如《じよ》死んでしまって——」
 
「毒でも盛《も》られて?」
 
「いや、モチを喉《のど》に詰《つま》らせたのだ」
 
「はあ……。気の毒に」
 
「で、後《こう》継《けい》者《しや》を決めていなかったところから、その座をめぐって、組織が二つに割れてしまった」
 
「分るわ」
 
 と、添子が肯《うなず》いて、「うちのクラスでも、委員長選ぶのに、同数になってもめたものね」
 
「次元の違《ちが》うこと言わないの」
 
 と、詩織は添子をつついた。
 
「どっちの派にしろ、ボスの座につくには、それなりに大《たい》義《ぎ》名《めい》分《ぶん》が必要だ。そういう世界だからな」
 
「それが何か関係あるんですか」
 
「死んだ大ボスには、娘《むすめ》がいた」
 
 と、花八木刑事は言った。「かなり遅《おそ》く生れた子で、目の中に入れても痛《いた》くないほど可《か》愛《わい》がっていたが、その娘が、父親の職業を嫌《きら》って家出してしまったのだ」
 
「はあ」
 
「二つの派とも、その娘を捜《さが》し出して、自分たちが後継者だと名乗ろうとしているのだ。種田が上京して来たのは、たぶん東京に、その娘がいるという情報をつかんだからだろう……」
 
 詩織と隆志は顔を見合せた。
 
「あ、あの——」
 
 と、詩織は、おずおずと言った。「その娘さん、いくつぐらいの方ですか?」
 
「今年、十七になるはずだ」
 
「十七……。で、名前は?」
 
「啓《けい》子《こ》、というんだ」
 
 詩織と隆志は、もう一度顔を見合せた。——二人とも、多少、前のときより青ざめていた……。
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